【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

文字の大きさ
4 / 26

「ウォル、少し屈んでください」

しおりを挟む

 翌朝、いい匂いがして目が覚めた。

 なんでこんなにいい匂いがするんだろうと寝惚ねぼまなここすっていると、だんだん記憶がはっきりしてくる。
 ーーそういえば皇弟殿下がいたんだった。

 匂いに誘われて寝巻きのまま寝室を出た。小さな食卓にはどこから出てきたのかと思うくらい、立派な朝食が並んでいた。

 昨日の猪肉の香草焼きは付け合わせの焼き野菜が増え、久しぶりに見るパンにスープまで並んでいる。
 フィルエシュカ一人の時には考えられないような、ご馳走。

「パン!! ふわぁあ……」

 食卓に並ぶパンを間近で見ようと身を屈める。
 夢じゃない、本物のパンだと感動していたところへ水を差したのは、男の声だった。

「こら。娘がそんな格好で歩き回るな」

(ーーお父さんか!!)

 この人もやっぱり夢じゃなかった。
 
 男はーーウォルフリートは、くどくどと口うるさい。
 けどそのやり取りが、抱いていた緊張を解いてくれた。

「髪もぼさぼさじゃないか。朝飯にするからきちんと着替えて来い」
「はーい」
「返事ははい、だ」

 着替えてくると、ウォルフリートも椅子に座って食卓についていた。
 どこから椅子が出てきたのだろうと覗き込むと、早く席につけと言われる。

「冷めないうちに食べろ」
「い、頂きます」

 そしてその朝ごはんは、一人暮らしになってから食べた朝ごはんの中で一番美味しかった。
 
 男はその大きな体格からは想像出来ないほど美しい所作で、しかもフィルエシュカより早く食べ終えた。
 食後は向かいに座る自分をじっと眺めてくる。

「……美味いか?」
「はい」
「ちゃんと噛めよ」

 あまり行儀の良くない自分に早く食べろでも、綺麗に食べろでもなく、ちゃんと噛めと言ってくることにほっとする。ごくんと飲み込んでから、ウォルフリートに礼を言った。

「美味しいです。作ってくれてありがとうございます」
「ああ」

 残念ながらその顔に昨日見せてくれたような笑顔はなかった。でも、もうそれほど怖くはない。
 あまり気負わず家族が増えたと思えば、さして大変ではないのかもしれない。作ってくれるご飯がすごく美味しいし。呪いを解くまでだし。

 こうしてフィルエシュカの家に奇妙な居候いそうろうが増えたのである。



 絶品の朝ご飯を頂いてまったりしていると、ウォルフリートが手首の薬草を取り替えてくれるという。素直に手を差し出して好意に甘えることにした。

「痛むか?」

 昨日と同じく跪いて手当てする男の表情はあまり変わらない。けれど少し気にしているのかもしれない。
 声が強張っていた。
 痛くない、と答えるとその眉間に深く皺が刻まれる。

「ーー本当に悪かった」

 気にしないでと言っても、手当てしてくれてありがとうと言っても、一向に眉間の皺が取れる気配がないので、そのままにしておくことにした。
 骨には問題ないのだ。いずれ治る。
 治ればこんな怪我のこと、この人だってきっと忘れるだろう。

 手当ての間は暇なので一晩で増えた物の数を数えていた。

(椅子に食器にーーこの食材、どこから持ってきたの?)

 この家にはなんでも自分一人分しか無い。余分な物は置いていないのだ。
 まさか元から持っていたのだろうか。
 そう聞くと布を巻き終わった男はフィルエシュカの手首を離して立ち上がった。

「椅子は昨夜作った。小麦と食器は元々俺が持ち歩いていたものだ。野菜は畑から食えそうなものを持ってきた」
「それは……貴重なものを、すみません」

 小麦は村か町まで行けば手に入るが、こんな森の奥では貴重品といえる。

「大したものではない」

 そしてせわしなく洗い物、つくろい物、薬草の処理などに動き回る。
 随分と働き者の男だ。本当に皇族なのかと疑うのは何度目になるだろう。
 全ての仕事を奪われた以上、フィルエシュカに出来ることは動く男を眺めることだけだった。あっという間に部屋の中の仕事を終えた男はこちらに向き直る。

「今日は畑を直して、残りの食えるものを救出する。農具はどこだ?」
「小屋の裏の物置です」

 ありがたやありがたやと、ついつい男を拝みそうになる。今のこの手では畑を直すのは無理だっただろう。
 怪我はさせられたが、もうそれ以上の償いはしてもらった、と思う。

 自分の畑なのだから何もかもさせるのは申し訳ないと腰をあげた。しかし目敏めざとく、座っていろ、休んでいろと言ってくる男は、フィルエシュカが働くのを許さない。

(畑、畑……あ、そうだ)

 思いつくと、その大きな体に近寄って服のそでを引いた。
 少し恥ずかしいが残された自分に出来ることといえばこれくらいだ。

「ウォル、少し屈んでください」
「こうか」

 何も疑わず腰を曲げて頭を下げた男の頬に唇を寄せた。

(ダニとノミとひるがくっつきませんように)

 念じてすぐ唇を離す。
 男の体がほのかに光の薄衣うすごろもまとっているのを見て、これでよしと頷いた。

「なーー」
「これでダニとノミと蛭には襲われませんよ。畑をよろしくお願いします」

 頑張って直してくれという気持ちを込めて笑いかけると、背筋を伸ばした男にごつんと頭を殴られた。

「ひゃん!」
「百年早い!!」

 そしてぷりぷりしながら出て行ってしまった。

(なんで怒るの?)

 自分の頭をさすりながら、納得いかない気持ちでいた。恥ずかしいのを我慢してまじないをしてあげたのに怒られる理由がよく分からない。
 でも手加減はしてくれたのだろう。痛みはすぐひいた。

 やることがそれでなくなったので、お気に入りのガラス窓の側に椅子を持っていく。
 そこからは畑を直すウォルフリートの姿がよく見えた。
 見れば見るほど、彼は立派な風采ふうさいをしている。
 雲が数え切れないほど流れていく間、眺めていた。まだ自分の家に皇族がいるだなんて信じられない。

(……早く呪いを解いてあげなくちゃ)

 ウォルフリートはその為に五年も旅してきたのだ。
 これ以上待たせるのは気の毒すぎる。

 窓辺に腕を置き、その上に顎を乗せた。
 動き回る姿を眺めるうちに寝てしまったのだと気付いたのは、戻ってきたその人に揺り起こされた時だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

愛されヒロインの姉と、眼中外の妹のわたし

香月文香
恋愛
わが国の騎士団の精鋭二人が、治癒士の少女マリアンテを中心とする三角関係を作っているというのは、王宮では当然の常識だった。  治癒士、マリアンテ・リリベルは十八歳。容貌可憐な心優しい少女で、いつもにこやかな笑顔で周囲を癒す人気者。  そんな彼女を巡る男はヨシュア・カレンデュラとハル・シオニア。  二人とも騎士団の「双璧」と呼ばれる優秀な騎士で、ヨシュアは堅物、ハルは軽薄と気質は真逆だったが、女の好みは同じだった。  これは見目麗しい男女の三角関係の物語――ではなく。  そのかたわらで、誰の眼中にも入らない妹のわたしの物語だ。 ※他サイトにも投稿しています

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

処理中です...