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第71話
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とはいえ、少なくとも今朝まではアナスタシア王女へと盲目的だったはずだけれど、この短時間でどうしてリュシアン王子はこうも変わったのか。
っていう疑問もありはするけど、思い当たることがひとつもないわけでもない。
ティートさんの言葉もそうなんだろうし、何よりもシルヴェール王妃が語られた事を王妃殿下とは異なる視点でリュシアン王子はご存知のはずなのだ。
「リュシー様!」
アナスタシア王女がリュシアン王子を呼ぶけれど、リュシアン王子はやっぱり答えることもなければ振り向くことはない。
ただ僅かに苦悩するような表情を浮かべた後に、そっと口を開いた。
「すまないが、シア……先の話だけは受け入れる訳にはいかない」
「先の話って、王妃様がテオ様を嫌っていらっしゃるってこと……? なんで!? だって本当のことなのに!」
「いいや。そんな筈はない、そんな筈はないんだ」
ゆるり、ゆるりと首を横に振るリュシアン王子は、しばしの後に僅かに伏せていた視線を上げる。
その目はシルヴェール王妃を――ではなく、テオをまっすぐに捉えていた。
そうしてじっとテオを見詰めたまま、リュシアン王子は更に言葉を続ける。
「でなければ、俺は、俺達は、テオドール兄上の存在さえも知らずに生きていたはずだ……!」
絞り出すように紡がれたその言葉を聞いて真っ先に反応を示したのはカノンだった。
カノンは紅茶に口つけながらのんびりと言う。
「まあ、本当に険悪だったらそうだろうな」
正妻ともいえる王妃様ではない別の女性を母としていて、その女性の姿を多くの人々が知らず、けれどもご先祖様の特徴を強く残した子供。
極力他人とは接触しないように、と押し込めておくこともシルヴェール王妃なら可能だっただろう。
でも現実にはそんな事は無かった筈だ。
テオは三人の異母兄妹と一緒に育っている。
それは、ラスカやティートさん。この場にはいないけれどノエルくんも証明出来るだろうし、何よりも当事者であるジェラルド王子たち――つまりはリュシアン王子はよく知っているはずだ。
するりとこちらにやってきたリフを抱え、撫でてやりながら視線を移すと、テオがじっとリュシアン王子を見詰めていた。
静かにリュシアン王子を見るテオの表情は、少しだけ柔らかく緩められているように見えた。
「先の話だけ、というのは気掛かりではあるけれど、多少なりとも正常な思考を取り戻せたようで何よりだわ、リュシアン?」
ふわりと綺麗に微笑んだシルヴェール王妃が紡いだ言葉は、包み隠されることなく刺々しかった。
それだけ憤ってた、ってことなのかもしれないけれど、びくりと身を竦めたリュシアン王子の姿が目に入って、何とも癒えない気持ちになったのは言うまでもないわよね。
その一方で、アナスタシア王女は信じられないといった表情のままに呆然と佇みリュシアン王子を見ていた。
「なんで……? どうして……? あたし、嘘なんてついてないのに……」
と、つぶやくような声にリュシアン王子がちらりと見て、眉根を寄せる。
「そう、なのかもしれないが……すまない、シア。だがこれだけは譲れないんだ」
「どうして、ねえ、どうしてよ……? どうして信じてくれないの……!?」
けどリュシアン王子の言葉はアナスタシア王女の耳には届いていないようだった。
あるいは、都合の悪い言葉は聞かない事にしているのかもしれないけれど、だとしても二人の会話は成り立っていないことは明白で。
「だって、ちゃんと正しいことを言ってるのに……! 何度も何度も見たんだもん、間違って覚えてるなんてそんなことあるわけないのに……っ!」
「シア?」
「それなのに何で? なんでこんなことになってるの……? 全部暗記してるんだから、選択肢は間違ってない筈だし……そもそもあたしがヒロインなのに、なんでこんな狂って――」
その時、リュシアン王子が気遣わしげに見遣る目の前でアナスタシア王女は私にとっては聞き流せない言葉を発し、驚く私をまっすぐに捉え、
