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しおりを挟む隼人はデパートに戻らず、そのまま麻由を自分のマンションへと連れて帰る。
「隼人さんお願い。話を聞いて」
なるべく冷静な口調でいうが、隼人はそれを鼻で笑う。
「幻滅したか」
「な、なにが」
「聞いたんだろう。創業者一族のような顔をしておいて、本当はただの愛人の子だって」
「なに言ってるの? そんなの関係ない」
「安心しろ。戸籍の上では俺も空閑家の一員らしいから」
「隼人さんやめて。私そんなこと聞きたいんじゃない。隼人さんの家柄がどうとかそんなことどうでもいいの。ただ、これからのことについてちゃんと話したいだけなの」
「麻由……」
殺気立っていた隼人の空気が少しだけゆるんだ。
典子の言っていたように、隼人にとって自分の出自を知られるというのはとてつもないストレスなのだということを思い知る。それを言うことで近くにいた人が離れていくかもしれない。そんな爆弾を抱えて生きているような感覚だろうか。
麻由がそんなことは気にしないと言ったのは本心で、それが隼人にも少しだけ冷静な気持ちを取り戻させたのだとしたら嬉しかった。
(でも、なんて話そう)
治美のことを口にするか、迷った。さっきの治美の態度を見てしまって、もう麻由の中ではあの老婦人をただの悪い奴だとは思えなくなっている。だが、それを話したところで隼人が納得してくれるのかは疑問だった。
隼人のほうが治美との付き合いは長い。その長い時間の中で二人の関係にどんな溝が入ったのか、麻由にはやはりあずかり知ることはできないのだ。
少なくとも隼人が心に負った傷がとても深いものだとはわかる。それをいたずらに刺激したくはなかった。
(治美さんのこと、今は話すのやめよう)
それよりもっと自分にできることがある。それこそが最善の選択だと麻由は信じて疑わない。
「私たち、少し距離を置いた方がいいかもしれない」
「なっ」
麻由の切り出した言葉に隼人が顔色を変える。
「今回の催事、やっぱり私の力不足だったんじゃないかって。だから責任者もおろされることになって」
「違う! それは君を責め立てられる立場に置きたくなかったから」
「けど、そういう批判が出たのは私の企画にそもそも欠点があったからで……」
治美の言ったことは正論だったのかもしれない。そんな気持ちが自分の中でじわじわと大きくなっていった。
自身が若者向けである『フルール』の担当だから思いついた企画だ。その分視野が狭くなって、大勢の人を楽しませるという気持ちが欠けていたかもしれない。
「私、隼人さんのお荷物になりたくないの。今回の催事のせいで隼人さんが本部に戻れなくなったら、それが一番つらい」
それだけは迷いなく言える。
隼人のことを最初は見返してやりたいと思ってきた。その気持ちは変化して今は力になりたいと思っている。
だから隼人の邪魔をするような企画なら採用されなくたっていい。
隼人は呆然とその場に立ち尽くしている。
「だから、距離を置きたい。仕事でも女性としても、私成長するから。調子のいいことを言ってるかもしれないけど、でも……」
待ってて欲しい、とははっきり言えなかった。
治美が言うように良家のお嬢さまとの縁談は事欠かないのだろう。そんな女性たちに比べてはるかに見劣りする自分が、縛り付けておくようなことは言えない。自信のなさが顔をのぞかせる。
両肩に隼人が手をかける。その手が微かに震えていた。
「俺から離れるつもりなのか」
「今はそうしたほうがいいと思うの。周りの理解を得るためにも」
「……認めるわけないだろう」
自分を見下ろす隼人の目が据わっている。冷ややかな視線に背中がぞっと震え上がって、麻由は慌てて弁明する。
「ち、違うの。私隼人さんのことが好きだから、だから……」
自分だって本当は離れるのはいやだ。けれど隼人のことを思うならそれが最善の策だと思ったから気持ちを押し殺して提案しているのだ。それをわかって欲しかった。
隼人は表情を変えない。身じろぎ一つしなかった。
隼人には自分の言葉が届いていないのだ。こんな近い距離にいるのに、隼人との間には透明な壁があるようだった。
「は、はや……」
「許さない」
ぐいっ、と腕を引かれてソファの上に倒れ込む。
「な、なにす……」
体制を立て直す暇もないまま、その上に隼人がのしかかってくる。
引きちぎられるかと思うほど荒々しい手つきでカッターシャツの前をはだけさせられた。
「やめっ……!」
「わからせてやる。君が誰のものか」
そんなの、隼人のものに決まっている。
そう言いたいのに、口を開こうとすれば隼人の唇で塞がれてしまう。
隼人の舌が荒々しく口内を這い回り、その動きに翻弄されていると胸を覆う下着をずらされた。
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