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2.槍鬼霊は振るわれない
①
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ルチアナ・ホーキンスの家に世話になるようになったハンナ・ブリュッセルは、その環境の違いに戸惑っていた。
制限されることが当たり前の生活を強いられてきたハンナにとって、ルチアナの家での生活はあまりにも自由過ぎたからだ。何をしても文句を言われなく、どんな失敗をしてもルチアナは笑って許してくれた。
それはハンナの心を激しく揺さぶった。
ハンナ・ブリュッセルの生活は、朝日が昇る前に始まる。
まだ空が薄暗い時間帯に目を覚まし、宛がわれた部屋のベッドから抜け出すと、朝食の準備をしようと一階の本屋部分に降りてくる。そこには立派なキッチンがあり、これは喫茶店をする為に必要なものだから用意したのだと、ルチアナから聞かされていた。けれどハンナは一日たりとも、朝食を用意したことがない。
なにせ、こんなにも早起きをしたにも関わらず、ルチアナが既にカウンターの奥の椅子に腰掛け、本を読んでいるからだ。
そして今日もまた、ハンナが目を覚まし一階へ降りると、既にルチアナが起きていた。
いつも通り本に視線を落としていたルチアナが物音に気付いて顔を上げる。すぐにハンナの存在に気付いた。
「おはようございます。ハンナちゃんは今日も早起きですね~。ちょっと早いですが、朝ご飯でも食べますか?」
ニコニコと笑うルチアナに、ハンナは小さくうなずきルチアナの対面の椅子に座る。するとルチアナは立ち上がり、テキパキと食事を用意し始めた。
設備の割にあまり活用されていないキッチンを使い、ルチアナは手際良く朝食を作る。今日の献立は、トーストとスクランブルエッグとこんがり焼いたベーコン。飲み物はコーヒーである。湯気を上げるそれらがハンナの前のカウンターに置かれると、その量が二人分であることに気付いた。
「今日はルチアナさんも食べるの?」
今まではハンナが食事をする時間から数時間経たないと、ルチアナは朝食を摂らなかった。ハンナがこんな早い時間に朝食を食べてしまうのは、今までの生活習慣に原因がある。だからハンナは、ルチアナと朝食の時間が合わないことに関して何の疑問も抱いていなかった。けれど唐突に一緒に食べることにしたルチアナに、疑問が浮かぶと同時に驚いたのである。
「ええ、今までは時間をずらしていたけれど、やっぱり一緒に食べたくなりました。あ、それから私のことはルチアナって呼び捨てにしてくれていいですよ」
丁寧語はすぐに止めるように言われて止めていたハンナに、新たな要求が来た。しかし呼び捨てることに迷いがあったハンナは、ぎこちなく答える。
「ル、ルチアナ……さん」
「ル・チ・ア・ナ!」
妙に迫力のあるルチアナに、ハンナはやけくそ気味に叫ぶ。
「ル、ルルルル、ルチアナッ!」
「はいっ! それでいいですよ」
つられて笑ってしまいそうな、蕩ける笑顔にハンナは苦笑する。
父親の知り合いということで、どんな人物かとあれこれ考えていたハンナは、出会ってから数日立つルチアナとの距離感を未だ掴めずにいた。
けれどルチアナはそんなハンナの不安を吹き飛ばすみたいに、ズカズカとハンナの心に踏み込んでくる。そのことを嬉しいと感じると同時に、確かな戸惑いがハンナの心に根付いていた。
「あ、あの……どうしてルチアナは、わたしと食事しようと思ったの? 今までは別々だったのに……それにそれだけじゃなくて、わたしを引き取ってくれた理由とかも……」
それはずっと抱いていた疑問だった。
預けられていた雑貨屋での生活から抜け出したくて、ルチアナの手紙に縋ったハンナだが、それでも無条件に受け入れてくれたルチアナの行為に疑問を覚えないほどバカではない。
「知りたいん……ですか?」
その疑問が不思議だったのか、ルチアナは小首を傾げた後、椅子に腰掛けハンナの目をジッと見つめる。その視線から目を逸らさずに、ハンナはコクコクと首を縦に振った。
するとルチアナは小さく息を吐き、ハンナの求めた答えをゆっくりと紡ぎ始めた。
