年上の夫と私

ハチ助

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13.新婚生活(※)

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――――【※注意※】――――
行為自体の描写はないですが、明らかにR18展開を仄めかす会話展開があります。
(明らかに事後展開のお話になります)
また夫となったノティスが、この時点では結構クズい事を言っております。
その為、ヒーローによる女性軽視発言に過敏な方はご注意を!

尚、後にこのクズ発言の背景が分かる展開があるので、このヒーローの好き嫌いは作品が完結後、ご判断頂くようお願いいたします。
――――――――――――――



 翌朝、ブローディアが目覚めると、見覚えのない天井と壁紙が視界に入った。
  その状況を不思議に思い、周囲を確認しようと体をよじるとサラリとした清潔感のある寝台のシーツの感触が頬に伝わってくる。
 だが、何故か体は鉛のように重く、思うように動かせない……。

 それでも何とかして動かそうと更に身をよじると、何かが背後からギュッと腰回りを締め付けてきた。そしてそのまま後ろに飲み込まれるように、その何かに引き寄せられる。よく見れば今着ている寝間着も昨日とは違うデザインの物に変わっていた。

 その状況から、昨夜の出来事は夢だったのではないかと思い始めたブローディアだが……。鉛のように重い体と全身を襲う謎の筋肉痛、そして感じた事もない下半身の違和感から、昨日自分が体験した事は現実であったと再認識する。
 すると次の瞬間、スッと自分の顔から表情が消えるのを感じた。

「騙されたわ……」

 掠れてしまった声で呟くと、腰に巻き付いている何かの締め付けが更に増し、耳元に低く穏やかな声が囁かれた。

「おはよう……ディア」
「…………」
「そんなに不機嫌そうな顔をして……。一体、誰に騙されたんだい?」

 背後から耳元に甘く囁いてきたのは、昨日ブローディアの夫となったばかりのノティスだ。先程からブローディアの首筋を堪能するかのように鼻先を埋めている。
 するとブローディアは、そんな夫に掠れてしまった声で静かに訴える。

「昨日、無理はさせないとお約束してくださいましたよね……?」
「そうだね……。無理をさせるつもりはなかったね」
「わたくし、昨日は途中で記憶が途切れているのですが……」
「あーうん。なんか途中で気絶していたね……」
「無理はさせないと言ってくださいまし――――ゴホッ! ゴホッ!」

 背後から包み込むように抱き付いている夫にブローディアが抗議の声をあげようとした瞬間、カラカラになっていた喉が悲鳴をあげ、咳き込んでしまった。
 するとノティスが腕を腰に巻き付けたままブローディアの体をおこし、サイドテーブルに置いてあった水差しを手に取る。そしてその隣にあるコップに勢いよく注いで、手渡して来た。
 その水をブローディアが勢いよく飲み干す。

「ごめん……。大丈夫かい?」
「大丈夫そうに……見えますか?」
「いや、その、途中までは無理をさせないように配慮をしていたのだけれど……」
「…………」
「あまりにも可愛い反応をされたので、その、つい理性が……」
「…………」
「本当に申し訳ない……」

 そう言って自分の足の間に座らせているブローディアの腰に再び腕を巻きつけ、背後から深く抱きしめる。しかし当のブローディアは、ムスっとした表情のまま、無言を貫き通した。

「ディア……すまなかった……」

 夫の態度から、かなり反省している様子も見て取れたので、ブローディアは小さく息を吐いた後、自身が気になっていた事を確認し始める。

「ノティス様が着替えと……こちらのお部屋に運んでくださったのですか?」
「あー、まぁ。流石に気絶させてしまった手前、あの状態のままでは、ちょっと……。軽く湯浴みさせた後、着替えさせて私の寝室に運んだ。共同寝室は……その、大惨事になっているからねー……」
「湯浴み!? ま、まさかミランダ達を呼んだのですか!?」
「いや? 私一人で対応した。もちろん、着替えも。流石にあの状態の君を見せたら、ミランダに殺されそうだったから」
「あの状態って……。そもそも! 何故、生娘にあのような無体な事をなさったのですか!! 年齢的にもそうですが、ノティス様ほどのお顔が整っていらっしゃる方なら、女性とのこういう行為は、多少なりともご経験をお持ちですよね!? あのような理性の壊れ方など普通はされませんよね!?」
「いや、その件は本当に申し訳ないとは思ってはいるのだけれど……。もう歯止めが利かなかったとしか言いようがないというか……。そもそも君が抱き心地が良すぎるという部分も問題だと思うのだけれど……」
「だっ……抱き心地って!! つ、妻を娼婦のような扱いとも取れる言い方をなさらないでください!!」

 あまりの言われようにブローディアが真っ赤な顔をして怒りを訴えるが、もはやそれが怒りからなのか、それとも羞恥心からなのか、自分でも分からない状態に陥っていた。
 そんなブローディアにノティスが意地の悪い笑みを浮かべる。

