アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

文字の大きさ
37 / 61

出会い(フェリクス視点)4

しおりを挟む
 フェリクスは、どうして今、彼女を抱きしめることができないんだろうと思った。この、ひと一人分の厚さの生垣。その幅が、ひどく遠く感じた。フェリクスは、生垣の下の隙間から、少女の手を生垣越しに握った。振りほどかれないことにほっとして、フェリクスは口を開く。
「……君はえらいね」
「……うう……」
「君は、頑張りたいって思ってる。それは、すごいことだよ」
「……? うた、じゃないの」
「うん、歌じゃない。もちろん、君の歌は素晴らしかった。でも、君にはそれだけじゃないよ」
「君は頑張りたいって言ったよね。君は努力できるひとだ。頑張る力がある」
 つなげた手に、力がこもる。握り返されて、フェリクスは顔を熱くした。
「大丈夫だよ。想像して。君が望めば、君が努力すれば、なんだって叶うって」
「……ほんとう?」
 少女の目が、生垣の向こう――こちらの姿を探してさまよっている。戸惑うまなざしが、信じたい、とうるんでいた。
「うん。大丈夫。君の努力を無駄になんてさせない」
 フェリクスは、決めた。
「ここを、そういう国に、僕がして見せる」
 アルファだ、オメガだ、なんて関係ない国にする。アルファだから、できないから否定していいなんてそんなこと許しはしない。
 彼女が嘆く原因になった風潮ごと取り除いて、彼女を笑顔にしたい。
 幸い、フェリクスには――皇子であるフェリクスには、その力があった。フェリクスは、己の生まれ持った才能は、すべてこのために会ったのだと思いすらした。
 彼女を、幸せにするために、フェリクスはこう生まれついたのだと。
「ありがとう」
 少女が不思議そうに首をかしげる。その時だった。
「アンリエッタ――!」
「お父様!」
 誰か、大人の声。ついで、少女の父を呼ぶ声。ああ、君は、アンリエッタっていうんだね。
 フェリクスは微笑んで、少女――アンリエッタの手を、解放した。つないでいた手にはアンリエッタのぬくもりが残っている。少しだけ、寂しかった。
「君を心配する人も、愛している人もいる。だから大丈夫、絶対に、君は大丈夫だよ。さ、おゆき。……アンリエッタ」
 フェリクスは、見えないとわかっていても、アンリエッタに手を振った。
「もし、君がまた自信をなくしたら、歌を歌って。その歌を褒めた僕を思い出して。絶対に、絶対に、君は大丈夫だって、思い出して」
 そう、君は絶対大丈夫。アンリエッタ。僕の女神。
 君が、僕の生き方を変えてくれた。だから、君が悲しむようなことから、君を守りたい。・
 フェリクスは、アンリエッタの姿が見えなくなるまでその背を追い続けた。
 次に出会ったのはフリージア学園の入学式だ。
 数年ぶりに見たアンリエッタは透き通るように美しかった。アンリエッタはあの時のうずくまった姿が嘘のように凛と立っていて、歌魔法という繊細な魔法の優秀な使い手として、またアリウム侯爵家の誇る歌姫として名をはせていた。学園の入学試験もフェリクスについで二位という成績を収めた彼女は、さすがアンリエッタだと――アリウム侯爵家の次期当主だと称賛されていた。
 けれど、フェリクスはそれがアンリエッタ自身のたゆまぬ努力によるものだと知っている。
 アンリエッタはその事実をひけらかしていないから、知らない人間も多いだろう。だが、アンリエッタばかり見ていたフェリクスには、そこに驚くほどの研鑽が積まれているのがわかった。
 教授に質問を繰り返し、図書館に何度も通うアンリエッタ。
 つかれてうたたねをしている彼女のノートには、魔法のこつを試行錯誤した名残や、教授に質問した項目への考察がびっしりと書き込まれていた。
 ――フェリクス皇太子殿下……?
 ――フェリクスでいいよ。アリウム嬢。
 ――では、私のこともアンリエッタ、と。ずっと、あなたに名前を呼ばれたいと思っていたのです。
 フェリクスが話しかけたとき、アンリエッタは驚いていた。それもそのはずで、アンリエッタは幼いころのあの出会いを覚えていて、声の正体がフェリクスだということに気付いていたのだ。もちろん、調べればわかることだ。しかし、フェリクスはあの、たった数刻の出会いをで、声の主を探すほど興味を持ってくれたことが嬉しかった。
 アンリエッタは魔法が好きらしい。歌を媒介にした歌魔法が得意だと笑ったアンリエッタのノートに挟まれた、折り目ばかりの楽譜を見たとき、フェリクスの中に沸き起こった喜びを、彼女はそのいっぺんでもわかっているだろうか。
 思えば、その時のフェリクスとアンリエッタの関係が、一番穏やかなものだった。
 アンリエッタは細かい魔力操作が得意だった。果物が好きで、脂っこい肉は苦手だった。歌うことが何より好きだと言った彼女の笑顔を今も覚えている。
 アンリエッタのことを知るほど、フェリクスは深い恋の海に溺れた。
 アンリエッタとフェリクスはすぐに仲良くなった。切磋琢磨しあうライバルだったし、フェリクスのうぬぼれでなければ、互いにそれとなく慕いあう間柄だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

処理中です...