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4.傷物ではなかった姉
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シャーロッテの婚約破棄騒動から二週間後。
リングバード子爵邸の小さな庭園でお茶を味わっていたリリアーナは、共にテーブルに着いている姉夫妻にチラリと視線を向け、盛大に息を吐いた。
「結局、お姉様が襲われたというお話は、お二人の作り話だったのですね……」
義兄をじろりと睨みつけたながら、リリアーナはお茶請けに出されている焼き菓子をひょいっと手に取り、勢いよく口に運んだ。
そんな義妹からのチクチク刺さるような視線を受け止めながら、アルベルトが困惑気味の笑みを浮かべる。
「わたくし、本当ーにお義兄様に対して『殺してやる!』と思ってしまうくらい、涙まで流して怒りを募らせてしまったのよ!? それなのに全て作り話だったなんて……。泣き損だわ!」
プリプリと怒りながら。バリバリと焼き菓子を頬張る義妹の様子を困り顔で眺めていたアルベルトとシャーロッテだが、すぐに互いに顔を見合わせた後、苦笑した。
「いや、その……本当にすまなかった……。だが、敵を欺くには、まず味方からとも言うし……」
「わたくしもアルベルト様も散々悩んだ末、この方法でお義父様に抗議をしようと決めたの……。でもお義父様は、やり手な方だけあって、すぐに情報を掴んでしまいそうだったから、かなり慎重に事を進めなければならなかったのよ……。大切な妹でもあるあなたにすら話せない状況だったとはいえ、本当にごめんなさい……」
すまなそうに謝罪してきた姉の様子にリリアーナの怒りが少しだけ和らぐ。
すると次の瞬間、何故か姉は嬉しそうに頬をほんのり赤らめた。
「でもね、わたくしの為にあんなにもリリが怒りを露わにしてくれた事は、とても嬉しくて、心強かったのよ?」
毒気を抜かれそうな優しい声でそう告げてきた姉の言葉を聞いたにリリアーナは、面白くなさそうに眉間に皺を刻む。
「お姉様は……またそういう甘い言い方でわたくしを絆そうとなさる……」
そのままぷくりと頬を膨らませながら愚痴るリリアーナだが……。
結局は、いつもこのような流れで姉には絆されてしまう。
それでもあの時、怒りで涙が留まらなくなっていたリリアーナの手をシャーロッテは、ずっと握りしめていた。
姉もアルベルトと考えたあの計画が、上手く行く自信はなかったのだろう。
あのような作り話をし、まだ婚約のみという状況で相手の子供を身籠る覚悟を決めた姉。
そして実父との繋がりを断ち切ってでも姉と歩む未来を望み、あのような計画を企てた義兄。
そんな二人が今回一番確認したかった事は、アルベルトの父であるクスフォード伯爵の人間性だったそうだ。
伯爵が自身が企てた計画の所為で雇った男が暴走し、依頼内容に反してシャーロッテを襲って妊娠までさせられたという状況を突き付けた際、どのような反応をするか……。二人はそれを確認したかったのだ。
そんな二人が一番望んでいた展開は、シャーロッテに起こってしまった悲劇は、自身が企てた計画での手違いで起こってしまった事だと早々に伯爵が自白し、心の底から謝罪をしてくるというものだったのだが……。
実際の伯爵の対応は、最後まで自身が企てた計画の事を隠し通し、挙句の果てには『見舞い金』と称した手切れ金を用意するというものだった……。
クスフォード伯爵が見舞い金の申し出をした際、シャーロッテが小刻みに震え俯いたのは、未来の義父に対して深く失望したからだ……。
そしてアルベルトが終始怒りの表情を浮かべていたのは、自身の父親に対する激しい嫌悪感……。
あの時……もし正直にあらぬ計画を立てた事を白状し、反省と共に深く謝罪する姿勢を伯爵が見せてくれたのなら、二人はこれから生まれて来る子供をすぐに伯爵に抱かせてあげるつもりだったのだろう。
だが結局は、二人が一番望まない流れの対応を伯爵はしてしまった……。
