あやかし探偵倶楽部、始めました!

えっちゃん

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1章.少女と付喪神

祖父

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 母屋の方から複数の大声が聞こえた気がして、解れた着物を繕っていた鈴は針を動かす手を止め、顔を上げて襖を見た。

「茶釜君、母屋の方が慌ただしいね。お客様を招いて宴会でもしているのかな? それにしては怒鳴り声もしない?」

 妖達が見えるようになってから母屋へ足を運んでいないため、使用人達の様子も分からないし伯父達の動きが全く分からない。
 母屋へ足を向けるといっても、鈴が入ることが許させるのは台所と使用人の居住区画のみで、伯父一家の生活空間には立ち入ったことはなかった。
 ただ、宴会にしては聞こえてくる声は怒号というか、悲鳴や物騒な音も混じっている気がするのだ。
 前足を伸ばして欠伸をした茶釜犬は、耳を立てて小刻みに動かす。

【んー、ヒヒイロ様が鈴のために動いてくれているんじゃないの? ヒヒイロ様は怖いけれど、鈴のことは護ろうとしているよー】
「緋さんが?」

 側を離れるために必要だと言って、鈴の手の側面に噛み付き血を啜った緋が何処へ行ったのか、何をするのかなど気にしていなかった。

【うん。だって今までは、選んだ相手の傍にくっついているってなかったと思うよ。鈴はヒヒイロ様にとって特別なんだよー】
「そんなことは……」

 ない、とは言いきれなかった。
 出会ってから数日しか経っていない鈴でも、口は悪くても緋が過保護で世話を焼きなのを実感していた。
 高梨家の護り刀として祀られていた緋は、恐らく妖達の中でも高い地位に居て畏れられている存在だろう。
 言うなればこの屋敷に棲む妖の親分。
 隷属契約を結んだからという理由でも、彼が鈴を気にかけてくれているの口は悪くても言葉の端々から伝わってくる。

(やたらと口煩いし、口が悪いけれど、緋さんは優しい。お父さんとかお兄さんって、こんな感じなのかな……)

 噛み付かれた手の側面を見る。
 犬歯による傷痕も、あれほど痛かった痛みも、何一つ残っていなかった。


 ***


 夕暮れ時になると母屋から漏れてくる音は静かになり、乾いた洗濯物を畳む鈴の周りでじゃれていた茶釜犬と毬猫は、動きを止めて耳を立てる。
 玄関の戸が開く音に続いて廊下を歩く数人の足音が聞こえ、鈴は出掛けていた緋が帰って来たのかと立ち上がった。

 カラリと音を立てて襖が開き、入室した訪問者の姿を見た鈴は目を瞬かせた。

「お前が、鈴か」

 廊下に居たのは、緋ではなく茜色の夕陽を背にして使用人に支えられて立つ翁だった。
 翁の白髪は茜色に染まり、姿の見えない緋の瞳の色を彷彿とさせた。

「娘に、美幸に、よく似ているな」

 室内へ足を踏み入れた翁は目を細め、頭の先から足元まで鈴を一瞥する。
 使用人に支えられながら手を伸ばし、震える指で鈴の手を取り彼女の手で包み込むように握った。

「今まで、苦しい生活を強いてしまい……すまなかった」

 状況を理解しきれていないで呆ける鈴へ翁は何度も頭を下げる。

「お前の父親が死んだ後、意地を張って幼い鈴を抱えた美幸を助けようとしなかった。御刀様が来てくれなければ何も出来なかった、愚かな爺を許しておくれ」

 嗚咽混じりに謝罪の言葉を言う翁の目から涙が溢れ出し、鈴の手に甲を濡らしていく。

 突然の展開に、理解が追い付いていなかった鈴はようやく彼が何者なのか分かった。

「泣かないで……お祖父様」

 項垂れて涙する祖父へ一歩近付き、握られていない方の手を伸ばした鈴は、震える背中をそっと撫でた。


「後処理で少し騒がしくなる。全てが終わるまで、鈴はこの離れで温かくして待っているんだよ」
「はい。お祖父様も無理しないでくださいね」

 鈴が幼い頃に亡くなった父親と逞しくて優しかった母親の話、高梨家へ引き取られてから今まであった出来事を一通り話し終えると、伯父一家のしでかした面倒事の片付けがあると言って、祖父は母屋へ戻って行った。

 名残惜しそうに、何度も離れの前に立つ鈴の方を振り返る祖父を見送り、鈴はあることに気が付き目を丸くした。
 長らく混濁していた意識が戻ったばかりで、体調も万全でなく使用人に支えられて歩く祖父の後ろ、祖父を守ろうとするかのように数匹の妖がついて行く。

(あっ!)

 飛び跳ねて近付いた毬猫が祖父の足元に擦り寄る姿を見て、鈴は微笑んだ。

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