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 僕の両親と浩司兄ちゃんと怜司の両親が、ゴールデンウイークに温泉に行くことになった。なんでも僕と怜司の受験がうまくいって一安心したからこそ、慰労を兼ねて旅行に行けばと、浩司兄ちゃんが提案したらしい。

 そして安くて良さそうな宿を怜司が見つけたとのことで、早々と予約。ゴールデンウイークを使って二泊三日の間、両親が不在になる。三食のご飯は買ったりして適当に済ますからと言ったら、母さんは作り置きをする苦労から解放されたのが嬉しかったらしく、お土産をたくさん買ってきてくれることを約束してくれた。

 ゴールデンウイークに旅行の予定を立てた楽しそうな両親とは裏腹に、落ち込んでいる人物に学校の外で出待ちされてしまう。それは学校が本格的にはじまり、適度な勉強の難しさに頭を悩ませているときだった。

「安藤龍!」

 フルネームで呼ばれたのは、学校帰りにコンビニに寄ろうとして、角を曲がりかけた瞬間、背後から声をかけられた。

「あ、樋口先輩……」

「藤島先輩の弟は?」

「部活でいませんけど」

 この間は怜司がなんとかしてくれたので、難を逃れることができたが、今は僕ひとり。どう考えても攻撃的な樋口先輩から、逃げられる気がしない。

「藤島先輩から、なにか聞いてる?」

 走って僕に近づいた樋口先輩は、入学式で呼び出したときとは違い、しょんぼりした表情で訊ねた。

「えっと、浩……藤島先輩には全然逢っていないんです。なので話をしていない状態でして」

 浩司兄ちゃんと言いかけてしまい、慌てて言い直した。

「そうなんだ?」

「怜司とは同じクラスなので話す機会はあるんですけど、藤島先輩とは学年も違うし、なにか特別な用事がない限り、逢ったりしません」

 わかりやすいように事実を述べた僕を、樋口先輩はさらに落ち込んだ顔で見つめる。

「俺、藤島先輩にセフレの関係を解消されちゃって」

「あ……」

「入学式に俺が安藤に逢ったのが原因かと思ったんだけど、それもどうやら違うみたいでさ」

 樋口先輩は肺に溜まっている空気を全部出すような深いため息を吐き、サラサラな髪の毛に手をやる。

「ほかのセフレも、藤島先輩から関係を辞めようって突然言われたって。「受験勉強に集中したいから」なんて、ありきたりないいわけ付きでね」

「藤島先輩は三年生ですし、勉強に集中したいのは、本当のことだと思いますけど」

 怜司よりも真面目な浩司兄ちゃんを知っているからこそ、そう言ったというのに、目の前で首を横に振られてしまった。

「ちなみに俺を含めて、五人のセフレがいたんだ。おまえは藤島先輩の性欲の強さを知らないから、そんなことを言えるんだよ」

「五人っ!?」

 ギョッとして、思わず大きな声が出た。慌てて口元を利き手で押さえる。

(あの浩司兄ちゃんに五人もセフレがいたなんて、衝撃の事実ですけど!)

「もしかしたら俺の知らないセフレが、外にいる可能性だってある」

「ええっと、そうですね。僕は普段から逢うことがないですし、行動範囲も全然知りません」

 あまりの事実に狼狽えながら答えつつ、中二のときに襲われたことを思い出した。

 浩司兄ちゃんの大きな手が、迷うことなく僕の感じる部分ばかり触れるせいで、ものすごくゾクゾクしてしまい、変な声がすごく出てしまったことや、口でされたときもすぐにイきそうになったことなど、ヤり慣れていないとできない行為ばかりだったことに、今更ながら妙に納得した。

「俺のこの髪と一重まぶたが安藤に似てるからっていう理由で、藤島先輩からセフレになってくれって言われたんだ」

 樋口先輩がさっきから触れている髪の毛に視線を移したら、やるせなさそうな面持ちでそれをぎゅっと握りしめる。

「安藤の代わりでもいいと思ってたのに、気づいたら好きになっちゃってさ。ダメだとわかっているのに、気持ちは止められなくて……」

「樋口先輩――」

「セフレを解消されたら、藤島先輩とはもうかかわり合うことはおろか、喋る機会もなくなっちゃう。そんなのつらすぎる」

 かわいそうだとは思ったけれど、僕から浩司兄ちゃんに樋口先輩を無下にしないでなんて、言える立場じゃない。

「すみません。僕はなにもできません」

「安藤が藤島先輩に俺のことを頼めば、絶対に言うことをきいてくれるって。頼んでくれよ!」

 いきなり両肩を掴まれて、ゆさゆさ揺さぶられてしまった。

「お願いだ、藤島先輩が好きな安藤の頼みなら、きっと」

「樋口くん、龍になにをしているのかな?」

 人の気配なんてまったく感じなかった。気づいたらすぐ傍に浩司兄ちゃんがいて、樋口先輩の両手を僕から引き剥がす。
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