9 / 11
九:卍
しおりを挟む
紛う事なき、致命傷だった。
小手先の贈り物などではなく、お前自身を寄越せと、そう言われているに他ならない。
筆を執り言葉を紡ぐ者にとって、これ以上の致命傷があるだろうか。
出自としても職業としても、様々な人間に会い、観察をしてきた方だと思う。清濁併せ呑んだとも自負していた。
だが、そうして二十七年生きてきた中で、こいつほど俺の精神を揺さぶってくる人間はいなかった。
なにしろ、全てが本心なのだ。
「演じるな」と、そう命じたのは俺であるのに、会う度にその危ういほどの純な言葉に翻弄されている。
こいつの反応が見たいばかりに、他の客があるのだという、当然のことすら考えられなくなっている有様だ。
俺の言葉を刻んでやろうと、そう思っていたはずなのに。
こいつには俺の『特別』になろうという意図も無ければ、ましてや恋慕をしている訳でもないというのに。
『沙華』という存在を刻み込まれているのは、俺の方だった。
「我妻さん。お借りした本を読破して思ったのですが、やはり『耽美』には精神性だけではなく、視認性も重要なのではないでしょうか。そういう意味では、俺の一見儚げな外見は素材として適している……そう、理解しました」
当の本人ときたら、大真面目な顔をして、これだ。
情緒も何もあったものではないが、言っている内容にはひどく興味を惹かれてしまうのが、悔しい。
「『支配』と『服従』、それらを徹底的なまでに表現する『視認性』……それは、これです」
沙華がずい、と俺の前に出してきたのは、紐……いや、縄だった。
素朴な麻縄で、艶やかさも装飾性もない、荷物でも雑に纏めるような――ただの縄だった。
「沙華、お前……まさか……」
「そう、緊縛です。これはただ加虐と被虐が交錯しているだけではなく、『耽美』という観点から見て、非常に鑑賞性に優れたものなのではないでしょうか。俺の肌は色が白いので、縄目がよく映えると思うんです。さあ、どうぞ」
恐ろしいほど冷静で、論理的で、間違っていた。
もしかしたら『天才』とは、こういう静かな狂気のことを呼ぶのかもしれない。
そう、この瞬間、俺は理解した。
沙華は、『こちら側』の人間だ。
己すら素材にして、芸術を、耽美を、表現する側なのだ。
ならば俺が為すべきは、この特異な才能と共に、美を追求することだ。
だが、それに当たってひとつ問題があった。
「……沙華。俺にはこれまで、緊縛の経験が無いんだが……」
震える声で申告すると、沙華は淡く微笑んだ。
「心配要りません。俺に何度か、客の要望で縛られた経験があります。鏡を見ながらなら手順を再現できると思うので、手伝ってもらえますか?」
そんな要望には応えなくていい、と喉まで出かかった。
だが、いろんな意味で俺には言う資格が無いと気付いてしまい、声にすることは出来なかった。
白い首、華奢な手首、しなやかな肩。
透けるような肌に縄目が走る光景を脳裏に浮かべると、一瞬で呼吸が止まってしまう。
そうしたい、と考えた人間の欲望が、理解出来てしまう。
そしてこの美しい少年は、それを淡々と受け止め、ただ昇華しようとしているのだ。
俺が頷くと、沙華は部屋の隅から身支度用の全身鏡を運んできて、その前に立った。
手順を聞きながら縄を繰り、沙華の体を縛り上げていくと、なるほどと思わざるを得なかった。
そして沙華もまた、己の体を締め付けられて時折息を詰まらせながらも、ふと真顔で呟いた。
「……耽美というのは、“形にするまでの過程”も美しいんですね。文章も、こうやって造形していくものなんでしょうか」
その言葉に、胸の奥深くの想いを裏打ちされる。
そう。これは、縛る対象もさる事ながら、組み上がる縄の走り方自体にも、精緻な美しさがある。
芸術的造形と言って差し支えのない、まさに耽美に値するものだった。