「まず、どうして一緒に食事をしようとしたかっていうと、ハンナちゃんのことを知りたかったから、かな。折角一緒に暮らしているのに、朝からすれ違っているのも変でしょう?」
「それは……うん」
普段から一人で食事を摂ることが多かったハンナだが、その理屈ぐらいは理解出来た。
「それじゃあどうしてハンナちゃんを引き取ったかって言うとね」
「……っ」
ごくりと唾を飲み込み、ハンナは次の言葉を待つ。
「私と似ていたから」
予想外の言葉に、ハンナは身じろぐ。
「ルチアナと似ていたから?」
「はい。私も昔、知らない人に拾われたんです」
ルチアナの告白に心を揺らすハンナは、無言のまま言葉を反芻し理解しようとする。けれどそれよりも早く、ルチアナの言葉はハンナへと降り注いだ。
「その時の私は全てを失っていて、このまま死んでしまっても構わないって本気で思っていたんです。誰も助けてくれなくて、誰にも縋れなくて……でも、そんな私を拾ってくれた、救ってくれた人が居て、今私はこうして此処に居る」
「……っ」
言葉を挟んで、話の腰を折って、理解する間を得ようとしたハンナだが、言葉が出なかった。掠れたような吐息が漏れ、結局何も声に出せない。
「だから、ハンナちゃんのことを知った時、他人事だと思えなかったんです。ハンナちゃんのお父さんが死んでしまった時、きっとこのままじゃあこの子は一人ぼっちになってしまうんじゃないかって、自分を重ねて心配になって、慌てて手紙を出したの」
「そう……ですか」
頭の中でルチアナの言葉がぐるぐると飛び回り、けれどハンナは必死にそれを理解していく。しばらく理解する為の時間が流れ、二人の間に静寂が訪れた。
「冷めちゃう前に食べましょう」
会話が止まったのを見てから、ルチアナは食事を摂り始めた。
それを真似るみたいに、ハンナもまた無言のまま黙々と食べ始める。
小さな会話すらない、寂しい朝食はすぐに終わってしまった。これでは一人で食べるのとなんら変わらないとさえ感じたハンナだが、先程の言葉を整理するのに、この無言の間は有難かった。
そしてこの静寂に終止符を打ち、口火を切ったのはハンナだった。
「お父さんは……お父さんはどんな人でした……? わたし、もうずっとお父さんに会ってなくて、記憶も曖昧で、だから……」
コーヒーを啜っていたルチアナは、カップをコースターに置く。カチャ、というカップとコースターが接触する甲高い音を聞いて、ハンナはようやく自分がミルクや砂糖を入れずにコーヒーを飲んでいたことに気付いた。舌の上に残った苦味が今更になって感じられて、自分が食事を味わっていなかったことに驚く。
食事だけはしっかりと味わうようにして生きてきたハンナにとって、それは衝撃だった。
そんな動揺を抱えるハンナを余所に、ルチアナは至って平静に答える。
「ハンナちゃんのお父さんはね、真面目で頑固で、人一倍無器用な癖に優しいから、それが仇になって失敗して。憎めない人でしたけど……歪んでいました。けど、ハンナちゃんへの愛情だけは間違いなく本物だったと思います」
今度の言葉は、スッとハンナの中に入っていく。それはルチアナの言う父親の印象が、微かに残ったハンナの記憶と一致するからだろうか。一点、歪んでいるということが気になったが、ハンナはあえて追及しなかった。
ただ、父親が頑張ってくれていたと言う事実だけで、今は十分だった。
「頑張ってくれていたんだよね」
「じゃなきゃ、ハンナちゃんはここまで大きくなれなかったと思います。だから、お父さんのことを誇ってあげて下さい。そうすればきっと、お父さんはハンナちゃんの中で生き続けられます」
ポンポンとハンナの金髪を撫でる。数年振りに頭を撫でられたハンナは、顔を赤らめながら俯いた。
「それにね、私もずーっと一人ぼっちだったから、ハンナちゃんが来てくれて凄く嬉しいんですよ?」
「わっ、わたしも、嬉しい……よ?」
「あーもう! ハンナちゃんは可愛いです!」
突然立ち上がったルチアナがハンナをハグする。
豊満な胸に顔を埋めたハンナは、何年振りかに感じる他人の腕の中の暖かさに、涙腺が緩むのを感じた。けれど今泣いてしまったら、きっと滂沱と化す涙を止められそうになかったから、必死に泣くのを堪える。