その瞬間、アルベルトの中で完全に実父を切るという決意が固まる。
同時に伯爵があの計画を企てた際、シャーロッテのその後の事など一切考えもしていない事にも激しい怒りを抱いてしまった。
息子である自分の最愛の女性を蔑ろにする父親をアルベルトは、どうしても許す事が出来なかったのだ。
現状クスフォード伯爵からは、息子であるアルベルトに家を継いで貰いたいという要望が来ているそうだ。
だが、アルベルトは頑なに父親が邸に滞在している間は、実家には戻らないと言い張り、妻となるシャーロッテの実家であるここリングバード子爵邸で、クスフォード領内の雑務を処理している状態だ。
領地経営については、すでに留学前に基本的な部分と流れはあらかた学んでいるそうなので、いきなり爵位を継いでも問題ないようなのだが……。
まだ20代になったばかりの若造では、誰の指導も受けずに一人でこなす事は難しい。その為、アルベルトは、このリングバード子爵邸に滞在中にシャーロッテ達の父でもある子爵から、領地運営のコツを学ばせて貰っている。
子爵の方も指導と称してアルベルトに仕事を手伝わせる事が出来るので、非常に助かっているとの事だ。
だが、実父が健在なのに義父の方からの指導を熱く望むそのアルベルトのその心境を思うと、その怒りはかなり根深いようだ……。
実の息子から絶対に許す事など出来ないと言い切られてしまったクスフォード伯爵が、その過ちを償いきれるのは相当な時間と労力がかかりそうである。
だが、そんな伯爵の肝を冷やしたかったとはいえ、いくら何でも姉を妊娠させる必要性があったのだろうか……。
ここ最近のリリアーナは、よくその事を考えてしまう。
そんな事を考えていたからか、姉が指を近づけてくる気配に気付けなかった。
姉はニコニコしながら、先程リリアーナが膨らませた頬をプニリと突く。
「そんなに頬を膨らませてしまったら、折角の可愛いお顔が台無しよ? それに実際にアルベルト様は、わたくしを傷物にし、二ヶ月間で6回も襲った挙句、妊娠までさせたのだから、妹のリリは怒ってもいいと思うわ」
悪戯が成功したかのような茶目っ気ある笑みを浮かべて、そう言い出したシャーロッテにアルベルトが抗議の声を上げる。
「待ってくれ。あれは双方同意の上で行為に及んだのだから、襲ったという言い方は語弊があり過ぎるだろう?」
「まぁ! ですが、わたくしは『襲われている』という感覚の方が強かったのですけど?」
「それは……男には女性には分からない事情と言うか……本能というか……」
「やめて! 大好きなお姉様と自慢のお義兄様のそのような情事の話など聞きたくないわ! お二人共、ここにまだ年頃のうら若き乙女がいる事をお忘れにならないで!」
ふざけだした姉夫妻にリリアーナが、悲痛な叫びで抗議する。
そんな妹の反応に二人は、声を上げて笑った。
「すまない。調子に乗り過ぎた」
そう言ってアルベルトがリリアーナの頭を撫でる。
この5つ年上の義兄は紳士的なのか、はたまた野性的なのか、リリアーナは未だに判断しかねている……。
品のある整った顔立ちと柔らかい物腰の義兄は、見た目の雰囲気だけで言えば非常に紳士的な男性とみられる事が多い。
だがその中身は、かなりワイルドなのである……。
実父に対してあのような抗議の仕方をし、その後あっさりと親子の縁を切ると言い切って、即行動に移ろうとするあの思い切りの良さ。
昨年まで留学していたその経緯も実にあっさりしたもので「例の侯爵令嬢が鬱陶しいので、シャーロが学生を終えるまで、しばらく隣国に逃げる」と言い出した一週間後には、早々に留学の手続きを済ませて隣国へと発っていった。
そんな留学前の当時のアルベルトは、すでに成人済みの18歳だったのだが、婚約者である二つ下のシャーロッテがまだ学生だった為、挙式は姉が学園を卒業してから行う予定だった。
しかし、その婚約期間を例の侯爵令嬢は、自身が付け入ってもいい期間と判断したらしい。その為、侯爵令嬢に見初められてしまったアルベルトは、常に彼女からの猛アプローチを受ける事になる。
