妖精巫女と海の国

もも野はち助

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35.裏目に出た婚約条件

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「どうしよう……。こんな事、オルクに相談出来ないよ……」

 テイシア達とのお茶がお開きとなった後、自室として与えられた部屋に入るなりアズリエールは、その場で踞ってしまった。

 あの後、しばらくしてドレスのサイズ調整が終了した姉が合流して来たのだが、その間にテイシアは姉にオルクティスの話題を頻繁に振っていた。
 そして姉の方も、いつの間にかオルクティスへ好意を抱いているような反応を見せていたのだ……。
 つい最近まで、そのような素振りがなかった姉の急激な変化に7年前のある出来事が、アズリエールの記憶から蘇る。

『アズ、ごめん。俺、ユリーの事が好きなんだ……。だからアズとは、婚約を続けられない』

 申し訳なさそうにそう告白してきた当時9歳で幼馴染でもあった元婚約者。
 だが、その時は幼かった事もあり、アズリエール自身が婚約者であったリックスに特別な感情を抱いてはいなかった。
 抱いていたのは、友愛のみ。
 しかしその後、その友情すらも崩壊する展開が訪れてしまう。
 一年程前に元婚約者リックスから放たれた言葉。

『アズ……お前、まだ俺との婚約に未練があるのか!?』

 いきなりそう責めたてられたアズリエールは驚き、同時にリックスが自分に向けてくる今まで一度もされた事のない冷たい視線にショックを受けた。
 その後、リックスの言い分を確認してみると、どうやら姉ユリアエールが、いつまで経ってもリックスからの婚約を受け入れてくれないという話だった。
 そしてその理由が、妹への罪悪感と未だにアズリエールがリックスとの婚約に未練があるのでは、という内容だったらしい。

 すぐさまリックスには誤解だと訴え、更に姉の方にも自分の事は気にせず、リックスとの婚約を進めるように告げたのだが……姉は、その後もリックスからの婚約の申し入れを何故か受け入れようとはしなかった……。
 その事が切っ掛けで、リックスは更にアズリエールと距離を取るようになり、もうこの一年は顔すら会わせていない。

 更にリックス以外のもう一人の幼馴染であったノリスも姉が原因で、完全に縁が切れている。
 ノリスはリックスとの婚約解消後、アズリエールの次の婚約者候補に上がっていた伯爵令息だった。

 しかし、リックスと同じように姉に好意を抱いた後は、姉の男性不審になった切っ掛けを作ってしまったアズリエールを責め、冷たい態度を取るようになったのだ。
 その後、ノリスとは7年程、顔を合わせていない……。
 最後に顔を合わせた際、ノリスから放たれた言葉は、姉ユリアエールを危険な目に遭わせたアズリエールを責め立てる言葉だったので、もし今後ノリスと夜会等で偶然顔を合わせる事があっても恐らくアズリエールの事は視界にも入れてはくれないだろう。

 このように7年前の事件を切っ掛けにアズリエールは、共に過ごした大切な三人の幼馴染の内、二人を失った。
 最後の一人でもあるエリックに関しては、アズリエールに対して最後まで友好的ではあったが、リックスとノリスとの関係が悪化した事によって、このエリックとの交流も自然と途絶えてしまう。

 そしてこのエリックが、一番姉という人間を理解し、愛情を抱いてくれているとアズリエールは感じているが、姉はそんなエリックの気持ちには全く気づいていない様子だ。

 このように姉は無自覚とはいえ、アズリエールの婚約者だけでなく、大切な幼馴染達の心を虜にしてしまった……。
 それが故意だったのか、たまたまだったのかは、未だにアズリエールには判断がつかない。
 今でも悪びれずにアズリエールにリックスやノリスの話をしてくるので、もしかしたら姉は無自覚で二人の幼馴染達を魅了してしまった可能性もある。

 しかし今回、急にオルクティスに対して好意を抱いているかのような振る舞いをし出した事から、過去のそれは無自覚ではなく、明らかに計画的に二人の幼馴染を誘惑していたのではないかと、アズリエールは邪推しまう。

 だが、それは邪推ではないと心のどこかで大分前から気づいていた自分がいる……。
 その事を受け入れられない自分自身にも、この7年間アズリエールは、ずっと苛立っているのだ。

 姉は、確実に妹の婚約を潰す事に躍起になっている。

 認めたくはないが、恐らくそれが事実なのだろう……。
 この件に関しては、何度も雨巫女アイリスに言われ続けていた事だ。
 同時にその事で、父と王太子アレクシスもかなりアズリエールの立場を心配してくれていた。
 しかし、そんな状況でも誰も姉を咎める事は出来ない。
 姉が無自覚を装っている限り咎めたところで、はぐらかされてしまうからだ。

 ならば、姉に対して一体どう対処すれば良かったのだろうか……。
 この7年間、ずっとその事で悩み続けていたアズリエールだが、今回ばかりは悩むだけでは済まない。
 現状の姉の行動は、アズリエールを悩ませるだけではなく、かなり精神的負担を与えてくるからだ……。
 それだけ、今回の婚約をアズリエール自身が気に入ってしまっている。
 今回だけは、簡単には姉に譲りたくないと思う気持ちが強いのだ。

 そしてそう思ってしまう理由をアズリエール自身は、すでに気が付いている。
 しかし、それを認めてしまえば、ますます今の現状が辛いものとなる事も……。

『友人としての婚約関係』

 それはアズリエール自身が、最初にオルクティスに望んだ条件なのだ。
 その条件が今のオルクティスの婚約者でいられる必要性を奪おうとしている。

「こんなはずじゃなかったのに……」

 扉の前で座り込んだ状態のまま、アズリエールの瞳にジワリと涙が溜まり出す。
 初めて声を掛けられた時、アズリエールはオルクティスに対して、友人的な親しみしか抱かないと何故か確信していた。
 その後、打ち解け出した後は、友人というよりも面倒見の良い兄という親しみには変わった。

