6 / 10
第6話 「残る」
しおりを挟む
脱出地点を越えた先は、あっけないほど静かだった。
フェンス一枚、ゲート一つ。その向こう側で、世界の緊張が一段、落ちる。
完全に安全だとは思わない。
だが、少なくとも――今すぐ死ぬ場所ではない。
回収エリアの片隅にある建屋へ案内され、私たちは一人ずつ中に入った。
中は白い照明で照らされ、無機質な棚と端末が並んでいる。
血の匂いも、埃の匂いもない。
それが、少しだけ現実感を奪った。
係員が淡々と説明する。
「ここで、脱出成功者の所持品を確認する。回収物はすべて、個人管理区画へ移送される」
個人管理区画。
言い換えれば、スタッシュ。
私は、リュックを台の上に置いた。
肩から下ろした瞬間、ずしりとした重さが腕に残る。
あれほど気になっていた重さが、今は妙に心地いい。
係員が中身を確認する。
包帯。
凝固剤。
ナイフ。
――そして、ネジの入った袋。配線。バッテリー。
彼女は、特に反応を示さない。
価値を判断しない。
ただ、記録する。
端末に表示される文字列。
品目。
状態。
保管。
その一つ一つが、確かに「保存された」ことを示していた。
私は、端末の画面を見つめる。
数字はある。
だが、それは能力値でも、強さでもない。
――存在の確認だ。
失わなかった。
持ち帰れた。
それだけの事実が、胸の奥に、じわりと広がる。
係員が言う。
「次回のレイドでは、ここから装備を持ち出せる。すべてではない。選択制だ」
「保存期限は?」
私が尋ねると、彼女は一瞬だけ首を傾げた。
「期限はない。失うまで、残る」
失うまで、残る。
その言葉が、妙に重かった。
この世界では、永遠は存在しない。
あるのは、「まだ失っていない」という状態だけだ。
私は区画の奥へ案内された。
そこが、私のスタッシュだった。
壁に沿って並ぶ棚。
床に近い低い位置。
空間は狭く、余裕はない。
だが、確かに――私の場所だ。
ネジの袋が、一番手前に置かれる。
配線は、その横。
バッテリーは、少し奥。
整然とはしていない。
だが、雑でもない。
私は、無意識に並びを整えた。
見やすく。
取りやすく。
それだけで、次の行動が、少しだけ具体的になる。
――棚が欲しい。
――床に直置きは、長く続けられない。
そんな考えが浮かぶこと自体、少し前の自分とは違う。
さっきまで、私は「生き残る」ことで精一杯だった。
今は、「次」を考えている。
短髪の男が、通路の向こうでこちらを見ていた。
彼も、自分のスタッシュを確認しているらしい。
目が合う。
彼は、軽く顎を引いた。
言葉はない。
それで十分だった。
私は、スタッシュの前に立ったまま、しばらく動かなかった。
中にある物を、ただ見る。
武器はない。
派手な装備もない。
それでも、ここには「成果」がある。
私は、ふと気づく。
胸の奥に、さっきまであった重さが、少しだけ軽くなっている。
――持ち帰れた。
その感覚は、過去の記憶に、微かに触れた。
触れただけで、掴まない。
まだ、掘り返すには早い。
係員が、退出を促す。
「今日はここまでだ。次のレイドは、準備が整ってから」
準備。
私はスタッシュに背を向け、通路を歩く。
だが、数歩進んでから、振り返った。
そこに、確かにある。
消えていない。
奪われていない。
それを確認してから、私は出口へ向かった。
外に出ると、空はまだ明るかった。
崩壊後の世界は、今日も何事もなかったように光っている。
私は、初めて思った。
この世界では、
生き残ることより、残すことの方が難しい。
そして――
私は、もう一度、ここへ来る。
次は、もう少しだけ、多くを持ち帰るために。
フェンス一枚、ゲート一つ。その向こう側で、世界の緊張が一段、落ちる。
完全に安全だとは思わない。
だが、少なくとも――今すぐ死ぬ場所ではない。
回収エリアの片隅にある建屋へ案内され、私たちは一人ずつ中に入った。
中は白い照明で照らされ、無機質な棚と端末が並んでいる。
血の匂いも、埃の匂いもない。
それが、少しだけ現実感を奪った。
係員が淡々と説明する。
「ここで、脱出成功者の所持品を確認する。回収物はすべて、個人管理区画へ移送される」
個人管理区画。
言い換えれば、スタッシュ。
私は、リュックを台の上に置いた。
肩から下ろした瞬間、ずしりとした重さが腕に残る。
あれほど気になっていた重さが、今は妙に心地いい。
係員が中身を確認する。
包帯。
凝固剤。
ナイフ。
――そして、ネジの入った袋。配線。バッテリー。