それからである。アルベルトの逃げ惑う生活が始まったのは……。
そんな侯爵令嬢の唯一褒められるところは、どんなにアルベルトに熱烈な思いを抱いても、けして婚約者であるシャーロッテには危害を加えなかった事だ。
だが、今思うと彼女にとって格下の子爵令嬢など相手にする価値もないという考えだったかもしれない……。
しかし、変なところで心配性なアルベルトはその可能性も懸念し、隣国への留学を決行したのだが……。まさかその侯爵令嬢が隣国まで追いかけてくるとは、思ってもいなかったそうだ。
それだけしつこく付きまとわれた義兄は帰国後、何故か少しだけ眼光が鋭くなったとリリアーナは感じていた。
そんな経緯もあり、もしかしたら義兄は留学先で侯爵令嬢によって貞操の危機を感じてしまうような出来事があったのかもしれないと、リリアーナは考え始める。
その事を確認しようと、リリアーナは思い切ってアルベルトに探りを入れてみる事にした。
「あの……もしかして今回、お義兄様が早々にお姉様を懐妊させるような流れの計画を立てられたのは、例の侯爵令嬢の方の妨害を警戒されたからでしょうか?」
「え?」
義妹のその質問に何故かアルベルトは、予想していなかった質問を投げかけられたという反応を見せる。そんな反応を見せた義兄にリリアーナは、何かを勘ぐるようにスッと目を細めた。
「違うのですか?」
「あー…っと。ま、まぁ、それが一番の理由なのは確かではある……のだが」
どうも煮え切らない返し方をし始めたアルベルトにリリアーナだけではなく、シャーロッテまでも怪訝な表情を向ける。
「アルベルト様、確かあの計画をご提案してくださった際、侯爵家からの圧力を撥ね退けるには、既成事実を作る事が一番の有効手段だとおっしゃってましたよね?」
「あ、ああ……」
確かにどんなに横やりを入れられたとしても、すでに婚約者が身籠っているとなれば流石の侯爵令嬢も諦めるしかない。
実際に今回の件で、シャーロッテがアルベルトの子を身籠っているという噂が出回ってから、件の侯爵令嬢は大失恋故のショックで引きこもり生活をしているらしい……。
だが、追い回されたアルベルトからすると、また新しい標的を見つければ、すぐに立ち直りそうだとも感じている。
「ですが、お義兄様は留学中に隣国の第二王子殿下と親しくなられたのですよね? ならば殿下のお力添えで、例の侯爵家に圧力をかけて頂ければ、お姉様を妊娠させてまで囲う必要性はなかったのでは?」
リリアーナのその考察にシャーロッテが何かに気付くようにハッとなり、勢いよくアルベルトに視線を向けた。その眼差しには、明らかに何かを疑うような意味合いが込められている。
「いや……。確かにその方法もあったのだが……。そもそも私は、隣国で例の侯爵令嬢に猛アプローチされる事にかなり心を病んてしまっていて……」
「だからお姉様と婚前交渉したと?」
「そこまでは言っていない!」
姉シャーロッテと違い、妹リリアーナはかなり鋭い感性と考察力がある。
ようするにおっとりタイプのシャーロッテより扱いづらいタイプなのだ。
その事を改めて実感しながらアルベルトが深く息を吐く。
「実は……隣国で例の侯爵令嬢に追い回されている時、私はかなり媚薬を盛られたんだ……」
「「媚薬!?」」
隣国は魔術の国と言うくらいなので魔術師が多い。
魔術師は魔導士と違い、詠唱で魔法を発動するのではなく、記述式で魔法を発動させるのだ。
その為、能力値などで威力に差が出る事はない。
どちらかというと、知識で威力差が出るので、魔術師の多くは研究肌な人間が多いのも特徴だ。
そんな魔術師の多い隣国では、貴重な魔法薬なども割と簡単に手に入りやすい。
例の侯爵令嬢は金にものを言わせ、その魔法薬を駆使し、何とかしてアルベルトを落とそうと躍起になっていたそうだ……。
だが、アルベルトの方も意地でもシャーロッテ以外の女性は抱きたくないという姿勢を貫いていた。