文章も同じだ。選び取り、操り、組み上げていくことで『意味を持つ造形』が生まれる。
この子は情緒が限りなく薄いのに、理屈の側から芸術を解体できてしまう、観察力と思考力を持っているのだ。
沙華の肩、腕、胸元へと縄が走っていく。
滑らかな白い肌と着物の布地には、荒い縄の影が落ちて、そのコントラストだけで呼吸が浅くなる。
最後の結び目を整えた時、鏡の中には、俺が視たことのない“像”が立っていた。
白磁のような肌に食い込む縄目。
わずかに乱れた呼吸で上下する胸。
それを鏡越しに冷静に見つめ返す、紅の瞳。
「……綺麗だ……」
声が、勝手に漏れていた。
客としての賞賛でも、作家としての観察でもない。
もっと原始的で、抗いようのない衝動。
縛られたままの沙華の目線が、鏡の中の自分を、頭の上から足の先まで追っていく。
「……ああ、これは、確かに。実際に縛られた自分の姿を見るのは初めてですが、俺という素材で耽美を表現するのには、適した方向性ですね」
一片の羞恥も無い、客観的で観察的な感想だった。
「適した方向どころか、これは完成形と言っていい造形だぞ……しかし、苦しくはないのか……?」
沙華は俺の問いにわずかに首を傾げ、縄に締め上げられた身体のまま見上げてくる。
その仕草ですら、目を離せなくなるような造形美だった。
「動かせませんし締め付けも少しはありますが、見た目ほどには苦しくないんですよ。これ、視認性をよく考えられている縛り方なんですね」
沙華の淡々とした声と、縛られた肢体のあまりのアンバランスに、頭がくらくらしてくる。
そして沙華は、期待とも挑発ともつかない目で俺を見て、言った。
「……それに、これはまだ準備です。この『服従』は、あなたに『支配』されて初めて耽美の形になる。……我妻さん。俺を、完成させて下さい」
その瞬間、俺の中の“作家”も“男”も、同時に膝をついた。
「……っ、ぁ……」
鏡の前で、沙華を後ろから抱えながら、その肌に触れた。
態度は冷静だったが、緊縛で感覚が開いているのか、その肩は僅かに震えて小さな声を漏らす。
その一滴の『人間性』が、この美しい造形物を支配したいという欲望を煽り立てた。
「……動くな。鏡の中の自分を、よく見ていろ」
耳元で囁くと、沙華の体がびくんと一瞬跳ね、そして鏡越しの俺に柔らかく微笑んだ。
「……はい。我妻さん。あなたが、俺をどう完成させるのか……見せてください」
その声音はひどく静かなのに、鏡の中の紅い瞳だけが、微かに熱を帯びていた。
「……んっ、……ぁ……」
晒された首筋や肩口に、唇で赤い痕を付けていく。
肌の白さと無骨な縄に、艶かしい赤が加わって、沙華の造形はより背徳的な美しさに変化する。
「沙華……見えるか?お前が俺に支配されている、印が……」
「はい、見えます……俺に、我妻さんの色が、付いています……」
沙華は恍惚を孕んだ震える声で、自分の見ている光景を描写する。その頬は微かに上気していた。
それは服従の喜びなのか、造形として完成する期待なのか、それともその両方なのか。
「ああ……俺、演じていないのに……こんなに『人間』みたいな顔を、しているんだ……」
その呟きは俺に聞かせるというより、鏡の中の自分への、戸惑いのような響きだった。
虚無で満ちていた己の内部に火が灯っていくことに、未だ恐れがあるのかもしれない。
「お前は『人間』だよ、沙華。俺がそれを、見せてやる」
沙華の脚に縄と共に纏わりついている着物の裾をたくし上げ、下腹部を晒け出させる。
鏡越しにも見えるように脚を開かせ、屹立した昂りを秘部にゆっくりとねじ込んでいった。
「やっ……ぁ、あ……ッ!」
自由を奪われて身じろぎすらできない肢体が、湧き上がる快楽にわななく。
しかしその赤い目はしっかりと見開かれ、支配の楔を打ち込まれ蹂躙される己の姿を見ていた。
「あ、あ……はいって、る……っ、俺のなか、ぜんぶ……」