「――あんたのせいね?」
そう低く静かに、けれどもはっきりと言った。
っていう疑問もありはするけど、思い当たることがひとつもないわけでもない。
ティートさんの言葉もそうなんだろうし、何よりもシルヴェール王妃が語られた事を王妃殿下とは異なる視点でリュシアン王子はご存知のはずなのだ。
「リュシー様!」
アナスタシア王女がリュシアン王子を呼ぶけれど、リュシアン王子はやっぱり答えることもなければ振り向くことはない。
ただ僅かに苦悩するような表情を浮かべた後に、そっと口を開いた。
「すまないが、シア……先の話だけは受け入れる訳にはいかない」
「先の話って、王妃様がテオ様を嫌っていらっしゃるってこと……? なんで!? だって本当のことなのに!」
「いいや。そんな筈はない、そんな筈はないんだ」
ゆるり、ゆるりと首を横に振るリュシアン王子は、しばしの後に僅かに伏せていた視線を上げる。
その目はシルヴェール王妃を――ではなく、テオをまっすぐに捉えていた。
そうしてじっとテオを見詰めたまま、リュシアン王子は更に言葉を続ける。
「でなければ、俺は、俺達は、テオドール兄上の存在さえも知らずに生きていたはずだ……!」
絞り出すように紡がれたその言葉を聞いて真っ先に反応を示したのはカノンだった。
カノンは紅茶に口つけながらのんびりと言う。
「まあ、本当に険悪だったらそうだろうな」
正妻ともいえる王妃様ではない別の女性を母としていて、その女性の姿を多くの人々が知らず、けれどもご先祖様の特徴を強く残した子供。
極力他人とは接触しないように、と押し込めておくこともシルヴェール王妃なら可能だっただろう。
でも現実にはそんな事は無かった筈だ。
テオは三人の異母兄妹と一緒に育っている。
それは、ラスカやティートさん。この場にはいないけれどノエルくんも証明出来るだろうし、何よりも当事者であるジェラルド王子たち――つまりはリュシアン王子はよく知っているはずだ。
するりとこちらにやってきたリフを抱え、撫でてやりながら視線を移すと、テオがじっとリュシアン王子を見詰めていた。
静かにリュシアン王子を見るテオの表情は、少しだけ柔らかく緩められているように見えた。
「先の話だけ、というのは気掛かりではあるけれど、多少なりとも正常な思考を取り戻せたようで何よりだわ、リュシアン?」
ふわりと綺麗に微笑んだシルヴェール王妃が紡いだ言葉は、包み隠されることなく刺々しかった。
それだけ憤ってた、ってことなのかもしれないけれど、びくりと身を竦めたリュシアン王子の姿が目に入って、何とも癒えない気持ちになったのは言うまでもないわよね。
その一方で、アナスタシア王女は信じられないといった表情のままに呆然と佇みリュシアン王子を見ていた。
「なんで……? どうして……? あたし、嘘なんてついてないのに……」
と、つぶやくような声にリュシアン王子がちらりと見て、眉根を寄せる。
「そう、なのかもしれないが……すまない、シア。だがこれだけは譲れないんだ」
「どうして、ねえ、どうしてよ……? どうして信じてくれないの……!?」
けどリュシアン王子の言葉はアナスタシア王女の耳には届いていないようだった。
あるいは、都合の悪い言葉は聞かない事にしているのかもしれないけれど、だとしても二人の会話は成り立っていないことは明白で。
「だって、ちゃんと正しいことを言ってるのに……! 何度も何度も見たんだもん、間違って覚えてるなんてそんなことあるわけないのに……っ!」
「シア?」
「それなのに何で? なんでこんなことになってるの……? 全部暗記してるんだから、選択肢は間違ってない筈だし……そもそもあたしがヒロインなのに、なんでこんな狂って――」
その時、リュシアン王子が気遣わしげに見遣る目の前でアナスタシア王女は私にとっては聞き流せない言葉を発し、驚く私をまっすぐに捉え、
「――あんたのせいね?」
そう低く静かに、けれどもはっきりと言った。
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