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5.心の傷
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今から7年前、ずっと寝たきりだった姉のユリアエールが巫女力が安定した事で体調が回復し、それを期に当時サンライズ王家主催で開かれていたお茶会に二人の社交界デビューも兼ねて、父が参加させてくれた。
サンライズの巫女達以外が参加している一般的なお茶会には初参加だったアズリエールは、好奇心旺盛な事もあり大興奮し、内向的な姉ユリアエールの手を引きながら、会場内を嬉々として探索していた。
ただでさえ瓜二つという双子という事で目を引く二人だが、容姿にも恵まれていた事もあって、尚更会場内では注目を集めていた。
そんな二人に来賓客達は、二人のその愛らしい様子に思わず微笑みを浮かべながら、声を掛けてくる。
人懐っこいアズリエールは、そんな声掛けに元気に挨拶で返していたが、内向的な姉ユリアエールは、常に妹の後ろに隠れるようにしながら、小さな声で挨拶を返していた。
そんな朗らかな雰囲気をまとっていたパーティー会場だが、出席者の中には国外から留学で来ている10代後半の若い令息達も何人かいた。
その一人がパーティ―会場の探索に飽き出したアズリエールに声を掛けてきたのだ。
「お嬢さん方、大人ばかりのパーティーで退屈してしまったのではないかな?」
そう言って、ニッコリ微笑んできたその令息は、こげ茶色のサラサラの髪に綺麗なグレイの瞳を持つ落ち着いた雰囲気の青年だった。
話を聞くと、どうやらその青年は隣国でもある大国コーリングスターから、サンライズへ留学しに来ており、三日後には帰国してしまうらしい。
今回のお茶会がサンライズで参加出来る最後のパーティーとの事だった。
小さい子供の扱いに慣れている様子のその青年令息にアズリエールは、笑顔で対応していた。
しかし、姉のユリアエールは人見知りの所為か、その青年に声を掛けられてもサッと妹の背に隠れてしまっている。
その様子に青年は苦笑しながら、ある提案をしてきた。
「実は今、僕の友人達がゲストルームの方で面白いゲームをやっていてね。もし良かったら、君達も一緒に参加してみないかい?」
パーティー会場の探索に飽きていたアズリエールは、その青年の申し出を嬉々として受けようとした。
しかし姉のユリアエールは、イヤイヤと首を横に振り、アズリエールと共に会場の方へ戻ろうとする。
「おや? そちらの妹さんは、どうやら恥ずかしがり屋なのかな?」
「妹は私! ユリーは姉なの!」
「ユリーって言うんだ。可愛い名前だね! 君はなんて呼ばれているの?」
「私はアズって呼ばれているの!」
「アズとユリーか。二人共、可愛い呼び名だね。そんなに怖がらなくてもいいから、二人共おいで。あっちで楽しいゲームをしよう?」
そう言われ、アズリエールは嫌がる姉の手を引きながら、青年の後を付いて行き、そのゲストルームへと向かった。
青年が笑顔で部屋に入るように促してきたので、素直に部屋の中に入る。
しかし部屋に入った途端、嗅いだ事のない不思議な香りと、白い煙が薄っすら漂っていた。床にはワインのボトルが3本ほど転がっている……。
更に室内に目を向けると、案内してくれた青年と同じくらいの令息二人が、何故かアズリエール達の事を見つめながらニヤニヤしている。
一人は赤毛の青年で、もう一人は癖のある黒髪の青年だ。
三人とも女性受けしそうな容姿だが、浮かべている笑みは、明らかにアズリエール達を嘲笑っているような非常に不快な笑みだった。
その瞬間、何故かアズリエールの中に嫌な予感が広がる。
それを確定するかのように自分達の後ろで、ガチャリと鍵が掛けられた。
ゆっくりとこげ茶色の髪の青年を見上げると、先程の優しい笑みは消え失せ、何故か意地の悪い笑みを浮かべながらアズリエール達を見下ろしている。
「はっ! やっとこの国の女で楽しめるかと思ったのに……子供かよ!! だが随分、上玉を釣って来たじゃねーか」
部屋の奥にいる赤毛の青年がニヤつきながら、値踏みするかのようにアズリエール達を見やる。するとアズリエール達の後ろいるこげ茶色の髪の青年も同じように嫌な笑みを浮かべた。
「どうやらパーティー関係は、今回が初参加らしい。会場で目立っていた事もあって親も油断して目を離していたから、簡単に連れて来れた」
「だからって、ガキ連れて来てどうするんだ?」
黒髪の青年が、不満を口にしつつも何故か楽しそうに嫌な笑みを浮かべる。
すると、こげ茶色の髪の青年が口角をゆっくり上げ、ニヤリとする。
「だが自国に戻ったら絶対に味わえない肉だぞ? おまけにガキとは言え、二人共上玉だ。どうせ三日後には帰国するのだから、リスクの高い楽しみ方をしてもいいだろ?」
「確かに……。特に後ろの方は、ガキの癖にかなりそそるな……」
「だろ? 今回は二人もいるのだから、三人相手でもかなり楽しめる」
青年達の会話の意味が分からないアズリエールだが、何故かその様子から禍々しい雰囲気を感じ取り、咄嗟に後ろにいる姉の手を掴んで、奥にあるバルコニー付きの大きな窓まで逃げようとした。
しかし、アズリエールの体は、グイっと後ろに引き戻されてしまう。
「嫌ぁぁぁー!! 離してぇぇぇー!!」
「ユリー!!」
振り返ると二人の後ろにいたこげ茶色の髪の青年が、ユリアエールを羽交い絞めにしていた。その青年から姉を奪い返そうと、アズリエールが名を叫びながら必死でユリアエールの腕を引っ張る。
しかし姉の解放どころか、その青年はアズリエールにまで手を伸ばしてきた。
