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第1話:アカツキの悪魔
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しおりを挟むここは昔、『アルマニア国』と呼ばれていた国の地下室。
今は住民も居ない、地図にも残っていないような小さな国であった。
町にもこの地下室にも、もうかつての面影はない。石に彫られた彫刻は一部辛うじて形を保っているが、長い年月をかけ少しずつ崩れており壁には大きな穴が開いている。そこに太い木の根が絡みつき、細い光がこの地下室を僅かに照らしていた。
朝日で小鳥が囀りだす頃、地下室に居る男性が眩しそうに目を開けた。
男性は広い地下室の中央に1人、両足の膝と脛を地面につけて座っていた。立った状態からそのまま膝から崩れ落ちたかのような体勢だ。
このような場所に何故男性が1人居るのだろうと不思議に思う者もいるだろう。しかしその疑問も、彼の姿を見ればおおよそ見当がつく。なにせ彼の背中には、大きな翼が生えているのだ。
大きな鴉のような黒い翼は、呼吸のたびに僅かに上下に揺れる。それはその翼が作り物ではなく、彼が人間ではなく悪魔と呼ばれる種族であることの何よりの証拠でもあった。
男性はその場でじっとしている。
いや、正確には動くことが出来ないようだ。何故なら彼の背中には大きな剣が深々と刺さっているのだから。
剣は胸を貫通し、そのまま地面に杭のように突き刺さっている。そしてその胸の傷口から、魔法の赤い鎖が伸びて彼の全身に巻き付くように縛っていた。彼の血に込められている魔力を利用して作られた鎖だろう。
周りの物は長い年月をかけてあらゆる物が風化しかけているのに、彼自身は時が止まっているかのように当時の形を保っていた。
彼は遥か昔に封印された不老不死の大悪魔だった。
「おはようございます」
誰も居ない空間で男性は声を発した。
全身を鎖に縛られているが、手首くらいは辛うじて動く。縛られた右手で胸から突き出した大剣の刀身を愛おしそうに撫でながら、目を細めて笑っている。
そして毎日のように言っている言葉を……今日もその剣に話しかけた。
「本日も良い天気ですね、主」
―――――――――
時を同じくして、そんな『アルマニア国』に足を踏み入れる者が居た。片手に古い手作りの地図を持った青年は呟いた。
「着いた……ここが噂の城下町の跡地か」
彼の名前は『アカツキ』。
白髪赤目のアルビノの青年だった。歳は成人前といったところだろうか。背は平均より低い方で、灰色シャツに黒のベスト、その上に厚めのジャケットを羽織っている。腰から下はシンプルなパンツに動きやすいようなアウトドアシューズと至って普通の格好だ。
寒気が身に染みる北部の山奥だった。辺りの木は全体的に大きく、硬い木の根が地面にびっしり張り巡らされている。舗装されている様子も一切なく、実際人が立ち入ることもほぼないそうだ。
彼はキャンプ道具と数日分の食料を背負いながらこの山道を1人で歩いていた。その目的は、目の前に広がる城下町の跡地にたどり着くことらしい。
アカツキの目の前には城壁だったであろう瓦礫が散乱しており、その奥の町も同様に崩れた建物が散見される。崩れている城壁に腰を掛け、荷物をおろした。
水分補給をしながら辺りを見渡していると、座っている城壁に何かが彫られているのに気付いた。砂埃を手で払い、彫られた紋章をじっと見る。
どうやらこの王国のシンボルのようだ。
「古い記憶だが見覚えがある……ここで間違いない」
アカツキはどこか嬉しそうに微笑んだ。
水分補給と携帯食で小腹を満たしながら、動きやすいように貴重品と最低限の荷物をまとめる。足の疲れもある程度取れたところで、探索に必要な最低限の荷物を持って町の中心に向かって歩き出した。
町の中は全ての物が崩れ去り、砂や木とほぼ一体化していた。
知らない者ならここがどんな国であったか、どんな暮らしをしていたのか想像するのも難しいだろう。
やがて町の中心と思われる場所にたどり着いた。ほぼ崩れ去っているが、この辺りで1番高い建物だ。おそらくここが町の中心に建っていたお城だろう。念入りに地面を見て、動かせる瓦礫をどかし、地下に入れる場所を探す。
意外にも地下への入り口はあっさり見つかった。
正確には入口ではなく地面に大きな穴が開いていただけだが、まあ地下に潜れるならそんなのは些細な事だ。木の根を伝っていけば問題なく降りられるだろう。アカツキは木の根をロープのように掴みながら慎重に降りていった。
そして降り立った場所は大きな地下室だった。
広場のように平らな空間であったが石壁以外はほぼ何も残っていない。アカツキは地下室の中央に何かがあると気付き、目を凝らした。
その先には背中から鴉のような黒い翼を生やした悪魔がいた。
半歩分開いた両足の膝と脛は地面に着き、上半身は少し前屈みになって項垂れているかのように首は下を向いている。立った状態からそのまま膝から崩れ落ちたかのような体勢だ。悪魔もアカツキに気付いたようで首をあげ、2人の視線が合う。
とても美しい悪魔だった。
夜明けの太陽のように綺麗な赤い瞳は大きく見開かれ、向こうも驚いている様子が窺える。しかしそれも一瞬だけ。もうアカツキに興味がないと言わんばかりにすぐにそっぽを向いた。
アカツキはそれを少々不満に思いながらも、『まあいいか』と誰にも聞こえない小さな声で呟く。彼にとってはそんな事より胸の奥から広がる感情を抑えるのに精一杯だったからだ。
その悪魔を見た時、ぞわりと心が高揚するのを感じた。
そっぽを向いた悪魔は気付かなかったが、アカツキはどこか怪しげにニヤリと笑っていた。
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