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しおりを挟む「っていうか、なんで家知ってるんですか!?」
「なんでだと思う?」
「……会社のデータベース見た、とか?」
「どうかな」
含みを持たせた笑い方に麻由は確信する。
総務部の管理する従業員の情報は、必要なら企画営業部でも見ることができるはずだ。
「君は聞いても教えてくれなかったからな」
タクシーでのことを言われているとわかって麻由は顔を赤らめた。
確かにあのときは酔っていて、帰りたくなかったのだ。相手が空閑MDだと知っていたらすぐに帰っていただろうが。
「え、じゃあ普通に送ってくれたってことですか」
「なんだと思ったんだ」
「だって、てっきりホテルに行くのかと……」
繁華街での意味ありげなやりとりはなんだったのだろう。
「行く? 俺は歓迎だけど」
からかうように言われて、麻由はやっと隼人の真意に気付いた。
つまり、全部麻由へのいたずらだったということだ。反応を面白がられていたのだ。
「行きませんっ!」
今度こそ吹き出す隼人を置いて、麻由は車から降りた。
「怒るなよ、冗談だ」
窓を開けて隼人が声をかけてくる。
このまま無視して家に入ろうかと思ったが、麻由は足を止めた。
「隼人さん、なんで私と付き合ってるんですか」
湧き上がってきた疑問を口にせずにはいられなかった。
「なんでだと思う?」
「わかりません……。体目的じゃないってことはわかりましたけど」
「ひどいな。そんな男だと思われてたのか」
さすがに気分を害したかと思って「すみません」と謝るが、隼人は特に気にするそぶりは見せなかった。
こういうところで怒ってくれたほうがまだわかりやすいのに、と麻由は思う。
余裕のある、妙に泰然とした隼人の様子はなにを考えているのかわからなくて、こちらばかりが深読みして焦っている気がする。
「本当にわかりません。だって、私と付き合ったって面白くないし」
「十分おもしろいけどな。突拍子もないところとか」
そんなことを人に言われたのは初めてで、もちろん自覚だってない。
「麻由、手を」
首をひねりつつ、言われたままに手を出すと、隼人がそれをそっと取り、指先に口づけを一つ落とされた。
「なっ」
「このくらいは許してくれないか。あと、付き合う理由なんて、好きな女性を独り占めしたいからってだけで十分じゃないか」
隼人は「明日、遅刻するなよ」というと窓を閉めて、車を発進させた。
テールランプが見えなくなっても麻由はそこを動けなかった。心臓がバクバクとうるさい。今が暗くて良かったと、心底思う。きっと耳まで真っ赤になっているだろうから。
*
「で、できた……!」
企画営業部のオフィスで借りたパソコンの前で、印刷したばかりの企画書の束を手に、麻由はつい声を漏らした。
隼人の後押しを受けて、元々考えていた企画に、実現は無理だと思っていた案を入れ込んでなんとか現実的な計画にまで持って行くことができた。
当初、空閑MDへ提出していたものに比べて格段に面白いものになったと、自分で作ったものながら感動すらしてしまう。
書類を眺めて悦に入っていると、近くを通った企画営業部の男性が麻由の様子に気づいて足を止めた。
「それ、新しい催事の企画書? 空閑MDから、今度は販売部の企画を使うって聞いてるんだけど」
「そ、そうです」
若い男性の、金色のラインが入った名札には「山野」とある。
隼人は所属する部の面々にもちゃんと自分の企画を使うことを話してくれていたのかと麻由は嬉しくなる。
「ちょっと見せてよ。……うん、へー。面白いこと考えるね」
「ありがとうございます!」
山野は周りにいた企画営業部の社員たちを呼び集めると、皆で麻由の企画書をのぞき込んだ。
「ああ、このブランドの新ラインをメインにするんだ。いいね、売れそう」
「若い子向けの催事って今までなかったよな。面白いんじゃないか」
話し合う社員たちの感想は、概ね好意的なもので麻由はほっと胸をなで下ろす。
「この売り場にベッドを置くっていうのはきついな。これはやめて売り場面積を広くしたほうがいいだろ」
「じゃあ試着室もいらないんじゃないか。パジャマ売り場には必要ないし」
「え……」
だが、熱を帯びてくる社員たちの話し合いはだんだんと麻由の予測していなかった方向へ進んでいった。
「ま、待ってください。それがこの催事の面白いところで、癒やしの空間で商品をえらべるっていうのが――」
企画営業部の言うとおりの催事を進めていったら、隼人が面白いと評してくれたところが全部なくなってしまう。
焦る麻由に、社員たちは顔を見合わせた。
「販売部の子にはわかんないだろうけどさ、売り上げノルマっていうのがあるから」
「商品をたくさん置けたほうが効率がいいでしょ?」
「そんな……」
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