その手から逃れる為、一時的にアズリエールが後ろに下がるが、今度はその方向から来た赤毛の青年にアズリエールが囚われてしまう。
「アズっ!! アズゥゥゥー!!」
赤毛の青年に羽交い絞めにされてしまったアズリエールは、必死に抵抗しながら、姉の元へ向かおうと、その拘束から逃れようとした。
しかし、7歳の少女では成人前後の青年の力を押しのける事は出来ない。
そうこうしている内にユリアエールは、こげ茶色の髪の青年と黒髪の青年によって、部屋の奥の寝台の方へと引きづられて行く。
「嫌ぁぁぁー!! アズゥゥゥー!!」
狂ったように泣き叫ぶユリアエールをベッドに転がし、二人の青年が姉の服に手を掛け出す。その状況にアズリエールは、自分を羽交い絞めにしている赤毛の青年の腕に思いっきり噛みついた。
「っ……!! このクソガキっ!!」
痛みの所為で赤毛の青年の拘束が緩んだ瞬間、アズリエールは素早くそこから抜け出し、窓の方へに向い、勢いよくその窓を開け放った。
そしてそのまま外に出てバルコニーまで逃げ切る。
すると二人の青年がその事に気付き、その状況を確認する為、逃げようとするユリアエールを両側から乱暴に拘束したまま、アズリエール達の方までやってきた。
「おい!! 何逃がしてんだ!!」
「こいつ、令嬢の癖して俺の腕に噛みつきやがった……。絶対許さねぇ……」
「いいから早く捕まえろ!! そこだと目立つ!!」
ジリジリと近づいてくる赤毛の青年を警戒しながら、アズリエールはバルコニーの手すり部分にヒョイっと飛び乗った。
その瞬間、三人の青年達がギョッとする。
「バカかっ!! 落ちたら死ぬぞ!? 大人しくこっちへ来い!!」
焦った赤毛の青年がそう叫び、アズリエールに恐る恐る腕を伸ばして来た。
それを確認しつつも、その後方の姉にアズリエールは目を向ける。
ユリアエールは、狂ったようにアズリエールの名を叫びながら、ボロボロと涙を流していた。
服は一切はだけていないが、胸元のリボンが解かれている。
それを確認した瞬間、アズリエールはバルコニーから勢いよく飛び降りた。
「なっ……!!」
それとほぼ同時に赤毛の青年が、もの凄いスピードでアズリエールに詰め寄り手を伸ばすが、その手はアズリエールを掴む事は出来なかった。
「ク、クソっ!! これじゃ、下で騒ぎに……!!」
そう吐き捨てながら赤毛の青年がバルコニーから身を乗り出し、下を確認する。しかし次の瞬間、何かが勢いよく下から突き上がる。
そして青年は思いっきり顎を跳ね上げられ、大きくのけぞるように室内の方へと倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。
その光景にユリアエールを両側から押さえつけていた二人の青年達が、唖然とする。バルコニーの外側には、風をまとって宙を浮いているアズリエールが、二人をキッと睨みつけていたからだ。
「う、嘘だろ……? お前……風巫女かっ!!」
こげ茶色の髪の青年は、そう叫ぶと同時にユリアエールから素早く手を放し、サッと両手をアズリエールに向けてかざし出す。
どうやら先程言っていた精霊の国であるコーリングスターから留学してきたという話は、嘘ではないらしい……。
あの国では国民の殆どが、精霊の加護によって魔法を扱う事が出来る。
こげ茶色の髪の青年は、かざした両手の中に小さな炎を生み出し始めた。
それとほぼ同時にアズリエールが、空中で大きく体を捻る。
「ユリーを……離せェェェェェェー!!!!」
そのまま体を捻った遠心力を利用し、右腕左腕の順に室内に向かって大きく腕を振り切った。
すると切り裂く様な鋭い風の刃が放たれ、ビシリという轟音と共に室内の一番奥の壁に大きな爪痕を二つ、十字に刻みつける。
青年二人の顔ギリギリを吹き抜けて行ったその風の刃は、二人の頬にもビッと浅い切り傷を刻み、そこから鮮血を飛び散らせた。
そのあまりにも強刃な風の威力を目の当たりにしたこげ茶色の髪の青年は、両手から生み出していた小さな炎をゆっくりと鎮火させる……。
そして青年二人は小刻みに震えながら、真っ青な顔でお互い顔を見合わせ、そのまま崩れように前方に膝を折った。
すると二人から解放されたユリアエールが、泣き叫びながらアズリエールの元へ駆け寄って来る。
「アズ……アズゥゥゥ……」
アズリエールがバルコニーの手すり部分に降り立つと、ユリアエールが泣き叫びながら腰部分にしがみついてくる。
同時に廊下の方からバタバタと大勢の足音が聞こえた。
「何事だっ!!」
警備兵をかき分けながら現れたのは、当時11歳の王太子アレクシスだった。
その姿を確認すると、アズリエール達に危害を加えようとした青年二人が、ビクリと体を強張らせる。
対してアレクシスの方は、アズリエールの放った風によって滅茶苦茶になった部屋の惨状を見て、一瞬だけ目を見開く。
だが、すぐにテーブルの上の小皿に乗っていた燃えカスのような物に気付き、それを観察するように手に取った。
「これは……セルネラの根のようですね……」
小皿の燃えカスを観察しながら、アレクシスが青年二人を一瞥する。
そのアレクシスの言葉に二人の顔色が、更に真っ青になった。
その様子を確認したアレクシスが、ゾッとするような綺麗な笑みを浮かべながら、穏やかな口調で口を開く。
「お二人は確か、コーリングスターからの留学生であるマイゼル家とハーベット家のご子息でしたね。そしてそこで気絶されている方も同じく留学生であるミメット家のご令息。お三方は、この植物の根がこのサンライズだけでなく、大陸全土で医療行為以外での使用は違法とされている物だと、ご存知ですよね?」
