【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「帰ったらすぐ手当てしてやる」

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 光を背負って助けに来てくれたその姿は、まるで母がしてくれた寝物語の王子様のようだった。
 いつかこんな王子様のお嫁さんになりたいと言った自分に、子煩悩の父が不貞腐れていた思い出までが、一気に胸を駆け巡る。

(……ウォル!)

 男は扉を開けた次の一瞬で室内の状況を把握し、拘束されているフィルエシュカを見つけた。そして犬歯を剥き出しにするほど激怒した。

「貴様!!」

 ウォルフリートは猛獣のような身のこなしでディルクに掴み掛かる。
 背後から急に襲われたディルクが事態に気がつくより前に、その体は食卓の反対側の床へと叩きつけられていた。

「ぐわっ!!」

(ひぇっ……!?)

 投げ飛ばされたのは自分ではない。けれど衝撃音に目を瞑ってしまった。開けると、すでにディルクは床の上で完全に伸びていた。

「あ……」

 まさか死んだのではと、確認の為に立ちあがろうにも体に力が入らない。座った姿勢のまま倒れ込みそうになった。

「フィルエシュカ!」

 気づいたウォルフリートがこちらに駆け寄ってくる。彼はそのまま、椅子から崩れ落ちそうになっているフィルエシュカの体を支えてくれた。
 その手の温かさに、ほぅ、と息をつく。血が全身に行き渡る気がした。

 駆け寄ってきた男の顔は険しい。

「……怪我をしているのか」

 その視線は服の隙間から覗く鎖骨と手首に注がれている。
 現場を抑えられた以上、ディルクを庇うのは難しいだろう。

「ちょっとです……」

 一応そうは言うが、とても痛かったのでおそらくは酷い痣になっているはずだ。みるみるうちに蒼白になっていくウォルフリートに、逆にこちらが心配になる。

「ウォ、ウォル、あの」
「ーーあいつをどうして欲しい? この村から追放するか? 騎士団を呼んで捕縛してから処刑か? それとも男娼として貴族に売り捌いてやろうか?」
「ひぇ……!?」

 男の目を見れば冗談を言っているわけではないということがすぐに分かる。
 まだ上手く力の入らない体を叱咤して首を振った。

「そ、そこまで、しなくて、いいです」

 ウォルフリートに投げ飛ばされたのだからもう十分だろう。けれどそう思うのは自分だけらしい。彼は不服そうだ。

「お前は甘すぎる。それに優しすぎだ」

 頭にそっと大きな手のひらが置かれた。手のひらはゆっくりとフィルエシュカの頭を撫でてゆく。髪の一筋まで丁寧に。手が耳のすぐ横に差し掛かった時、カサついた親指が頬に残る涙の跡を拭った。

「守れずすまなかった。痛かっただろう」
「……っ」

 ウォルがどうして謝るの? と、聞こうと思ったのに、開いた口から出てきたのは情けない声だった。

「……うぉ、る、うぉる~!」
「ああもう大丈夫だ」

 ぽん、ぽん、と背中を叩く手つきは小さな子を宥めるよう。でもそれがかえってますます自分の涙腺を決壊させる。
 しゃくりあげながら泣く姿を見ても男は決して嫌がったり、面倒がったりしなかった。

「帰ったらすぐ手当てしてやる」
「……ん」
「そのあと、説教だ」
「なんで!?」

 そこへ息を切らしてやってきたのは村長である。後ろにはゾフィもいた。
 二人は室内に踏み込んだところで、驚き、足を止める。
 その気配にいち早く反応したのは、やはりウォルフリートだった。

