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 浩司兄ちゃんの表情は、見るからに穏やかでほほ笑んでいたけれど、目がまったく笑っていなかった。見慣れないその感じが、逆に怖く見える。

「藤島……先輩」

 恐怖を感じているのは僕だけじゃなく、樋口先輩もだろう。目に映る顔色が青ざめていた。

「樋口くん、こんなところで龍になにを頼み込んでいたのかな。傍から見ていたけど、すごく必死そうだったね」

 浩司兄ちゃんがこんなところに現れるとは、誰も思わない。というか、僕と同じように帰り道に、コンビニに寄ろうとしていたのだろうか?

「龍、樋口くんになにを頼まれたんだい?」

 樋口先輩がなかなか口を割らないことに業を煮やしたのか、質問の矛先が僕に移った。

「あ……その――」

(素直にさっきのことを言ったら、きっと樋口先輩は浩司兄ちゃんにもっと嫌われてしまう。それはかわいそすぎるだろ)

「僕、浩司兄ちゃんと幼なじみでしょ。小さいときのエピソードを教えてくれって」

「そんなことを?」

 訝しげな顔でまじまじと見つめられたものの、思いつきでなんとか嘘を貫き通す。

「小さいときのこととはいえ、浩司兄ちゃんのプライベートだから、僕が躊躇していたんだ。樋口先輩、そうですよね?」

「あ、うん……」

 僕が訊ねると、一瞬だけ驚いた表情をした樋口先輩だったけど、うまい具合に僕の話にノってくれた。

「僕はなにも喋っていないし、これからも誰かに話すつもりはないです。なので樋口先輩、諦めてください」

 頭を深く下げてなんとかこの場をやり過ごそうとする、逃げの姿勢に入る僕を見た樋口先輩は、慌てた感じで後ずさりした。

「ぉ、おお俺も無理言って悪かった。安藤ごめん!」

 まくし立てるように告げるなり、脱兎のごとく去って行く。

「龍は困った幼なじみだね。悪いコにはおしおきだ」

 頭をあげた僕を見下ろす、浩司兄ちゃんの目が鋭く光る。

「え? おしおき?」

「龍は昔から嘘をつくとき、瞳が泳いで口元が微妙に震えるんだ。見ただけで、嘘をついてるのがバレバレ」

 浩司兄ちゃんは嫌なしたり笑いで僕の腕を掴み、無理やり引っ張ってどこかに向かった。

「浩司兄ちゃんごめん。本当のことを言ったら、樋口先輩がかわいそうだったから」

「龍もしかして、樋口くんのことを好きになったのかい?」

「そうじゃなくて……。僕に好きな人はいないよ」

「それなら安心した」

 その後、無言で突き進む浩司兄ちゃんが僕を連れて行った場所は、藤島家の物置だった。邸宅の横に設置されている見慣れた物置なれど、入口が奥側なので今まで入ったことはない。

 鍵がかかっていないのかドアがすんなり開き、すぐさま電気がつけられた。

「わっ! おじさんの趣味の釣り道具がたくさんある」

 道具を手入れするための長机が、物置の中央に置かれていて、壁際には釣竿やリールなど、たくさんの道具が手に取りやすいように配置されていた。
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