「じ、実はそれらは、初めからこの部屋に入る前からあった物で……。恐らく我々の前にこの部屋を利用されていた方が使っていた物かと……」
こげ茶色の髪の青年が、青い顔をしたまま小声でそう弁明する。
その言い分にアレクシスが、盛大に息を吐く。
「今現在でもこのセルネラの香りが、微量に漂っている状態でもそう言い張られますか?」
「そ、それは!」
「加えてそこの二人は、我がサンライズ王家が全力で守るべき存在であるサンライズの巫女達です。あなた方は彼女達をどういう経緯で、この部屋に連れてこられたのですか?」
「そ、その……。パーティー会場で彼女達が退屈そうにしていたので、一緒にゲームにと誘ったのですが……。ゲーム中にそちらのご令嬢が、ゲーム結果に納得出来なかったようで、急にもの凄い風を起こして暴れ出して……」
黒髪の青年のその言い分にアズリエールが、カッと目を見開く。
「嘘言わないで!! ゲームなんてしてない!! この人達は私とユリーを部屋に連れ込んだ後、乱暴に押さえつけて、ユリーを寝台に押し倒したの!! そこでユリーの服を脱がそうとしたのよ!?」
アズリエールのその訴えにその場にいた全員が凍り付き、その三人を汚い物でも見る様な鋭い視線を注ぎ出す。
「ち、違う!! そんな事はしていない!! この子は自分がした事を誤魔化す為に嘘をついているんだ!! そ、その証拠にこの部屋を見てください!! ゲームに負けたくらいで、感情的になってこんなに部屋を滅茶苦茶に……」
「そんな事ぐらいで私、怒ったりしない!!」
「だが、部屋を滅茶苦茶にしたのは君だ!! 自分がやってしまった事を誤魔化すなんて、まだ幼い癖になんて狡猾な……。皆様は私よりもまだ幼い彼女の言い分を信じるのですか!?」
必死で自分達の無実を主張する為にこげ茶色の髪の青年が、集まってきた人だかりに向けて、演説をするように訴え出す。
そのあまりにも浅ましい行動をされたアズリエールが、怒りで震えだす。
「このぉ……嘘つきぃぃぃー!!」
そしてバルコニーの手すり部分から勢いよく飛び降りて、その青年に突進しようとした。それをユリアエールが必死に押さえつける。
「ダメ!! アズ!!」
「放して!! あんな悪い人達、私がやっつけ……」
「アズリルっ!!」
今にも青年にとびかかりそうな状態のアズリエールを制するようにアレクシスが、強めの口調で名を叫ぶ。
普段温厚な表情を浮かべている事を心掛けているアレクシスのその行動にアズリエールが、ビクリとしながら動きを止めた。
すると、今度はアズリエールを宥める様にアレクシスが優しい口調で話しかけてきた。
「大丈夫だよ? 後は僕に任せて?」
まるで安心させるような優しい笑みを浮かべてきたアレクシスの態度にアズリエールが、大人なしくなる。
その様子を確認したアレクシスは、二人の青年に再び鋭い視線を向けた。
「違法薬物の使用。そしてサンライズの巫女への危害は、我が国では王家への反逆罪となる為、どちらも重罪だ……。だが、あなた方全員はコーリングスターの人間である為、我が国では処罰を与える事が出来ない」
そのアレクシスの言葉にアズリエールは大きく目を見開き、青年達はあからさまに安堵した表情を浮かべた。
「よってあなた方の処罰に関しては、コーリングスター王家の方に委ねる事になる」
「アレク兄様!!」
あまりにも理不尽な判決にアズリエールが声を上げる。
しかし、アレクシスはそれを手で制した。
その展開にこげ茶色の髪の青年と黒髪の青年が顔を見合わせ、ほくそ笑む。
その二人の様子にアレクシスが更に厳しい視線を向け、言葉を続けた。
「だが、コーリングスターでは代々我が国の風巫女の恩恵によって、国内の大気浄化が行われている為、風巫女への危害はコーリングスターでも王家に対する反逆罪となる……。そしてこの二人は風巫女だ」
凛とした声でアレクシスが、そう言い放つと二人は一気に青ざめた。
「現状、そちらの王太子であるイクレイオス殿下の婚約者も我が国自慢の風巫女だ。よってあなた方は、帰国後はサンライズで受けるべきであった処罰と同じくらい……いや、恐らくそれ以上の処罰をコーリングスター王家より下される事になる。家の爵位剥奪はもちろん、あなた方自身は国外追放どころか、大陸追放になるだろう。それなりの覚悟をされた方がいい……」
そうアレクシスが冷たく言い放つと、二人は真っ青な顔をしたまま、ガタガタと震えだした。
「お、お待ちください! その……今回は留学先という事もあり、少々羽目を外してしまっただけで……。このような失態を犯してしまったのは初めてなのです! 自身が大陸追放という処罰が下るのは理解出来ます! それほどの王家に対する不敬を行ったので……。ですが! 家族にまで私どもの罪を償わせるには!! お願いしたします! どうか……どうか今回の件は、初犯と言う事で、コーリングスター王家に対し、恩情を頂けるようご配慮頂けないでしょうか!?」
黒髪の青年が、唇を震わせながら青い顔をして必死に懇願するが、それをアレクシスが冷たい視線をむけたまま、鼻で笑う。
「恩情? 冗談じゃない。むしろ、徹底的に抗議の声を挙げさせてもらう!! サンライズの巫女は、この国にとって宝だ!! その巫女に危害を加えようとしただけでなく、己の罪から逃れる為に彼女達に偽証の罪までも着せようとしたのだから!! そもそもここまで違法薬物を使い慣れていて、初犯だって? 僕も随分と舐められたものだ……。そんなもの信じられる訳ないだろう!?」
