砂塵に咲くは小さき恋歌

文月 澪

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反撃の狼煙

第10話 ︎︎窮鼠猫を噛む

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 大門をくぐると、そこは楽園だった。

 ぐるりと建物が囲う広場には、大きな噴水があり、貴重な水が飛沫しぶきを上げている。その周りで大勢の女達が着飾り、おもいおもいに談笑していた。

 その視線が、一気に韵華ユンファに集まり、値踏みする数十の瞳が、しだいに嘲笑に変わっていく。

 その中を、韵華ユンファは堂々と歩いていった。

 すると、一人の女が足を投げ出す。つまづかせようという魂胆か。韵華ユンファは目を細め、その足を思いっきり踏みつけた。

 鈍い音がして、女は絶叫する。

「痛い! ︎︎何するのよ!?」

 抗議を上げる女を睥睨へいげいしながら、韵華ユンファが口を開いた。

「あら、ごめんなさい。汚い物があったから、つい」

 見下していた者からの攻撃に、女は顔を歪め声を荒らげる。

「なんですって……! ︎︎このクソガキ!」

 口汚くののしる様を、韵華ユンファは侮蔑の表情で見やった。

「いやだわ、口の悪いこと。こんな人が王太子のハレムにいるなんて……。貴女のせいで品位がガタ落ちよ。さっさと実家に戻る事をおすすめするわ」

 韵華ユンファの事はこのハレムにも知れ渡っている。ただの政略結婚で嫁いできた、いわば人質として。なんの力も無い子供と侮っていた女は歯噛みする。

「……私を誰だと思っているの」

 精一杯の虚勢。
 それを韵華ユンファは鼻で笑った。

「貴女こそ、私を誰だと思っているの? ︎︎第三王子の第一夫人よ。王太子にはべる上級夫人ならともかく、こんな所でお喋りしている下級の者が口をきいていい相手じゃないの。身の程をわきまえるのね」

 そう言う韵華ユンファの瞳は冷たい。子供ながらに声を低め、牽制する。図星を刺された女は戦慄わななきながらも、引くしかなかった。

 例え王太子のハレムにいるとはいえ、直に王太子と会える者は限られている。寵愛を受けるにはそれだけの美しさと、教養が必要だ。

 この広場は、その寵愛から外れた者達の集う場所。傷を舐め合い、時に蹴落とし合う、醜悪な場所だ。一応は王太子の夫人であるが、それは名ばかりの娼婦と言えた。第三王子とはいえ、第一夫人の韵華ユンファとは天と地ほどの差がある。

 上級夫人達は更に上質な部屋を与えられ、王太子に侍っている。今もサロンで優雅に韵華ユンファを待っているはずだ。

 睨み上げる女を一瞥して、韵華ユンファは侍女を促した。侍女も慣れたもので、感情を表に出さず、あっさりときびすを返すと歩を進める。

 韵華ユンファもそれに続き、広場を後にすると嘲笑は女に移った。さざめく声を背に、更なる敵に集中する。上級夫人ともなれば、先程の女など可愛いものだろう。

 王太子を手玉に取り、操る女達。

 それが五人。

 どんな歓迎を受けるのか、韵華ユンファはいくつもの応対を模索していた。カミルとも話し合いを重ね、その先も見据えて行動していかねばならない。

 おそらく上級夫人達は峰嵩ホウシュウとセーベルハンザの密談の事を知っている。表向きは王に次ぐ権力者だ。この密談が成功すれば、彼女達もその恩恵を受けられる。

 だが、王太子の上級夫人は公表されていない。それは次代の王を守るためでもあり、癒着を隠すためでもあった。

 現国王もハレムに入り浸っているから、夫人達は公になっていない。本来それは不自然な事だ。王夫人とは、外交にも同行するし、公的な行事にも参加する。他国の王妃との交流や、流行の先取りといった仕事があるはずなのに、この国ではそれがなされていない。

 全ては高官達の意のままだ。

 峰嵩ホウシュウはその逆。父帝は張子の虎で、実権は宰相であるユウと皇后が握っている。

 どちらも狂った歯車で回る、歪な国だ。

 カミルはそれを変えると言った。この馬鹿げた戦を止め、国そのものを変えると。

 ならば韵華ユンファはその道を共に歩くと決めた。形だけの夫婦だったが、今では第一夫人であると自覚し、行動する。

 欲のために国を食い潰す奴らになど、負けてなるものかと意志を強く持って。この一歩が国を変えるきっかけだ。

 そうして辿り着いたのは、一際豪奢な扉の前だった。白を基調とした木製の扉には、金銀の細工があしらわれ、宝石まで埋まっている。

 侍女が声をかけると、内側から開かれた。

 正面には、柔らかい絨毯に腰を下ろした五人の女性達。その中心に、金の髪をなびかせた美女が陣取っている。

 見るからに気の強そうなキツい化粧。衣装も鮮やかな紫が目を引く。

 しかし、韵華ユンファは違和感を感じた。何かがおかしい。

 思考を巡らせながら、中央に進むと膝をつき、両手を合わせてこうべを垂れ、セーベルハンザの礼をとる。

 そのまま、しばしの沈黙が流れる。十分な時間を取って、中央の女が口を開いた。

「お顔を上げて。貴女が峰嵩ホウシュウからいらっしゃったお方ですのね。はじめまして。わたくしが王太子の第一夫人、ネフェティアよ。お気を楽にどうぞ」

 その言葉で韵華ユンファは顔を上げ、無礼にならないようにしながらも、一人一人を観察していく。

 そこで気付いた、違和感の正体。

 宝石だ。

 ネフェティアはターコイズのネックレスをしている。ターコイズは水色が特徴の天然石だ。混ざりけのない澄んだ色は上等な物ではあるが、宝石では無い。第一夫人が身に付けるには不自然だった。

 そして、右端に見つけた、サファイアの女。

 五人の中で一番上等な石を身に付けている。

 ――こいつが、第一夫人。

 それが端にいるという事は、韵華ユンファを試しているのか。それは的を射た。

『ふふ、本当に汚らしいお猿さんですわね。シェーサーラ様、どういたしましょうか』

 ネフェティアが韵華ユンファに視線を向けたまま、この国の言葉セルベアを口にする。

 すると、右端の女が談笑を装って笑った。

『遊んでおやりなさい。貴人の区別もつかない田舎の猿よ。これを口実にカミルを責める事もできるわ』

 周りの女達も上品に笑い、賛同する。まさか韵華ユンファが言葉を理解しているとも思わずに。

 ――なるほど。私を笑い者にしたいって訳。ならお望み通りにしてやろうじゃない。

 韵華ユンファは首を傾げ、あどけない振りをする。

 そして、反撃に出た。
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