【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「誰に、何のまじないをかけるんだ」

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 フィルエシュカの毎日はこの上なく充実していた。
 主に食事の面で。

「ウォル、これ美味しいです。これ何?」

 それは、ウォルフリートが畑を直してくれた翌日の朝ご飯だった。

 衝撃的な料理が食卓に上がったのだ。
 畑から救い出された芋。焼いたその芋にかけられていたのは、白みがかった黄色い食べ物。
 初めて見るそれは、とろりとして持ち上げたらやっぱり伸びて。恐る恐る口に入れた途端やってくるのは塩気と、なんとも言えない香りとまろやかさ。

 びっくりするくらい美味しくて、毎日でも食べたい味だった。
 男は驚いた目をこちらに向ける。

「チーズだが……知らんのか?」
「ちぃず? 知りませんでした。すごい美味しいぃ……」

 はふはふと熱々のそれを食べていると、ウォルフリートが彼のお皿の中のチーズと芋をフィルエシュカの皿に移した。

「……俺の分も食べると良い」

 その瞬間、急に彼が輝いて見えた。

(ウォル、なんていい人!)

 それからは怖さも遠慮もなくなって、よく男の後をついて回るようになった。どうせ仕事もさせて貰えず暇だったし、ウォルフリートは何をするにしても上手だったから、お手本にできるのだ。

 採ってきた薬草を選別して種類ごとに乾燥させる姿を隣で眺めていた時、男は不思議そうにぽつりとたずねてきた。

「つまらなくないか?」
「いえ、楽しいです」

 料理、繕い物、大工仕事に畑仕事。
 森の中で得られる食べ物の見つけ方、毒性植物の見分け方。
 ウォルフリートは、知識と技術の宝庫だった。

 フィルエシュカの家はかなりぼろぼろらしく、男は何かしらずっと動き回って働いていた。
 小屋の壁や外の塀に増える修理の跡。男が作った椅子や棚、繕ってくれたカーテン。
 それらを目にするたび心にぽっと一輪、花が咲くようだった。

 彼が解体した猪肉は新鮮なうちに食べられる分を除いて、残りは塩漬けにされていた。
 これを干して燻製するとひと冬食べ続けられるのだという。
 塩漬けの終わった猪肉を風通しの良い場所に干す男に、しみじみ思うことをそのまま口にした。

「ウォルには申し訳ないですし、呪いを解くためなのは分かってますが、ウォルが来てくれて良かったです」

 五年も一人で暮らしていたせいか、誰かが一緒にいるだけで楽しいということさえ、忘れていた。
 猪肉を干すウォルフリートの手は一度止まったが「そうか」という短い返事のあとは変わらず手際良く動くのだった。

 そんな日々が続いたある日のこと。フィルエシュカは台所で立ちつくしていた。

「……フィルエシュカ」
「……はい」

 焦げ臭い匂いが鼻をつく。
 立ちつくす自分の隣には、腕を組んだ眼光鋭い男の姿がある。

「これは、なんだ?」

 何でしょうねと聞き返したらきっとすごく怒るだろうな、と思った。
 フィルエシュカの目の前には黒い煙をあげる黒い塊が、鉄製のフライパンの中で泣いていた。

「……猪肉の、焼いたの」
「炭の間違いだろうが」

 長い溜め息をつく男は、肩を落としている。
 こんな風に呆れさせてしまうのはこれが初めてではない。

 大工仕事や冬を迎える準備で忙しいウォルフリートをずっと見ていた。その間、自分の家のことなのに何もしないのを申し訳なく思っていた。
 だから出来そうなことをしようとしたのだ。手もだいぶ良くなってきているのだし料理くらいは、と。

 結果、貴重な肉の一塊を炭にしてしまった。

「ごめんなさい……」
「もういい。外側をげば食えないこともないだろう」

 そう言ってフライパンから炭を取り出して、ナイフで焦げた部分を落としていく。
 申し訳なさしかなかった。

 彼がこの家で精力的に家事を始めてからというもの、自分のポンコツっぷりが少しずつ暴かれている。
 芋の皮を剥けば松笠みたいになってしまうし、初めて焼いたパンはカチカチになった。挙句、肉はご覧の通りの黒焦げだ。

(一人の時は何とかやれてたのに)

 ウォルフリートがこれまでどうやって生活していたのかと聞いてくるのも当然である。
 なおこれまで芋は、芽だけ取って丸ごと茹でていた。

 フィルエシュカが一人暮らしを始めたのは五年前。最寄りの村の村長が持っていたこの小屋を譲って貰い、簡単に掃除をして住み始めてからになる。
 このポンコツぶりからも分かる通り、一人で生きていくには心許なくて、その村の人達やたまに来る行商人の手を借りてきた。
 もちろんただではなかったが、みんな優しい。