「村長、そこの不埒者の処分はお前に任せる。後日報告を聞こう」
「え? あ、あの、愚息は一体何をどうして……?」

 二人は静かに怒るウォルフリートに戸惑っている。それはそうだろう。ディルクは床の上で完全に気を失っているし、自分は泣いている。状況を説明してくれる人がいないのだ。

 そもそもウォルフリートは何故ここに駆け付けられたのだろうか。彼には村長の家で待っていてと頼んだはず。しかもこの村には不案内である。

「間に合ったのかい!?」

 そこへ遅れてやってきた人影に、やっと救援の理由がわかった。

「エリンダおばさん……」

 自分と目が合うなりくしゃりと歪んだ顔に、何故か胸が痛んだ。



 ***

「あんたは収穫祭に出る相手が決まってないって言ってたのに、村長の息子が打合せなんて言うからね、おかしいとは思ったんだよ」

 ただ一人椅子に腰を下ろす自分を囲うように立つ面々の中で、エリンダの噴煙のような説明は止まらない。
 彼女は顔を上気させ、興奮気味だ。

「これは村長に止めてもらわなきゃってさ、家に行ったらねえ、この旦那があんたの荷車の前で待ってるもんだから、おばさんビビッと来ちまったんだよ!」

 ビビッと、何が来たのか。
 それはよく分からないが、とにかくエリンダがウォルフリートに、フィルエシュカの危機を伝えてくれたのだということだけは、分かった。
 
「おばさん、ありがとう……おばさんのおかげで、助かりました」

 エリンダがウォルフリートを呼んでくれなければ、自分はきっと恐ろしい目に遭っていただろう。そう思うほど、あの時のディルクは怖かった。
 再び走った震えに揺れる肩をウォルフリートが抱き寄せてくれた。

「大丈夫だ。俺がいる限り、もう二度とこんな目には遭わせない」

 その言葉で安堵と喜びが胸の奥からじんわりと広がるようだった。それは砂地に撒いた湯のように全身に広がり染み込んでゆく。
 温かさにやっと動くようになった手で、ウォルフリートの服の裾を握った。

 チーズを分けてくれた時のように、まるでキラキラと、まじないとは違う光が彼を包んでいるようにも見えてくる。
 それが何故なのか、キラキラが何なのかは分からないけれど、鮮やかになった景色を眺め続けていたいとは思った。

 じっと見ていたら、ウォルフリートにそっと尋ねられた。彼の大きな体から出てるとは思えないくらい、穏やかな優しい声で。

「フィルエシュカ。あいつに何か言われたか? 怪我をさせられただけじゃないんだろう?」
「え、と……」

 全員が食い入るように自分を見下ろしてくる。ゾフィに至っては「怪我?」と呟いてから悲鳴を上げた。

「酷い!! こんな、跡になるほど、あいつ……!?」
「お、落ち着いてゾフィ……」
「どうして落ち着けるのよ!? 目が覚めたらあたしがぶん殴ってやるわ!!」

 それはまずい。ディルクを庇いたいわけではなく、ゾフィに何かあったらと焦った。ディルクの力が意外にも強いことは、この身で経験済みである。

「収穫祭に一緒に出て、この家で暮らそうって言われただけなの……あと、私はディルクさんのつ、妻になって、子を産むんだって……」

 まじないのことも言おうとしたが、全てを話すことは出来なかった。村長以外の三人が一瞬で怒りをあらわにしたからである。

「村長! あんた息子に一体、何を教えてるんだい!?」
「エ、エリンダ」
「最悪!! 気持ちわる!! 父さんがいつもいつも後継ぎだからって甘い顔してるからこうなんのよ!!」
「うっ……」

 女性二人、うち一人は実の娘から責められて村長はすっかり小さくなっている。
 しょんぼりと肩を落とす姿は哀れで追い討ちをかける気にはとてもなれなかった。
 意外だったのはウォルフリートが村長を責めなかったことである。

「村長。俺はフィルエシュカを連れて帰る。荷車は小屋に届けてくれ」

 そう言うと返事を待つことなく、ウォルフリートは硝子の細工でも持ち上げるように、フィルエシュカを抱き上げた。
 自分をまるごと包み込むような身体の大きさに胸が激しく脈打つのが分かった。

(病気かな? 私……)

 結局いくら考えてもその理由はさっぱり分からないまま。

「ウォル、私、お、重いですよ? 歩きますから」

 しかしウォルフリートにフィルエシュカを下ろす気配は微塵もない。
 騒ぎに集まった村人のことは完全に無視しながら、ひたすら村の出口を目指している。

「まだ震えてるくせに、何を言ってる。いいからお前は寝てろ」

(この状態で寝てろって言われても)

 寝れるわけがないと思っていた。
 しかし規則正しい歩調が生む揺れと自分よりも高い男の体温のせいで、森に入る頃には、男の腕の中ですっかり眠ってしまったのであった。

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