そんな侯爵令嬢がアルベルトに唯一近づける機会が、彼が伯爵令息として義務で参加している夜会やお茶会などのパーティーの時だ。
その際、媚薬を盛られる度にアルベルトは隣国で伝説を作っていた……。
一度目は、飲み物に混ぜられ、その催淫効果を消す為に自身を思いっきり殴りつけて自我を取り戻した。だが、傍から見れば自虐趣味のある変人である……。
二度目は、かなり強力な媚薬の入った液体を掛けられ、その催淫効果に抗う為に会場警備の騎士から短刀を奪い、自身の太腿に突き刺した。傍から見れば気が狂った人間にしか見えない……。
三度目は霧状の媚薬に当てられてしまい、アルベルトはいきなり会場の壁に激しく額を打ち付け、王城の壁を血まみれにした。この時には、もうアルベルトの隣国での印象は『顔面力が高い自虐好きな残念な男』という扱いになっていた……。
第二王子グレイブは、そんなアルベルトの奇行を目の当たりにしてしまい、思わず声を掛けてしまったそうで、それから二人は親しくなったそうだ……。
グレイブ曰く、「その侯爵令嬢、しつこ過ぎやしないか?」だったが……。
彼女自身は、媚薬を盛る事は愛情表現の一つとしか捉えていないようで、全く悪びれもせずに「今日もダメでしたわ! 次こそは!」と、意気込みを見せる程、かなりポジティブシンキングな令嬢だった……。
そもそも通常であれば、媚薬を使わなければ相手に振り向いてもらえない状況にいくらか羞恥心を抱きそうなものだが……彼女の場合、そういう感覚はない。
「ダメならもう一度挑戦すればいい!」という何ともチャレンジ精神溢れる女性だったのだ。
はっきり言って、人語が通じないタイプである……。
そんなアルベルトの状況に第二王子はかなり同情的になり、今回でも大活躍した例の貴重な魔道具の使用を隣国の一伯爵令息でしかないアルベルトの為に使用許可の申請を父王に取ってくれたそうだ。
だが、そんな侯爵令嬢に追い回される日々を半年間強いられたアルベルトは帰国後、尚更シャーロッテに癒しを求めるようになってしまった……。
同時に侯爵令嬢が実行していた『既成事実さえ作ってしまえば……』という考え方に大いに共感し始める。
そんなアルベルトの考えを見透かすかのように勘の鋭い義妹リリアーナが、ジッと心の中を勘ぐるように義兄を凝視する……。
その視線に耐えかねたアルベルトは、思わずふっと目を逸らした。
その瞬間、リリアーナが盛大なため息と共に呆れた声で呟く。
「ダメだわ……お姉様。今回のお義兄様の考えられた計画は一見、熟考し追いつめられた故に立てられた計画のように思えるけれど、実際はお義兄様の本能に忠実なお気持ちによって筋書きを考えられた可能性があるわ……」
しっかり者の妹リリアーナの見解を聞いたシャーロッテは、何かを訴えるようにジッとアルベルトに視線を送る。
愛くるしい姉妹二人から、何かを訴えられるように威圧的な視線を向けられたアルベルトは、すっかり冷めきってしまったお茶を慌てて手に取り、誤魔化す様に一気に飲み干した。
そんな二人は婚約破棄騒動から一ヶ月後、シャーロッテの腹部が目立つ前に式を挙げ、更に仲睦まじい様子を両家親戚一同に披露する。
だが、その式には新郎の父の姿なかったそうだ……。
結局アルベルトの父親が、自身の孫に面会出来たのは、当時シャーロッテのお腹の中にいた子供が10歳を迎えた時だったそうだ。
その時には孫がもう二人増えており、元クスフォード伯爵は、やっと面会させて貰えた三人の孫を涙しながら抱きしめたという。
――――――【★あとがき★】――――――
これにて当作品は完結となります。
執筆中、クスフォード伯爵を色々なパターンで打ち間違えてましたが……。
一番笑ったパターンが『クズフォード伯爵』でした。(笑)
もしまだお見かけしたらご報告頂けますと助かります。
尚、感想コメント、お気に入り、エールを送ってくださった方々には大感謝です!
そして最後まで当作品にお付き合いくださった方々、本当ーにありがとうございました!
