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家の前まで隼人のあの、一目見て高級だとわかる車が迎えに来た。
控えめな光沢を放つ革のシートに体を沈め、麻由は横目で隼人の様子を盗み見る。
前にもこの車の助手席には乗ったことがあるけれど、どうもそわそわとして落ち着かないのは隼人の私服姿を初めて見たからだろうか。カットソーとジャケットは落ち着いた色でまとめられて、細身のパンツに包まれた足は、社用車のときと違って今日は悠々と伸ばされアクセルを踏んでいく。
「麻由」
「なっなんですか」
直接まじまじと見るのが緊張するので、ちらちらと様子をうかがい見ているところに話しかけられて麻由は肩をはねさせた。
「ありがとう、俺のためにかわいくしてきてくれて」
「ち、ちがっ、隼人さんのためとかじゃなくて」
「おめかししてきたのは認めるんだな」
「あ……」
「かわいい」
信号待ちで止まった車の中で、そっと髪を一房すくい上げられる。
「器用だな」
「し、仕事でいつもまとめてるので」
今日の髪型はハーフアップだ。仕事中は後れ毛のないフルアップだが、私服に合わせてこのまとめかたにした。
ミモレ丈のスカートにざっくりとしたニットを合わせて、これだけでもちょっとかわいらしすぎてあざといかと思ったのだが、軽く編み込みを入れたハーフアップはさらにおめかし感を倍増させて、このお出かけを楽しみにしていたことが明らかだった。
「雰囲気がいつもと全然違う。デパートではクールな感じだけど、今日は可憐な感じだ」
「や、やめてください。恥ずかしい」
張り切ってきたことに気づいてもらえて嬉しいような、気づかれたことが恥ずかしいような気持ちで麻由はうつむく。
ドライブ、という雰囲気でもなく隼人は目的を持って車を進めているようだった。
「どこにいくのかそろそろ教えてくれませんか?」
「ついてからのお楽しみだ」
都心から高速道路を使って二時間ほど走る。車は温泉街にたどり着いて止まった。予想していなかった目的地に戸惑いながら降りると、宿の前には足湯のあずまやがあって、観光客が楽しげに浸かっている。
「温泉……ですか?」
「そう警戒するな。こっち」
隼人が温泉宿の脇を抜けて小道に入っていくのに続く。
木々が多くなってきて、しばらくすると生い茂る緑の間に赤い鳥居が見えた。
「立派な神社」
随分古くからある神社のようだ。鳥居やそのそばの樹からも年季が入っていることがうかがえる。
迷いなく鳥居をくぐる隼人に麻由も慌てて着いていく。
神社の中はさらに木々が密集しており、空模様ももともと曇りだったことも相まって、ひんやりと肌寒い。
「大丈夫か?」
麻由が身震いすると隼人が自分のジャケットを脱いでかけてくれる。
「い、いいですよ。隼人さんが風邪ひきますって」
「いいから」
隼人はボタンまできっちり閉めて、麻由が勝手に脱がないようにする。
さすがにぶかぶかで、袖は手が見えないくらい生地が余った。
「なんか子供みたいだな」
余った袖をぱたつかせる麻由を見て隼人が笑う。
「わ、笑わないでください」
隼人は笑うことをやめずに、しかし袖を折り返して麻由の手を出してくれた。
「ここ、商売繁盛で有名な神社なんだよ。催事も近づいてきたし、参っておくのもいいかと思って」
「えっ!?」
その言葉に麻由は目の色を変える。
「早くお参りしましょう!」
「焦るな焦るな。神様は逃げないんだから」
賽銭箱に小銭を投げ込んで、隼人と並んで手を合わせた。
(えっと、神様にお願いするときって自分の名前を言ったほうがいいんだっけ。住所も? お願いごとは三回……ってそれは流れ星か)
参拝マナーがわからないので、とりあえず思いついたことを全部頭の中で言ってみる。
「随分熱心に参拝してたな。なにをお願いしたんだ?」
「もちろん今度の催事が成功しますようにって」
「いいのか? ここは縁結びでも有名な神社なんだが」
「え……」
隼人がいつも通りの口調でいうものだから、口ごもってしまう。
「い、いいです、別に。私お守り買ってきます」
社務所で商売繁盛のお守りを会計しながら、頭の中はもやもやとしたものでいっぱいになる。
(隼人さんどうしてあんなこと言うんだろう……)
縁結びのお願いはいいのか、なんてまるでもう自分との縁は望んでいないようではないか。
自分のことをずっとつなぎ止めてくれるのだと当たり前のように思っていた。それはあまりにも傲慢な考えだったことに気づいて気持ちが沈む。
「麻由、ほら」
「え?」
隼人が手渡してきたのは恋愛成就のお守りだった。ダメ押しされたようで胸がチクリと痛む。
「これ……」
「そんな不服そうな顔をするな。少しくらい俺にも脈があると思ったのは間違いだったか?」
「それ、どういう……」
戸惑っていると隼人が耳元に唇を寄せる。
「麻由の好きな男は目の前にいるんじゃないのか」
しっとりと濡れたような低い声に体がぞくりと粟立った。
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