「しばらくはのんびりして、それからハンナちゃんがしたいことを探しましょうか。私は本さえ読めればそれだけで満足できるんですけど、ハンナちゃんはそうもいかないでしょうし」
「そ、それは流石に無理……かな。本は好きだけど、ずーっとは辛い」
ハンナの目から見ても、ルチアナは本を四六時中本読んでいる印象が強かった。仮にも書店をやっているのにも関わらず、客は一切来ていない。雑貨屋に預けられていたハンナにしてみれば、客足がゼロという状況は胸がざわざわとするものがあった。
また、唯一の常連客になりそうなアルベルがここ数日顔を出していないのも、ハンナは気になっている。
「とはいえ、あーしろこーしろと私が口出すのも違う気がするんですよね。だから、ハンナちゃんが自分で見つけて下さい。私はそれを全力で応援しますよ!」
くしゃくしゃに髪を撫でつけられながら、ハンナは今まで感じたことのない安心感を抱いた。誰かにこうして抱かれるのはいつ以来だろうか、と考えながら鼻孔を擽るルチアナの匂いを堪能する。
「う、うん! そ、それじゃあね。えっと……た、例えば野良猫とかを拾って来て飼いたい、って言ったら飼わせてくれる?」
それはどの程度の我儘を許されるかと言う、ハンナの探りだった。そしてルチアナはすぐにそれに気付いた。
猫を拾って飼うということが、ハンナの考える我儘だという事実があまりにも可愛らしくて、ルチアナは思わずキスしたくなっていたが、茶化すことなく真面目に答える。
「構いませんよ。ただし、その場合はちゃんと面倒を見ることが条件ですけどね。私は手伝ってあげませんから」
そう言うと、ハンナは顔をルチアナの胸から顔を離し、ブルーの瞳をキラキラとさせながら、弾む声で言う。
「うん! その時は頑張るね!」
その声を聞いたルチアナは、もう一度ハンナをぎゅっと抱き締めた。
「じゃあ、一つお使いを頼んでもいいですか?」
「お使い? いいよ!」
「実は洗濯物を干す物干し竿が折れてしまって、新しいのを買って来て欲しいんです。急ぎとかではないので、今日中に買って来て貰えますか?」
「ま、任せて! わたしがちゃんと買ってくるね!」
ドン、と年相応に膨らむ胸を叩いたハンナを見て、ルチアナは満足そうに微笑する。
その後二人は、開店時間になるまで他愛のない雑談に花を咲かせた。
制限されることが当たり前の生活を強いられてきたハンナにとって、ルチアナの家での生活はあまりにも自由過ぎたからだ。何をしても文句を言われなく、どんな失敗をしてもルチアナは笑って許してくれた。
それはハンナの心を激しく揺さぶった。
ハンナ・ブリュッセルの生活は、朝日が昇る前に始まる。
まだ空が薄暗い時間帯に目を覚まし、宛がわれた部屋のベッドから抜け出すと、朝食の準備をしようと一階の本屋部分に降りてくる。そこには立派なキッチンがあり、これは喫茶店をする為に必要なものだから用意したのだと、ルチアナから聞かされていた。けれどハンナは一日たりとも、朝食を用意したことがない。
なにせ、こんなにも早起きをしたにも関わらず、ルチアナが既にカウンターの奥の椅子に腰掛け、本を読んでいるからだ。
そして今日もまた、ハンナが目を覚まし一階へ降りると、既にルチアナが起きていた。
いつも通り本に視線を落としていたルチアナが物音に気付いて顔を上げる。すぐにハンナの存在に気付いた。
「おはようございます。ハンナちゃんは今日も早起きですね~。ちょっと早いですが、朝ご飯でも食べますか?」
ニコニコと笑うルチアナに、ハンナは小さくうなずきルチアナの対面の椅子に座る。するとルチアナは立ち上がり、テキパキと食事を用意し始めた。
設備の割にあまり活用されていないキッチンを使い、ルチアナは手際良く朝食を作る。今日の献立は、トーストとスクランブルエッグとこんがり焼いたベーコン。飲み物はコーヒーである。湯気を上げるそれらがハンナの前のカウンターに置かれると、その量が二人分であることに気付いた。
「今日はルチアナさんも食べるの?」
今まではハンナが食事をする時間から数時間経たないと、ルチアナは朝食を摂らなかった。ハンナがこんな早い時間に朝食を食べてしまうのは、今までの生活習慣に原因がある。だからハンナは、ルチアナと朝食の時間が合わないことに関して何の疑問も抱いていなかった。けれど唐突に一緒に食べることにしたルチアナに、疑問が浮かぶと同時に驚いたのである。