リングバード子爵邸の小さな庭園でお茶を味わっていたリリアーナは、共にテーブルに着いている姉夫妻にチラリと視線を向け、盛大に息を吐いた。
「結局、お姉様が襲われたというお話は、お二人の作り話だったのですね……」
義兄をじろりと睨みつけたながら、リリアーナはお茶請けに出されている焼き菓子をひょいっと手に取り、勢いよく口に運んだ。
そんな義妹からのチクチク刺さるような視線を受け止めながら、アルベルトが困惑気味の笑みを浮かべる。
「わたくし、本当ーにお義兄様に対して『殺してやる!』と思ってしまうくらい、涙まで流して怒りを募らせてしまったのよ!? それなのに全て作り話だったなんて……。泣き損だわ!」
プリプリと怒りながら。バリバリと焼き菓子を頬張る義妹の様子を困り顔で眺めていたアルベルトとシャーロッテだが、すぐに互いに顔を見合わせた後、苦笑した。
「いや、その……本当にすまなかった……。だが、敵を欺くには、まず味方からとも言うし……」
「わたくしもアルベルト様も散々悩んだ末、この方法でお義父様に抗議をしようと決めたの……。でもお義父様は、やり手な方だけあって、すぐに情報を掴んでしまいそうだったから、かなり慎重に事を進めなければならなかったのよ……。大切な妹でもあるあなたにすら話せない状況だったとはいえ、本当にごめんなさい……」
すまなそうに謝罪してきた姉の様子にリリアーナの怒りが少しだけ和らぐ。
すると次の瞬間、何故か姉は嬉しそうに頬をほんのり赤らめた。
「でもね、わたくしの為にあんなにもリリが怒りを露わにしてくれた事は、とても嬉しくて、心強かったのよ?」
毒気を抜かれそうな優しい声でそう告げてきた姉の言葉を聞いたにリリアーナは、面白くなさそうに眉間に皺を刻む。
「お姉様は……またそういう甘い言い方でわたくしを絆そうとなさる……」
そのままぷくりと頬を膨らませながら愚痴るリリアーナだが……。
結局は、いつもこのような流れで姉には絆されてしまう。
それでもあの時、怒りで涙が留まらなくなっていたリリアーナの手をシャーロッテは、ずっと握りしめていた。
姉もアルベルトと考えたあの計画が、上手く行く自信はなかったのだろう。
あのような作り話をし、まだ婚約のみという状況で相手の子供を身籠る覚悟を決めた姉。
そして実父との繋がりを断ち切ってでも姉と歩む未来を望み、あのような計画を企てた義兄。
そんな二人が今回一番確認したかった事は、アルベルトの父であるクスフォード伯爵の人間性だったそうだ。
伯爵が自身が企てた計画の所為で雇った男が暴走し、依頼内容に反してシャーロッテを襲って妊娠までさせられたという状況を突き付けた際、どのような反応をするか……。二人はそれを確認したかったのだ。
そんな二人が一番望んでいた展開は、シャーロッテに起こってしまった悲劇は、自身が企てた計画での手違いで起こってしまった事だと早々に伯爵が自白し、心の底から謝罪をしてくるというものだったのだが……。
実際の伯爵の対応は、最後まで自身が企てた計画の事を隠し通し、挙句の果てには『見舞い金』と称した手切れ金を用意するというものだった……。
クスフォード伯爵が見舞い金の申し出をした際、シャーロッテが小刻みに震え俯いたのは、未来の義父に対して深く失望したからだ……。
そしてアルベルトが終始怒りの表情を浮かべていたのは、自身の父親に対する激しい嫌悪感……。
あの時……もし正直にあらぬ計画を立てた事を白状し、反省と共に深く謝罪する姿勢を伯爵が見せてくれたのなら、二人はこれから生まれて来る子供をすぐに伯爵に抱かせてあげるつもりだったのだろう。
だが結局は、二人が一番望まない流れの対応を伯爵はしてしまった……。
その瞬間、アルベルトの中で完全に実父を切るという決意が固まる。
同時に伯爵があの計画を企てた際、シャーロッテのその後の事など一切考えもしていない事にも激しい怒りを抱いてしまった。
息子である自分の最愛の女性を蔑ろにする父親をアルベルトは、どうしても許す事が出来なかったのだ。
現状クスフォード伯爵からは、息子であるアルベルトに家を継いで貰いたいという要望が来ているそうだ。
だが、アルベルトは頑なに父親が邸に滞在している間は、実家には戻らないと言い張り、妻となるシャーロッテの実家であるここリングバード子爵邸で、クスフォード領内の雑務を処理している状態だ。
領地経営については、すでに留学前に基本的な部分と流れはあらかた学んでいるそうなので、いきなり爵位を継いでも問題ないようなのだが……。
まだ20代になったばかりの若造では、誰の指導も受けずに一人でこなす事は難しい。その為、アルベルトは、このリングバード子爵邸に滞在中にシャーロッテ達の父でもある子爵から、領地運営のコツを学ばせて貰っている。
子爵の方も指導と称してアルベルトに仕事を手伝わせる事が出来るので、非常に助かっているとの事だ。
だが、実父が健在なのに義父の方からの指導を熱く望むそのアルベルトのその心境を思うと、その怒りはかなり根深いようだ……。
実の息子から絶対に許す事など出来ないと言い切られてしまったクスフォード伯爵が、その過ちを償いきれるのは相当な時間と労力がかかりそうである。
だが、そんな伯爵の肝を冷やしたかったとはいえ、いくら何でも姉を妊娠させる必要性があったのだろうか……。
ここ最近のリリアーナは、よくその事を考えてしまう。
そんな事を考えていたからか、姉が指を近づけてくる気配に気付けなかった。
姉はニコニコしながら、先程リリアーナが膨らませた頬をプニリと突く。
「そんなに頬を膨らませてしまったら、折角の可愛いお顔が台無しよ? それに実際にアルベルト様は、わたくしを傷物にし、二ヶ月間で6回も襲った挙句、妊娠までさせたのだから、妹のリリは怒ってもいいと思うわ」
悪戯が成功したかのような茶目っ気ある笑みを浮かべて、そう言い出したシャーロッテにアルベルトが抗議の声を上げる。
「待ってくれ。あれは双方同意の上で行為に及んだのだから、襲ったという言い方は語弊があり過ぎるだろう?」
「まぁ! ですが、わたくしは『襲われている』という感覚の方が強かったのですけど?」
「それは……男には女性には分からない事情と言うか……本能というか……」
「やめて! 大好きなお姉様と自慢のお義兄様のそのような情事の話など聞きたくないわ! お二人共、ここにまだ年頃のうら若き乙女がいる事をお忘れにならないで!」
ふざけだした姉夫妻にリリアーナが、悲痛な叫びで抗議する。
そんな妹の反応に二人は、声を上げて笑った。
「すまない。調子に乗り過ぎた」
そう言ってアルベルトがリリアーナの頭を撫でる。
この5つ年上の義兄は紳士的なのか、はたまた野性的なのか、リリアーナは未だに判断しかねている……。
品のある整った顔立ちと柔らかい物腰の義兄は、見た目の雰囲気だけで言えば非常に紳士的な男性とみられる事が多い。
だがその中身は、かなりワイルドなのである……。
実父に対してあのような抗議の仕方をし、その後あっさりと親子の縁を切ると言い切って、即行動に移ろうとするあの思い切りの良さ。
昨年まで留学していたその経緯も実にあっさりしたもので「例の侯爵令嬢が鬱陶しいので、シャーロが学生を終えるまで、しばらく隣国に逃げる」と言い出した一週間後には、早々に留学の手続きを済ませて隣国へと発っていった。
そんな留学前の当時のアルベルトは、すでに成人済みの18歳だったのだが、婚約者である二つ下のシャーロッテがまだ学生だった為、挙式は姉が学園を卒業してから行う予定だった。
しかし、その婚約期間を例の侯爵令嬢は、自身が付け入ってもいい期間と判断したらしい。その為、侯爵令嬢に見初められてしまったアルベルトは、常に彼女からの猛アプローチを受ける事になる。
それからである。アルベルトの逃げ惑う生活が始まったのは……。
そんな侯爵令嬢の唯一褒められるところは、どんなにアルベルトに熱烈な思いを抱いても、けして婚約者であるシャーロッテには危害を加えなかった事だ。
だが、今思うと彼女にとって格下の子爵令嬢など相手にする価値もないという考えだったかもしれない……。
しかし、変なところで心配性なアルベルトはその可能性も懸念し、隣国への留学を決行したのだが……。まさかその侯爵令嬢が隣国まで追いかけてくるとは、思ってもいなかったそうだ。
それだけしつこく付きまとわれた義兄は帰国後、何故か少しだけ眼光が鋭くなったとリリアーナは感じていた。
そんな経緯もあり、もしかしたら義兄は留学先で侯爵令嬢によって貞操の危機を感じてしまうような出来事があったのかもしれないと、リリアーナは考え始める。
その事を確認しようと、リリアーナは思い切ってアルベルトに探りを入れてみる事にした。
「あの……もしかして今回、お義兄様が早々にお姉様を懐妊させるような流れの計画を立てられたのは、例の侯爵令嬢の方の妨害を警戒されたからでしょうか?」
「え?」
義妹のその質問に何故かアルベルトは、予想していなかった質問を投げかけられたという反応を見せる。そんな反応を見せた義兄にリリアーナは、何かを勘ぐるようにスッと目を細めた。
「違うのですか?」
「あー…っと。ま、まぁ、それが一番の理由なのは確かではある……のだが」
