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第八章
攫われるレイン2
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「……わかりました」
「おねえたま……」
「大丈夫ですよ、アレン王子。……ついて行きます。だから、アレン王子の首の縄を外してください」
「おお怖い、おらよ」
レインがぎゅっと睨むように言うと、男が縄の端を投げてよこした。
それを手に取り、レインはアレンの首がこれ以上痛みを覚えることのないようにそっと首の縄をほどいた。
「痛くはないですか? アレン王子」
「ン……」
「よかった」
健気にもそう言って涙をこらえるアレンが痛々しい。
アレンを抱き上げたレインは周囲を見渡して息を吸い込んだ。――そうして。
「大声をあげたり、逃げようとしたりしたら、その時点で第二王子を殺すぜ?」
男のひとりの耳打ちするような言葉に、レインはひゅ、と息を呑んだ。
アレンをしっかりと抱きなおし、ぐうと目に力を込めて、男たちを睨み据える。そうしないと、足が震えて立っていることもできそうになかった。
「わかり、ました」
「いい子だ」
レインは男たちに囲まれたまま、急きたてられるように歩き始めた。突き飛ばされた肩が痛い。あざになっているかもしれない。
アレンと二人きりで見た目だけ取り繕った古い馬車にのせられる。当然、クッションなどあるわけがない。どこかに運ばれていく中で、がたん、ごとん、と音が鳴り、そのたびに車体が大きく揺れる。
そうやって揺れる馬車で舌を噛まないようにしながら、レインは大丈夫ですからね、と幼いアレンをあやした。
アレンはレインにしがみつき、ひっく、ひっくとしゃくりあげるばかりだった。
殴られたあざが痛むのだろう。それから半刻もしないうちに気を失うまで、アレンは静かに泣いていた。
声を出すなと殴られたのだろうか、だとしたら、三歳の幼い子供に、なんてひどいことをするのだろう。
このままでは――そう、このままでは、レインたちはまもなく殺されてしまうかもしれない。かつて婚約者だったオリバーがそんな残酷なことをするとは思いたくないが、男たちの言っていることはおそらく本当だ。
オリバーは、本気でレインを排除しにかかっている。そうすれば、自分が王太子になれると信じて。
どこに運ばれるのかはわからない。それは、レインが助けを期待すべきユリウスたちも同じだろう。
少なくとも、レインたちの居場所がわかるまでにはずいぶん時間がかかるはずだ。
せめて、ユリウスたちにレインがどこを通ってきたかを知らせることができれば……。
そこで、はっとレインは、ガウンのポケットにあるふくらみに気付いた。
そこにはハンカチに包まれたサファイアのネックレスがある。
「……」
レインは少し考えて、眉根を寄せ、けれどきゅっと唇を引き結んで、そのサファイアのネックレスを引きちぎった。
雫型のサファイアが連なるネックレスは、あっけなくちぎれてバラバラになった。
雫型のビーズ状になったサファイアが何粒も何粒も、レインの手のひらで転がる。レインはそれを、今もがたがたと走り続ける馬車の床の隙間から一粒ずつ、感覚を空けて落としていった。
男たちは馬に乗っているか馬車の御者をしている。隙間から落ちた小さなビーズなんかに気付かないだろう。
ユリウスが、これに気付いてくれるかは賭けだった。けれど、レインには死ぬつもりなどありはしなかった。
必ず、ユリウスの腕の中に帰るのだという決意があった。
アレンをぎゅっと抱きしめ、片手でサファイアを落とし続ける。
月明かりすら満足に入らない暗い馬車の中では、外の様子なんてわかりもしない。
どれだけ移動したのかも、わからない。遠くまで来たのかもしれない。
それでも、レインは信じていた。
ユリウスを――ユリウスが、このビーズという道しるべに気付いてくれることを信じる、自分こそを信じていた。
「……不思議ね、奴隷だった時、ずっと死にたいと思っていた私が、今、こんなにも生きたいと思っているなんて」
今の方が、ずっと絶望的な状況で、他者の暴力で死ぬかもしれないことは同じなのに、レインは今、絶対に生きるのだという意思を持っている。
――だって、あなたにもう一度、会いたいから。
ユリウス。彼の、琥珀色の目にもう一度映りたい。優しく抱きしめられたい。
そのためなら、きっとレインはなんだってできる。
馬の蹄の音と、車輪のガタつく音が夜の空に響く。
