塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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11話 塔の魔術師と悩める仲間達

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 ラークは震えて怯えて「助けてください」と弱々しく繰り返すばかりで詳しい話を聞くことが出来なかった。それに時折ピ、ピ、と鳥の鳴き声を放つ。ただの鳥のように戻っている姿を見るに、魔力が足りていないのかもしれない。アゼリアの身に何かあったということか。
 状況を確かめるために直接アゼリアの元へ向かうことになった。

 フレンとエギルは当然一緒に行くとして、お前も手伝えとフェイロンもついでに連れて行くことにした。何があるか分からない以上助けは多い方がいい。

 疲れてぐったりしたラークはエギルが「大丈夫ですか、ラークくん。しっかりです!」と声を掛けながら背中に乗せて運んでいる。
 アゼリアの住むのは『黒き森』の中だ。その名の通り陰鬱で暗い森をラークの案内で進んでいく。



 やがてアゼリアの住んでいるという屋敷が見えてきた。

 暗くじめじめとした森に似合わない、白くて可愛らしい感じの屋敷がそこにはあった。

「派手だな……」

「アゼリア様らしい建物ですね」

 周りが暗い中、そこだけが白く光っているので違和感がすごい。じっと見つめていると目がチカチカしてくる。
 だが、ここがアゼリアの屋敷なのだと妙に納得してしまう自分がいた。派手好きで、実にあいつらしい。
 門をくぐると急に何本もの薔薇の蔓が地面から生えてきた。そして玄関の扉を覆い隠してしまう。

「エーティア様、俺の後ろへ!」

 薔薇の蔓が足元まで迫って来て、それに素早く反応したフレンが聖剣で斬り払う。
 斬り払った部分が瞬時に萎れて枯れていくので、アゼリアの魔力で作られた花であることは間違いない。
 しかし斬り払っても地面から別の蔓が生えてくる。

「こちらを攻撃してくる気配はありません」

 フレンの言葉通り蔓は進行を阻むためだけのもので、アゼリアにはこちらに危害を加えるつもりがないことを示している。だが、俺達の訪れを拒んでいるようだ。

「これ、キリがないです!」

 フレンとフェイロンそれぞれ道を開こうとするが、次々生えてくる蔓に手こずっている。特にフェイロンの方は苦戦している。聖剣で斬り払うのと、そうでない剣で斬り払うのとでは蔓の再生速度に違いが出ていた。

「仕方がない。一気に消滅させて、その隙に屋敷の中に駆け込むか。合図をしたら屋敷に向かって駆け出せ」

「分かりました!」

 魔術によって薔薇に熱を加えて水分だけを蒸発させた。そうすることによって薔薇も蔓もすべてが枯れていく。

「今だ!」

 合図を送るとフレンによって手を引かれた。共に屋敷の中へと駆けて行く。
 玄関ホールに辿り着いたところで足を止めた。ほうっと息を吐く。

「エーティア様、お怪我は?」

「ああ、何ともない。しかし中もまたすごいな……」

 屋敷の外観に負けず劣らず、内部もまたアゼリアらしい装飾が施されてあった。
 あちこちにレースがふんだんに使われていて、ピンク色の壁紙と相まってこれまた目がチカチカとしてくる。落ち着きのない内装だと思う。

「さて、アゼリアはどこにいるのか」

 中に踏み入れた途端に魔術による妨害は止んだ。蔓薔薇はもう生えて来ていない。諦めたのだろうか。
 その時、コツッと靴音が玄関ホールに響いた。

「これ以上は来ないでおくれ……。屋敷の主は現在留守にしているよ。すぐにここから帰りなさい」

 二階へ続く階段からしわがれた声がこちらに届いた。

 見上げると、真っ黒なローブに身を包んだ老女が佇んでいた。顔を俯かせている上、長い白髪によってその表情はよく見えない。
 フレンとフェイロンが警戒して身構える。しかしそれを制して、ゆっくり階段を降りてきた老女に向かって声を掛けた。

「ふむ、ようやく出てきたか、アゼリア」

 フレンもフェイロンも驚いたように目を見開く。

「えっ!?」

「あの方がアゼリア様……!?」

 俺が気付いたことは老女――アゼリアにとっても想定外だったらしい。呆然と立ち尽くしている。

「どうして……分かったの」

「ラークの異変を見れば分かる」

 老女になったアゼリアには若い女の姿だった時の面影が少しも無い。正直自分でも驚いているが、ラークの異変を見た時から、そうではないかと思っていたのだ。

 使い魔と主人は使い魔契約によって生命を共にする。
 俺が魔力を失った際にエギルがただの兎のように戻ってしまったことと同じ現象が起きていたのだ。
 ラークの体に異変が起こっているのなら、それは契約者であるアゼリアの身に異変が起きているということに他ならない。