「ええ、今までは時間をずらしていたけれど、やっぱり一緒に食べたくなりました。あ、それから私のことはルチアナって呼び捨てにしてくれていいですよ」
丁寧語はすぐに止めるように言われて止めていたハンナに、新たな要求が来た。しかし呼び捨てることに迷いがあったハンナは、ぎこちなく答える。
「ル、ルチアナ……さん」
「ル・チ・ア・ナ!」
妙に迫力のあるルチアナに、ハンナはやけくそ気味に叫ぶ。
「ル、ルルルル、ルチアナッ!」
「はいっ! それでいいですよ」
つられて笑ってしまいそうな、蕩ける笑顔にハンナは苦笑する。
父親の知り合いということで、どんな人物かとあれこれ考えていたハンナは、出会ってから数日立つルチアナとの距離感を未だ掴めずにいた。
けれどルチアナはそんなハンナの不安を吹き飛ばすみたいに、ズカズカとハンナの心に踏み込んでくる。そのことを嬉しいと感じると同時に、確かな戸惑いがハンナの心に根付いていた。
「あ、あの……どうしてルチアナは、わたしと食事しようと思ったの? 今までは別々だったのに……それにそれだけじゃなくて、わたしを引き取ってくれた理由とかも……」
それはずっと抱いていた疑問だった。
預けられていた雑貨屋での生活から抜け出したくて、ルチアナの手紙に縋ったハンナだが、それでも無条件に受け入れてくれたルチアナの行為に疑問を覚えないほどバカではない。
「知りたいん……ですか?」
その疑問が不思議だったのか、ルチアナは小首を傾げた後、椅子に腰掛けハンナの目をジッと見つめる。その視線から目を逸らさずに、ハンナはコクコクと首を縦に振った。
するとルチアナは小さく息を吐き、ハンナの求めた答えをゆっくりと紡ぎ始めた。
「まず、どうして一緒に食事をしようとしたかっていうと、ハンナちゃんのことを知りたかったから、かな。折角一緒に暮らしているのに、朝からすれ違っているのも変でしょう?」
「それは……うん」
普段から一人で食事を摂ることが多かったハンナだが、その理屈ぐらいは理解出来た。
「それじゃあどうしてハンナちゃんを引き取ったかって言うとね」
「……っ」
ごくりと唾を飲み込み、ハンナは次の言葉を待つ。
「私と似ていたから」
予想外の言葉に、ハンナは身じろぐ。
「ルチアナと似ていたから?」
「はい。私も昔、知らない人に拾われたんです」
ルチアナの告白に心を揺らすハンナは、無言のまま言葉を反芻し理解しようとする。けれどそれよりも早く、ルチアナの言葉はハンナへと降り注いだ。
「その時の私は全てを失っていて、このまま死んでしまっても構わないって本気で思っていたんです。誰も助けてくれなくて、誰にも縋れなくて……でも、そんな私を拾ってくれた、救ってくれた人が居て、今私はこうして此処に居る」
「……っ」
言葉を挟んで、話の腰を折って、理解する間を得ようとしたハンナだが、言葉が出なかった。掠れたような吐息が漏れ、結局何も声に出せない。
「だから、ハンナちゃんのことを知った時、他人事だと思えなかったんです。ハンナちゃんのお父さんが死んでしまった時、きっとこのままじゃあこの子は一人ぼっちになってしまうんじゃないかって、自分を重ねて心配になって、慌てて手紙を出したの」
「そう……ですか」
頭の中でルチアナの言葉がぐるぐると飛び回り、けれどハンナは必死にそれを理解していく。しばらく理解する為の時間が流れ、二人の間に静寂が訪れた。
「冷めちゃう前に食べましょう」
会話が止まったのを見てから、ルチアナは食事を摂り始めた。
それを真似るみたいに、ハンナもまた無言のまま黙々と食べ始める。
小さな会話すらない、寂しい朝食はすぐに終わってしまった。これでは一人で食べるのとなんら変わらないとさえ感じたハンナだが、先程の言葉を整理するのに、この無言の間は有難かった。
そしてこの静寂に終止符を打ち、口火を切ったのはハンナだった。
「お父さんは……お父さんはどんな人でした……? わたし、もうずっとお父さんに会ってなくて、記憶も曖昧で、だから……」
