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第五章
学園生活1
ユリウスのために第一王子オリバー・グレイウォードの婚約者となることを心に決めた後の日々は、思ったよりも楽なものだった。兄への想いを封印したからかもしれない。
けれど時折泣いてしまいそうになることもあって。そのため、ユリウスに頼んで眼鏡を作ってもらった。兄の琥珀色の目と同じ色の意思がついた眼鏡は、レインの心を慰めてくれる。
オリバーも、オリバーの側近もレインに優しい――多分。強引なところはあるけれど、快活なところはオリバーの美点だと思った。
公爵家の養女だからと表立って何か言う人もいなかった。
それはレインが第一王子の婚約者だったから――それも、強く望まれてのことだと、周知されていたからだろう。
「お兄様」
「レイン、また前髪を降ろしているのか? 目に入ると危ないよ。せっかく綺麗な目をしているのだから」
「……はい」
指摘されれば顔を出す。レインは、いつしか前髪を降ろして顔を隠すようになった。背筋だけはしゃんと伸ばしているけれど、自分の顔立ちを人目に見せたことでオリバーに見初められたらしいのが半ばトラウマになっていて、積極的に見せたいものではなくなっていた。
「……今日も、よく頑張ったね」
「ありがとうございます、お兄様」
兄は今日もいつもと変わらず、レインを愛してくださるけれど、レインが婚約したことで、ユリウスへの婚約を求める声が大きくなっていった。レインはそれを他者から聞くたびに胸が張り裂けそうになった。
兄の隣に並ぶ女性。それは確実な未来の光景なのに、それがレインではないというだけで苦しく、重い気持ちになってしまう。レインは、まだ見もしないユリウスの婚約者に嫉妬して、どんどん沈んでいった。
それでもよかった、一年、二年と過ぎるうち、その苦しさにも慣れてしまったから。
そんな日々が変わったのは、三年生になってから。あの少女――ヘンリエッタ・コックスが入学してきてからだった。
長く広い廊下を一人ぼっちで歩いていると、オリバーとその側近に囲まれた少女が歩いてくる。薄桃色の髪に青い目をした彼女は、入学すると間もなく、オリバーやその側近らと親しくなったヘンリエッタだ。
最近平民から男爵家の養女となった彼女の話は、王族育ちのオリバーには新鮮らしく、婚約者であるレインを置いてまでオリバーはヘンリエッタにかまうようになった。
必然的にレインの周囲に人はいなくなり、レインは孤独になった。
「こんにちは! レイン様!」
オリバーの腕に自分の腕を絡ませながら、レインに先んじてレインに声をかけてくるヘンリエッタ。
そのヘンリエッタは今日もレインの上から下までをじろじろと眺め、そして勝ち誇った顔でふふん、と笑った。大きな胸をオリバーに押し付けて礼も取らない様子に、レインは静かにため息をついた。
「コックスさん。身分が下の者から上の者に声をかけるのはマナー違反です。授業で教わったでしょう」
「そ、そんな……私、あいさつしただけなのに……」
ヘンリエッタは涙ぐむ。それを見たオリバーがレインをにらみつけた。
「レイン! ヘンリエッタはまだ貴族になって間もないんだ、そんなに強く言うものではない!」
強く言ってなどいない。普通の声音だ。
レインだって、ヘンリエッタが下位貴族出身の自分を侮り、まったく授業を聞かないのだ、と嘆くマナーの教師に頼まれていなければ指摘せずやんわりと流しただろう。
けれど、レインが教師の頼みを聞かず、オリバーと不仲だと知れ渡れば――もはやそれに関しては手遅れな気もするが――ユリウスに迷惑がかかるかもしれない。
しかたなく指摘をしたのに、当のヘンリエッタからはこんな反応をされ、オリバーには敵意を向けられる。周囲にいるオリバーの側近たちもレインを睨んでいて、針の筵だ。
「ごく普通の指摘をしただけです。それにマナーのニア先生にも、コックスさんのマナーのことを頼まれています。このままでは単位が危うい、と」
「またそうやってレイン様は! 私がオリバー様と仲良くしているから嫉妬してらっしゃるのね!?」
「していません」
レインはぴしゃりと言った。
