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リオンの刺繍編
薄紅の鱗とはじめての夜
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リオンが息を呑む。
反動で倒れたイクスフリードが腕を抑えて苦く笑っているその隣、鱗が一枚落ちただけのラキスディートが佇んでいた。
「無理だわ、さすが王」
イクスフリードが人と同じ形の手をひらひらと降る。その手は赤く腫れあがっていた。
エリーゼベアトとカイナルーンの動きが止まる。
いや、正確には、止められていた。
なにかに邪魔をされたように、2人の動きは制限されていて、この場で動けるのはリオンだけだった。
その原因が、ラキスディートが発する光のせいだとわかったのは、エリーゼベアトが歯を食いしばる音が聞こえ、カイナルーンが呪文のような呟きを羅列しはじめたのを聞いてからだ。
ラキスディートは、もはやなにも言葉を発することはなく、ただただ、その黄金の目でリオンを見ていた。
ああ、ラキスディートは。
「エリィ、カイナルーン、下ろしてほしいの」
「番様!?」
「お姉さま、そんなことをしたら……」
カイナルーンとエリーゼベアトが焦ったように声をあげる。リオンを心配してくれているのだ。こんな人たちがいて、リオンはとても幸せだと思う。
首だけで振り返ると、まるでリオンを死地に送らねばならないような顔をした2人が見えて、だからリオンは、微笑んで言った。
「大丈夫よ、2人とも。ラキスはとても優しいの」
ラキス、と呼ぶことに抵抗はなかった。
何故だかその呼び方は舌に馴染んで、リオンを安心させたから。
渋る2人に、ラキスディートの視線が向けられる。
瞬間、ふたりの手から力が抜け、リオンはその場にすとんと降りていた。
2人は自分たちの手を見て絶望したような顔をしていた。怪我はしていないようだ。
リオンは、2人が無事なことを確認してから、背後のラキスディートを振り返る。
「……ラキス」
リオンは巨大な体をしたラキスディートを見上げた。
「……ラキスは、いつだってとてもきれいね」
もう少しでなにか掴めそうなのに、思い出せない。それがもどかしくてならない。
ただ、確信していた。リオンは、ラキスといつか、会ったことがあるのだと。
「ごめんなさい、ラキス。あなたのこと、覚えていないの」
きゅるる、とラキスディートの喉がなる。
黄金の目がぎらぎらと輝いて、リオンを見つめている。
「ラキス、不安にさせたのね、ごめんなさい。あのね、プレゼントをしようと思っていたの」
ラキスディートの翼がはためき、一陣の風が吹く。
その風が、リオンの前髪をひらりとあげた。
なにも遮る物のない視界で、ラキスディートの瞳がよく見える。
きっと、リオンの目は余すところなくラキスディートに見られている。
けれど、もう、怖くはなかった。
醜い目、誰かの声がこだまする。
それでもいい。ラキスディートがリオンと目を合わせてくれるから、それでも構わないと思った。
リオンが手を伸ばすと、ラキスディートの前足が、リオンのそれに伸びる。
やっぱり、いつだって、ラキスディートはこの手を取ってくれる。
そうわかったから、リオンは微笑んだ。
助けて、と言ったあの日を思い出す。
あの日からずっと、ラキスディートに恋をしている。
いいや、本当は、きっともっとずっと前から。
ラキスディートの前足が、リオンの手に触れる。
エリーゼベアトとカイナルーンが危険を知らせるように、リオンの名を呼ぶ。イクスフリードが息を呑む。
いまや、この部屋のリオン以外は、リオンの死を疑わなかった。
ーーけれど。
「……ラキス、ラキスの尻尾は、ひんやりして気持ちいいね」
一拍。
ラキスディートは、爪をリオンに触れさせないようにして、鱗の部分だけでリオンに触れて。
