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第一幕:子供の事情
第二場:ジャスティンの家
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日当たりのよくない狭い通りに面したくたびれかけた建物の二階。
ガチャガチャと耳障りな音を立て、古い形式のカギを開くとジャスティンは挨拶も無しにそのアパートの一室に入った。
リビングのテーブルの上には紙幣が一枚置いてある。
カバンを置く代わりにそれをポケットに無造作に突っ込むと、ジャスティンは座る事もなくドアに向いた。
ノブに手をかけそれを引くとノックをする仕草のニネットの驚いた顔と目が合った。
「こんにちはジャスティン」
「ああ、なにか用? 」
ぶっきらぼうに返すジャスティンにニネットは一度目を泳がせた後、にこりと笑った。
「うん」
「そう、入る? 」
ジャスティンが脇をあけるとニネットは頷いてそこを通りぬけた。
「ご飯を食べに行くところだった? 」
「まぁね」
肩をすくめながら扉を閉めるとジャスティンは暖房のスイッチに近づいた。
「ああ、平気。私寒いの好きだから」
「そう」
気を使ったことに気づかなかったという気を使われたとニネットは思った。
「ごめんね、食事に行くところだったのに」
すまなそうな顔をするニネットにジャスティンはいいさと答えた。
「それで、どんな用? 」
ニネットはうんと微笑んだ。
「なんていうか、あの、約束?どうするのかなって……」
「約束じゃなくて賭けな」
ニネットの言いたい事がわかってジャスティンは目をそらした。
「うん、それ。もちろんサンタさんはいないと言いきれないけど、でももしよ?もし来られなかったらどうなのかなって……。だってそうでしょ?サンタさんが毎年来るとは限らないし、たまたま届けられない事情とかもあると…… 」
「いいさ」
ニネットの言葉が終わらないうちにジャスティンは言った。
「それならそれで良いさ」
よく知るジャスティンのそれとは違う声色にニネットは心配そうに眉を寄せた。
「だって……」
「いいんだよ! 」
ぴしゃりと言い放たれた言葉にニネットは言葉を詰まらせた。
二人とは関係のない声や雑音が沈黙を満たす。
それはクリスマスを前にした楽しげなやり取りであったり、外を歩く浮かれた者のクリスマスソングだったりした。
ニネットがジャスティンにかけてよさそうな言葉を選びあぐねていると相手の口から小さな声が漏れた。
「いいんだよ…… 来なきゃ来ないで…… いないならいないでいいんだ……」
それがあまりにも悲壮に満ちていてニネットは声を出さずにはいられなかった。
「ジャスティン、何も私はいないなんて、そんなことは言っていないわ」
ジャスティンは窓に顔を向けた。
「うち、暖炉ないだろ?だから来てくれないんだと思っていたんだ。プリスクールでサンタは暖炉から来るって言ってたからさ」
「ええ、知ってるわ。だから気付かないのかもしれないって。それでなんでしょう?いつもゴミを拾ったり、お腹空かせた猫に餌あげたり、お婆さんを支えてあげたり。いい子にしていれば気づいてもらえるかもしれないって」
「ダサいよな」
ニネットは髪が広がるほどかぶりを振った。
「私、すごいと思ってたよ。だって、ジャスティン誰にも何にもその事言わなかったじゃない」
するとジャスティンはゆっくり首を振りながら自虐的な笑みを浮かべた。
「すごかないさ。やっぱダサイよ」
「そんなことない! 」
「あるさ。だってそれは全部、サンタに見てもらいたくてやってた事なんだ。ほら!俺はこんな良い子です!だから来て下さい!見つけてください!…… ご褒美目当てだったんじゃないか!それは本当に良い事をしている訳じゃないよ」
「いいえ!助かっている人がいるんだから良い事よ!ジャスティンは良い事を重ねて来ているわ! 」
「じゃぁなんで一度も来ないんだよ! 」
白い息とともにジャスティンはニネットに真っ直ぐ向いて叫んだ。
繋がった視線に見つめ返してくる相手はただ黙っていた。じっと黙っていた。
寒さでかじかんだ鼻先に自分の息が当たっていくらか冷静になってくると、吊り上がった眉が下りて来て、怒りに任せ八つ当たりした事に気づいたジャスティンは、ごめんと漏らし視線を横に落とした。
一呼吸の間の後、相手はゆっくり口を開いた。
「ジャスティン、自分で言ったじゃない。見えるものだけを配っている訳じゃないって」