うわ言のように漏れる言葉は、ほとんど要領を得ていないものだ。
それこそが人間性の発露を自ら視認した沙華の、その体の深部に不可逆が刻まれた証だった。
「や、ぁ、あがつま、さん……っ、きもち、いいよぉ……ッ」
素の状態でも保たれていた敬語が崩れ、突き上げられる度に涙を流しながら、耐え難い快楽を訴えてくる。
この美しい崩壊が人間のものでなければ、一体なんだというのか。
「ひ……っ、ぁ、あぁ……っ!」
切なげな悲鳴をあげて、全身を縄を食い込ませながら達した沙華の嬌羞は、支配と服従が絡み合う『耽美』として見事に完成していた。
くたりと脱力して放心する沙華の体を支えながら、縄の結び目を解いていった。
着物の上から縛ったとはいえ、肌が晒されていた箇所には縄の痕がくっきりと残っている。
それが未だ赤い縄に縛られているかに見せて、情欲の残火のようだった。
「……沙華、痛くはないか?傷跡にならないといいんだが……」
「……ふふ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、食い込んだ跡が残っているだけなので。そこまで痛くはないです」
沙華は解放された体の自由を確かめるように、軽く伸びをする。
その顔はいつも通りの、柔らかくも静かな微笑みだった。
「……すみません。耽美としての表現を見定めるつもりだったんですが、自分の反応が思っていた以上で……ただ羞恥で乱れただけに、終わってしまいました……」
「……沙華。むしろその刹那的な崩壊こそが、俺は耽美であると思う。お前は人間性を発露してこそ、真に美しくなるんだよ」
そう言って頭を撫でると、「そういうものですか」と短く頷いてなにやら考え込んでいた。
また沙華の中の耽美が、飛躍した方向に更新されたのだろうか。
この紙一重な天才表現者の新たな境地がなんであるのか、楽しみなような不安なような、複雑な心持ちになった。
小手先の贈り物などではなく、お前自身を寄越せと、そう言われているに他ならない。
筆を執り言葉を紡ぐ者にとって、これ以上の致命傷があるだろうか。
出自としても職業としても、様々な人間に会い、観察をしてきた方だと思う。清濁併せ呑んだとも自負していた。
だが、そうして二十七年生きてきた中で、こいつほど俺の精神を揺さぶってくる人間はいなかった。
なにしろ、全てが本心なのだ。
「演じるな」と、そう命じたのは俺であるのに、会う度にその危ういほどの純な言葉に翻弄されている。
こいつの反応が見たいばかりに、他の客があるのだという、当然のことすら考えられなくなっている有様だ。
俺の言葉を刻んでやろうと、そう思っていたはずなのに。
こいつには俺の『特別』になろうという意図も無ければ、ましてや恋慕をしている訳でもないというのに。
『沙華』という存在を刻み込まれているのは、俺の方だった。
「我妻さん。お借りした本を読破して思ったのですが、やはり『耽美』には精神性だけではなく、視認性も重要なのではないでしょうか。そういう意味では、俺の一見儚げな外見は素材として適している……そう、理解しました」
当の本人ときたら、大真面目な顔をして、これだ。
情緒も何もあったものではないが、言っている内容にはひどく興味を惹かれてしまうのが、悔しい。
「『支配』と『服従』、それらを徹底的なまでに表現する『視認性』……それは、これです」
沙華がずい、と俺の前に出してきたのは、紐……いや、縄だった。
素朴な麻縄で、艶やかさも装飾性もない、荷物でも雑に纏めるような――ただの縄だった。
「沙華、お前……まさか……」
「そう、緊縛です。これはただ加虐と被虐が交錯しているだけではなく、『耽美』という観点から見て、非常に鑑賞性に優れたものなのではないでしょうか。俺の肌は色が白いので、縄目がよく映えると思うんです。さあ、どうぞ」
恐ろしいほど冷静で、論理的で、間違っていた。