まったく話が通じなくて、どうすればいいのかわからない。レインは額を押さえた。拾ってくださったユリウスに恥をかかせないよう、必死でマナーを学んだレインには、その不真面目さが理解できなかった。
けれど時折泣いてしまいそうになることもあって。そのため、ユリウスに頼んで眼鏡を作ってもらった。兄の琥珀色の目と同じ色の意思がついた眼鏡は、レインの心を慰めてくれる。
オリバーも、オリバーの側近もレインに優しい――多分。強引なところはあるけれど、快活なところはオリバーの美点だと思った。
公爵家の養女だからと表立って何か言う人もいなかった。
それはレインが第一王子の婚約者だったから――それも、強く望まれてのことだと、周知されていたからだろう。
「お兄様」
「レイン、また前髪を降ろしているのか? 目に入ると危ないよ。せっかく綺麗な目をしているのだから」
「……はい」
指摘されれば顔を出す。レインは、いつしか前髪を降ろして顔を隠すようになった。背筋だけはしゃんと伸ばしているけれど、自分の顔立ちを人目に見せたことでオリバーに見初められたらしいのが半ばトラウマになっていて、積極的に見せたいものではなくなっていた。
「……今日も、よく頑張ったね」
「ありがとうございます、お兄様」
兄は今日もいつもと変わらず、レインを愛してくださるけれど、レインが婚約したことで、ユリウスへの婚約を求める声が大きくなっていった。レインはそれを他者から聞くたびに胸が張り裂けそうになった。
兄の隣に並ぶ女性。それは確実な未来の光景なのに、それがレインではないというだけで苦しく、重い気持ちになってしまう。レインは、まだ見もしないユリウスの婚約者に嫉妬して、どんどん沈んでいった。
それでもよかった、一年、二年と過ぎるうち、その苦しさにも慣れてしまったから。
そんな日々が変わったのは、三年生になってから。あの少女――ヘンリエッタ・コックスが入学してきてからだった。
長く広い廊下を一人ぼっちで歩いていると、オリバーとその側近に囲まれた少女が歩いてくる。薄桃色の髪に青い目をした彼女は、入学すると間もなく、オリバーやその側近らと親しくなったヘンリエッタだ。
最近平民から男爵家の養女となった彼女の話は、王族育ちのオリバーには新鮮らしく、婚約者であるレインを置いてまでオリバーはヘンリエッタにかまうようになった。
必然的にレインの周囲に人はいなくなり、レインは孤独になった。
「こんにちは! レイン様!」
オリバーの腕に自分の腕を絡ませながら、レインに先んじてレインに声をかけてくるヘンリエッタ。
そのヘンリエッタは今日もレインの上から下までをじろじろと眺め、そして勝ち誇った顔でふふん、と笑った。大きな胸をオリバーに押し付けて礼も取らない様子に、レインは静かにため息をついた。
「コックスさん。身分が下の者から上の者に声をかけるのはマナー違反です。授業で教わったでしょう」
「そ、そんな……私、あいさつしただけなのに……」
ヘンリエッタは涙ぐむ。それを見たオリバーがレインをにらみつけた。
「レイン! ヘンリエッタはまだ貴族になって間もないんだ、そんなに強く言うものではない!」
強く言ってなどいない。普通の声音だ。
レインだって、ヘンリエッタが下位貴族出身の自分を侮り、まったく授業を聞かないのだ、と嘆くマナーの教師に頼まれていなければ指摘せずやんわりと流しただろう。
けれど、レインが教師の頼みを聞かず、オリバーと不仲だと知れ渡れば――もはやそれに関しては手遅れな気もするが――ユリウスに迷惑がかかるかもしれない。
しかたなく指摘をしたのに、当のヘンリエッタからはこんな反応をされ、オリバーには敵意を向けられる。周囲にいるオリバーの側近たちもレインを睨んでいて、針の筵だ。
「ごく普通の指摘をしただけです。それにマナーのニア先生にも、コックスさんのマナーのことを頼まれています。このままでは単位が危うい、と」
「またそうやってレイン様は! 私がオリバー様と仲良くしているから嫉妬してらっしゃるのね!?」
「していません」
レインはぴしゃりと言った。
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