代わりに尻尾をリオンに巻きつけて、リオンを守るように包み込んでいた。
リオンは、ほら、やっぱり、とまた笑った。
「ごめんね、ラキス。やっぱり思い出せない。でも、気持ちだけはここにあるの」
透明な鱗はつるつるとして、リオンよりも低い体温をリオンに伝える。
ラキスディートは、リオンを傷つけない。
それはたしかなことだった。
今、ラキスディートとリオンはこの事実を証明してみせたのだ。
「わたくし、あなたに甘えていたわ。きっと、わたくし、あなたに言う言葉を間違えたのね。助けないで、ではなくて、一緒にいて、と言うべきだったの」
ふわふわとした記憶の中、いつか見たのだろう、ラキスディートの泣き顔が浮かぶ。
リオンは、寄せられたラキスディートのトカゲのような顔に頬ずりした。
「好きよ、ラキス。だから、あなたとずっと一緒にいるの」
リオンがそういうと、ラキスディートがくるる、と鳴いて甘えるようにリオンに体をすり寄せた。
鳥のような翼がリオンに被せられ、その体をすっかり隠してしまう。
リオンはそれがくすぐったくてまた笑った。
「エリィ、カイナルーン、宰相さま、よければ、部屋を出てもらえるかしら。迷惑をかけてごめんなさい」
「……お姉さま、大丈夫なんですの?」
「もちろん」
エリーゼベアトの戸惑った声が聞こえる。リオンは微笑んで返した。
「くっついているのを見られるのは、少し恥ずかしいから……」
ラキスディートの鱗を見る。
その色は薄紅の求愛色に染まっていて、リオンは思わず頬を染めた。
エリーゼベアトたちにも同じものが見えたのだろう。
息を呑む音がして、ついで、わかりました。と声がした。イクスフリードが無理はしないでくださいね、とまた丁寧な言葉に戻って言い、扉を開けて、閉める音が続く。
リオンは、ラキスディートの頭をそっと抱きかかえ、その口元に唇をつけた。
くるる、と甘えるようなラキスディートの声がして、リオンははにかむ。
はためくカーテン、窓の外。月が雲に隠れる。夜空を、星屑が彩っていた。
反動で倒れたイクスフリードが腕を抑えて苦く笑っているその隣、鱗が一枚落ちただけのラキスディートが佇んでいた。
「無理だわ、さすが王」
イクスフリードが人と同じ形の手をひらひらと降る。その手は赤く腫れあがっていた。
エリーゼベアトとカイナルーンの動きが止まる。
いや、正確には、止められていた。
なにかに邪魔をされたように、2人の動きは制限されていて、この場で動けるのはリオンだけだった。
その原因が、ラキスディートが発する光のせいだとわかったのは、エリーゼベアトが歯を食いしばる音が聞こえ、カイナルーンが呪文のような呟きを羅列しはじめたのを聞いてからだ。
ラキスディートは、もはやなにも言葉を発することはなく、ただただ、その黄金の目でリオンを見ていた。
ああ、ラキスディートは。
「エリィ、カイナルーン、下ろしてほしいの」
「番様!?」
「お姉さま、そんなことをしたら……」
カイナルーンとエリーゼベアトが焦ったように声をあげる。リオンを心配してくれているのだ。こんな人たちがいて、リオンはとても幸せだと思う。
首だけで振り返ると、まるでリオンを死地に送らねばならないような顔をした2人が見えて、だからリオンは、微笑んで言った。
「大丈夫よ、2人とも。ラキスはとても優しいの」
ラキス、と呼ぶことに抵抗はなかった。
何故だかその呼び方は舌に馴染んで、リオンを安心させたから。
渋る2人に、ラキスディートの視線が向けられる。
瞬間、ふたりの手から力が抜け、リオンはその場にすとんと降りていた。
2人は自分たちの手を見て絶望したような顔をしていた。怪我はしていないようだ。
リオンは、2人が無事なことを確認してから、背後のラキスディートを振り返る。
「……ラキス」
リオンは巨大な体をしたラキスディートを見上げた。
「……ラキスは、いつだってとてもきれいね」