いつも冷静で、敢えて周りに温厚な王太子としての印象づける事に拘っていたアレクシスが、ここまで怒りを露わにする姿を初めて見たアズリエールは、その鬼気迫る様子に体をビクリとさせてしまう。
こんなにも激昂しているアレクシスは、今まで見た事がなかったのだ。
そしてそれは、その場にいた周りの人間も同じで……。
たった11歳の王太子の気迫に皆、思わず息を殺してしまう程、呑まれている。
「ア、アレクシス殿下!!」
「あなた方は、早々にコーリングスターに引き渡す。そしてしかるべき制裁を受けるべきだ……。だが、こちらではあなた達を裁く事が出来ない為、地下牢などには入れられない……。不本意だが、それまでは不敬を働いた貴族用の監禁部屋で、それぞれ過ごしてもらう」
そして忌々しい存在でも見るような視線を二人に向けた後、アレクシスが大きく息を吸い込んだ。
「この三人を連れて行け!!」
アレクシスの声を合図に警備兵と騎士達がザっと部屋に入り込み、三人の青年達を捕らえ、監禁用の部屋に連行し始める。
流石にもう弁明の余地がないと、やっと諦めたのかこげ茶色の髪の青年は俯き、黒髪の青年は真っ青な顔で小刻みに震えながら連行されて行く。
アズリエールに顎を蹴られて意識を失ってしまった赤毛の青年は、騎士達に両肩を担がれるようにして連れて行かれた。
その様子を首にユリアエールが巻き付いている状態で、茫然と見つめていたアズリエール。
すると、アレクシスが悲痛そうな笑みを浮かべながら、近寄って来た。
「ごめんね……。怖かったよね?」
そう言って二人に目線を合わせる為に膝を折り、二人の頭を優しく撫でる。
すると、再びユリアエールがブワリと涙を溜め出し、アレクシスに抱き付いた。
「ア、アレク様ぁ……」
小さなユリアエールの体を片手で受け入れ、そのまま更に頭を撫でる。
その様子をまだ茫然としながらアズリエールが見つめていると、アレクシスがアズリエールの手を握って来た。
「アズリル……よく頑張ってユリエルを守ってくれたね……」
その言葉を言われた瞬間、アズリエールの瞳にも涙がブワリと溜まり出す。
「ア、アレク兄様ぁ……。わ、私……私ぃ……」
「すぐに助けに来れなくて、ごめんね……。凄く怖かったよね? でももう大丈夫だから……」
そういって空いている左腕を広げ、アズリエールの事もかかえ込む。
それを合図にするかのようにアズリエールは大声で泣き出した。
その後、三人の青年令息達は、コーリングスター王家により処罰をくだされ、全員ともその家は爵位を剥奪。当人たちは大陸外への追放を命じられた。
しかし、リーダー格だったこげ茶色の髪の青年に関しては、その際に怒り狂った父親に手を掛けられ、そのままその家は一家断絶となったような話をその5年後くらいにアズリエールは、知る事になる……。
そしてその事件は、ユリアエールにはもちろん、アズリエールの心にも深い傷跡を残した。
その事件後、姉のユリアエールは、自分の父でさえ成人した男性から触れられる事に恐怖を感じてしまい、部屋に閉じこもるようになってしまったのだ。
対してアズリエールの方は、自分の軽率な行動の所為で姉を危険な目に遭わせてしまい、更に深いトラウマまでも与えてしまった事で、自分の事を責め続けた……。
同時に今後、何があっても自分が姉を守ると言う強い決意を抱き出す。
その決意の表れとして、その事件以降は少年のような恰好と言葉遣いを始め出した。
少年のような恰好をしている自分が傍にいれば、姉に良からぬ懸想を抱く人間が、近寄りにくくなると思ったからだ……。
姉には本人の意図とは関係なく、男性を欲情させやすい不思議な艶っぽさがある。アズリエールと瓜二つの顔であっても姉は、色白で薔薇色の頬と化粧もしていないのに鮮やかな赤い唇が印象的だ。
同じライトグリーンの瞳でもキラキラとした強い光を持つアズリエールと違い、姉の瞳は繊細で儚げな光と宿している。
庇護欲と支配欲を同時に抱かせるような姉の持つ雰囲気は、自己顕示欲の強い男性には特に堪らない魅力を放ってしまう。
この事件を切っ掛けに二人の関係は、ただの仲の良い双子姉妹ではなくなった。
内向的だった姉は、いつの間にか自身の危うい魅力を使いこなす事を覚え、成長する毎にオドオドする事はなくなったが、どこか人を弄ぶような行動が多くなる。
逆にアズリエールは、昔の明るく天真爛漫な部分が、今ではどこか空元気のように見えてしまう。
同時に相手がどういう人間か常に見定めようとする事が癖付き、無意識で相手の空気を読み過ぎてしまう傾向が強くなった。
人を翻弄させる事を無意識で楽しみ、自分の存在を静かに確立させる事に長けた姉と、周りの空気を読み過ぎて自分自身を出せなくなってしまった妹。
そんな二人は、いつの間にか周りに対して、共依存傾向の強い人間となった。
そしてそれは姉妹間でも言える事だ。
自分に無意識に執着してしまう姉。
そんな姉を守る事に無意識で執着し過ぎている自分。
傍から見れば、本当に仲の良い双子姉妹に見えるが、アズリエールの中では姉との姉妹仲は、どこか歪んだ関係のように感じてしまう……。
そしてそんな姉の待つ家に戻れば、今回の婚約について、やんわりした雰囲気をしながら質問責めに遭うであろう。
今までそうやって姉は、アズリエールの縁談に知らないうちに関与し、そしてその縁談相手を無意識なのか、虜にしてきたのだ。
それが本意なのか偶然なのかは分からない。
それでもそういう状況になってしまうと、毎回アズリエールは姉が心の底では自分を憎んでいるのではないかと思ってしまう……。
昔、自分の軽率な行動の所為で男性不審に陥ってしまった姉。
そんな姉は、同じ目にあった妹の自分だけが、普通に男性と接する事が出来る事に怒りを抱いてしまっているのではないかと……。