「失礼な。君のような魅力的で初々しさしかない女性を娼婦扱いなどしないよ? そもそも娼婦が抱き心地がいいだなんて、それは酷い偏見だ」
「はい?」

 ノティスの言葉に何か引っかかるものを感じたブローディアが、怪訝そうな表情を向ける。するとノティスが、更に後ろからブローディアに深く抱き付き、肩口に顔を埋めた。

「外交官なんかやっていると接待と称して、そういう場所でもてなされる事が稀にあったんだ。まぁ、今は外交法で禁止されているから、そういう接待をされる事はないのだけれど。でも当時、西側の隣国では指折りの高級娼婦が三人もいて、何度かもてなされた経験があるのだけれど……」

 そこまで語ったノティスは、またしても後ろからブローディアをギュッと抱きしめ、肩口に顔を埋める。

「断然、ディアの方が抱き心地がよかった……」
「に、新妻を高級娼婦と比較しないでください!! ノティス様、最低です!!」
「いや、でも事実だし……。そもそもその高級娼婦の件は、大分昔の事だから時効という事で許して欲しいかなー」
「『許す』『許さない』の前に、何故そういうお話を初夜の翌日になさるのですか!? あなたの神経を疑います!!」
「いやだって……君、初心そうだし。今後、私の妻として社交界に出れば、どこかの心無い人間がそういう余計な情報を君に吹き込みそうじゃないか……。ならば早い段階で自分から君に話しておいた方がいいかと思って」

 ノティスのその言葉に一瞬でブローディアの怒りが静まる。
 そんな反応を見せた新妻にノティスが、バツの悪そうな表情を浮かべる。

「外交官というのは、意外と周りに敵が多いんだ……。今回の招待客だって、半数以上が仕事仲間というよりもライバルや外交先の交渉相手だ。私自身こんな性格なので、あまり隙は作らないようにはしているけれど……。そうなると、彼らは、私の周囲にいる人間で私の弱点となる者がいないか探りを入れてくる。実際、国外からの来賓の接待を王家から任されていたのに、一任していた子爵家が難癖をつけられて別の外交担当に変更させられた事もあるし」

 ノティスのその話を聞いたブローディアが、唖然とする。

「だから私は、妻となってくれた君には、出来るだけ隠し事はしないようにしていくつもりだ。もし先程の話を君が先に第三者から聞いてしまったら、私への不信感が募るだろう? だけど今のように先に私本人から聞かされていれば、呆れはするだろうけど、第三者の口からきかされた場合よりかは、感情的にはなったり傷ついたりはしないと思う」
「確かに……。ですが、それがどう隙を見せない事に繋がるのですか?」
「私達の場合、隙になりやすい部分は夫婦仲だ。不仲説が出ている外交官夫妻に国外の要人達をもてなす夜会やお茶会の主催等は、任せたくはないだろう? 主催者側は、既婚者であれば夫婦揃って客人を出迎え、もてなすのが通常だ。だが夫婦仲が悪いと来賓客の目にも付き、この国には不仲な夫婦が多いという印象も抱かれやすくなる」

 そのノティスの話にブローディアが苦笑する。

「流石にそれは……心配し過ぎではありませんか?」
「外交官はある意味、国の顔だよ。他国の人間はその外交官を通して、その国の雰囲気をイメージする。だから人間性をかなりみられる役職ではあるのだけれど……。野心家な人間も多いから、手段を選ばない方法を取られてしまうと、同じ外交官仲間から『夫婦仲が悪くて印象が良くない』と言いがかりをつけられ、簡単に仕事を奪われてしまう」

 やや皮肉めいた表情を浮かべながら、そう語ったノティスから、ブローディアがある事に気付く。
 ノティスは、自分の仕事に誇りを持ってはいるが、好きという訳ではないのだ……。
 それでも稼業であり、父親が守って来たこの『外交官』という職務に対して真摯に向き合っている。

 しかし先程のような話が出てしまったのは、野心的で近道ばかりを目指す小賢しい人間に今まで、かなりの妨害行為を受けていた事が窺える。
 ましてや若い上に容姿にも恵まれ、頭の切れるノティスだ。
 国内のベテラン先輩外交官達からの風当たりは、さぞ強かったはずだ。
 もしブローディアがその立場なら、間違いなく怒りを爆発させ、すぐに投げ出してしまうだろう。

 恐らくブローディアが思っている以上にノティスは修羅場をくぐってきているはずだ。そんな事を考えてしまったブローディアは、思わずノティスの顔を窺うようにジッと見つめてしまう。
 すると、何故かその視線からブローディアが不安を感じていると勘違いしたノティスが、後ろから包み込むようにブローディアを抱きしめて来た。

「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ? 要は私達が常に仲睦まじくしていればいいだけの話なのだから……」

 恐らく本人はブローディアを安心させようと口にしている言葉なのだろう。
 しかしブローディアには、ノティスが自分自身に言い聞かせている言葉のように思えた。

 何故なら先程から不安そうな表情を浮かべているのはノティスの方なのだ。
 それは昨晩、思わずブローディアがノティスの顔に手を伸ばしてしまった時のように……。
 今も一見、ブローディアに甘く接しているだけの状況ように感じてしまうが、肩口に顔を沈めてきた夫は、何とも言えない安堵に満ちた表情を浮かべている。
 まるでブローディアに安らぎを求めているような……。