夜明けはまだずっと遠く。レインの陽光は、今、ここにありはしなかった。
「おねえたま……」
「大丈夫ですよ、アレン王子。……ついて行きます。だから、アレン王子の首の縄を外してください」
「おお怖い、おらよ」
レインがぎゅっと睨むように言うと、男が縄の端を投げてよこした。
それを手に取り、レインはアレンの首がこれ以上痛みを覚えることのないようにそっと首の縄をほどいた。
「痛くはないですか? アレン王子」
「ン……」
「よかった」
健気にもそう言って涙をこらえるアレンが痛々しい。
アレンを抱き上げたレインは周囲を見渡して息を吸い込んだ。――そうして。
「大声をあげたり、逃げようとしたりしたら、その時点で第二王子を殺すぜ?」
男のひとりの耳打ちするような言葉に、レインはひゅ、と息を呑んだ。
アレンをしっかりと抱きなおし、ぐうと目に力を込めて、男たちを睨み据える。そうしないと、足が震えて立っていることもできそうになかった。
「わかり、ました」
「いい子だ」
レインは男たちに囲まれたまま、急きたてられるように歩き始めた。突き飛ばされた肩が痛い。あざになっているかもしれない。
アレンと二人きりで見た目だけ取り繕った古い馬車にのせられる。当然、クッションなどあるわけがない。どこかに運ばれていく中で、がたん、ごとん、と音が鳴り、そのたびに車体が大きく揺れる。
そうやって揺れる馬車で舌を噛まないようにしながら、レインは大丈夫ですからね、と幼いアレンをあやした。
アレンはレインにしがみつき、ひっく、ひっくとしゃくりあげるばかりだった。
殴られたあざが痛むのだろう。それから半刻もしないうちに気を失うまで、アレンは静かに泣いていた。
声を出すなと殴られたのだろうか、だとしたら、三歳の幼い子供に、なんてひどいことをするのだろう。
このままでは――そう、このままでは、レインたちはまもなく殺されてしまうかもしれない。かつて婚約者だったオリバーがそんな残酷なことをするとは思いたくないが、男たちの言っていることはおそらく本当だ。
オリバーは、本気でレインを排除しにかかっている。そうすれば、自分が王太子になれると信じて。
どこに運ばれるのかはわからない。それは、レインが助けを期待すべきユリウスたちも同じだろう。
少なくとも、レインたちの居場所がわかるまでにはずいぶん時間がかかるはずだ。
せめて、ユリウスたちにレインがどこを通ってきたかを知らせることができれば……。
そこで、はっとレインは、ガウンのポケットにあるふくらみに気付いた。
そこにはハンカチに包まれたサファイアのネックレスがある。
「……」
レインは少し考えて、眉根を寄せ、けれどきゅっと唇を引き結んで、そのサファイアのネックレスを引きちぎった。
雫型のサファイアが連なるネックレスは、あっけなくちぎれてバラバラになった。
雫型のビーズ状になったサファイアが何粒も何粒も、レインの手のひらで転がる。レインはそれを、今もがたがたと走り続ける馬車の床の隙間から一粒ずつ、感覚を空けて落としていった。
男たちは馬に乗っているか馬車の御者をしている。隙間から落ちた小さなビーズなんかに気付かないだろう。
ユリウスが、これに気付いてくれるかは賭けだった。けれど、レインには死ぬつもりなどありはしなかった。
必ず、ユリウスの腕の中に帰るのだという決意があった。
アレンをぎゅっと抱きしめ、片手でサファイアを落とし続ける。
月明かりすら満足に入らない暗い馬車の中では、外の様子なんてわかりもしない。
どれだけ移動したのかも、わからない。遠くまで来たのかもしれない。
それでも、レインは信じていた。
ユリウスを――ユリウスが、このビーズという道しるべに気付いてくれることを信じる、自分こそを信じていた。
「……不思議ね、奴隷だった時、ずっと死にたいと思っていた私が、今、こんなにも生きたいと思っているなんて」
今の方が、ずっと絶望的な状況で、他者の暴力で死ぬかもしれないことは同じなのに、レインは今、絶対に生きるのだという意思を持っている。
――だって、あなたにもう一度、会いたいから。
ユリウス。彼の、琥珀色の目にもう一度映りたい。優しく抱きしめられたい。
そのためなら、きっとレインはなんだってできる。
馬の蹄の音と、車輪のガタつく音が夜の空に響く。
夜明けはまだずっと遠く。レインの陽光は、今、ここにありはしなかった。
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