どうしてもそういう考えが生まれてしまうアズリエールは、重い気持ちを抱えながら、出来るだけゆっくりと姉の待つ家へと向かった。
サンライズの巫女達以外が参加している一般的なお茶会には初参加だったアズリエールは、好奇心旺盛な事もあり大興奮し、内向的な姉ユリアエールの手を引きながら、会場内を嬉々として探索していた。
ただでさえ瓜二つという双子という事で目を引く二人だが、容姿にも恵まれていた事もあって、尚更会場内では注目を集めていた。
そんな二人に来賓客達は、二人のその愛らしい様子に思わず微笑みを浮かべながら、声を掛けてくる。
人懐っこいアズリエールは、そんな声掛けに元気に挨拶で返していたが、内向的な姉ユリアエールは、常に妹の後ろに隠れるようにしながら、小さな声で挨拶を返していた。
そんな朗らかな雰囲気をまとっていたパーティー会場だが、出席者の中には国外から留学で来ている10代後半の若い令息達も何人かいた。
その一人がパーティ―会場の探索に飽き出したアズリエールに声を掛けてきたのだ。
「お嬢さん方、大人ばかりのパーティーで退屈してしまったのではないかな?」
そう言って、ニッコリ微笑んできたその令息は、こげ茶色のサラサラの髪に綺麗なグレイの瞳を持つ落ち着いた雰囲気の青年だった。
話を聞くと、どうやらその青年は隣国でもある大国コーリングスターから、サンライズへ留学しに来ており、三日後には帰国してしまうらしい。
今回のお茶会がサンライズで参加出来る最後のパーティーとの事だった。
小さい子供の扱いに慣れている様子のその青年令息にアズリエールは、笑顔で対応していた。
しかし、姉のユリアエールは人見知りの所為か、その青年に声を掛けられてもサッと妹の背に隠れてしまっている。
その様子に青年は苦笑しながら、ある提案をしてきた。
「実は今、僕の友人達がゲストルームの方で面白いゲームをやっていてね。もし良かったら、君達も一緒に参加してみないかい?」
パーティー会場の探索に飽きていたアズリエールは、その青年の申し出を嬉々として受けようとした。
しかし姉のユリアエールは、イヤイヤと首を横に振り、アズリエールと共に会場の方へ戻ろうとする。
「おや? そちらの妹さんは、どうやら恥ずかしがり屋なのかな?」
「妹は私! ユリーは姉なの!」
「ユリーって言うんだ。可愛い名前だね! 君はなんて呼ばれているの?」
「私はアズって呼ばれているの!」
「アズとユリーか。二人共、可愛い呼び名だね。そんなに怖がらなくてもいいから、二人共おいで。あっちで楽しいゲームをしよう?」
そう言われ、アズリエールは嫌がる姉の手を引きながら、青年の後を付いて行き、そのゲストルームへと向かった。
青年が笑顔で部屋に入るように促してきたので、素直に部屋の中に入る。
しかし部屋に入った途端、嗅いだ事のない不思議な香りと、白い煙が薄っすら漂っていた。床にはワインのボトルが3本ほど転がっている……。
更に室内に目を向けると、案内してくれた青年と同じくらいの令息二人が、何故かアズリエール達の事を見つめながらニヤニヤしている。
一人は赤毛の青年で、もう一人は癖のある黒髪の青年だ。
三人とも女性受けしそうな容姿だが、浮かべている笑みは、明らかにアズリエール達を嘲笑っているような非常に不快な笑みだった。
その瞬間、何故かアズリエールの中に嫌な予感が広がる。
それを確定するかのように自分達の後ろで、ガチャリと鍵が掛けられた。
ゆっくりとこげ茶色の髪の青年を見上げると、先程の優しい笑みは消え失せ、何故か意地の悪い笑みを浮かべながらアズリエール達を見下ろしている。
「はっ! やっとこの国の女で楽しめるかと思ったのに……子供かよ!! だが随分、上玉を釣って来たじゃねーか」
部屋の奥にいる赤毛の青年がニヤつきながら、値踏みするかのようにアズリエール達を見やる。するとアズリエール達の後ろいるこげ茶色の髪の青年も同じように嫌な笑みを浮かべた。
「どうやらパーティー関係は、今回が初参加らしい。会場で目立っていた事もあって親も油断して目を離していたから、簡単に連れて来れた」
「だからって、ガキ連れて来てどうするんだ?」
黒髪の青年が、不満を口にしつつも何故か楽しそうに嫌な笑みを浮かべる。
すると、こげ茶色の髪の青年が口角をゆっくり上げ、ニヤリとする。
「だが自国に戻ったら絶対に味わえない肉だぞ? おまけにガキとは言え、二人共上玉だ。どうせ三日後には帰国するのだから、リスクの高い楽しみ方をしてもいいだろ?」
「確かに……。特に後ろの方は、ガキの癖にかなりそそるな……」
「だろ? 今回は二人もいるのだから、三人相手でもかなり楽しめる」
青年達の会話の意味が分からないアズリエールだが、何故かその様子から禍々しい雰囲気を感じ取り、咄嗟に後ろにいる姉の手を掴んで、奥にあるバルコニー付きの大きな窓まで逃げようとした。
しかし、アズリエールの体は、グイっと後ろに引き戻されてしまう。
「嫌ぁぁぁー!! 離してぇぇぇー!!」
「ユリー!!」
振り返ると二人の後ろにいたこげ茶色の髪の青年が、ユリアエールを羽交い絞めにしていた。その青年から姉を奪い返そうと、アズリエールが名を叫びながら必死でユリアエールの腕を引っ張る。
しかし姉の解放どころか、その青年はアズリエールにまで手を伸ばしてきた。
その手から逃れる為、一時的にアズリエールが後ろに下がるが、今度はその方向から来た赤毛の青年にアズリエールが囚われてしまう。
「アズっ!! アズゥゥゥー!!」
赤毛の青年に羽交い絞めにされてしまったアズリエールは、必死に抵抗しながら、姉の元へ向かおうと、その拘束から逃れようとした。