もしかしたら『天才』とは、こういう静かな狂気のことを呼ぶのかもしれない。
そう、この瞬間、俺は理解した。
沙華は、『こちら側』の人間だ。
己すら素材にして、芸術を、耽美を、表現する側なのだ。
ならば俺が為すべきは、この特異な才能と共に、美を追求することだ。
だが、それに当たってひとつ問題があった。
「……沙華。俺にはこれまで、緊縛の経験が無いんだが……」
震える声で申告すると、沙華は淡く微笑んだ。
「心配要りません。俺に何度か、客の要望で縛られた経験があります。鏡を見ながらなら手順を再現できると思うので、手伝ってもらえますか?」
そんな要望には応えなくていい、と喉まで出かかった。
だが、いろんな意味で俺には言う資格が無いと気付いてしまい、声にすることは出来なかった。
白い首、華奢な手首、しなやかな肩。
透けるような肌に縄目が走る光景を脳裏に浮かべると、一瞬で呼吸が止まってしまう。
そうしたい、と考えた人間の欲望が、理解出来てしまう。
そしてこの美しい少年は、それを淡々と受け止め、ただ昇華しようとしているのだ。
俺が頷くと、沙華は部屋の隅から身支度用の全身鏡を運んできて、その前に立った。
手順を聞きながら縄を繰り、沙華の体を縛り上げていくと、なるほどと思わざるを得なかった。
そして沙華もまた、己の体を締め付けられて時折息を詰まらせながらも、ふと真顔で呟いた。
「……耽美というのは、“形にするまでの過程”も美しいんですね。文章も、こうやって造形していくものなんでしょうか」
その言葉に、胸の奥深くの想いを裏打ちされる。
そう。これは、縛る対象もさる事ながら、組み上がる縄の走り方自体にも、精緻な美しさがある。
芸術的造形と言って差し支えのない、まさに耽美に値するものだった。
文章も同じだ。選び取り、操り、組み上げていくことで『意味を持つ造形』が生まれる。
この子は情緒が限りなく薄いのに、理屈の側から芸術を解体できてしまう、観察力と思考力を持っているのだ。
沙華の肩、腕、胸元へと縄が走っていく。
滑らかな白い肌と着物の布地には、荒い縄の影が落ちて、そのコントラストだけで呼吸が浅くなる。
最後の結び目を整えた時、鏡の中には、俺が視たことのない“像”が立っていた。
白磁のような肌に食い込む縄目。
わずかに乱れた呼吸で上下する胸。
それを鏡越しに冷静に見つめ返す、紅の瞳。
「……綺麗だ……」
声が、勝手に漏れていた。
客としての賞賛でも、作家としての観察でもない。
もっと原始的で、抗いようのない衝動。
縛られたままの沙華の目線が、鏡の中の自分を、頭の上から足の先まで追っていく。
「……ああ、これは、確かに。実際に縛られた自分の姿を見るのは初めてですが、俺という素材で耽美を表現するのには、適した方向性ですね」
一片の羞恥も無い、客観的で観察的な感想だった。
「適した方向どころか、これは完成形と言っていい造形だぞ……しかし、苦しくはないのか……?」
沙華は俺の問いにわずかに首を傾げ、縄に締め上げられた身体のまま見上げてくる。
その仕草ですら、目を離せなくなるような造形美だった。
「動かせませんし締め付けも少しはありますが、見た目ほどには苦しくないんですよ。これ、視認性をよく考えられている縛り方なんですね」
沙華の淡々とした声と、縛られた肢体のあまりのアンバランスに、頭がくらくらしてくる。
そして沙華は、期待とも挑発ともつかない目で俺を見て、言った。
「……それに、これはまだ準備です。この『服従』は、あなたに『支配』されて初めて耽美の形になる。……我妻さん。俺を、完成させて下さい」
その瞬間、俺の中の“作家”も“男”も、同時に膝をついた。
「……っ、ぁ……」
鏡の前で、沙華を後ろから抱えながら、その肌に触れた。
態度は冷静だったが、緊縛で感覚が開いているのか、その肩は僅かに震えて小さな声を漏らす。
