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しおりを挟むそれではまたつまらない企画に逆戻りだ。売り上げを重視するばかりでは、癒やしという企画の根本が覆ってしまう。
「それに、結局は責任者の判断だから。まさか君が責任者をやるわけじゃないだろ?」
「でも、私が出した案で……」
「販売部の子から企画を拾い上げるっていうのは聞いてるけど、主導はこっちが持つから」
それを聞いてますます麻由はしょげかえる。責任者として売り場を取り仕切るのは企画者だと思っていたのだ。
自分が責任者になれないなら、きっとこの企画は思い描いていたものと全く別のものになってしまうだろう。
「どうした」
「ああ、空閑MD」
企画営業部の輪に顔を覗かせたのは隼人だった。
麻由はその姿に思わずほっとしてしまう。
「今度の催事、企画案作るのってこの子ですよね。なんだか営業部の事情を知らないみたいで」
山野は隼人にこびるような目を向ける。企画営業部を引っ張っている隼人なら、事情を知らない麻由をたしなめてくれると考えたのだろう。
確かに入社してからずっと販売部の麻由に、営業部の事情はわからない。
だが、実際に来店する客と直にふれあってきたからこそ、企画営業部にはわからないことができるはずだ。
そう考えて作った企画なのに、麻由の案を採用してくれた隼人の前でつるし上げなくてもいいではないか。
隼人は受け取った企画書をパラパラとめくった。
「うん、ずっと良くなった。今度の催事はこれで行く」
「でもこのままじゃないっすよね?」
「いや、よほどのことがない限り、この案でいく」
隼人の言葉に、囲んでいた営業部の一同がざわめく。
「でも責任者は営業部から出しますよね。だったらこのままで、とはならないですよ」
「責任者は塚原さんだ」
その一言で一同の視線が麻由に集まった。
「部署の垣根を越えて企画のコンペをするというのはそういうことだ。企画者が責任者をする。じゃないと企画がぶれるからな」
「しかし……」
「だったらこうしよう。次の企画会議で塚原さんがプレゼンする。案に疑問のあるものはそこで質疑すればいい」
「えっ」
隼人が自分の企画を採用してくれることにほっとしていた麻由だが、その言葉に慌てた。
「まあ空閑MDの言うことに反論はしませんけど……」
隼人がその場を納め、社員たちは自分のデスクに戻っていくが、麻由は信じられない思いで隼人を見た。
「そういうわけだ」
「こ、困ります。プレゼンなんてやったことが……」
混乱する麻由を、軽く鼻で笑う隼人は余裕たっぷりだ。
「じゃあやめるか? 安心しろ。君が責任者にならなくても企画は続行する」
その言葉にうなずきかけて、やめる。自分がやらなければ、企画営業部の誰かが責任者を担う。さきほどの口ぶりではきっと企画を大きく変えられてしまう。
「……いえ、やります」
「そう言うと思ったよ。君は負けず嫌いだからな」
そうなんだろうかと、麻由は顔をしかめる。冷静だと言われることは多いが、そんな風に自分を熱い人間だと評する人はいなかった。
「別に嫌みを言ってるわけじゃない。俺は麻由のそういうところが好きなんだ」
「ちょっ」
誰かに聞かれたらどうするつもりだろうかと慌てて周りを見回す。幸いにも、麻由たちが私的な会話をしていることに気付いた社員はいなかった。
隼人はそんなことはお見通しだというように笑みを浮かべている。
(隼人さんと話していると、いつも慌てるのは私のほう)
隼人には知らなかった自分の一面をどんどん見せつけられているようだ。
翌日から、売り場の業務と並行して、今度はプレゼンのための資料作りが始まった。
企画書作りに使っていた時間を、新しい仕事に回すのだが、なにせはじめて行うことだ。勝手がわからずに、いくら時間があっても足りない気がしてくる。
休憩時間ごとにバックヤードで資料とにらめっこしている麻由を見て、後輩のエリナが心配そうに声をかけてくる。
「塚原先輩、聞きましたよ。今度の催事、先輩の考えた企画をやるんですね」
「あー、えっと……」
まだ決定はしていないのだが、人の口に戸は立てられないのか、社内ではもう噂が出回っているようだった。
決定前のことなので、そうだとも違うとも言えずにいると、エリナは浮かれた様子で目を輝かせる。
「すごいです! まさか販売部の企画が採用されるなんて! 頑張ってくださいね。私、応援するので」
エリナの中ではすっかり決定事項になっているようだった。
純粋に応援してくれるその気持ちが嬉しい。麻由は口元をゆるめた。
「ありがとう」
「あ、売り場私が出ますね!」
休憩時間もそろそろ終わるのでバックヤードから表に出ようとしていた麻由をエリナが制する。
普段なら遠慮するところだったが、今は心の底から感謝した。とにかく時間が惜しいのだ。ありがたく言葉に甘えることにして、引き続きプレゼン資料作成のための本に目を落とす。
(でも、噂になるってそれだけすごいことしてるってことだよね)
本来、催事の内容は企画営業部にのみ決定権のある仕事だったはずだ。隼人が他部門からも企画を募ると言ってからも、採用されるのは営業部のものばかりだった。
麻由の企画が決まれば、他部署からの案がはじめて採用されることになる。営業部以外の部署もきっと注目しているに違いなかった。
これは失敗できない。麻由は改めて気を引き締めた。
デパートの営業時間が過ぎてから、もうすっかり慣れた企画営業部のオフィスで、麻由は一人パソコン画面とにらめっこしていた。
「残念だったな。また残業になって」
「隼人さん」
プレゼンに使うスライドを作成するための画面をのぞき込んできたのは隼人だ。
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