 しかし、今は違う……。
 またしても姉に婚約者であるオルクティスを奪われるかもしれない可能性を実感してしまった今、これまでアズリエールが抱いた事がなかった独占欲が、自分の中にあった事に気付いてしまったのだ。

 リックスも含め、過去の婚約者候補だった男性達の場合、姉が望めばサッとその場所を譲る事が出来た自分。
 だが、今回だけはどうしてもそれが出来そうにない。
 そうなってしまったのは、この半年近くの交流の中で、アズリエールに対するオルクティスの接し方が大きく影響している。

 アズリエールと同じくらい相手の心情を読み解く事に長けているオルクティス。
 無意識で相手好みの雰囲気をまとってしまうアズリエールにとって、一緒にいて自然体のままリラックス出来る存在は、とても貴重なのだ。

 同時にオルクティスは常にアズリエールが好ましいと感じる距離感を保ってくれる。
 深入りして欲しくない時は、すぐに読み取り適度な距離で。落ち込んだり傷ついたり不安を感じている際には、真っ先に気付き、すぐにフォローしてくれる。
 今まではずっと、その役割を担う事が多かったアズリエールにとって、される側になった事は初めての経験だったのだ。

 何よりもオルクティスは、一緒にいるだけで安心感を与えてくれる。
 だが、現状ではそのもっとも頼り甲斐のある人物に助けを求められない難題を王妃テイシアから、突き付けられてしまったのだ……。

『姉とオルクティスの仲を取り持つ』

 それはオルクティスの気持ちを疎かにするだけでなく、アズリエール自身の感情も殺さなければ出来ない事だ。
 今までなら自分の感情を押し殺す事など、それほど難しくなかった。
 だが、今回だけはどうしても出来そうにない……。
 万が一、姉とオルクティスの仲が深まれば、アズリエールは一生自分が居たかった場所に佇む姉を目にし続けねばならない。
 それほどまでにオルクティスの隣は、居心地が良すぎたのだ……。

 それに気付いてしまった今、テイシアの要望を叶える事は出来ない。
 そう思った瞬間、顔を埋めていた両腕の袖部分がジワリと涙で湿り出す。

 次にテイシアと面会するのは、今週末にやってくるお茶の時間の時だ。
 それまでにテイシアの要望を受け入れるか、あるいは勇気を出してオルクティスにこの事を相談するか、どちらかの行動を起こさなければならない。

 だがオルクティスに相談する事は、かなり難しい……。
 相談してしまえば、必然的にアズリエールが婚約を解消したくない理由を彼に話さなくてはならない。
 それは初めに交わした『友人関係での婚約』という条件に支障をきたしてしまう理由でもあるので、今更そのような心変わりを伝えたら、恐らくオルクティスを戸惑わせてしまうはずだ。

 だからと言って、テイシアの要望を叶えようとすれば、確実にオルクティスは怒りを露わにするだろう。
 以前、勝手にオルクティスの幸せを決めつける様な発言をした際、予想外な反応をされた事を考えると、その行動はオルクティスを怒らせるだけなく、傷つける行動にもなるはずだ。

「もう……どうしたらいいのか分からないよ……」

 そう呟いた瞬間、いきなり扉が丁寧にノックされた。
 その音にビクリと体を強張らせたアズリエールは、袖口で溜まり出した涙を拭い、いつも浮かべている明るい笑みを張り付けてから、扉を開ける。
 すると、そこには優しい笑みを浮かべた侍女のエルザが立っていた。

「アズリエール様、そろそろご夕食のお時間になりますが、お着替え等はよろしいですか?」

 そう言われ、アズリエールが部屋の時計へと目を向けた。どうやらウジウジ悩んでいる間に一時間も経っていたらしい。

「えっと、実は今日、少し気分が優れなくて……。オルクには申し訳ないのだけれど、今日の夕食は辞退させて貰ってもいいかな?」
「まぁ! それはいけません! すぐにお医者様を……」
「そ、そこまで大袈裟にしなくても大丈夫だから! 多分、寝不足からの体調不良だと思うから寝てればよくなると思う」
「ですが……」
「お願いエルザ。少しだけ一人で静かになる時間が欲しいの……」

 懇願するように訴えるアズリエールの様子に少し困ったような笑みをエルザが浮かべる。

「かしこまりました。ですが、もし私が必要な際は遠慮なくお声がけくださいね? こう見えましてもオルクティス殿下で実績を培った子守歌には、多少なりとも自信がございますので」

 そう冗談で返してくれたエルザの気遣いにアズリエールが、少し泣き出しそうな笑みを返す。

「エルザ、ありがとう」
「オルクティス殿下には、アズリエール様は、すでに眠られているとお伝えしておきますので……。ごゆっくりお休みくださいね?」

 そう言って、労わる様な優しい笑みを浮かべながら、エルザが退室していった。
 さり気なくオルクティスが様子を見に来る事がないように配慮してくれるエルザの心遣いにアズリエールは、少し安心する。
 今、オルクティスに会うことは、アズリエールにとって不安にしかならない。

 とりあえず、今日は何も考えずに寝てしまおう。
 そして明日、スッキリした頭でこの後、どうすれば良いか考えれば、きっと何か対処法が見つかるかもしれない。

 そう考えたアズリエールは、まだ夕刻になったばかりの時間帯にも関わらず、早々に寝台に潜り込み、自分でも驚く程の早さで睡魔に襲われ、眠りに付いてしまった。
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