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六道編

21.何よりも美しき者*

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 膝から崩れ落ち、影丸は荒く息を吐いた。額から汗がとめどなく流れ落ちてる。ふらつき倒れそうになった体を六道が支えた。

 童は影丸を見て、ひどく怯えた。
 一瞬で妖を消し去った影丸の方が化け物のようだと…その目は語っていた。

「怖い思いをさせてすまなかった」

 弱々しくつぶやき、童に頭を下げる。
 六道は怒りが込み上げてきたが「行きましょう」と穏やかに言う影丸に制され、唇をかみ締めて堪えた。

 影丸を背負って歩く。
 最初は抵抗していたが、やはり歩くのが辛いのだろう。大人しく体を預けてきた。

「…何故、その力を使った」

「童が無事なら良いのです。すでに穢れた身。これしきどうということはありません」

 命の方が大事なのだと影丸は言った。

「だが、あの童はお前を化け物のような目で見ていた。助けられておきながら…!」

「怖い思いをしたからでしょう。俺も童だったら、きっと怯えます」

 くす、と影丸が笑う。

「この世界には悪意を持つ者はたくさんいます…でも妖狩りとして働くうちにたくさんのやさしい人に出会いました。こんな呪われた力でも誰かの役に立つのなら、やはり俺は…使いたい…人を、助けて行きたい」

 六道は、背に乗せていた影丸を下ろし、食い入るようにじっと見つめた。
 不思議そうに首をわずかに傾げる影丸。

 肉親殺しの咎と、呪いの力で濁った魂の色は変わらない。それなのに、この上なく美しく思えるのだ。どんな魂よりも。
 もはや六道は影丸が罪人だとは露ほども思っていない。
 肉親を殺したのも、指輪を持っていたのも理由があったのだと。

 影丸がかつての自分を慕っているのは分かっている。だが、今は自分のことも慕って欲しい。
 影丸の頬に手を添えた。

「お前を愛おしく思う」

 このやさしく美しい者が欲しい。影丸からの愛が、どうしようもなく欲しいのだ。
 たとえこの身に穢れが移ろうとも、禁を犯すことになろうとも構わないと心からそう思った。




 影丸は六道の手から逃れ、静かに首を振った。

「そう思うのは…あなたが俺を知らないから。この心は魂と同様に本当に穢れているのです」

 影丸のことを愛しいと言う六道に、己の持つ穢れについて話しておかなければならないと思った。
 何も知らないから、そのようなことを言うのだ。
 このことを知ったら、六道は今度こそ影丸の前から去っていくに違いない。

「俺にはお慕いしている方がいました。嘘のように思えるかもしれませんが…その方の命を救うためには体を繋げる他なかったのです。その方は俺を拒絶しましたが、強引に事に及びました」

 六道の顔を見ることができない。
 ただ、静かに耳を傾けている気配がする。

「これは助けるために仕方がないことだと己に言い聞かせながら…ですが、その最中に気付いたのです。決して触れることの叶わなかったその方に触れ、本当は深い喜びを感じていたことに。俺はそんな自分を浅ましくて、汚らわしいと思います。とても許されることじゃない。俺では穢れのないあなたには到底相応しくない」