コーヒーを啜っていたルチアナは、カップをコースターに置く。カチャ、というカップとコースターが接触する甲高い音を聞いて、ハンナはようやく自分がミルクや砂糖を入れずにコーヒーを飲んでいたことに気付いた。舌の上に残った苦味が今更になって感じられて、自分が食事を味わっていなかったことに驚く。
食事だけはしっかりと味わうようにして生きてきたハンナにとって、それは衝撃だった。
そんな動揺を抱えるハンナを余所に、ルチアナは至って平静に答える。
「ハンナちゃんのお父さんはね、真面目で頑固で、人一倍無器用な癖に優しいから、それが仇になって失敗して。憎めない人でしたけど……歪んでいました。けど、ハンナちゃんへの愛情だけは間違いなく本物だったと思います」
今度の言葉は、スッとハンナの中に入っていく。それはルチアナの言う父親の印象が、微かに残ったハンナの記憶と一致するからだろうか。一点、歪んでいるということが気になったが、ハンナはあえて追及しなかった。
ただ、父親が頑張ってくれていたと言う事実だけで、今は十分だった。
「頑張ってくれていたんだよね」
「じゃなきゃ、ハンナちゃんはここまで大きくなれなかったと思います。だから、お父さんのことを誇ってあげて下さい。そうすればきっと、お父さんはハンナちゃんの中で生き続けられます」
ポンポンとハンナの金髪を撫でる。数年振りに頭を撫でられたハンナは、顔を赤らめながら俯いた。
「それにね、私もずーっと一人ぼっちだったから、ハンナちゃんが来てくれて凄く嬉しいんですよ?」
「わっ、わたしも、嬉しい……よ?」
「あーもう! ハンナちゃんは可愛いです!」
突然立ち上がったルチアナがハンナをハグする。
豊満な胸に顔を埋めたハンナは、何年振りかに感じる他人の腕の中の暖かさに、涙腺が緩むのを感じた。けれど今泣いてしまったら、きっと滂沱と化す涙を止められそうになかったから、必死に泣くのを堪える。
「しばらくはのんびりして、それからハンナちゃんがしたいことを探しましょうか。私は本さえ読めればそれだけで満足できるんですけど、ハンナちゃんはそうもいかないでしょうし」
「そ、それは流石に無理……かな。本は好きだけど、ずーっとは辛い」
ハンナの目から見ても、ルチアナは本を四六時中本読んでいる印象が強かった。仮にも書店をやっているのにも関わらず、客は一切来ていない。雑貨屋に預けられていたハンナにしてみれば、客足がゼロという状況は胸がざわざわとするものがあった。
また、唯一の常連客になりそうなアルベルがここ数日顔を出していないのも、ハンナは気になっている。
「とはいえ、あーしろこーしろと私が口出すのも違う気がするんですよね。だから、ハンナちゃんが自分で見つけて下さい。私はそれを全力で応援しますよ!」
くしゃくしゃに髪を撫でつけられながら、ハンナは今まで感じたことのない安心感を抱いた。誰かにこうして抱かれるのはいつ以来だろうか、と考えながら鼻孔を擽るルチアナの匂いを堪能する。
「う、うん! そ、それじゃあね。えっと……た、例えば野良猫とかを拾って来て飼いたい、って言ったら飼わせてくれる?」
それはどの程度の我儘を許されるかと言う、ハンナの探りだった。そしてルチアナはすぐにそれに気付いた。
猫を拾って飼うということが、ハンナの考える我儘だという事実があまりにも可愛らしくて、ルチアナは思わずキスしたくなっていたが、茶化すことなく真面目に答える。
「構いませんよ。ただし、その場合はちゃんと面倒を見ることが条件ですけどね。私は手伝ってあげませんから」
そう言うと、ハンナは顔をルチアナの胸から顔を離し、ブルーの瞳をキラキラとさせながら、弾む声で言う。
「うん! その時は頑張るね!」
その声を聞いたルチアナは、もう一度ハンナをぎゅっと抱き締めた。
「じゃあ、一つお使いを頼んでもいいですか?」
「お使い? いいよ!」
「実は洗濯物を干す物干し竿が折れてしまって、新しいのを買って来て欲しいんです。急ぎとかではないので、今日中に買って来て貰えますか?」
「ま、任せて! わたしがちゃんと買ってくるね!」
ドン、と年相応に膨らむ胸を叩いたハンナを見て、ルチアナは満足そうに微笑する。
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