しかし、7歳の少女では成人前後の青年の力を押しのける事は出来ない。
そうこうしている内にユリアエールは、こげ茶色の髪の青年と黒髪の青年によって、部屋の奥の寝台の方へと引きづられて行く。
「嫌ぁぁぁー!! アズゥゥゥー!!」
狂ったように泣き叫ぶユリアエールをベッドに転がし、二人の青年が姉の服に手を掛け出す。その状況にアズリエールは、自分を羽交い絞めにしている赤毛の青年の腕に思いっきり噛みついた。
「っ……!! このクソガキっ!!」
痛みの所為で赤毛の青年の拘束が緩んだ瞬間、アズリエールは素早くそこから抜け出し、窓の方へに向い、勢いよくその窓を開け放った。
そしてそのまま外に出てバルコニーまで逃げ切る。
すると二人の青年がその事に気付き、その状況を確認する為、逃げようとするユリアエールを両側から乱暴に拘束したまま、アズリエール達の方までやってきた。
「おい!! 何逃がしてんだ!!」
「こいつ、令嬢の癖して俺の腕に噛みつきやがった……。絶対許さねぇ……」
「いいから早く捕まえろ!! そこだと目立つ!!」
ジリジリと近づいてくる赤毛の青年を警戒しながら、アズリエールはバルコニーの手すり部分にヒョイっと飛び乗った。
その瞬間、三人の青年達がギョッとする。
「バカかっ!! 落ちたら死ぬぞ!? 大人しくこっちへ来い!!」
焦った赤毛の青年がそう叫び、アズリエールに恐る恐る腕を伸ばして来た。
それを確認しつつも、その後方の姉にアズリエールは目を向ける。
ユリアエールは、狂ったようにアズリエールの名を叫びながら、ボロボロと涙を流していた。
服は一切はだけていないが、胸元のリボンが解かれている。
それを確認した瞬間、アズリエールはバルコニーから勢いよく飛び降りた。
「なっ……!!」
それとほぼ同時に赤毛の青年が、もの凄いスピードでアズリエールに詰め寄り手を伸ばすが、その手はアズリエールを掴む事は出来なかった。
「ク、クソっ!! これじゃ、下で騒ぎに……!!」
そう吐き捨てながら赤毛の青年がバルコニーから身を乗り出し、下を確認する。しかし次の瞬間、何かが勢いよく下から突き上がる。
そして青年は思いっきり顎を跳ね上げられ、大きくのけぞるように室内の方へと倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。
その光景にユリアエールを両側から押さえつけていた二人の青年達が、唖然とする。バルコニーの外側には、風をまとって宙を浮いているアズリエールが、二人をキッと睨みつけていたからだ。
「う、嘘だろ……? お前……風巫女かっ!!」
こげ茶色の髪の青年は、そう叫ぶと同時にユリアエールから素早く手を放し、サッと両手をアズリエールに向けてかざし出す。
どうやら先程言っていた精霊の国であるコーリングスターから留学してきたという話は、嘘ではないらしい……。
あの国では国民の殆どが、精霊の加護によって魔法を扱う事が出来る。
こげ茶色の髪の青年は、かざした両手の中に小さな炎を生み出し始めた。
それとほぼ同時にアズリエールが、空中で大きく体を捻る。
「ユリーを……離せェェェェェェー!!!!」
そのまま体を捻った遠心力を利用し、右腕左腕の順に室内に向かって大きく腕を振り切った。
すると切り裂く様な鋭い風の刃が放たれ、ビシリという轟音と共に室内の一番奥の壁に大きな爪痕を二つ、十字に刻みつける。
青年二人の顔ギリギリを吹き抜けて行ったその風の刃は、二人の頬にもビッと浅い切り傷を刻み、そこから鮮血を飛び散らせた。
そのあまりにも強刃な風の威力を目の当たりにしたこげ茶色の髪の青年は、両手から生み出していた小さな炎をゆっくりと鎮火させる……。
そして青年二人は小刻みに震えながら、真っ青な顔でお互い顔を見合わせ、そのまま崩れように前方に膝を折った。
すると二人から解放されたユリアエールが、泣き叫びながらアズリエールの元へ駆け寄って来る。
「アズ……アズゥゥゥ……」
アズリエールがバルコニーの手すり部分に降り立つと、ユリアエールが泣き叫びながら腰部分にしがみついてくる。
同時に廊下の方からバタバタと大勢の足音が聞こえた。
「何事だっ!!」
警備兵をかき分けながら現れたのは、当時11歳の王太子アレクシスだった。
その姿を確認すると、アズリエール達に危害を加えようとした青年二人が、ビクリと体を強張らせる。
対してアレクシスの方は、アズリエールの放った風によって滅茶苦茶になった部屋の惨状を見て、一瞬だけ目を見開く。
だが、すぐにテーブルの上の小皿に乗っていた燃えカスのような物に気付き、それを観察するように手に取った。
「これは……セルネラの根のようですね……」
小皿の燃えカスを観察しながら、アレクシスが青年二人を一瞥する。
そのアレクシスの言葉に二人の顔色が、更に真っ青になった。
その様子を確認したアレクシスが、ゾッとするような綺麗な笑みを浮かべながら、穏やかな口調で口を開く。
「お二人は確か、コーリングスターからの留学生であるマイゼル家とハーベット家のご子息でしたね。そしてそこで気絶されている方も同じく留学生であるミメット家のご令息。お三方は、この植物の根がこのサンライズだけでなく、大陸全土で医療行為以外での使用は違法とされている物だと、ご存知ですよね?」
「じ、実はそれらは、初めからこの部屋に入る前からあった物で……。恐らく我々の前にこの部屋を利用されていた方が使っていた物かと……」
こげ茶色の髪の青年が、青い顔をしたまま小声でそう弁明する。
その言い分にアレクシスが、盛大に息を吐く。
