Escape ――崩壊後の世界だと思ってたら、命が数値化されない本物のサバイバルだった件

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第5話 「出口」

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 脱出地点は、地図で見たよりもずっと開けた場所にあった。
 かつては小さな配送拠点だったらしい。低い建屋と、広いアスファルトの空き地。周囲を囲むフェンスはところどころ倒れ、完全な囲いにはなっていない。

 開けている。
 それだけで、嫌な予感がした。

 遮蔽物が少ないということは、逃げ場も少ないということだ。
 脱出地点は、安全な場所ではない。
 むしろ――一番、見られる場所。

 短髪の男が手を上げ、全員を止める。
 距離を保ったまま、全員が散開する。
 音を立てない。
 息を合わせる。

 私はフェンスの影に身を寄せ、視線を建屋に向けた。
 入口は一つ。
 奥は暗く、何があるか分からない。

 脱出条件は単純だ。
 指定範囲に入り、一定時間、その場に留まる。
 動けば、やり直し。
 途中で妨害されれば、失敗。

 時間は短い。
 だが、この世界では、短い時間ほど長く感じる。

 短髪の男が、指を三本立てる。
 準備。

 誰かが、わずかに位置を変える。
 砂利が、小さく鳴る。

 音が、広がる。

 私は、喉が鳴るのを必死で抑えた。
 心臓が、速い。
 だが、呼吸はまだ制御できている。

 男が指を二本にする。
 開始まで、二呼吸。

 そのときだった。

 建屋の影で、何かが動いた。

 最初は、ただの錯覚かと思った。
 光の揺れ。影の重なり。
 だが、次の瞬間、はっきりとした音がした。

 ――足音。

 一人分。
 速い。
 こちらを見ている。

 短髪の男が、即座に合図を変える。
 中止。
 全員、動くな。

 私は歯を食いしばる。
 あと少し。
 ここまで来て、引くのか。

 だが、引く判断が遅れれば、全部失う。

 足音は止まった。
 気配が、探るように動く。

 人だ。
 しかも、慣れている。

 銃声はない。
 それが、かえって怖い。

 短髪の男が、こちらを見ずに、指を横に振る。
 迂回。
 一度距離を取る。

 私は、ゆっくりと後退した。
 視線は前。
 背中で、距離を測る。

 その瞬間、別の音がした。
 金属が、強く踏まれる音。

 ――別方向。

 私は、背筋が凍るのを感じた。
 二人いる。

 短髪の男の判断が、一拍遅れる。
 それだけで、空気が変わる。

 そのとき、建屋の奥から、低い唸り声が聞こえた。

 人じゃない。

 三つ目の気配。
 予想外。

 誰かが、小さく息を呑む音を立てた。
 それだけで、足音が一つ、こちらを向く。

 短髪の男が、即座に合図を出す。
 分散。
 脱出は中止。

 私は、反射的に走り出していた。

 重い。
 リュックが、さっきより重い。

 だが、捨てない。
 捨てる選択肢は、まだない。

 背後で、何かが崩れる音。
 銃声が一発。
 誰のものか分からない。

 私は、建屋の脇を抜け、フェンスの切れ目に滑り込んだ。
 肺が焼ける。
 視界が狭くなる。

 それでも、止まらない。

 少し離れた場所で、短髪の男が合流の合図を出していた。
 全員、揃っている。
 怪我人はいない。

 奇跡的だった。

 男が、息を整えながら言う。
「一回、引く。様子を変える」

 誰も異論を出さない。
 脱出地点は逃げない。
 命は、逃げる。

 私たちは、回り道をし、別の角度から戻った。
 時間を置く。
 音を待つ。

 十分ほど経ってから、ようやく気配が消えた。

 短髪の男が、もう一度、指を三本立てる。
 今度は、私の方を見る。

 ――行けるか。

 私は、リュックの重さを感じる。
 ネジ。
 配線。
 バッテリー。

 そして、自分の呼吸。

 私は、小さく頷いた。

 今なら、戻れる。

 合図。
 全員が、脱出地点へ踏み込む。

 指定範囲に入る。
 動かない。
 時間が、伸びる。

 一秒が、一分みたいだ。

 音はない。
 気配もない。

 それでも、視線は四方に散らす。
 足の裏が、じっとりと汗ばむ。

 ――まだか。

 そのとき、無線が短く鳴った。
 一度だけ。

 成功。

 全身から、力が抜けた。
 だが、膝は曲げない。
 最後まで、気を抜かない。

 次の瞬間、合図灯が点いた。
 赤から、白へ。

 私たちは、順に脱出エリアを離れる。
 誰も走らない。
 走らないことで、ようやく「戻れた」と実感できる。

 フェンスの外に出た瞬間、音が変わった。
 世界が、一段だけ、遠のく。

 私は、深く息を吐いた。
 肺が、ちゃんと空気を取り込む。

 ――生きている。

 それだけで、胸の奥が熱くなる。

 短髪の男が、私の方を見る。
 そして、初めて小さく笑った。

「初回にしちゃ、上出来だ」

 私は、言葉を返さなかった。
 返せなかった。

 ただ、リュックの重さを確かめる。
 確かに、そこにある。

 ネジ。
 配線。
 バッテリー。

 それは、まだ役に立たないかもしれない。
 だが――持ち帰れた。

 この世界で、
 それ以上の成果はない。
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