 そう答えた後からウォルフリートは、ちょっと優しくなった。

 落ち込んでいたところへ、ぽんと頭の上に手が置かれる。

「気にするな。飯にしよう」

 外側を上手く削いだ肉はなんとか食べることができた。
 そして食後の洗い物をするのはウォルフリートだ。肉と一緒に黒くなったフライパンは男の強い力で何とか元の姿に戻っている。こちらに背を向けたまま話す姿にも見慣れてきた。

「明日、村に行ってくる。ここに来る途中寄った村だが、かなり豊かだった。あそこなら多少は余裕があるだろう」
「もしかしてチセ村ですか?」

 フィルエシュカが時々世話になっている村だ。
 色々と足りない物があるので、加工済みの猪の牙や毛皮と交換して貰うらしい。

「多分もうすぐ行商の人も来ますけど」

 冬の前にいつも来てくれる行商人。来ると、ひと冬分の薪に塩と油、その時手に入っている食料を譲ってくれるのだ。
 その人が来るまで待てば良いのではと思ったがそうも行かないらしい。

「その行商人は俺がいることを知らないだろう」
「あっ」

 言われてやっと思い至る。
 今年の冬は、一人分の準備じゃ足りないのだと。
 それなら自分も村に行くと言えば、男がそろりと振り返る。

 足手纏いを嫌がる顔だった。

「一人で十分だ。頼むから、家で大人しくしててくれ」

 そう言うと話は終わりとばかりにまた洗い物に戻ってしまう。

「待ってください!」

 すっかり何かさせれば問題を起こすと思われている。けれどフィルエシュカには村に行かねばならない理由が幾つかあった。

「村のまじないがそろそろ切れる頃なんです。かけ直しに行かなきゃ」

 この小屋のある森から最も近いチセ村には、年に何度か足を向けている。
 村の畑や家畜を守る塀にこの小屋と同じようなまじないをかけさせて貰うためだった。

(まじないのお礼に色々貰えるし)

 貰いすぎると村に負担がかかるから良くはないが、獣の食害を退けた分の一部くらいは対価を望んでもいいだろう。
 今回は出来ればウォルフリート用に色々雑貨を融通して貰いたいところだ。石鹸とか。

 その他にも理由はあるのだが、口にしようとしたところで男のまとう空気が一変した。

「……まじない」

 呟いた男は、ゆっくり振り返る。ぎしりという音が聞こえてきそうだ。

「ーー誰にかけるんだ」
「え?」

 男は濡れた手を拭いて食卓に座ったままの自分の前までずんずんと歩いてきた。
 
「誰に、何のまじないをかけるんだ」

 立ち止まり、見下ろしてくる表情は険しい。眉間には深く皺が刻まれ、深緑の視線は全身に突き刺さり、フィルエシュカを椅子に縫い留めた。

「む、村じゅうに、先日と同じようなの、ですけど」

 畑や家畜小屋は村じゅうの人が持っているので、誰にと聞かれても困る。あえて言うなら全員だ。
 男の口角が少し上がった。

「ほう。お前は村全体に口付けして回るのか?」

 苛立つような、怒っているような声だ。なぜウォルフリートがそんな風に言うのかが分からず首を傾げる。
 まじないをかけるには唇を寄せなければならないが、もしかしてそれが嫌なのだろうか。
 思い返せば先日ダニ避けのまじないをした時も怒っていた気がする。

「まぁ、そう、なります」

 こくりと頷けば、それまで立っていたウォルフリートは食卓を挟んだ向こうにあった椅子を引き寄せ、フィルエシュカのすぐ横に腰を下ろす。動けば互いの足が触れそうなほど、近い。

「いつからそんなことをしている」
「え、あの……ここに住んでから、です」

 初めはまじないについて半信半疑だったチセ村の人達も、今では受け入れてくれている。と思う。
 
「た、たぶん、喜んで貰えてます、よ?」

 この辺は温暖で雪が積もることはないが、その分、猪や狼が出る。フィルエシュカが来るまでは畑を荒らされることはしょっちゅうあったらしい。
 ウォルフリートは一際ひときわ低い声でボソリと呟いた。

「……こんな子供に」

 そして、フィルエシュカの顎を掴んだ。
 頬っぺたごと掴まれたので、勝手に口が突き出てしまう。
 その手を離させようと掴むも、びくともしなかった。

「にゃにふゆんでふか!」
「お前が悪い。良い機会だ。俺がしっかりそいつらに挨拶してやろう。ずいぶん世話になってきたようだからな」

(ーー保護者か!)

 手はすぐ離された。強引に形を変えられていた頬を自分の手で元に戻す。
 抗議するように見つめれば更に強い眼力で睨み返される。口から小さな悲鳴が漏れた。

「明日は夜明けと共に出る。楽しみだな? フィルエシュカ」
「ひぇ……」

 その笑顔があまりにも怖いものだから、村に行くもうひとつの目的までは、言えなかった。
 
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