彼女は、特に反応を示さない。
価値を判断しない。
ただ、記録する。
端末に表示される文字列。
品目。
状態。
保管。
その一つ一つが、確かに「保存された」ことを示していた。
私は、端末の画面を見つめる。
数字はある。
だが、それは能力値でも、強さでもない。
――存在の確認だ。
失わなかった。
持ち帰れた。
それだけの事実が、胸の奥に、じわりと広がる。
係員が言う。
「次回のレイドでは、ここから装備を持ち出せる。すべてではない。選択制だ」
「保存期限は?」
私が尋ねると、彼女は一瞬だけ首を傾げた。
「期限はない。失うまで、残る」
失うまで、残る。
その言葉が、妙に重かった。
この世界では、永遠は存在しない。
あるのは、「まだ失っていない」という状態だけだ。
私は区画の奥へ案内された。
そこが、私のスタッシュだった。
壁に沿って並ぶ棚。
床に近い低い位置。
空間は狭く、余裕はない。
だが、確かに――私の場所だ。
ネジの袋が、一番手前に置かれる。
配線は、その横。
バッテリーは、少し奥。
整然とはしていない。
だが、雑でもない。
私は、無意識に並びを整えた。
見やすく。
取りやすく。
それだけで、次の行動が、少しだけ具体的になる。
――棚が欲しい。
――床に直置きは、長く続けられない。
そんな考えが浮かぶこと自体、少し前の自分とは違う。
さっきまで、私は「生き残る」ことで精一杯だった。
今は、「次」を考えている。
短髪の男が、通路の向こうでこちらを見ていた。
彼も、自分のスタッシュを確認しているらしい。
目が合う。
彼は、軽く顎を引いた。
言葉はない。
それで十分だった。
私は、スタッシュの前に立ったまま、しばらく動かなかった。
中にある物を、ただ見る。
武器はない。
派手な装備もない。
それでも、ここには「成果」がある。
私は、ふと気づく。
胸の奥に、さっきまであった重さが、少しだけ軽くなっている。
――持ち帰れた。
その感覚は、過去の記憶に、微かに触れた。
触れただけで、掴まない。
まだ、掘り返すには早い。
係員が、退出を促す。
「今日はここまでだ。次のレイドは、準備が整ってから」
準備。
私はスタッシュに背を向け、通路を歩く。
だが、数歩進んでから、振り返った。
そこに、確かにある。
消えていない。
奪われていない。
それを確認してから、私は出口へ向かった。
外に出ると、空はまだ明るかった。
崩壊後の世界は、今日も何事もなかったように光っている。
私は、初めて思った。
この世界では、
生き残ることより、残すことの方が難しい。
そして――
私は、もう一度、ここへ来る。
次は、もう少しだけ、多くを持ち帰るために。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~
Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。
それでも、組織の理不尽には勝てなかった。
——そして、使い潰されて死んだ。
目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。
強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、
因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。
武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。
だが、邪魔する上司も腐った組織もない。
今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。
石炭と化学による国力強化。
情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。
準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。
これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、
「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、
滅びの未来を書き換えようとする建国譚。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる