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第16話 吾輩は少し寂しいのである
しおりを挟む我輩にはお気に入りの場所がいくつかある。
今回はその一つである三河家御子息の御友人が住む家の話をしよう。
商店街でひと仕事終えた我輩は、ほぼ必ず体が汚れている。
現場とは辛いものだ。
こういった時は必ずと言っていいほど御子息御友人の家へとお邪魔するのだ。
まるで自分の家へ帰って来たよう勝手に上がり込む我輩は、先ず彼の部屋へ。
木製木箱の引き出しを開けると肌触りの良い布がギチギチに詰め込まれている。
「ニヤニヤニヤーッ♪」
ご機嫌な我輩は鼻歌を歌いながらそれらに体を擦りつけるのだ。
あぁ気持ちいい!
「あっ! かぁちゃん猫が俺の部屋にっ!」
丸顔で童顔の御友人が帰宅した模様。
我輩を抱き上げてその不愉快な顔に近づけたから猫パンチをお見舞いしてやった。
勿論爪は全部出して。
「この猫一体どこから来るのかしらねぇ。見た目は黒と白で可愛いのにすることがエゲつないわよねー?」
彼の母親に褒められたことで気分が良くなる我輩。
褒美を取らせようにも今は何も持ち合わせていない。
仕方が無いからとっておきの接吻でもプレゼントしよう。
牙剥きだしで思いっきり噛む情熱のキスを。
そんなある日、この家でこんな話を耳にする。
「もうおばぁちゃんの家へ行くしかないのよ。この町であなたは普通の生活は無理なの」
どうやらこの家を出て行くらしい。
費用の問題なのだろうか?
これ以来我輩はここを毎日訪れるようになる。
お世話になった〝尾藤家〟の方々に我輩のことを時々にでも思い出して貰いたい。
そう思いながら様々な物に体を擦りつけてやった。
ついでに毛をばら撒くといった出血大サービスも。
そして引っ越しの時。
「寂しくなるわねー奥さん。息子さんの喘息が良くなればまたこちらへ戻ってくるんでしょう?」
息子が喘息?
言葉が難しくて我輩には理解できない。
しかし会話を聞くに、どうやら今が最後の別れ時らしい。
悲しみを堪えて一家全員にすり寄った。
とくに御友人中心に。
「あっ! 猫がっ……あぁっ……ックシュハァックシュッ! ッホ……ゴホッゴッホッゴッホゴッホ!」
そして彼はおばあちゃんの家なる場所へと旅立った。
白と赤のピーポーピーポー煩い車に乗って。
仕事後の一息入れる場所を一つ失ったこの日。
我輩としても少し寂しかった。
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