その一滴の『人間性』が、この美しい造形物を支配したいという欲望を煽り立てた。
「……動くな。鏡の中の自分を、よく見ていろ」
耳元で囁くと、沙華の体がびくんと一瞬跳ね、そして鏡越しの俺に柔らかく微笑んだ。
「……はい。我妻さん。あなたが、俺をどう完成させるのか……見せてください」
その声音はひどく静かなのに、鏡の中の紅い瞳だけが、微かに熱を帯びていた。
「……んっ、……ぁ……」
晒された首筋や肩口に、唇で赤い痕を付けていく。
肌の白さと無骨な縄に、艶かしい赤が加わって、沙華の造形はより背徳的な美しさに変化する。
「沙華……見えるか?お前が俺に支配されている、印が……」
「はい、見えます……俺に、我妻さんの色が、付いています……」
沙華は恍惚を孕んだ震える声で、自分の見ている光景を描写する。その頬は微かに上気していた。
それは服従の喜びなのか、造形として完成する期待なのか、それともその両方なのか。
「ああ……俺、演じていないのに……こんなに『人間』みたいな顔を、しているんだ……」
その呟きは俺に聞かせるというより、鏡の中の自分への、戸惑いのような響きだった。
虚無で満ちていた己の内部に火が灯っていくことに、未だ恐れがあるのかもしれない。
「お前は『人間』だよ、沙華。俺がそれを、見せてやる」
沙華の脚に縄と共に纏わりついている着物の裾をたくし上げ、下腹部を晒け出させる。
鏡越しにも見えるように脚を開かせ、屹立した昂りを秘部にゆっくりとねじ込んでいった。
「やっ……ぁ、あ……ッ!」
自由を奪われて身じろぎすらできない肢体が、湧き上がる快楽にわななく。
しかしその赤い目はしっかりと見開かれ、支配の楔を打ち込まれ蹂躙される己の姿を見ていた。
「あ、あ……はいって、る……っ、俺のなか、ぜんぶ……」
うわ言のように漏れる言葉は、ほとんど要領を得ていないものだ。
それこそが人間性の発露を自ら視認した沙華の、その体の深部に不可逆が刻まれた証だった。
「や、ぁ、あがつま、さん……っ、きもち、いいよぉ……ッ」
素の状態でも保たれていた敬語が崩れ、突き上げられる度に涙を流しながら、耐え難い快楽を訴えてくる。
この美しい崩壊が人間のものでなければ、一体なんだというのか。
「ひ……っ、ぁ、あぁ……っ!」
切なげな悲鳴をあげて、全身を縄を食い込ませながら達した沙華の嬌羞は、支配と服従が絡み合う『耽美』として見事に完成していた。
くたりと脱力して放心する沙華の体を支えながら、縄の結び目を解いていった。
着物の上から縛ったとはいえ、肌が晒されていた箇所には縄の痕がくっきりと残っている。
それが未だ赤い縄に縛られているかに見せて、情欲の残火のようだった。
「……沙華、痛くはないか?傷跡にならないといいんだが……」
「……ふふ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、食い込んだ跡が残っているだけなので。そこまで痛くはないです」
沙華は解放された体の自由を確かめるように、軽く伸びをする。
その顔はいつも通りの、柔らかくも静かな微笑みだった。
「……すみません。耽美としての表現を見定めるつもりだったんですが、自分の反応が思っていた以上で……ただ羞恥で乱れただけに、終わってしまいました……」
「……沙華。むしろその刹那的な崩壊こそが、俺は耽美であると思う。お前は人間性を発露してこそ、真に美しくなるんだよ」
そう言って頭を撫でると、「そういうものですか」と短く頷いてなにやら考え込んでいた。
また沙華の中の耽美が、飛躍した方向に更新されたのだろうか。
この紙一重な天才表現者の新たな境地がなんであるのか、楽しみなような不安なような、複雑な心持ちになった。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる