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性転換と悩み3
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優し気な容貌をした年かさの侍女は、にっこりとほほ笑んだ。
「はじめまして、アンリエッタ様。私はヘレンと言います。本日より、アンリエッタ様の身の回りのお世話をさせていただきますね」
「はじめまして、ヘレン。あの、ええと」
「事情はフェリクスぼっちゃま……フェリクス様から聞いております。今日は大変でしたね……」
ヘレンの同情的な視線に、胸がむずがゆくなる。何も言えないでいるアンリエッタに、ヘレンは優しい顔を向けた。
「消化によいものをご用意しましたので、無理をしない程度に食べて、今日はお休みくださいね」
てきぱきとベッドサイドのテーブルに食事の支度をしながら、ヘレンはそう言った。
ベッドサイドのテーブルに並べられたのは、今のアンリエッタでも無理せずに食べられそうな野菜のたっぷり入ったスープに、少なめによそわれたリゾット、それから執種類の果物だ。食欲のなかったアンリエッタだが、いざ目の前に湯気の立つ料理が用意されるとおなかがきゅるりと鳴る。
ほほえまし気なヘレンに、少し顔を赤らめながら、アンリエッタは野菜のスープをひとさじ、口に含んだ。
ニンジンや玉ねぎの甘みが、あまり濃すぎない塩味とともに口いっぱいに広がる。
「おいしい……」
「それはようございました。城の料理長も喜びますわ」
ヘレンが傍らに立ってそう言うのを、アンリエッタは見上げた。
「ヘレンは、座らないのかしら」
「私は使用人ですもの」
たしかに、使用人は主人とは同席しない。
それが普通だ。けれど、アンリエッタは――すくなくとも――今はフェリクスが勝手に連れてきた客人でしかない。アンリエッタは年かさのヘレンが立っているのが忍びなくて、どうにか座ってもらえないかと考えた。
「ヘレン、よければ、隣に座っていただける?」
「いいえ、アンリエッタ様と同席なんて……」
「でも、私、ヘレンにいろいろ聞きたいことがあるのよ。お話をしたいのに、首をずっと上にあげないといけないのは悲しいわ」
「……そういうことでしたら」
ヘレンはにっこりと笑って、アンリエッタの座るベッドの隣にある椅子へと腰かけた。
きっと、ヘレンにはアンリエッタの考えなんてわかっているだろう。
それでも、アンリエッタの望み通りにしてくれたことがうれしかった。
「ヘレン、さっき、フェリクス……様のことをぼっちゃまって呼んだわね。もしかして、小さなころからフェリクス様を知っているの?」
「ええ。私はフェリクス様の乳母でしたから。こんなにお小さいころから、存じておりますわ」
ヘレンは手で、アンリエッタの膝くらいまでを示しながら、懐かしそうに言った。
アンリエッタも、そんなヘレンにほほ笑んで「そうだったのね」と返す。
スープの後にリゾットに口をつける。塩漬け肉でブイヨンを取ったらしいスープは滋味にあふれておいしい。
そういえば、ここ数日は心労が絶えなくて、あまり食事をしていなかったわ。ぱくぱくとリゾットを食べ進むアンリエッタに、ヘレンがレモン水を用意してくれる。ありがたく受け取って、アンリエッタは喉を潤した。
さわやかな冷たい水がアンリエッタの心を落ち着けてくれる。アンリエッタが水差しを見ると、そこには高価な氷がたくさん入っていた。
没落した侯爵令嬢である自分に、こんなに良くしてくれるなんて。アンリエッタは申し訳ない気持ちになって、ため息をつく。
「どうなさいました?アンリエッタ様」
「いいえ、ええと……。ああ、そう、学園は、どうなっているのかしらって思って」
ヘレンに余計な気遣いをさせたくなくて、アンリエッタはごまかすように言った。
ヘレンはああ!と頷いた。
「アンリエッタ様は突然の体調不良で早退した、ということになっておりますわ。表向きは……ですけれど」
「表向き?」
「はい。けれど、学園のほとんどの方は、アンリエッタ様がフェリクス様によって性転換され、それで体調を崩された、と知っていると思われます」
「……どうして?」
「フェリクス様が、ご自分で宣言されました。自分の勝手でアンリエッタ様をオメガにした。だからアンリエッタ様に責はない、と」
アンリエッタはゆっくりとカトラリーを置いた。
落とさなかったのが奇跡のようだった。
「それは……」
私を守るため?と、そうは聞けなかった。そうするのは思い上がりだという気持ちがあったし、何より乳母としてフェリクスを大切にしてきただろうヘレンに、アンリエッタのせいでフェリクスが汚名を被った、と口にするのははばかられた。
――が。その戸惑いを、簡単に、なんということでもないように払ったのは、誰あろう、ヘレンだった。
「はじめまして、アンリエッタ様。私はヘレンと言います。本日より、アンリエッタ様の身の回りのお世話をさせていただきますね」
「はじめまして、ヘレン。あの、ええと」
「事情はフェリクスぼっちゃま……フェリクス様から聞いております。今日は大変でしたね……」
ヘレンの同情的な視線に、胸がむずがゆくなる。何も言えないでいるアンリエッタに、ヘレンは優しい顔を向けた。
「消化によいものをご用意しましたので、無理をしない程度に食べて、今日はお休みくださいね」
てきぱきとベッドサイドのテーブルに食事の支度をしながら、ヘレンはそう言った。
ベッドサイドのテーブルに並べられたのは、今のアンリエッタでも無理せずに食べられそうな野菜のたっぷり入ったスープに、少なめによそわれたリゾット、それから執種類の果物だ。食欲のなかったアンリエッタだが、いざ目の前に湯気の立つ料理が用意されるとおなかがきゅるりと鳴る。
ほほえまし気なヘレンに、少し顔を赤らめながら、アンリエッタは野菜のスープをひとさじ、口に含んだ。
ニンジンや玉ねぎの甘みが、あまり濃すぎない塩味とともに口いっぱいに広がる。
「おいしい……」
「それはようございました。城の料理長も喜びますわ」
ヘレンが傍らに立ってそう言うのを、アンリエッタは見上げた。
「ヘレンは、座らないのかしら」
「私は使用人ですもの」
たしかに、使用人は主人とは同席しない。
それが普通だ。けれど、アンリエッタは――すくなくとも――今はフェリクスが勝手に連れてきた客人でしかない。アンリエッタは年かさのヘレンが立っているのが忍びなくて、どうにか座ってもらえないかと考えた。
「ヘレン、よければ、隣に座っていただける?」
「いいえ、アンリエッタ様と同席なんて……」
「でも、私、ヘレンにいろいろ聞きたいことがあるのよ。お話をしたいのに、首をずっと上にあげないといけないのは悲しいわ」
「……そういうことでしたら」
ヘレンはにっこりと笑って、アンリエッタの座るベッドの隣にある椅子へと腰かけた。
きっと、ヘレンにはアンリエッタの考えなんてわかっているだろう。
それでも、アンリエッタの望み通りにしてくれたことがうれしかった。
「ヘレン、さっき、フェリクス……様のことをぼっちゃまって呼んだわね。もしかして、小さなころからフェリクス様を知っているの?」
「ええ。私はフェリクス様の乳母でしたから。こんなにお小さいころから、存じておりますわ」
ヘレンは手で、アンリエッタの膝くらいまでを示しながら、懐かしそうに言った。
アンリエッタも、そんなヘレンにほほ笑んで「そうだったのね」と返す。
スープの後にリゾットに口をつける。塩漬け肉でブイヨンを取ったらしいスープは滋味にあふれておいしい。
そういえば、ここ数日は心労が絶えなくて、あまり食事をしていなかったわ。ぱくぱくとリゾットを食べ進むアンリエッタに、ヘレンがレモン水を用意してくれる。ありがたく受け取って、アンリエッタは喉を潤した。
さわやかな冷たい水がアンリエッタの心を落ち着けてくれる。アンリエッタが水差しを見ると、そこには高価な氷がたくさん入っていた。
没落した侯爵令嬢である自分に、こんなに良くしてくれるなんて。アンリエッタは申し訳ない気持ちになって、ため息をつく。
「どうなさいました?アンリエッタ様」
「いいえ、ええと……。ああ、そう、学園は、どうなっているのかしらって思って」
ヘレンに余計な気遣いをさせたくなくて、アンリエッタはごまかすように言った。
ヘレンはああ!と頷いた。
「アンリエッタ様は突然の体調不良で早退した、ということになっておりますわ。表向きは……ですけれど」
「表向き?」
「はい。けれど、学園のほとんどの方は、アンリエッタ様がフェリクス様によって性転換され、それで体調を崩された、と知っていると思われます」
「……どうして?」
「フェリクス様が、ご自分で宣言されました。自分の勝手でアンリエッタ様をオメガにした。だからアンリエッタ様に責はない、と」
アンリエッタはゆっくりとカトラリーを置いた。
落とさなかったのが奇跡のようだった。
「それは……」
私を守るため?と、そうは聞けなかった。そうするのは思い上がりだという気持ちがあったし、何より乳母としてフェリクスを大切にしてきただろうヘレンに、アンリエッタのせいでフェリクスが汚名を被った、と口にするのははばかられた。
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