【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「お前はもう――可愛いのも、ほどほどにしろ」

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 ウォルフリートが皇帝陛下からの書簡を受け取って一日が経ち、二日目の朝を迎えた。
 この間フィルエシュカはずっと寝室の寝台に引きこもっていた。蓑虫のように毛布にくるまって。

 寝室の扉を控えめに叩いた男が、扉の隙間から声をかけてくる。

「――フィルエシュカ、飯だが……」
「いいいいりません」

 毛布の下から食い気味に返事をする。いらないと言っても、ウォルフリートは毎食必ず声をかけてきた。しかし、とてもではないが、彼の前に出る気持ちにはなれない。

 理由は明白だ。

(ウォルが、ウォルがあんなこと、するから)

 どんなに必死に振り払っても、あの時の感触がまだ色濃く全身に残っていた。
 全てを忘れそうな口づけに始まり、間断なく与えられた丁寧な、それでいて濃厚な愛撫。
 胸の先を服越しにではなく、直接舐め上げられ、吸われた時は、自分の体が指先から溶けて崩れるのではないかと思ったのに、責めはそれだけでは終わらなかった。

「おい、本当にどこか悪いんじゃないだろうな」
「大丈夫です! 大丈夫ですから!」
「だが――」

 あなたの顔が見られないから、なんて、彼に直接言えるはずもない。
 
 声を聞くだけで、彼がそこにいると思うだけであれを思い出してしまう。きっと情けない顔をしているに違いない。だから、毛布から出ることが出来なかった。
 
 ウォルフリートは食事を断って引きこもるフィルエシュカを、一日目は見逃してくれた。しかしいつまでも引き下がる男でないのは、これまでの経験で知っている。

 細く開けていた扉を大きく開け、ウォルフリートはずかずかと寝台まで歩みを進めてくる。
 毛布の上に、大きな手が静かに置かれた。

「体調じゃないなら何だ。……顔も見たくないほど、俺が嫌いになったか?」
「ちが――!」

 彼の言葉に焦って毛布を跳ね退けた。そこに困惑と悲しみの浮かぶ顔を見つけて、言葉が続かなくなる。
 ウォルフリートは寝台の横に膝をついていた。
 彼は自分と目が合った瞬間、あからさまにほっとしてみせた。

「……顔色は悪くないな」
「あ……ぅ……」

 ウォルフリートの方が、よっぽど青い顔をしていた、と思う。
 彼は心の底から、フィルエシュカを心配しているのだろう。

「頼むから、飯だけは食ってくれ。食卓に並べておくし――俺が嫌なら、俺は外に出ているから」

 返事を待たず、部屋を出ていこうとする姿に胸が詰まる。
 気づいたら彼の服の裾を掴んでいた。
 何も考えずに。

(つ、掴んじゃった、どうしよう)

 掴んだ手はそのままにして、とりあえず空いている手で毛布を引き寄せて顔を隠した。
 不審な行動に見えたのだろう。男が手を伸ばしてくる。

「どうした?」

 フィルエシュカの毛布を持つ手に、男の手が重ねられる。
 ゆっくりと、乱暴ではない強さで、手から毛布が奪われた。
 あっという間に目の前に迫った緑の瞳に、息を呑む。
 その瞳が情欲に濡れていたときを思い出してしまい、顔が熱くなった。

「体温は高いな」

 指摘されると更に熱くなった。もう湯が沸かせそうである。
 指先で首筋に触れて体温を確認したウォルフリートの顔が、心配のあまり翳っていく。それを見るとなぜか、言い表せない充足感が、フィルエシュカの胸を満たすのだった。

「すぐに皇都から医者を呼ぶ。お前に何かあってからでは遅い。飯はここに運ぶから寝ていろ」

 ウォルフリートの目は本気だった。けれど待ってほしい。医者を呼ぶなんて大事になったら、それこそ恥ずかしくて死んでしまう。
 立ちあがろうとする男を引き止めながら、必死に首を振った。
 
