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思い出
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その後店に戻り、バイクを店に返すと店長に事情を話して早退させて貰うことにした。杉山さんは、相手は大の大人なんだから一人でも大丈夫だろうと俺が行くのを止めようとした。「俺はガタイがいいから一緒に行こう」とも言ってくれた。だけどバイトが急に2人も抜けるわけにはいかないし、俺の意志が固いのを感じたのかしぶしぶ引いてくれた。ただ、しきりに心配して何かあったらすぐに連絡するようにと言われ念の為LINEの交換をした。確かに普通に考えたら知らない人の家に未成年を送り出すのは不安かもしれない。でも「瀬名雪人」にとってはよく知っている人だから。
俺は素早く着替えをするとドラッグストアに寄り手短に風邪薬、解熱剤や冷却シート、パウチのおかゆなど必要そうなものを買って大樹の元に急いだ。
「おじゃましまーす…」
静かに部屋に入っていくと先程と同じようにベッドに横になっている大樹がいた。急いだけど1時間近く経っているから寝ているかもしれない。びっくりさせないように
「冷却シートを何カ所か貼りますから冷たいですよ、すいませんねー」
と言いながら額や脇に貼り付けその後、キッチンにあった電子レンジでおかゆを温めた。適当なお椀を見つけておかゆを入れ部屋に戻ると大樹はベッドから起き上がっていた。
「…本当に戻ってきたのか」
「そりゃそうでしょ、病人を放っておけませんよ-。バイト先には断って来てるんで大丈夫ですよ。レンチンしただけですけどおかゆ出来たんで食べます?」
もう何か言う気力もないのか大樹は黙って差し出したおかゆに手を付けた。
狭い部屋の中で俺はスプーンを口に運ぶ大樹を見つめる。寝るときに外した眼鏡のせいか、大樹の整った昔の面影を見つけた。大学時代、誰よりも近くで見ていると思っていた大樹の顔。部屋は静かで大樹がおかゆをすする音だけが聞こえる。それは大樹と大学の図書館で初めて出会った日を思い出させる感覚だった。
接点のない俺達が知り合うきっかけは大学内の図書館で席が向かいになったことだった。大樹は西日の当たる窓際に座り一人で本を何冊も広げ熱心に勉強をしていた。いつもは周りに男女関係なく囲まれて賑やかにしている姿しか見ていなかったから静かで落ち着いた彼の姿に見入ってしまった。軽薄そうにみえた顔は知的で真面目な一面を覗かせていて俺は初めて心が揺さぶられる感覚を知った。初恋だったんだと思う。大樹はずっと突っ立ったままの俺に気づいて
「座れば?」
と広げた本を片付けだした。
「い、いいよそのままで、俺はPCメインだからそんなに場所取らないし」
「あっそう」
彼はまたテキストに目を向け、静寂が戻った。俺のタイプの音だけが静かな図書館に響いていた。
それから俺は図書館に通うようになった。彼は毎日いるわけじゃないから会えない日もあったけど彼の定位置の席の前を陣取っていれば会えることも多くなり、いつの間にかちょっとした会話をする仲になっていた。飛び交っている噂によると彼はバイでしかも来るもの拒まず去る者追わずのかなりゆるい倫理感の持ち主らしい。でも俺は図書館での静かで真面目な姿が本来の彼なんじゃないかと思えて仕方なかった。
「なんだよ、この英単語と数字の羅列は」
「プログラムだよ、俺情報学部だし」
「俺はこういうの向いてないわ、めんどくせー」
「はは、こういうのは向き不向きがあるからね。俺からしたら染谷君のテキストの方が異次元だよ、計量経済学の理論と分析?タイトルだけで尻込みするよ」
「あー、俺、会社継がなきゃなんねーからな。仕方なくってやつだ」
そんな何気ない会話。初めはそれだけで嬉しかったのにいつの間にかそれだけじゃ満足できなくなって気持ちが溢れそうになった。でも周りにいる人達は洗練されていて、本人は更にレベルの違うイケメンで、地方都市から出てきた田舎くさい自分が釣り合うとは思えなかった。そばにいられる幸せと片想いの苦しさでどうしようもなくなったとき、俺の心を知ってか知らずか大樹は「なあ、つきあおっか」とさらっと笑って言ってくれたのだった。
俺は素早く着替えをするとドラッグストアに寄り手短に風邪薬、解熱剤や冷却シート、パウチのおかゆなど必要そうなものを買って大樹の元に急いだ。
「おじゃましまーす…」
静かに部屋に入っていくと先程と同じようにベッドに横になっている大樹がいた。急いだけど1時間近く経っているから寝ているかもしれない。びっくりさせないように
「冷却シートを何カ所か貼りますから冷たいですよ、すいませんねー」
と言いながら額や脇に貼り付けその後、キッチンにあった電子レンジでおかゆを温めた。適当なお椀を見つけておかゆを入れ部屋に戻ると大樹はベッドから起き上がっていた。
「…本当に戻ってきたのか」
「そりゃそうでしょ、病人を放っておけませんよ-。バイト先には断って来てるんで大丈夫ですよ。レンチンしただけですけどおかゆ出来たんで食べます?」
もう何か言う気力もないのか大樹は黙って差し出したおかゆに手を付けた。
狭い部屋の中で俺はスプーンを口に運ぶ大樹を見つめる。寝るときに外した眼鏡のせいか、大樹の整った昔の面影を見つけた。大学時代、誰よりも近くで見ていると思っていた大樹の顔。部屋は静かで大樹がおかゆをすする音だけが聞こえる。それは大樹と大学の図書館で初めて出会った日を思い出させる感覚だった。
接点のない俺達が知り合うきっかけは大学内の図書館で席が向かいになったことだった。大樹は西日の当たる窓際に座り一人で本を何冊も広げ熱心に勉強をしていた。いつもは周りに男女関係なく囲まれて賑やかにしている姿しか見ていなかったから静かで落ち着いた彼の姿に見入ってしまった。軽薄そうにみえた顔は知的で真面目な一面を覗かせていて俺は初めて心が揺さぶられる感覚を知った。初恋だったんだと思う。大樹はずっと突っ立ったままの俺に気づいて
「座れば?」
と広げた本を片付けだした。
「い、いいよそのままで、俺はPCメインだからそんなに場所取らないし」
「あっそう」
彼はまたテキストに目を向け、静寂が戻った。俺のタイプの音だけが静かな図書館に響いていた。
それから俺は図書館に通うようになった。彼は毎日いるわけじゃないから会えない日もあったけど彼の定位置の席の前を陣取っていれば会えることも多くなり、いつの間にかちょっとした会話をする仲になっていた。飛び交っている噂によると彼はバイでしかも来るもの拒まず去る者追わずのかなりゆるい倫理感の持ち主らしい。でも俺は図書館での静かで真面目な姿が本来の彼なんじゃないかと思えて仕方なかった。
「なんだよ、この英単語と数字の羅列は」
「プログラムだよ、俺情報学部だし」
「俺はこういうの向いてないわ、めんどくせー」
「はは、こういうのは向き不向きがあるからね。俺からしたら染谷君のテキストの方が異次元だよ、計量経済学の理論と分析?タイトルだけで尻込みするよ」
「あー、俺、会社継がなきゃなんねーからな。仕方なくってやつだ」
そんな何気ない会話。初めはそれだけで嬉しかったのにいつの間にかそれだけじゃ満足できなくなって気持ちが溢れそうになった。でも周りにいる人達は洗練されていて、本人は更にレベルの違うイケメンで、地方都市から出てきた田舎くさい自分が釣り合うとは思えなかった。そばにいられる幸せと片想いの苦しさでどうしようもなくなったとき、俺の心を知ってか知らずか大樹は「なあ、つきあおっか」とさらっと笑って言ってくれたのだった。
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