「今現在でもこのセルネラの香りが、微量に漂っている状態でもそう言い張られますか?」
「そ、それは!」
「加えてそこの二人は、我がサンライズ王家が全力で守るべき存在であるサンライズの巫女達です。あなた方は彼女達をどういう経緯で、この部屋に連れてこられたのですか?」
「そ、その……。パーティー会場で彼女達が退屈そうにしていたので、一緒にゲームにと誘ったのですが……。ゲーム中にそちらのご令嬢が、ゲーム結果に納得出来なかったようで、急にもの凄い風を起こして暴れ出して……」
黒髪の青年のその言い分にアズリエールが、カッと目を見開く。
「嘘言わないで!! ゲームなんてしてない!! この人達は私とユリーを部屋に連れ込んだ後、乱暴に押さえつけて、ユリーを寝台に押し倒したの!! そこでユリーの服を脱がそうとしたのよ!?」
アズリエールのその訴えにその場にいた全員が凍り付き、その三人を汚い物でも見る様な鋭い視線を注ぎ出す。
「ち、違う!! そんな事はしていない!! この子は自分がした事を誤魔化す為に嘘をついているんだ!! そ、その証拠にこの部屋を見てください!! ゲームに負けたくらいで、感情的になってこんなに部屋を滅茶苦茶に……」
「そんな事ぐらいで私、怒ったりしない!!」
「だが、部屋を滅茶苦茶にしたのは君だ!! 自分がやってしまった事を誤魔化すなんて、まだ幼い癖になんて狡猾な……。皆様は私よりもまだ幼い彼女の言い分を信じるのですか!?」
必死で自分達の無実を主張する為にこげ茶色の髪の青年が、集まってきた人だかりに向けて、演説をするように訴え出す。
そのあまりにも浅ましい行動をされたアズリエールが、怒りで震えだす。
「このぉ……嘘つきぃぃぃー!!」
そしてバルコニーの手すり部分から勢いよく飛び降りて、その青年に突進しようとした。それをユリアエールが必死に押さえつける。
「ダメ!! アズ!!」
「放して!! あんな悪い人達、私がやっつけ……」
「アズリルっ!!」
今にも青年にとびかかりそうな状態のアズリエールを制するようにアレクシスが、強めの口調で名を叫ぶ。
普段温厚な表情を浮かべている事を心掛けているアレクシスのその行動にアズリエールが、ビクリとしながら動きを止めた。
すると、今度はアズリエールを宥める様にアレクシスが優しい口調で話しかけてきた。
「大丈夫だよ? 後は僕に任せて?」
まるで安心させるような優しい笑みを浮かべてきたアレクシスの態度にアズリエールが、大人なしくなる。
その様子を確認したアレクシスは、二人の青年に再び鋭い視線を向けた。
「違法薬物の使用。そしてサンライズの巫女への危害は、我が国では王家への反逆罪となる為、どちらも重罪だ……。だが、あなた方全員はコーリングスターの人間である為、我が国では処罰を与える事が出来ない」
そのアレクシスの言葉にアズリエールは大きく目を見開き、青年達はあからさまに安堵した表情を浮かべた。
「よってあなた方の処罰に関しては、コーリングスター王家の方に委ねる事になる」
「アレク兄様!!」
あまりにも理不尽な判決にアズリエールが声を上げる。
しかし、アレクシスはそれを手で制した。
その展開にこげ茶色の髪の青年と黒髪の青年が顔を見合わせ、ほくそ笑む。
その二人の様子にアレクシスが更に厳しい視線を向け、言葉を続けた。
「だが、コーリングスターでは代々我が国の風巫女の恩恵によって、国内の大気浄化が行われている為、風巫女への危害はコーリングスターでも王家に対する反逆罪となる……。そしてこの二人は風巫女だ」
凛とした声でアレクシスが、そう言い放つと二人は一気に青ざめた。
「現状、そちらの王太子であるイクレイオス殿下の婚約者も我が国自慢の風巫女だ。よってあなた方は、帰国後はサンライズで受けるべきであった処罰と同じくらい……いや、恐らくそれ以上の処罰をコーリングスター王家より下される事になる。家の爵位剥奪はもちろん、あなた方自身は国外追放どころか、大陸追放になるだろう。それなりの覚悟をされた方がいい……」
そうアレクシスが冷たく言い放つと、二人は真っ青な顔をしたまま、ガタガタと震えだした。
「お、お待ちください! その……今回は留学先という事もあり、少々羽目を外してしまっただけで……。このような失態を犯してしまったのは初めてなのです! 自身が大陸追放という処罰が下るのは理解出来ます! それほどの王家に対する不敬を行ったので……。ですが! 家族にまで私どもの罪を償わせるには!! お願いしたします! どうか……どうか今回の件は、初犯と言う事で、コーリングスター王家に対し、恩情を頂けるようご配慮頂けないでしょうか!?」
黒髪の青年が、唇を震わせながら青い顔をして必死に懇願するが、それをアレクシスが冷たい視線をむけたまま、鼻で笑う。
「恩情? 冗談じゃない。むしろ、徹底的に抗議の声を挙げさせてもらう!! サンライズの巫女は、この国にとって宝だ!! その巫女に危害を加えようとしただけでなく、己の罪から逃れる為に彼女達に偽証の罪までも着せようとしたのだから!! そもそもここまで違法薬物を使い慣れていて、初犯だって? 僕も随分と舐められたものだ……。そんなもの信じられる訳ないだろう!?」
いつも冷静で、敢えて周りに温厚な王太子としての印象づける事に拘っていたアレクシスが、ここまで怒りを露わにする姿を初めて見たアズリエールは、その鬼気迫る様子に体をビクリとさせてしまう。
こんなにも激昂しているアレクシスは、今まで見た事がなかったのだ。
そしてそれは、その場にいた周りの人間も同じで……。
たった11歳の王太子の気迫に皆、思わず息を殺してしまう程、呑まれている。