 そのように感じてしまったブローディアは、無意識に後方から包み込むように抱き付いている夫の腕にそっと手を添えた。すると、更に間違った方向へ勘違いした夫が、ブローディアの耳元で囁く。

「でも手っ取り早く周囲に仲睦まじい事をアピール出来る一番の方法は、早々に子供を儲ける事だと思うんだよね……」

 そう耳元で囁かれた瞬間、ブローディアは手元にあった枕をひっ掴んで、ノティスの顔面目掛けて振りかぶった。
 するとそれは見事にノティスの顔面にヒットする。

「ぶっ……!!」
「もし仲睦まじい夫婦関係がお望みであれば、まずはそのノティス様の人を弄ぶような言動を早急に改善してくださいませ!!」

 そう一喝したブローディアは、ノティスの腕から解放されたその隙に寝台から降りようとした。
 しかし、何故か床に足が着いた途端、そのままペシャンと座り込んでしまう。
 自分の下半身の状態がおかしくなっている事にブローディアが茫然としてしまう。
 そんな状態の妻に向ってノティスが苦笑する。

「あーあ。ダメだよ、ディア。今日の君は少なくとも午前中は足腰が立たないと思うから、ここでゆっくり休んだ方がいいよ?」

 一瞬、何の事を言われているのか理解出来なかったブローディアだが、徐々にその理由に気付き始めると、顔を真っ赤にしながら夫の寝台の掛布をグイっと引っ張り、頭から被った。

 その後、ノティスが身支度を終えて自室から出るまで、簀巻すまき状態になっていたブローディアは、掛布から顔だけ出した状態で夫を部屋から見送った。
 そんな奇妙な姿の妻に見送られたノティスだが、本日は遠方から招待に応じてくれた国外の要人数名と、ルミナエス国王と王弟でもあるディプラデニア公爵を交えた食事会に参加する為、夕方まで帰って来ないそうだ。

 その事を簀巻き状態のままで聞かされたブローディアは、少し安堵する。
 よく分からないが、一線を越えたノティスとは、ある程度逃げられる距離を確保して接した方がいいとブローディアの本能が警告しているからだ。
 そんな警戒心を剥き出しにしている妻に呆れながら、ノティスは簀巻き状態で顔だけ出している妻の額に軽く口付けを落してから、食事会へと向かった。

 その後、簀巻き状態で夫を見送ったブローディアは、しばらくはノティスの寝台でゴロゴロと転がっていたのだが、午後になって様子を見に来たミランダが、そのブローディアの姿を見た瞬間、まるで娘を憐れむ母親のような表情を浮かべ、ガバリとブローディアを抱きしめた。どうやらミランダは昨晩、ブローディアがノティスから無体な扱いをされたと勘違いしている様子だ。
 まぁ、無理をさせられたと言う点では無体に扱われたと判断出来る状況でもある。
 その為、ブローディアは敢えてミランダのその誤解を解かないままにしておいた。


 そんな流れでスタートしたブローディアの新婚生活だが……。
 この邸に来たばかりの頃と比べると、かなり穏やかに時間が流れていった。

 まずノティスだが、一カ月半も隣国での外交業務に携ったという事で、現在10日程休みが与えられ、邸内でミランダの息子のルッツと家令のロイドと共に、すでに終了済みの外交業務の報告書の整理をしている。

 一方、アルファスとミランダは、ノティスがやっと妻を娶った事で夜会等に参加する機会が増える事を想定し、現在二人の新たな社交場用の衣裳を新調するべきかを話し合っている様だ。
 その話し合いに何故かイレーヌも交ざっているのが謎である……。

 そしてホースミント家の伯爵夫人となったブローディアは、夫の仕事を手伝いながら少しずつ仕事内容を学び、時にはミランダとイレーヌの着せ替え人形を務め、時には夫と子作り議論で言い負かされ抱きつぶされる日々を過ごしていた。



 そんな楽しくも賑やかな新婚生活が始まり、一カ月が過ぎた頃――――。
 親友のセレティーナ経由で、二週間後に開かれる王妃ユーフォルビア主催の夜会の招待状が届く。だが、中には何故か王太子のユリオプスが直筆した一筆書きが添えられており、夫のノティスと一緒で構わないので是非参加して欲しいと、何故か力強く書かれていた。

 どうやらユリオプスは、最近の若い令嬢達によるセレティーナへの当りの強さを心配しているようだ……。その為、闘争心を漲らせているブローディアにセレティーナの番犬として、この夜会に参加して欲しい様子だ。

 友人のセレティーナは全く気付いていないが、ブローディアの方は天使と称されるこの完璧王太子の裏の顔を何となく察しているので、夫のノティスに相談後、この夜会に参加する事にした。
 ちなみにこの夜会の話をノティスに相談した際、苦笑されたので、夫も王太子ユリオプスの本性に気付いているらしい。

 そんな経緯もあり二週間後、二人は夫婦として初めて夜会に参加する事となった。
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