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1章.少女と付喪神

“高梨鈴”が望んだもの

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 祖父を見送った鈴は、母屋へ戻った祖父の体調と何処かへ出掛けたまま帰って来ない緋のことが気になり、布団に入ってもなかなか寝付けないでいた。

 離れに居る妖達の半数は祖父を気にして母屋へ向かったため、今夜はとても静かで鈴は何度目かの寝返りを打つ。

(……あれ?)

 襖が開き誰かが部屋へ入って来る気配を感じ取り、頭までかぶっていた掛け布団から鈴は顔を半分だけを出す。

「緋さん?」

 薄暗い室内に射し込む月明かりに照らされ、緋が動く度に長い銀髪が煌めくのが眩しくて手で目元を隠した。

「まだ起きていたか」

 畳に片膝をついた緋は身を屈めて、掛け布団から顔を全部出した鈴と視線を合わせる。

「緋さん、お祖父様を助けてくれてありがとう」
「まだ章政に死んでもらうわけにはいかぬからな。それに、糧を得られないことに疑問を抱きつつ、蔵の中で眠っていた俺の責もある」

 自嘲の笑みを浮かべて、緋は鈴の目元を体温の低い大きな手で覆う。

「もう遅い。眠れ」
「うん」

 冷たくて心地よい手の平の感触を味わう間もなく、やって来た急激な眠気に襲われた鈴の意識はプツリと途切れた。


 翌日、迎えに来た使用人に連れられて母屋へ居を移した鈴は、敷地内から伯父一家が居なくなっていることを知った。
 強引に進めた事業へ失敗の責任を取るという理由で、遠方の親類の下へ送られていったのだと、女中同士が話しているのを偶然耳にした。

(お祖父様が動いたのね。もしかしたら、緋さんも……)

 この件には触れてはいけないのだと、察して母屋の者達に問うのは止めた。



「鈴、これからお前は高梨の姓を名乗りなさい」

 居間へ呼ばれ、座布団の上に座って直ぐに祖父から言われた言葉に、鈴は目を瞬かせた。

「高梨の姓、ですか? 私が名乗ってもいいのでしょうか……」

 伯父一家に母親の存在は無い者とされており、鈴の存在は高梨家とは縁もゆかりも無い“使用人以下”だった。

「そうだ。鈴は美幸の娘であり、このお爺の孫だ。そして御刀様に認められた鈴は、高梨家の正式な跡取りだ」
「それから、何か欲しい物はあるかい? 物でなくともやりたいことでもいい。実現可能なことであれば、このお爺が叶えよう」
「やりたいこと、ですか」

 朝食を済ませ、祖父から問われた鈴は眉尻を下げた。
 母屋の部屋に新しい服も贅を尽くした食事も与えられ、ずっと気にかけていた両親の墓も綺麗にしてもらった。これ以上、鈴に欲しい物は無い。

(今、一番私がやりたいことは……)

 形がある物でなくともよいのならば、何でも叶えてくれるのならば、望みはただ一つ。

「お祖父様、学校に通いたいです」

 欲しい物は、母親が存命でも生活に余裕が無くて、諦めていた学校に通い学ぶこと。
 書物だけでは得られない知識と、自分と同じくらいの年齢の学友と交流だった。


 ***


「学校に通いたい」

 愛娘の忘れ形見の孫からの初めてのお願いを叶えようと、その日のうちに章政の命令を受けた秘書が女学校の編入手続きに必要な書類を集めて来た。

 近隣の女学校のうち、鈴が選んだのは高梨家のから少し離れた立地に在る、清淑女学校だった。
 高梨家を出て寮に入ることに祖父は反対したが、高梨家の威光をあまり頼らず勉学に励みたいという鈴の意思は固く、話し合いの結果、編入することを許可してもらったのだ。
 女学校に付いて行こうとする緋と妖達を説得し、清淑女学校へ編入したのは一月前のこと。

 母親の形見の首飾りの力により隷属契約を結び、鈴の傍を離れられない緋が時折寮の部屋へやって来る以外、編入した学級で話せる友人も出来た。
 勉強も母親に教えてもらっていたことと、高梨家で自主勉強をしていたおかげで何とか付いていけている。夢描いていた学校生活は楽しく始まった、そう思っていた。

 五日前、穢れを纏った狐の妖が一人の教師を祟るまでは。
 賭博で失った給金分を稼ごうと、廃神社に忍び込み御神体を盗んだせいで怒った狐が祟り、祟られた男性教師、鈴が編入したクラスの担任していた金田先生は、異常な行動をとるようになった。
 
 突然奇声を発して四足歩行をして、止めようとした隣もクラスで授業をしていた教師や近くにいる生徒、誰彼かまわず襲いかかる姿は、発狂したのか狐憑きと呼ばれる症状そのものだった。
 たちまち教室内は、逃げ惑う生徒達の悲鳴で大混乱となった。

 黒色の靄に包まれた今田先生と目が合った瞬間、唸り声を上げたて鈴に飛びかかった。だが、教室内に姿を現した緋によって弾き飛ばされた。

「フッ、俺の妖気に気が付けないような矮小な妖が、鈴に手出ししようとするなど愚かだな」 
【グルルル……グガアァ!】

 怒りで我を忘れた金田先生に取り憑いていた妖は、人々の穢れを受けて狂暴化して巨大な狐となり緋に襲いかかり……あっけなく縛されたのだ。
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