「ア、アレクシス殿下!!」
「あなた方は、早々にコーリングスターに引き渡す。そしてしかるべき制裁を受けるべきだ……。だが、こちらではあなた達を裁く事が出来ない為、地下牢などには入れられない……。不本意だが、それまでは不敬を働いた貴族用の監禁部屋で、それぞれ過ごしてもらう」
そして忌々しい存在でも見るような視線を二人に向けた後、アレクシスが大きく息を吸い込んだ。
「この三人を連れて行け!!」
アレクシスの声を合図に警備兵と騎士達がザっと部屋に入り込み、三人の青年達を捕らえ、監禁用の部屋に連行し始める。
流石にもう弁明の余地がないと、やっと諦めたのかこげ茶色の髪の青年は俯き、黒髪の青年は真っ青な顔で小刻みに震えながら連行されて行く。
アズリエールに顎を蹴られて意識を失ってしまった赤毛の青年は、騎士達に両肩を担がれるようにして連れて行かれた。
その様子を首にユリアエールが巻き付いている状態で、茫然と見つめていたアズリエール。
すると、アレクシスが悲痛そうな笑みを浮かべながら、近寄って来た。
「ごめんね……。怖かったよね?」
そう言って二人に目線を合わせる為に膝を折り、二人の頭を優しく撫でる。
すると、再びユリアエールがブワリと涙を溜め出し、アレクシスに抱き付いた。
「ア、アレク様ぁ……」
小さなユリアエールの体を片手で受け入れ、そのまま更に頭を撫でる。
その様子をまだ茫然としながらアズリエールが見つめていると、アレクシスがアズリエールの手を握って来た。
「アズリル……よく頑張ってユリエルを守ってくれたね……」
その言葉を言われた瞬間、アズリエールの瞳にも涙がブワリと溜まり出す。
「ア、アレク兄様ぁ……。わ、私……私ぃ……」
「すぐに助けに来れなくて、ごめんね……。凄く怖かったよね? でももう大丈夫だから……」
そういって空いている左腕を広げ、アズリエールの事もかかえ込む。
それを合図にするかのようにアズリエールは大声で泣き出した。
その後、三人の青年令息達は、コーリングスター王家により処罰をくだされ、全員ともその家は爵位を剥奪。当人たちは大陸外への追放を命じられた。
しかし、リーダー格だったこげ茶色の髪の青年に関しては、その際に怒り狂った父親に手を掛けられ、そのままその家は一家断絶となったような話をその5年後くらいにアズリエールは、知る事になる……。
そしてその事件は、ユリアエールにはもちろん、アズリエールの心にも深い傷跡を残した。
その事件後、姉のユリアエールは、自分の父でさえ成人した男性から触れられる事に恐怖を感じてしまい、部屋に閉じこもるようになってしまったのだ。
対してアズリエールの方は、自分の軽率な行動の所為で姉を危険な目に遭わせてしまい、更に深いトラウマまでも与えてしまった事で、自分の事を責め続けた……。
同時に今後、何があっても自分が姉を守ると言う強い決意を抱き出す。
その決意の表れとして、その事件以降は少年のような恰好と言葉遣いを始め出した。
少年のような恰好をしている自分が傍にいれば、姉に良からぬ懸想を抱く人間が、近寄りにくくなると思ったからだ……。
姉には本人の意図とは関係なく、男性を欲情させやすい不思議な艶っぽさがある。アズリエールと瓜二つの顔であっても姉は、色白で薔薇色の頬と化粧もしていないのに鮮やかな赤い唇が印象的だ。
同じライトグリーンの瞳でもキラキラとした強い光を持つアズリエールと違い、姉の瞳は繊細で儚げな光と宿している。
庇護欲と支配欲を同時に抱かせるような姉の持つ雰囲気は、自己顕示欲の強い男性には特に堪らない魅力を放ってしまう。
この事件を切っ掛けに二人の関係は、ただの仲の良い双子姉妹ではなくなった。
内向的だった姉は、いつの間にか自身の危うい魅力を使いこなす事を覚え、成長する毎にオドオドする事はなくなったが、どこか人を弄ぶような行動が多くなる。
逆にアズリエールは、昔の明るく天真爛漫な部分が、今ではどこか空元気のように見えてしまう。
同時に相手がどういう人間か常に見定めようとする事が癖付き、無意識で相手の空気を読み過ぎてしまう傾向が強くなった。
人を翻弄させる事を無意識で楽しみ、自分の存在を静かに確立させる事に長けた姉と、周りの空気を読み過ぎて自分自身を出せなくなってしまった妹。
そんな二人は、いつの間にか周りに対して、共依存傾向の強い人間となった。
そしてそれは姉妹間でも言える事だ。
自分に無意識に執着してしまう姉。
そんな姉を守る事に無意識で執着し過ぎている自分。
傍から見れば、本当に仲の良い双子姉妹に見えるが、アズリエールの中では姉との姉妹仲は、どこか歪んだ関係のように感じてしまう……。
そしてそんな姉の待つ家に戻れば、今回の婚約について、やんわりした雰囲気をしながら質問責めに遭うであろう。
今までそうやって姉は、アズリエールの縁談に知らないうちに関与し、そしてその縁談相手を無意識なのか、虜にしてきたのだ。
それが本意なのか偶然なのかは分からない。
それでもそういう状況になってしまうと、毎回アズリエールは姉が心の底では自分を憎んでいるのではないかと思ってしまう……。
昔、自分の軽率な行動の所為で男性不審に陥ってしまった姉。
そんな姉は、同じ目にあった妹の自分だけが、普通に男性と接する事が出来る事に怒りを抱いてしまっているのではないかと……。
どうしてもそういう考えが生まれてしまうアズリエールは、重い気持ちを抱えながら、出来るだけゆっくりと姉の待つ家へと向かった。
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