どうも煮え切らない返し方をし始めたアルベルトにリリアーナだけではなく、シャーロッテまでも怪訝な表情を向ける。
「アルベルト様、確かあの計画をご提案してくださった際、侯爵家からの圧力を撥ね退けるには、既成事実を作る事が一番の有効手段だとおっしゃってましたよね?」
「あ、ああ……」
確かにどんなに横やりを入れられたとしても、すでに婚約者が身籠っているとなれば流石の侯爵令嬢も諦めるしかない。
実際に今回の件で、シャーロッテがアルベルトの子を身籠っているという噂が出回ってから、件の侯爵令嬢は大失恋故のショックで引きこもり生活をしているらしい……。
だが、追い回されたアルベルトからすると、また新しい標的を見つければ、すぐに立ち直りそうだとも感じている。
「ですが、お義兄様は留学中に隣国の第二王子殿下と親しくなられたのですよね? ならば殿下のお力添えで、例の侯爵家に圧力をかけて頂ければ、お姉様を妊娠させてまで囲う必要性はなかったのでは?」
リリアーナのその考察にシャーロッテが何かに気付くようにハッとなり、勢いよくアルベルトに視線を向けた。その眼差しには、明らかに何かを疑うような意味合いが込められている。
「いや……。確かにその方法もあったのだが……。そもそも私は、隣国で例の侯爵令嬢に猛アプローチされる事にかなり心を病んてしまっていて……」
「だからお姉様と婚前交渉したと?」
「そこまでは言っていない!」
姉シャーロッテと違い、妹リリアーナはかなり鋭い感性と考察力がある。
ようするにおっとりタイプのシャーロッテより扱いづらいタイプなのだ。
その事を改めて実感しながらアルベルトが深く息を吐く。
「実は……隣国で例の侯爵令嬢に追い回されている時、私はかなり媚薬を盛られたんだ……」
「「媚薬!?」」
隣国は魔術の国と言うくらいなので魔術師が多い。
魔術師は魔導士と違い、詠唱で魔法を発動するのではなく、記述式で魔法を発動させるのだ。
その為、能力値などで威力に差が出る事はない。
どちらかというと、知識で威力差が出るので、魔術師の多くは研究肌な人間が多いのも特徴だ。
そんな魔術師の多い隣国では、貴重な魔法薬なども割と簡単に手に入りやすい。
例の侯爵令嬢は金にものを言わせ、その魔法薬を駆使し、何とかしてアルベルトを落とそうと躍起になっていたそうだ……。
だが、アルベルトの方も意地でもシャーロッテ以外の女性は抱きたくないという姿勢を貫いていた。
そんな侯爵令嬢がアルベルトに唯一近づける機会が、彼が伯爵令息として義務で参加している夜会やお茶会などのパーティーの時だ。
その際、媚薬を盛られる度にアルベルトは隣国で伝説を作っていた……。
一度目は、飲み物に混ぜられ、その催淫効果を消す為に自身を思いっきり殴りつけて自我を取り戻した。だが、傍から見れば自虐趣味のある変人である……。
二度目は、かなり強力な媚薬の入った液体を掛けられ、その催淫効果に抗う為に会場警備の騎士から短刀を奪い、自身の太腿に突き刺した。傍から見れば気が狂った人間にしか見えない……。
三度目は霧状の媚薬に当てられてしまい、アルベルトはいきなり会場の壁に激しく額を打ち付け、王城の壁を血まみれにした。この時には、もうアルベルトの隣国での印象は『顔面力が高い自虐好きな残念な男』という扱いになっていた……。
第二王子グレイブは、そんなアルベルトの奇行を目の当たりにしてしまい、思わず声を掛けてしまったそうで、それから二人は親しくなったそうだ……。
グレイブ曰く、「その侯爵令嬢、しつこ過ぎやしないか?」だったが……。
彼女自身は、媚薬を盛る事は愛情表現の一つとしか捉えていないようで、全く悪びれもせずに「今日もダメでしたわ! 次こそは!」と、意気込みを見せる程、かなりポジティブシンキングな令嬢だった……。
そもそも通常であれば、媚薬を使わなければ相手に振り向いてもらえない状況にいくらか羞恥心を抱きそうなものだが……彼女の場合、そういう感覚はない。
「ダメならもう一度挑戦すればいい!」という何ともチャレンジ精神溢れる女性だったのだ。
はっきり言って、人語が通じないタイプである……。
そんなアルベルトの状況に第二王子はかなり同情的になり、今回でも大活躍した例の貴重な魔道具の使用を隣国の一伯爵令息でしかないアルベルトの為に使用許可の申請を父王に取ってくれたそうだ。
だが、そんな侯爵令嬢に追い回される日々を半年間強いられたアルベルトは帰国後、尚更シャーロッテに癒しを求めるようになってしまった……。
同時に侯爵令嬢が実行していた『既成事実さえ作ってしまえば……』という考え方に大いに共感し始める。
