盗賊と領主の娘

倉くらの

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第8章 戸惑い

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「レイピアー! さっきブレンと話してたって聞いたけど…あのバカ、またあなたに変なこと言ったんじゃないでしょうね?」

 慌てた様子でレイピアのテントに駆け込んできたシアは開口一番、そう言った。
 いつも何かしら出来事があるとあっという間に団員達の間に話が広まってしまうのである。
 噂話や事件の話が好きな団員が多いのだろう。娯楽に飢えているのかもしれない。今度はどこからそんな話を聞きつけてきたのかしら、と疑問に思いながらもレイピアは首を横に振る。

「ううん、そんなんじゃないわ」

「そう? それならよかった。ブレンって単細胞ですぐにカーッとなるし、どうしようもないバカだけどあれもスキルを思っての行動だったのよ、許してやってね」

 まるでシアは自分のことのようにレイピアに対してすまなそうな表情をする。

「あのバカってばいっつも行動に考えなしだし、結局自分の足を自分で踏んで自爆するタイプなのよね~」

「…ねえ、シアってブレンが好きなの?」

 しきりにブレンをけなしているシアだったが、その口調に含まれている微妙な雰囲気をかぎとったレイピアは確信を持ってつぶやいた。途端にシアは顔を真っ赤にして慌てふためく。

「なな、なに言ってるのよ~! そんなわけないじゃない! あいつはただの幼なじみなんだから」

「あなた達って幼なじみだったの?」

「そうよ。小さい頃から一緒にいるからあいつは手のかかる弟みたいなもんなの。だから特別な感情なんてないんだってば!」

「ふうん、まあそういうことにしておくわ」

 むきになって否定するシアの様子がおもしろくてたまらないという風に、レイピアは唇を笑いの形に歪めて肩をすくめる。
 そのレイピアの含み笑いにシアは反対におもしろくなさそうにむー、と唸る。

「レイピアって…どうして自分のことには鈍いのに人のことになると鋭いのかしら」

「何か言った? シア」

「なんでもない…」

「あ、あのお取り込み中すみませんが…」

 ためらいがちにテントの外から声がかかる。
 恐らくレイピアとシアが話し込んでいたからテントの中に入るタイミングを決めかねていたのだろう、リグは遠慮がちにテントの中に入ってきた。

「どうしたの? リグ」

「これを受け取ってください」

 そう言ったリグから手渡されたのは1枚のチケットだった。

「何なの? これ…」

 レイピアはそれを片手に持ってひらひらと振る。

「サーカスの招待状ですよ、若君からあなたへ」

「どうして私が招待されるのかしら? 何か罠でも仕掛けてあるのかしらね」

 チケットを口元に押し当てて考え込む仕草をするレイピアにリグはさあ、と苦笑いして曖昧に答える。リグ自身スキルがレイピアを招待した理由をわかっていないのだろう。

「前にも言ったと思うけど、私はサーカスなんて見る気はないわよ」

 それは本心だ。
 その思いは前とは違う理由からだけど。

 かつて持っていた盗賊に対して軽蔑しきっていた気持ちは自分でも驚くほどに無くなっていた。

 彼らは気さくで、親切で、楽しい。それを好ましく思っている自分がいる。だからこそこれ以上、踏み込んではいけないと思った。
 ゲームが終わる日のために。
 彼らのことを深く知りすぎてはいけないと思った。

 離れがたくなってしまうから。

 レイピアは頑ななまでにサーカスを見ることを拒んだ。途方に暮れて困り果てたリグに助け船を出したのはシアだった。
 シアはレイピアの手を握って懇願する。

「私からもお願いよ! サーカスを見てちょうだい。レイピアに私のアクロバットを見て欲しいのよ」

「お願いします、レイピアさん。きっと若君はあなたにサーカスの楽しさを知ってもらいたいのかもしれません!」

 ここに来てからというもの何かと親切にしてくれたリグ、そして友達のシア。2人に懇願されてはさすがのレイピアも断り続けることができなかった。
 もともと押しに弱い性格なのである。

「わかったわよ、でも…つまらなかったらすぐに出ていくからね!」


***


 サーカスの開演時間までまだ時間がある。
 シアもリグも開演前の準備のために出て行ってしまった。テントに1人になったレイピアはチケットを握りしめたままベッドに横になった。

 相変わらず右手はまだ痛む。
 あの事件から全てのものが少しずつ変わってしまったような気がする。
 団員達のレイピアに対する態度、レイピアの団員達に対する態度。
 そして…
 スキルとの関係。

 あの事件の後も相変わらず皮肉ばかり言い合って、ダイヤをめぐって攻防戦をくり返している。右手を怪我しているにも関わらず一切手加減をしないスキル。だから初めは考えすぎかもしれないと思った。
 けれど…何かが違うのだ。

 たとえば食事をしているとき。
 ふと背中に誰かの視線を感じる。振り返ってみると必ずといっていいくらいにスキルがいる。目が合ってもスキルは逸らせるどころかいつまでも、いつまでもじっと見つめてくるのだ。だからレイピアの方がギクシャクとして先に逸らしてしまう。

 たとえば包帯を巻き直しているとき、傷に良く効くと言って薬草を持ってきたスキル。
 不器用な仕草で包帯を解くレイピアを見かねたスキルが代わりに包帯を解いて傷に薬草を塗りこんだ。ところが処置が終わっても一向にレイピアの手を取ったまま放そうとしない。痛々しそうな顔をして傷口を見つめる彼に対して戸惑った声を出すとそこで我に返ったように顔を上げ、その数秒後にはいつものからかうように口元に笑みを浮かべた表情に戻っている。

 何かが変だ…。何かが少しずつ変わっている。

 でも考えるのはよそう。
 鈍るから。
 迷いが生じるから。何も考えてはいけない。

 考えて良いのはピンクダイヤモンドを取り返すこと、ただそれだけだ。




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