【R18】婚約破棄された目隠れ令嬢は白金の竜王に溺愛される

高遠すばる

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リオンの刺繍編

薄紅の鱗とはじめての夜

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 リオンが息を呑む。
 反動で倒れたイクスフリードが腕を抑えて苦く笑っているその隣、鱗が一枚落ちただけのラキスディートが佇んでいた。

「無理だわ、さすが王」

 イクスフリードが人と同じ形の手をひらひらと降る。その手は赤く腫れあがっていた。

 エリーゼベアトとカイナルーンの動きが止まる。
 いや、正確には、止められていた。

 なにかに邪魔をされたように、2人の動きは制限されていて、この場で動けるのはリオンだけだった。
 その原因が、ラキスディートが発する光のせいだとわかったのは、エリーゼベアトが歯を食いしばる音が聞こえ、カイナルーンが呪文のような呟きを羅列しはじめたのを聞いてからだ。
 ラキスディートは、もはやなにも言葉を発することはなく、ただただ、その黄金の目でリオンを見ていた。

 ああ、ラキスディートは。

「エリィ、カイナルーン、下ろしてほしいの」
「番様!?」
「お姉さま、そんなことをしたら……」

 カイナルーンとエリーゼベアトが焦ったように声をあげる。リオンを心配してくれているのだ。こんな人たちがいて、リオンはとても幸せだと思う。

 首だけで振り返ると、まるでリオンを死地に送らねばならないような顔をした2人が見えて、だからリオンは、微笑んで言った。

「大丈夫よ、2人とも。ラキスはとても優しいの」

 ラキス、と呼ぶことに抵抗はなかった。
 何故だかその呼び方は舌に馴染んで、リオンを安心させたから。

 渋る2人に、ラキスディートの視線が向けられる。
 瞬間、ふたりの手から力が抜け、リオンはその場にすとんと降りていた。
 2人は自分たちの手を見て絶望したような顔をしていた。怪我はしていないようだ。
 リオンは、2人が無事なことを確認してから、背後のラキスディートを振り返る。

「……ラキス」

 リオンは巨大な体をしたラキスディートを見上げた。

「……ラキスは、いつだってとてもきれいね」

 もう少しでなにか掴めそうなのに、思い出せない。それがもどかしくてならない。
 ただ、確信していた。リオンは、ラキスといつか、会ったことがあるのだと。

「ごめんなさい、ラキス。あなたのこと、覚えていないの」

 きゅるる、とラキスディートの喉がなる。
 黄金の目がぎらぎらと輝いて、リオンを見つめている。

「ラキス、不安にさせたのね、ごめんなさい。あのね、プレゼントをしようと思っていたの」

 ラキスディートの翼がはためき、一陣の風が吹く。
 その風が、リオンの前髪をひらりとあげた。
 なにも遮る物のない視界で、ラキスディートの瞳がよく見える。
 きっと、リオンの目は余すところなくラキスディートに見られている。
 けれど、もう、怖くはなかった。
 醜い目、誰かの声がこだまする。
 それでもいい。ラキスディートがリオンと目を合わせてくれるから、それでも構わないと思った。

 リオンが手を伸ばすと、ラキスディートの前足が、リオンのそれに伸びる。
 やっぱり、いつだって、ラキスディートはこの手を取ってくれる。
 そうわかったから、リオンは微笑んだ。

 助けて、と言ったあの日を思い出す。
 あの日からずっと、ラキスディートに恋をしている。
 いいや、本当は、きっともっとずっと前から。

 ラキスディートの前足が、リオンの手に触れる。
 エリーゼベアトとカイナルーンが危険を知らせるように、リオンの名を呼ぶ。イクスフリードが息を呑む。

 いまや、この部屋のリオン以外は、リオンの死を疑わなかった。
 ーーけれど。

「……ラキス、ラキスの尻尾は、ひんやりして気持ちいいね」

 一拍。
 ラキスディートは、爪をリオンに触れさせないようにして、鱗の部分だけでリオンに触れて。
 代わりに尻尾をリオンに巻きつけて、リオンを守るように包み込んでいた。

 リオンは、ほら、やっぱり、とまた笑った。

「ごめんね、ラキス。やっぱり思い出せない。でも、気持ちだけはここにあるの」

 透明な鱗はつるつるとして、リオンよりも低い体温をリオンに伝える。

 ラキスディートは、リオンを傷つけない。
 それはたしかなことだった。
 今、ラキスディートとリオンはこの事実を証明してみせたのだ。

「わたくし、あなたに甘えていたわ。きっと、わたくし、あなたに言う言葉を間違えたのね。助けないで、ではなくて、一緒にいて、と言うべきだったの」

 ふわふわとした記憶の中、いつか見たのだろう、ラキスディートの泣き顔が浮かぶ。
 リオンは、寄せられたラキスディートのトカゲのような顔に頬ずりした。

「好きよ、ラキス。だから、あなたとずっと一緒にいるの」

 リオンがそういうと、ラキスディートがくるる、と鳴いて甘えるようにリオンに体をすり寄せた。
 鳥のような翼がリオンに被せられ、その体をすっかり隠してしまう。

 リオンはそれがくすぐったくてまた笑った。

「エリィ、カイナルーン、宰相さま、よければ、部屋を出てもらえるかしら。迷惑をかけてごめんなさい」
「……お姉さま、大丈夫なんですの?」
「もちろん」

 エリーゼベアトの戸惑った声が聞こえる。リオンは微笑んで返した。

「くっついているのを見られるのは、少し恥ずかしいから……」

 ラキスディートの鱗を見る。
 その色は薄紅の求愛色に染まっていて、リオンは思わず頬を染めた。

 エリーゼベアトたちにも同じものが見えたのだろう。
 息を呑む音がして、ついで、わかりました。と声がした。イクスフリードが無理はしないでくださいね、とまた丁寧な言葉に戻って言い、扉を開けて、閉める音が続く。

 リオンは、ラキスディートの頭をそっと抱きかかえ、その口元に唇をつけた。
 くるる、と甘えるようなラキスディートの声がして、リオンははにかむ。

 はためくカーテン、窓の外。月が雲に隠れる。夜空を、星屑が彩っていた。
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