そんなアルベルトの考えを見透かすかのように勘の鋭い義妹リリアーナが、ジッと心の中を勘ぐるように義兄を凝視する……。
その視線に耐えかねたアルベルトは、思わずふっと目を逸らした。
その瞬間、リリアーナが盛大なため息と共に呆れた声で呟く。
「ダメだわ……お姉様。今回のお義兄様の考えられた計画は一見、熟考し追いつめられた故に立てられた計画のように思えるけれど、実際はお義兄様の本能に忠実なお気持ちによって筋書きを考えられた可能性があるわ……」
しっかり者の妹リリアーナの見解を聞いたシャーロッテは、何かを訴えるようにジッとアルベルトに視線を送る。
愛くるしい姉妹二人から、何かを訴えられるように威圧的な視線を向けられたアルベルトは、すっかり冷めきってしまったお茶を慌てて手に取り、誤魔化す様に一気に飲み干した。
そんな二人は婚約破棄騒動から一ヶ月後、シャーロッテの腹部が目立つ前に式を挙げ、更に仲睦まじい様子を両家親戚一同に披露する。
だが、その式には新郎の父の姿なかったそうだ……。
結局アルベルトの父親が、自身の孫に面会出来たのは、当時シャーロッテのお腹の中にいた子供が10歳を迎えた時だったそうだ。
その時には孫がもう二人増えており、元クスフォード伯爵は、やっと面会させて貰えた三人の孫を涙しながら抱きしめたという。
――――――【★あとがき★】――――――
これにて当作品は完結となります。
執筆中、クスフォード伯爵を色々なパターンで打ち間違えてましたが……。
一番笑ったパターンが『クズフォード伯爵』でした。(笑)
もしまだお見かけしたらご報告頂けますと助かります。
尚、感想コメント、お気に入り、エールを送ってくださった方々には大感謝です!
そして最後まで当作品にお付き合いくださった方々、本当ーにありがとうございました!
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M様
ご感想頂き、ありがとうございます!
楽しんで頂けて良かった!
妹ちゃんは確実にヒロインなら人気が出るタイプですよねー。
他の方から隣国の第二王子視点や例のぶっとび侯爵令嬢のお話の希望もあったので、それらと併せて妹ちゃん主役の話も考えてみたいですねー。
もし投稿する機会あれば、是非またお手に取って頂けると嬉しいです。(^^)
ファル子様
ご感想頂き、ありがとうございます!
こちらこそ、楽しんで頂けてよかったです!
ポジティブ侯爵令嬢のお話を書くとしたら、確実に次のターゲットを見つけたという展開でドタバタコメディになりますね……。(苦笑)
隣国王子サイドの話だと、アルベルトがかなり不憫な目に遭っていた事が語られる話になりそう。(笑)
それはそれで面白そうなので、機会があれば検討してみますねー。
よきよ様
いつもご感想頂き、本当にありがとうございます。
そしてなろうの方での誤字報告、本当にありがとうございます!
まだまだ誤字誤変換出てくると思うので、ちょっとこれから自分でも見直してみます。(^^;)
リリアーナは、恐らく主人公にしたら人気が出るタイプですねー。
今回は脇役に徹してくれてますが。(笑)
伯爵様ですが、恐らく孫に会わせて貰えたのは、妻と息子の嫁がかなり尽力してくれた感じですかね……。
それでも10年間は会わせて貰えなかったので、その間は妻から孫の可愛さを語られ、羨ましさで涙目になり話を聞いていたと思います。(笑)
アルベルトvs侯爵令嬢に関しては……周りからしてみれば完全にコメディなやり取りに見えていたでしょうね……。(苦笑)
(アルベルトにとっては死活問題レベルの逃げをする程、深刻でしたが)
第二王子も笑いを通り越して、アルベルトが不憫に思えてきたので魔道具を貸してくれたんだと思います。(笑)
>ポジティブ・シンキング、なんとも懐かしい。
はっ! もしやポジティブ・シンキングと言う言葉は、今はもう死語になってる!?Σ(゚Д゚;)
普通に使ってました……。おおぅ、年齢がバレるwww
個人的には、考えが異常な程ポジティブ過ぎる人には恐怖感じる私です……。
「嫌だ! やめてくれ!」とこちらが訴えているのに全部肯定的な意見に変換されて、こちらの拒絶の意志を全く受け止めてくれない人が多いので。(苦笑)
アルベルトと侯爵令嬢の関係もそんな感じで書いてみました!
憎めないけれど、物凄く迷惑な人……それが当作品の侯爵令嬢です。(笑)
4話で文字数も適度にしたので短い話なのですが、細かい部分まで丁寧に読んで頂き、こちらこそありがとうございました!