「ち、違うんです! これは、あの、思い出して、恥ずかしくて……!」
「は……?」

 沈黙が流れる。
 ぽかんとした表情が、だんだんと変わっていく。
 何かに思い至ったのだろう、少し青ざめていた頬に、朱が差した。

「……そういうことか?」
「そ、そういうことです……」

 分かったならこれ以上言わせないでほしい、という嘆願を込めて男の顔を窺った。しかしウォルフリートは片手で目元を覆っていて、残念ながら、表情はよくわからなかった。

「……無理をさせて、お前を病気にしたんじゃないかと――心配で心配で、ゆうべは一睡も出来なかったんだが」
「ご、ごめんなさい……」

 でも無理をさせたのは貴方ですよね。とは言えなかった。
 男が長いため息をつく。

「お前はもう――可愛いのも、ほどほどにしろ」
「ひゃ!」

 ネグリジェに包まれた体にウォルフリートの腕が回り、あっという間に担ぎ上げられた。
 
「ウォ、ウォル!」
「とりあえず食え。何でもいいから食ってくれ」

 そのまま横抱きにされ、食卓まで運ばれて。
 食べなければ無理やり口に流し込まれそうな圧に、とうとう食事をとった。
 用意されていたのは、食を抜いていた胃にも優しい、パン粥だった。



 ***

 食後、明るいところで見ると、ウォルフリートの眼の下には、くっきりとどす黒い隈が浮かんでいた。
 いつものように向かい合わせで食卓に座っているので、否応なしに目についてしまう。

「今後二度と、飯は抜くな」

 そんな無茶な、と口に出しかけて、やめた。
 男の据わった目が怖かったからである。

 畑仕事に熱中する日や、チセ村に行く日、あと食べるものが残り少ない時は、食事を一日取らないこともある。それをウォルフリートは知らない。
 知ったら二度と畑仕事はさせてもらえないし、チセ村にも行けない。そんな気がした。

「それと昨日のうちに村長へは連絡した。腐る食材は引き上げて、この小屋の管理は請け負ってくれるそうだ」
「そう、ですか……」

 やはり、フィルエシュカの皇都行きはウォルフリートの中で決定事項らしい。
 着々と準備が進んでいく様子を、自分は横で見ていることしか出来ない。
 村長まで話が通ってしまったのだ。きっともう抗えないのだろう。それでも。

「……やっぱり、私も行かなきゃならないですか?」

 そう言うと、ウォルフリートは椅子から立ち上がった。
 そばまで来た男の雰囲気で、もう大体何をされるか分かってしまう。
 フィルエシュカの予想どおり、ウォルフリートは軽々とこの身を抱えて、膝の上に載せた。

「お前は行きたくないのか?」
「それは、まぁ……」

 まだ着替えていないので、フィルエシュカはネグリジェのままである。暖炉に火が入っているから寒くはないが、薄い布越しに体の線が透けやしないかと不安だった。

 ウォルフリートは理由を促すように、こちらを見下ろしている。
 皇都が嫌なわけでも、城が嫌なわけでもない。引け目は感じるが、彼は歓迎されると言っていたから。
 ただこの小屋を離れるのに、すごく抵抗があるのだ。

「……ここは、私の家です。私には、もうここしか、居場所がありません。みっともないと、思われるかもしれませんが……」

 何年も苦労してやっと得た居場所。
 好きなことをして、好きな物を食べて、好きなだけ寝られる、ここはフィルエシュカの楽園なのだ。
 ここにいれば、ネズミが這う台所の床で、齧られる恐怖を味わう必要もない。
 食べ方が醜いと、食べ物を取り上げられることもない。

 それを口にした途端、ウォルフリートの目に稲妻のような怒りが走るのを感じた。

「そ、それだけじゃありません」

 城にはきっと貴族がいて、仕える人もたくさんいて、そしてその人達は、ウォルフリートに群がるのだろう。
 ウォルフリートはフィルエシュカの目から見ても素晴らしい人だ。きっとお城では男女問わず、彼を慕っているに違いない。
 フィルエシュカだけを見てくれることは、なくなる。

「私、ウォルには、ちゃんとお父さんに会ってきてほしいと思ってます。でも、ついて行くのは、怖いです」

 きっと現実を突き付けられる。
 自分はただの魔女で、彼は――皇子なのだと。
 一緒にいられるのは、呪いを解くその時までなんだぞ――と。

 ――それが、とても怖いのだ。

「……私だけの、ウォルじゃ、なくなっちゃう……」

 零れ落ちた呟きは、確かに自分の、偽らざる本心だった。


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