妖精巫女と海の国

もも野はち助

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32.奪われる居場所

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 翌日の姉が滞在してから迎える初めての朝から、アズリエールの朝食の時間は、オルクティスと王太子夫妻とはではなく、姉と二人きりで取るようになった。
 何でもオルクティスの方で、自分達王族と一緒に朝食を取ると姉が落ち着いて食事が出来ないのでは……と配慮してくれたらしい。

「アズ、ごめんね……。結果的にオルクティス殿下との時間を邪魔してしまう形になってしまって……」
「気にしないで。それにこうしてユリーと食事するのも久しぶりだし」
「ふふ。そうね、二カ月半ぶりくらいかしら?」

 そう言って嬉しそうな表情を浮かべて、上品にパンを口に運ぶ姉。
 しかし、アズリエールの方は言葉とは裏腹に姉と過ごす時間が多くなるので、気が抜けない時間帯が増えてしまうので心労が絶えない状態となる……。
 だが週明けでもある本日からは、風巫女としての仕事がある為、少しは姉と過ごす時間帯は減らす事が出来るはずだ。

「ユリー。実は私、今日から風巫女の仕事があって、ユリーと一緒に過ごす事は出来ないのだけれど……。ユリーの今日の予定は決まっているの?」
「ええ。でもアズには内緒!」
「ええ~!? 何それ~!!」
「ふふっ!」

 何故か意味ありげな言葉を口にした姉に笑顔を返しながら警戒するアズリエールだが、恐らく今日の姉の予定としては、王妃テイシアか王太子妃ハルミリア辺りとの親睦を深める事ではないかと予測する。
 そもそもハルミリアに関しては、二日前のアズリエールの態度で異変に気付いてくれているので、姉とは適度に距離を取ってくれるはずだ。
 逆にテイシアに関しては、姉に親睦を深めて貰った方がアズリエールは試される機会が減るので大歓迎だ。
 だが今日は、アズリエールが昨日のお茶席に参加出来なかったので、その謝罪で朝一番にテイシアの元へ行かねばならない……。

「オルクがラウルにユリーの案内を頼んでくれているから、もしユリーが行きたいところがあったら遠慮なくラウルに言ってね?」
「ええ。そのつもり」

 そんな会話をしながら朝食を取った二人は、その後それぞれ別行動となった。
 ユリアエールの方は朝食後、すぐにラウルを伴い出かけたらしい。
 そしてアズリエールの方は、昨日のお茶に参加出来なかった謝罪の為、テイシアの部屋を訪れていた。

「あら、アズリル。もう体調はいいのかしら?」
「お陰様で昨日、しっかりと睡眠を取りましたので、すぐに回復致しました。ですが……お茶席に参加できなくなってしまい、誠に申し訳ございません……」
「いいのよ。その分、あなたのお姉様で満喫させて頂いたから。そうそう。その際にユリアエール嬢とある事に関してのお話が出たのだけれど――――」

 そこで一度、言葉を溜めたテイシアにアズリエールが警戒の色を強める。

「実はね、ユリアエール嬢が滞在中はあなたのお手伝いをしたいとおっしゃって、あなたと同じように風巫女として無償で船の誘導に力を貸して下さると申し出てくださったの!」

 テイシアが嬉しそうに報告して来た内容を聞いたアズリエールが、分かりやすいくらいに固まる。

「で、ですが……姉の巫女力では、あまり迅速な誘導は難しいかと――――」
「ええ。ラウルからもそのように報告を受けたわ。でも、昨日ユリアエール嬢の風巫女の力を目の当たりにした各小隊長からは、アズリル程ではないけれど、とても円滑に船の誘導に貢献してくださったと報告が上がっているの。なので折角ユリアエール嬢も申し出てくださった事もあるので、ここは是非お言葉に甘えてしまおうかと思って」
「そうでしたか。姉が自分から申し出たのですね……。ちなみに姉は、いつ頃から開始すると言っておりましたか?」
「今日からよ」
「えっ……?」

 テイシアのその返答に一瞬、アズリエールの時が止まる。
 その反応を確認したテイシアが、満足げにニッコリと微笑む。

「あなたのお手伝いを少しでもしたいと張り切っていらっしゃったから、恐らく今日は朝一番に港の方に向かったのではないかしら? ちなみにラウルには、あなただけでなくユリアエール嬢の護衛も兼任して貰うように伝えているので、今は二人とも港に向っているはずよ」

 どうやら朝食時にユリアエールが言っていた今日の予定が、この事のようだ。
 それを聞いたアズリエールの顔から、一気に血の気が引いていく。
 すでに港の方に出向いている……すなわち、今アズリエールがテイシアに謝罪を述べにここへ訪れている間に姉は、早々に海兵騎士団の待機場所へと向かい、アズリエール不在の状態で更なる団員達との交流を深める行動に出たという事だ。
 しかもオルクの護衛兼側近のラウルは、巫女力によって自己防衛がある程度出来るアズリエールよりもか弱いユリアエールの護衛がメインとなる。

 同時に姉が風巫女の力を発揮する隊は、一番オルクティスとの縁が深いフィルクス隊の船となる。いつの間にか、姉がオルクティスに一番近い人間が多い場所で守られる様な体勢が整えられているのだ。
 それをテイシアが意図して準備したのか、あるいはたまたまそういう状況になったのか、それはアズリエールには分からない。
 それでもこの状況は、姉にとってはかなり好条件の環境のはずだ。

 完全に先を越された……。

 そう痛感してしまい、無意識で軽く唇をグッと噛んでしまうアズリエール。
 その事に気付いているのか、あるいは敢えて気付かないふりをしているのか分からないテイシアが、更に満足げな笑みを深めてきた。

「あなたのお姉様は、とてもなのね?」

 まるで自分と姉の判断力の差を比較されたようなテイシアの言葉にアズリエールが、僅かに瞳を見開き、茫然とした表情を浮かべてしまう。

 こういう状況時の姉は、常にアズリエールの先を行く。
 しかもそれは、アズリエールが関わっている時のみでの状況でだ。
 個人的なメリットを得られるような状況では、姉はそこまで行動的ではない。
 だが、アズリエールが前に進もうとした時だけ、何故か姉は張り合うようにアズリエールの前に出てくる。
 そしてアズリエールが必死で築いて得た場所にいつの間にか姉がいるのだ……。
 それをテイシアに見透かされている事にアズリエールは、思わず震えだしそうになった手をギュッと握りしめる。

「そうなのです。どうも姉は、昔からわたくしに関しては過保護で……。だからと言って、姉に風巫女としての役割までも手助けして貰うには、甘え過ぎですよね? わたくしも今からその御役目を全うして参ります!」

 にっこりと盛大な笑みを浮かべ、敢えて明るい声でアズリエールが宣言する。
 するとテイシアの方も何かを企む様な妖艶な笑みをふわりと浮かべた。

「ええ。頑張ってね」



 明るい笑みを張り付けたままテイシアの部屋を退室したアズリエールは、港に向おうと屋上の簡易な庭園へと足を速めた。
 しかし、その向かう途中にある人通りがあまりない階段の踊り場で、アズリエールは急に蹲るように座り込んでしまった。

「どうしよう……。どんどんユリーに私の居場所を取られていっちゃう……」

 そう口にしてみたが……今までずっと繰り返されていた今更な事なので、落ち込むだけ無駄だという事は、アズリエールも十分理解はしていた。
 だから悩むだけ無駄な事なのだと。
 それでもその不安は、何故か募るばかりだ……。