ニネットのやや抑えた声と、逸らそうとしない眼差しがジャスティンの胸の穴を埋めようとする。
「言ったのは俺じゃない。神父様だ」
「だったら余計に間違いは無いはずよ」
ニネットは言ったがジャスティンは首を振った。
「神父様だって勘違いはあるさ。勘違いは嘘じゃない。だから罪にはならないさ」
目を合わせようとしないジャスティンにニネットはやや大きな声で言った。
「でもジャスティンは信じているじゃない! 」
「そうじゃない!信じているんじゃない!……」
真っ赤になった両目を再び相手に向けるとジャスティンはニネットに再び叫んだ。
「そうじゃないんだ。信じたいんだよ!俺だって居ない事くらいわかってる!空を飛ぶそりに乗った爺さんが?寒風吹きすさぶ中世界中を回って、何億人いるかもわからない子供の所に一晩で贈り物を届けるだって?!馬鹿げてる!そんなことできる訳ないじゃないか! 」
早口でまくしたて、言葉にならなかった分の感情が両まなじりから次々あふれ出すジャスティンの姿にニネットは胸を詰まらせ、自分の鼻もひくつかせていた。
「そんな馬鹿な事ありゃしないって事くらい俺だってわかっているんだよ!何もおもちゃが欲しい訳じゃない!でもさ!でもさぁ! 」
感極まった少年は一度そこで言葉を詰まらせた。そして、胸のつかえを絞り出すかのように言った。
「居たって良いじゃないか!裕福とか、貧しさとか、そんなの関係なく、みんな平等に与えられる幸せがあっても良いじゃないか!そうだろニネット!生まれとかさ、母子家庭とかさ、そんなの関係なく救いがあってもいいじゃないか!クリスマスだぞ?クリスマスくらいそんな事があってもいいじゃないか! 」
めったに弱みなんて見せない幼馴染が事もあろうに女の子の前で泣きわめく姿にニネット自身も大粒に涙を次々こぼしていた。
喉が痛くて声が出なかったものだからただ必死に大きく首を縦に振っていた。
「だから一度、一度だけでよかったんだ。そう言う事が起こるんだって、一度だけでもそう言う事があったなら、世の中理不尽だけじゃないんだって思えるから……」
ジャスティンは顔をぬぐった。
「でも、良い機会だ。確証もないのに信じ続けるって事は正直もうきついんだ……。だから今回の賭けで終わりにする」
「だから…… あんな無茶な賭けを受けたの……? 」
ニネットが鼻をすすりながらようやくそう絞り出した。
「そうさ、サンタが本物の奇跡なら起こって見せろ。そうじゃないんならこの世に奇跡なんてないって受け入れていくさ」
ニネットは相手の名を呟き、そして唇をかみしめた後、身を乗り出して言った。
「私は、居ると思うよ。サンタさん」
「どの道わかる」
「じゃぁクリスマスの朝まではちゃんと信じましょう。居て欲しいじゃなくて居るって事にしましょう。私もそうするから」
真剣な表情で見つめる幼馴染にジャスティンはバツが悪そうにこっくりとうなずいた。
「ごめん、ニネット」
「いいの。だから笑って、ね?ジャスティン」
ジャスティンは頭を掻いた。
「ちぇ、カッコ悪いな俺……」
良いじゃないとニネットは笑った。
「どうせだれも見ていなかったわ。私もね」
ガチャガチャと耳障りな音を立て、古い形式のカギを開くとジャスティンは挨拶も無しにそのアパートの一室に入った。
リビングのテーブルの上には紙幣が一枚置いてある。
カバンを置く代わりにそれをポケットに無造作に突っ込むと、ジャスティンは座る事もなくドアに向いた。
ノブに手をかけそれを引くとノックをする仕草のニネットの驚いた顔と目が合った。
「こんにちはジャスティン」
「ああ、なにか用? 」
ぶっきらぼうに返すジャスティンにニネットは一度目を泳がせた後、にこりと笑った。
「うん」
「そう、入る? 」
ジャスティンが脇をあけるとニネットは頷いてそこを通りぬけた。
「ご飯を食べに行くところだった? 」
「まぁね」
肩をすくめながら扉を閉めるとジャスティンは暖房のスイッチに近づいた。
「ああ、平気。私寒いの好きだから」
「そう」
気を使ったことに気づかなかったという気を使われたとニネットは思った。
「ごめんね、食事に行くところだったのに」
すまなそうな顔をするニネットにジャスティンはいいさと答えた。
「それで、どんな用? 」
ニネットはうんと微笑んだ。
「なんていうか、あの、約束?どうするのかなって……」
「約束じゃなくて賭けな」
ニネットの言いたい事がわかってジャスティンは目をそらした。
