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第6話 「残る」
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脱出地点を越えた先は、あっけないほど静かだった。
フェンス一枚、ゲート一つ。その向こう側で、世界の緊張が一段、落ちる。
完全に安全だとは思わない。
だが、少なくとも――今すぐ死ぬ場所ではない。
回収エリアの片隅にある建屋へ案内され、私たちは一人ずつ中に入った。
中は白い照明で照らされ、無機質な棚と端末が並んでいる。
血の匂いも、埃の匂いもない。
それが、少しだけ現実感を奪った。
係員が淡々と説明する。
「ここで、脱出成功者の所持品を確認する。回収物はすべて、個人管理区画へ移送される」
個人管理区画。
言い換えれば、スタッシュ。
私は、リュックを台の上に置いた。
肩から下ろした瞬間、ずしりとした重さが腕に残る。
あれほど気になっていた重さが、今は妙に心地いい。
係員が中身を確認する。
包帯。
凝固剤。
ナイフ。
――そして、ネジの入った袋。配線。バッテリー。
彼女は、特に反応を示さない。
価値を判断しない。
ただ、記録する。
端末に表示される文字列。
品目。
状態。
保管。
その一つ一つが、確かに「保存された」ことを示していた。
私は、端末の画面を見つめる。
数字はある。
だが、それは能力値でも、強さでもない。
――存在の確認だ。
失わなかった。
持ち帰れた。
それだけの事実が、胸の奥に、じわりと広がる。
係員が言う。
「次回のレイドでは、ここから装備を持ち出せる。すべてではない。選択制だ」
「保存期限は?」
私が尋ねると、彼女は一瞬だけ首を傾げた。
「期限はない。失うまで、残る」
失うまで、残る。
その言葉が、妙に重かった。
この世界では、永遠は存在しない。
あるのは、「まだ失っていない」という状態だけだ。
私は区画の奥へ案内された。
そこが、私のスタッシュだった。
壁に沿って並ぶ棚。
床に近い低い位置。
空間は狭く、余裕はない。
だが、確かに――私の場所だ。
ネジの袋が、一番手前に置かれる。
配線は、その横。
バッテリーは、少し奥。
整然とはしていない。
だが、雑でもない。
私は、無意識に並びを整えた。
見やすく。
取りやすく。
それだけで、次の行動が、少しだけ具体的になる。
――棚が欲しい。
――床に直置きは、長く続けられない。
そんな考えが浮かぶこと自体、少し前の自分とは違う。
さっきまで、私は「生き残る」ことで精一杯だった。
今は、「次」を考えている。
短髪の男が、通路の向こうでこちらを見ていた。
彼も、自分のスタッシュを確認しているらしい。
目が合う。
彼は、軽く顎を引いた。
言葉はない。
それで十分だった。
私は、スタッシュの前に立ったまま、しばらく動かなかった。
中にある物を、ただ見る。
武器はない。
派手な装備もない。
それでも、ここには「成果」がある。
私は、ふと気づく。
胸の奥に、さっきまであった重さが、少しだけ軽くなっている。
――持ち帰れた。
その感覚は、過去の記憶に、微かに触れた。
触れただけで、掴まない。
まだ、掘り返すには早い。
係員が、退出を促す。
「今日はここまでだ。次のレイドは、準備が整ってから」
準備。
私はスタッシュに背を向け、通路を歩く。
だが、数歩進んでから、振り返った。
そこに、確かにある。
消えていない。
奪われていない。
それを確認してから、私は出口へ向かった。
外に出ると、空はまだ明るかった。
崩壊後の世界は、今日も何事もなかったように光っている。
私は、初めて思った。
この世界では、
生き残ることより、残すことの方が難しい。
そして――
私は、もう一度、ここへ来る。
次は、もう少しだけ、多くを持ち帰るために。
フェンス一枚、ゲート一つ。その向こう側で、世界の緊張が一段、落ちる。
完全に安全だとは思わない。
だが、少なくとも――今すぐ死ぬ場所ではない。
回収エリアの片隅にある建屋へ案内され、私たちは一人ずつ中に入った。
中は白い照明で照らされ、無機質な棚と端末が並んでいる。
血の匂いも、埃の匂いもない。
それが、少しだけ現実感を奪った。
係員が淡々と説明する。
「ここで、脱出成功者の所持品を確認する。回収物はすべて、個人管理区画へ移送される」
個人管理区画。
言い換えれば、スタッシュ。
私は、リュックを台の上に置いた。
肩から下ろした瞬間、ずしりとした重さが腕に残る。
あれほど気になっていた重さが、今は妙に心地いい。
係員が中身を確認する。
包帯。
凝固剤。
ナイフ。
――そして、ネジの入った袋。配線。バッテリー。
彼女は、特に反応を示さない。
価値を判断しない。
ただ、記録する。
端末に表示される文字列。
品目。
状態。
保管。
その一つ一つが、確かに「保存された」ことを示していた。
私は、端末の画面を見つめる。
数字はある。
だが、それは能力値でも、強さでもない。
――存在の確認だ。
失わなかった。
持ち帰れた。
それだけの事実が、胸の奥に、じわりと広がる。
係員が言う。
「次回のレイドでは、ここから装備を持ち出せる。すべてではない。選択制だ」
「保存期限は?」
私が尋ねると、彼女は一瞬だけ首を傾げた。
「期限はない。失うまで、残る」
失うまで、残る。
その言葉が、妙に重かった。
この世界では、永遠は存在しない。
あるのは、「まだ失っていない」という状態だけだ。
私は区画の奥へ案内された。
そこが、私のスタッシュだった。
壁に沿って並ぶ棚。
床に近い低い位置。
空間は狭く、余裕はない。
だが、確かに――私の場所だ。
ネジの袋が、一番手前に置かれる。
配線は、その横。
バッテリーは、少し奥。
整然とはしていない。
だが、雑でもない。
私は、無意識に並びを整えた。
見やすく。
取りやすく。
それだけで、次の行動が、少しだけ具体的になる。
――棚が欲しい。
――床に直置きは、長く続けられない。
そんな考えが浮かぶこと自体、少し前の自分とは違う。
さっきまで、私は「生き残る」ことで精一杯だった。
今は、「次」を考えている。
短髪の男が、通路の向こうでこちらを見ていた。
彼も、自分のスタッシュを確認しているらしい。
目が合う。
彼は、軽く顎を引いた。
言葉はない。
それで十分だった。
私は、スタッシュの前に立ったまま、しばらく動かなかった。
中にある物を、ただ見る。
武器はない。
派手な装備もない。
それでも、ここには「成果」がある。
私は、ふと気づく。
胸の奥に、さっきまであった重さが、少しだけ軽くなっている。
――持ち帰れた。
その感覚は、過去の記憶に、微かに触れた。
触れただけで、掴まない。
まだ、掘り返すには早い。
係員が、退出を促す。
「今日はここまでだ。次のレイドは、準備が整ってから」
準備。
私はスタッシュに背を向け、通路を歩く。
だが、数歩進んでから、振り返った。
そこに、確かにある。
消えていない。
奪われていない。
それを確認してから、私は出口へ向かった。
外に出ると、空はまだ明るかった。
崩壊後の世界は、今日も何事もなかったように光っている。
私は、初めて思った。
この世界では、
生き残ることより、残すことの方が難しい。
そして――
私は、もう一度、ここへ来る。
次は、もう少しだけ、多くを持ち帰るために。
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