もう少しでなにか掴めそうなのに、思い出せない。それがもどかしくてならない。
ただ、確信していた。リオンは、ラキスといつか、会ったことがあるのだと。
「ごめんなさい、ラキス。あなたのこと、覚えていないの」
きゅるる、とラキスディートの喉がなる。
黄金の目がぎらぎらと輝いて、リオンを見つめている。
「ラキス、不安にさせたのね、ごめんなさい。あのね、プレゼントをしようと思っていたの」
ラキスディートの翼がはためき、一陣の風が吹く。
その風が、リオンの前髪をひらりとあげた。
なにも遮る物のない視界で、ラキスディートの瞳がよく見える。
きっと、リオンの目は余すところなくラキスディートに見られている。
けれど、もう、怖くはなかった。
醜い目、誰かの声がこだまする。
それでもいい。ラキスディートがリオンと目を合わせてくれるから、それでも構わないと思った。
リオンが手を伸ばすと、ラキスディートの前足が、リオンのそれに伸びる。
やっぱり、いつだって、ラキスディートはこの手を取ってくれる。
そうわかったから、リオンは微笑んだ。
助けて、と言ったあの日を思い出す。
あの日からずっと、ラキスディートに恋をしている。
いいや、本当は、きっともっとずっと前から。
ラキスディートの前足が、リオンの手に触れる。
エリーゼベアトとカイナルーンが危険を知らせるように、リオンの名を呼ぶ。イクスフリードが息を呑む。
いまや、この部屋のリオン以外は、リオンの死を疑わなかった。
ーーけれど。
「……ラキス、ラキスの尻尾は、ひんやりして気持ちいいね」
一拍。
ラキスディートは、爪をリオンに触れさせないようにして、鱗の部分だけでリオンに触れて。
代わりに尻尾をリオンに巻きつけて、リオンを守るように包み込んでいた。
リオンは、ほら、やっぱり、とまた笑った。
「ごめんね、ラキス。やっぱり思い出せない。でも、気持ちだけはここにあるの」
透明な鱗はつるつるとして、リオンよりも低い体温をリオンに伝える。
ラキスディートは、リオンを傷つけない。
それはたしかなことだった。
今、ラキスディートとリオンはこの事実を証明してみせたのだ。
「わたくし、あなたに甘えていたわ。きっと、わたくし、あなたに言う言葉を間違えたのね。助けないで、ではなくて、一緒にいて、と言うべきだったの」
ふわふわとした記憶の中、いつか見たのだろう、ラキスディートの泣き顔が浮かぶ。
リオンは、寄せられたラキスディートのトカゲのような顔に頬ずりした。
「好きよ、ラキス。だから、あなたとずっと一緒にいるの」
リオンがそういうと、ラキスディートがくるる、と鳴いて甘えるようにリオンに体をすり寄せた。
鳥のような翼がリオンに被せられ、その体をすっかり隠してしまう。
リオンはそれがくすぐったくてまた笑った。
「エリィ、カイナルーン、宰相さま、よければ、部屋を出てもらえるかしら。迷惑をかけてごめんなさい」
「……お姉さま、大丈夫なんですの?」
「もちろん」
エリーゼベアトの戸惑った声が聞こえる。リオンは微笑んで返した。
「くっついているのを見られるのは、少し恥ずかしいから……」
ラキスディートの鱗を見る。
その色は薄紅の求愛色に染まっていて、リオンは思わず頬を染めた。
エリーゼベアトたちにも同じものが見えたのだろう。
息を呑む音がして、ついで、わかりました。と声がした。イクスフリードが無理はしないでくださいね、とまた丁寧な言葉に戻って言い、扉を開けて、閉める音が続く。
リオンは、ラキスディートの頭をそっと抱きかかえ、その口元に唇をつけた。
くるる、と甘えるようなラキスディートの声がして、リオンははにかむ。
はためくカーテン、窓の外。月が雲に隠れる。夜空を、星屑が彩っていた。
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