 影丸は自分から話しておきながら、六道の拒絶を恐れた。
 もしもその瞳に侮蔑の色が浮かんでいたら、とても耐えられない。だから、自分から背を向けた。

 しかし手を掴まれ、振り向かされる。
 見上げた六道の瞳に浮かぶのは、侮蔑でも拒絶でもなかった。変わらず、愛おしいと切望する眼差し。眩しそうに影丸を見ている。

「お前の思い…私には理解できる。禁じられていながらも、触れずには、思わずにはいられないのだ。私がそうであるように」

 六道の手が、再び影丸の頬に触れた。そっとやさしく。宝物に触れるように。

「たとえその者が許さずとも…私が許す。そのように感じたお前の思いは、罪ではない。汚れてもいない、美しい純粋な思いだと私には感じる」

 ほろっと涙が落ちた。
 六道は、影丸がずっと欲しくてたまらなかった言葉をくれた。この思いが罪ではないと、言って欲しかったのだ。他でもないこの方から。

「あなたは…俺に許しをくれるのですか」

「ああ」

 影丸は、六道の体に身を寄せた。
 それから恐る恐る、その背に手を回す。流れた涙が美しい、白い羽織を濡らした。

「私のことを少しでも慕ってくれるのなら。受け入れてくれ、私の思いを」

 目の前の、今の六道は真っ直ぐに影丸を愛してくれる。他の誰でもなく影丸を強く求めた。抗うことなどできなかった。

 こく、と一つ頷いた。
 心の奥底へ沈めていた思いは、もう隠さなくても良いのだ。

「もう随分前から…あなたをお慕いしています」

 六道のわずかに冷えた唇が、影丸のものにそっと落とされた。




 影丸達は都の旅籠に泊まった。
 明日になったら駿河達の住む鬼の里へ行くつもりでいる。
 妖退治の報告ついでに影丸を心配しているであろうから一度里に戻りたいと言ったら、六道が自分もついて行くと言ったのだ。
 なので、共に行くことにした。

「こちらへ、影丸」

 床についた六道が、影丸を引き寄せた。
 膝の上に座らせ、手を取ると甲に唇を落とした。唇は、そのまま腕から肩、首筋へと昇っていく。

 そして間近に緋色の瞳が迫る。
 六道の長い睫が、頬に影を落としている。
 影丸はこの美しく気高い人を、息を詰めてただただ見惚れることしかできない。

「お前と契り合いたい」

「あなたの望むままに」

 影丸にはもう断るという選択肢はなかった。

「私の名を呼んでくれ。六道、と」

「六道様…」

 影丸がその名を呼ぶと、満足そうに緋色の瞳が細くなる。
 唇が重ねられる。
 ゆっくり瞳を閉じかけた影丸は、忍ぶように入ってきた濡れた舌に驚き目を丸くする。
 思わず引きかけた舌を絡め取られ、吸われる。

 こんな口吸いは、知らない。

 体の芯まで溶かし尽くそうとする口吸いに、影丸は翻弄される。

「あ…はぁ…はぁ……」

 上手く息が吸えず喘ぐ影丸の耳に、ひそやかに笑う声が落ちる。

「その様に必死になる姿は愛らしい。もっと乱してみたくなる」

 口吸いの合間に低く囁かれる。何だか、少し意地悪だ。
 抗議するように視線を向けると、する、と首筋が撫でられる。力が抜ける。

「そうだ。体が固くなりすぎている」

 何度か繰り返す内に少しずつ、息継ぎが上手くできるようになる。やさしさの中に淫らさの含まれた舌遣い。気が付いた時には着物はすっかり解かれ、褥へと組み敷かれていた。

 六道の裸身にそっと触れる。
 焦がれていたものが、目の前にあって触れずにはいられないのだ。胸から腹へとなぞるとくすぐったいのか、手を絡め取られてしまう。

「あまり煽るな。やさしくしたいのに、儘ならぬ」

 緋色の瞳がぎらぎらと闇の中で光る。
 ぞくりと背筋が震える。粟だった肌が舐められる。
 快感に硬く尖った胸の先を口に含まれ舐められると「あぁ…」と声がもれる。影丸の反応に気を良くしたらしい六道は、さらにそこを執拗に舐った。

「ふ、ぁあ、あ……っ」

 体中が甘く痺れ、溶かされてしまいそうだ。奥の方が熱くなる。
 この方が欲しい。欲しくてたまらない。

「六道様が欲しい…今すぐに」

「馴らしておかねば、辛いだろう」

「痛くても構いません。あなたと離れている方が…今は苦しい…離れたくない…」

「随分と可愛いことを言う」

 疼きを上げる場所に、硬いものが触れた。
 それはゆっくりと影丸の中へと押し入ってくる。もどかしさを感じた次の瞬間、一息に奥深くまで穿たれる。

「くっ……あっ、ああ………っ」

 六道の背にすがりつく。
 いつか嗅いだことのある香の匂い。上品で甘く、胸を掻き毟られるような切なさを覚える。
 「辛くはないか?」という問いに無言で何度も頷いた。痛みは無かった。