「そう、エーティアちゃんを欺くのは無理だったみたいね……。このまま私だと気付かずに帰ってくれれば良かったのに」

「らしくないな。お前、黒い服は地味で陰気だから嫌だと言っていたくせに」

 アゼリアは黒い服を地味で自分には似合わないと嫌っていてほとんど着たがらない。だというのにこちらを欺くためとはいえ自ら進んで身に纏うとはな。
 自嘲気味にアゼリアが笑う。

「ふふ。こんなしわしわのおばあちゃんになったのに、ピンクの服なんておかしいでしょう? 私、もうそんな可愛らしい服が似合わないのよ。エーティアちゃんにもみんなにもこんな風になった姿、知られたくなかったわ……」

 アゼリアは細くてしわだらけの手でもって顔を覆い隠した。

「……俺にはピンクの服のセンスがよく分からないが、着たいのなら着ればいいんだ。たとえ老婆になったとしても。外側が萎れて中身まで萎れたか。いつもの威勢はどうした。まったく、お前らしくもない。本当に調子が狂う」

 いつもうるさい奴が萎れて落ち込んでいる姿など見たくないのだ。
 黒いローブのフードを引っ張り上げてアゼリアの頭に被せた。そうして顔を隠してやる。

「エーティアちゃん……」

 アゼリアがフードで隠れた顔を持ち上げる。わずかに覗く顎からは透明な雫が滴っていた。
 そっと視線を外す。

「お前がその姿になったのは、悪魔との契約違反によるものか?」

「そんなことまで知ってるの」

「塔にあった本で読んだことがある。生まれつき高い魔力を持つ魔術師とは違い、魔女の魔力は契約している悪魔によって得ている。悪魔へと対価を支払い、その見返りとして魔力を受け取っている、そういうことだろう?」

「そうよ」

「アゼリアが何百年も年を取らないのも悪魔との契約によるものだ。お前が急速に年老いたのはその契約に違反してしまったため魔力を奪われて罰を受けている状態なのだろう」

 フレンとフェイロンにも理解できるよう説明を口にした。
 そしてそれを聞いたフレンの顔が強張った。

「もしや、迷いの森で俺が銀の鏡を使ったせいですか!? アゼリア様には一度きりと言われていたのにそれを破ってしまったから……。あれがきっかけで罰を受けておられるのでは」

「恐らくそれだな……」

 俺にもそうとしか考えられない。別れ際の神妙な面持ちといい、思えばあの時アゼリアの態度には違和感があった。

 銀の鏡を使うことは正式な魔女との契約。
 鏡を使って魔女に願いを叶えてもらうには対価が必要だ。
 そしてその対価を受け取った魔女はそのまま悪魔へと献上する。
 それなのに、アゼリアは対価をもらうことなく願いを叶えてしまったので悪魔から罰を受けた。

「アゼリア様、今からでも対価をお支払いします。対価とは何か分かりませんが……俺から取って行ってください」

「フレン! それは俺が払うと言っているだろう。あの時、迷いの森へ踏み入って行ったのは俺なのだから」

「いいえ、それでも鏡を使ったのは俺です! エーティア様には関係ありません」

 押し問答を続けていると、アゼリアが怒り出した。

「もう! そんなものいらないと言っているでしょう。二人共対価が何か分かっていないんでしょう。対価は寿命なのよ。それも十年分!」

「十年……」

 まさか寿命十年分とは。明らかに対価が重すぎる気がする。

「二人は私のお友達だもの。ただでさえ二人はあっという間に死んじゃうっていうのに、十年ももらえるわけないじゃない! 絶対いらないわ!」

 アゼリアは声を震わせて叫んだ。

 何百年も生きているアゼリアから見れば、俺達の生は儚く短く映るのだろう。
 今の自分にも寿命十年の重みは良く分かる。

「それで対価を取って行かなかったという訳か……」

「安心して。別にあの件だけで罰を受けることになった訳じゃない。今までの積み重ねなのよ。これまでも対価をもらわなかったこともあるの。だからフレンちゃんのせいでもエーティアちゃんのせいでもない。私が魔女として駄目だっただけ」

「ならば悪魔と直接交渉しよう。そもそも対価が重すぎだ。契約の書き換えをしてもらう」

「そんなの無理よ! 悪魔に逆らうことなんてできないの」

「それはお前が悪魔との契約者だからだ。俺はその影響下にないから平気だ。悪魔のところへ案内しろ」

「どうしてそこまでしてくれるの……エーティアちゃん」

 アゼリアが不思議でたまらないという風に言う。

 どうしてそこまでするのか、自分だって不思議だと思っている。
 こんな面倒なことに自ら首を突っ込むなんてあり得ないとも思う。だが、いつもうるさいぐらいにしゃべるアゼリアが弱々しく大人しくなった姿を見て調子が狂ったのかもしれない。

 それに……。

「お前には迷いの森で助けられている。借りを作ったままが嫌なだけだ」

 助けられっぱなしというのは、俺のプライドに関わる問題だ!




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