 そんな状況で、以前アズリエールに対するユリアエールの振る舞いに腹を立てた雨巫女アイリスに言われた言葉が、ふいにアズリエールの頭を過る。

 取られたのなら取り返せばいい。

 やられっぱなしが大嫌いな勝気なアイリスらしいアドバイだが……アズリエールの性格では、そのような行動には出れない……。

 姉がここまでアズリエールの妨害とも思える行動を繰り返す事には理由がある。
 その原因が、7年前の出来事なのだ。
 あの出来事は、恐らく姉に異性への大きな不信感とトラウマを植え付けた。
 だが、同じ体験をしたアズリエールは早々にそれを克服し、前に進もうとした。
 恐らく姉は、それが許せないのだ……。
 ましてや、その原因となった出来事の切っ掛けを作ったのはアズリエールだ。

 その過去の罪悪感がアズリエールの中にある限り、アイリスのアドバイスを素直に受け入れる事は出来ない……。
 初めに姉の心の平穏を奪ってしまったのは、自分なのだから。
 あの時、自分が軽率に甘い誘いに乗らなければ、姉はあのような心に深い傷を受ける事はなかった。

 何度も何度もその事に懺悔しても、それはけして許される事ではないという認識がアズリエールの中には常にある。
 だからこそ毎回、姉がアズリエールの居場所を奪うような行動をしてきてもアズリエールは、それを甘んじて受け入れるべきだと思ってしまっている。
 だからあの事件後に男装を始めた際、それを受け入れると覚悟したのだ。

 それでも今は、その覚悟が揺らぎ始めている。
 それだけ姉不在で過ごせたマリンパールでの生活は、アズリエールにとってかけがえのない時間となってしまっていたのだ。
 それが毎度お馴染みのように姉に侵略されていき、いつの間にか自分がいた場所に姉が君臨している。
 今まで『仕方がない』と受け流せていた事が、今回は何故か受け流せない……。

 その考えが生まれてしまったアズリエールは、スッと立ち上がった後、気合を入れるように両の頬を挟み込み、思いっきりペチンと叩いた。
 ここ最近の自分は、あまりにも弱気になり過ぎている。
 こんなのは自分らしくないと。
 これは自分で決めた生き方なのだから。
 姉が自分を許してくれる事など無いかもしれないけれど、それでも自分はそれを受け入れると7年前に決めたのだから。

 改めてそう決心したアズリエールは、力強く階段を駆け上がる。
 そして屋上の庭園に着いたと同時に、その手すり部分にヒョイと上がり、そこから身を投げるように港の方まで飛び立った。
 ふわりと上昇しながら風を受けて港に向っていると、姉のヴァイオリンの音が耳に届く。
 周りの空気を浄化してしまいそうな美しく、優しい音色。
 しかし、その音色を紡ぎ出す姉の原動力は、音色のような綺麗な想いではない。

 妹の婚約に対しての妨害。

 それが自分を恨む気持ちからであれば、アズリエールもまだ跳ね返す事が出来る。
 だが、姉のその原動力は恨みなどではない事をアズリエールは知っている。
 恐らく姉がそこまでしてこの婚約を妨害してくるのは、自分からアズリエールが離れていってしまう事への恐怖からなのだ……。
 同じ傷を負ってしまった者同士、寄り添っていたいという執着心。
 姉の妨害行為の真意は、恐らくそれであろう。
 だからこそ、アズリエールは姉を拒めない……。
 姉が自分に抱いている思いは恨みや嫌悪感ではなく、明らかに自分を強く必要とする執着心からなのだ。

 その事を改めて再確認したアズリエールが、姉がヴァイオリンを演奏しているフィルクス隊の船に降り立つ。そこには姉に親しみを込めた眼差しを向けている船員や団員、そして護衛のラウルとフィルクスがいた。
 恐らく今日からの5日間で姉は、あっという間に海兵騎士団内での自身の立ち位置を確立させてしまうだろう。

 そしてそのアズリエールの予想は、二週間後には現実となる。
 姉ユリアエールは、ラウルやフィルクス隊だけでなく、執務中のオルクティスの部下でもあるエドワルドや侍従のハミエルともあっという間に親しくなり、週末はアズリエールよりもテイシアとの親睦を深めていったのだ。
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