 それどころか、どうしようもないほどに気持ちがいい。ずっと長いこと求めていたものが得られて、嬉しさ、切なさ色んな感情が頭の中を乱す。

「気持ち…いい………」

 素直に思ったことがぽろりと口から零れ落ちてしまった。

「ふ、煽るのが上手いな…」

「あっ……!」

 六道のものでぐりぐりと抉るように内壁を擦り上げられて、欲望が爆ぜた。何度か震えながら白濁が腹を濡らした。あっという間に達してしまい、羞恥に白い肌が赤く染まる。

「恥じ入ることは無い。お前が私を切に求めてくれているのが知れたのだから」

 六道は嬉しそうに頬を緩めながら、唇を求めた。
 口の中を蹂躙しながら、抽挿を開始する。達したばかりで、快感に震える内壁が、さらに蕩けて柔らかくなっていく。
 体中のどこもかしこも、六道を受け入れることを喜んでいる。

「あぁ……。ん、あぁ……」

 もはや自分のものとは思えない、乱れ切った嬌声が口から零れ落ちる。
 腰に腕を回され、体を起こされる。膝に跨るような体勢になって繋がりがさらに深くなる。

「六道…様…っ」

 これ以上ないほどの幸せを感じていた。
 別れた魂が一つに戻ったようだ。二人が繋がるのは自然のことのように思えた。必然だったのだ。
 二度と離れまいと手を絡める。

「六道様……六道様っ」

 下から突き上げられ、快感に捕らわれながら、自らも腰を揺すった。ぼうっとする頭では、ただただ名を呼び続けることしかできない。
 六道の白い肌に唇を寄せて、吸い上げる。やがて体の中に熱いものが流れ込んだ。
 目の前が白く染まった。

 崩れ落ちそうになる背を支えられ、ゆっくりと褥に寝かされる。
 ずる、と己の中から陰茎が引き抜かれた。白いものが褥に零れ落ちる。ぞくぞくと粟立つ首筋に唇が落とされ、それから次に唇へと。




 汗や白濁や余裕の無さでぐちゃぐちゃな影丸に対して、やはり六道は美しいままだ。余裕もある。この差は一体。人と神の違いだろうか。

 じっと見つめていた影丸は、しかし六道の持つ雰囲気が先程までと変わっていることに気付いた。
 どこがどうとは上手く説明できないが…。
 何かがおかしかった。

 六道もまた、影丸を静かに見つめていた。何かを考え込むように。

 やがて、床に落ちた着物の中から何かを手にとって、それを影丸の首に下げた。
 それは紐に下げられた翡翠の指輪だった。久しぶりに感じる、懐かしい重み。
 言葉も無く、指輪を見つめる。

「それは私がお前に贈ったもの。そうだな?」

 わずかに血の気が引く。記憶が戻ったのだろうか。
 影丸が六道にかけた呪いは未だに解かれた気配はない。思い出すことは絶対にない。

 だが、六道の口調は確信を得たものだった。
 何も答えない影丸に、六道は少し寂しそうな顔をした。

「冷えてきた。薪をもらってこよう」

 そう言って、着物を身に着けた後で部屋を出て行く。
 戻って来た時話をしようと言われた。

 六道が記憶を取り戻した時、二人の関係は終わりを告げる。
 あの時影丸を拒絶した師匠が、記憶が戻っても影丸を求めるとはどうしても思えないのだ。きっと拒絶される。
 師匠である六道と、今の六道の影丸に対する気持ちは違うのだ。

 言えるはずがない。

 一度味わった幸せを、手放すのは辛すぎる。
 たとえこの幸せが長く続かないと分かっていても、今だけは手放したくないのだ。 




 思い悩む影丸の耳にしゅるしゅる、と畳を擦る音が届いた。
 視線を向けると、白い蛇がいた。いつかの白蛇だろうか。また会いに来てくれたのかもしれない。その白蛇は真っ直ぐ影丸に近づいてきた。

「また来てくれたのか…?」

 声を掛けた影丸は、しかしその白蛇が以前会ったものではないことに気付いた。大きさがわずかに違う。
 そして、それに気付いた時には遅かった。

 ふくらはぎに、鋭い痛みが走る。

「あ…」

 噛まれた、と思ったその瞬間視界は黒く染まった。
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