「うん、それ。もちろんサンタさんはいないと言いきれないけど、でももしよ?もし来られなかったらどうなのかなって……。だってそうでしょ?サンタさんが毎年来るとは限らないし、たまたま届けられない事情とかもあると…… 」
「いいさ」
ニネットの言葉が終わらないうちにジャスティンは言った。
「それならそれで良いさ」
よく知るジャスティンのそれとは違う声色にニネットは心配そうに眉を寄せた。
「だって……」
「いいんだよ! 」
ぴしゃりと言い放たれた言葉にニネットは言葉を詰まらせた。
二人とは関係のない声や雑音が沈黙を満たす。
それはクリスマスを前にした楽しげなやり取りであったり、外を歩く浮かれた者のクリスマスソングだったりした。
ニネットがジャスティンにかけてよさそうな言葉を選びあぐねていると相手の口から小さな声が漏れた。
「いいんだよ…… 来なきゃ来ないで…… いないならいないでいいんだ……」
それがあまりにも悲壮に満ちていてニネットは声を出さずにはいられなかった。
「ジャスティン、何も私はいないなんて、そんなことは言っていないわ」
ジャスティンは窓に顔を向けた。
「うち、暖炉ないだろ?だから来てくれないんだと思っていたんだ。プリスクールでサンタは暖炉から来るって言ってたからさ」
「ええ、知ってるわ。だから気付かないのかもしれないって。それでなんでしょう?いつもゴミを拾ったり、お腹空かせた猫に餌あげたり、お婆さんを支えてあげたり。いい子にしていれば気づいてもらえるかもしれないって」
「ダサいよな」
ニネットは髪が広がるほどかぶりを振った。
「私、すごいと思ってたよ。だって、ジャスティン誰にも何にもその事言わなかったじゃない」
するとジャスティンはゆっくり首を振りながら自虐的な笑みを浮かべた。
「すごかないさ。やっぱダサイよ」
「そんなことない! 」
「あるさ。だってそれは全部、サンタに見てもらいたくてやってた事なんだ。ほら!俺はこんな良い子です!だから来て下さい!見つけてください!…… ご褒美目当てだったんじゃないか!それは本当に良い事をしている訳じゃないよ」
「いいえ!助かっている人がいるんだから良い事よ!ジャスティンは良い事を重ねて来ているわ! 」
「じゃぁなんで一度も来ないんだよ! 」
白い息とともにジャスティンはニネットに真っ直ぐ向いて叫んだ。
繋がった視線に見つめ返してくる相手はただ黙っていた。じっと黙っていた。
寒さでかじかんだ鼻先に自分の息が当たっていくらか冷静になってくると、吊り上がった眉が下りて来て、怒りに任せ八つ当たりした事に気づいたジャスティンは、ごめんと漏らし視線を横に落とした。
一呼吸の間の後、相手はゆっくり口を開いた。
「ジャスティン、自分で言ったじゃない。見えるものだけを配っている訳じゃないって」
ニネットのやや抑えた声と、逸らそうとしない眼差しがジャスティンの胸の穴を埋めようとする。
「言ったのは俺じゃない。神父様だ」
「だったら余計に間違いは無いはずよ」
ニネットは言ったがジャスティンは首を振った。
「神父様だって勘違いはあるさ。勘違いは嘘じゃない。だから罪にはならないさ」
目を合わせようとしないジャスティンにニネットはやや大きな声で言った。
「でもジャスティンは信じているじゃない! 」
「そうじゃない!信じているんじゃない!……」
真っ赤になった両目を再び相手に向けるとジャスティンはニネットに再び叫んだ。
「そうじゃないんだ。信じたいんだよ!俺だって居ない事くらいわかってる!空を飛ぶそりに乗った爺さんが?寒風吹きすさぶ中世界中を回って、何億人いるかもわからない子供の所に一晩で贈り物を届けるだって?!馬鹿げてる!そんなことできる訳ないじゃないか! 」
早口でまくしたて、言葉にならなかった分の感情が両まなじりから次々あふれ出すジャスティンの姿にニネットは胸を詰まらせ、自分の鼻もひくつかせていた。
「そんな馬鹿な事ありゃしないって事くらい俺だってわかっているんだよ!何もおもちゃが欲しい訳じゃない!でもさ!でもさぁ! 」
感極まった少年は一度そこで言葉を詰まらせた。そして、胸のつかえを絞り出すかのように言った。
「居たって良いじゃないか!裕福とか、貧しさとか、そんなの関係なく、みんな平等に与えられる幸せがあっても良いじゃないか!そうだろニネット!生まれとかさ、母子家庭とかさ、そんなの関係なく救いがあってもいいじゃないか!クリスマスだぞ?クリスマスくらいそんな事があってもいいじゃないか! 」
めったに弱みなんて見せない幼馴染が事もあろうに女の子の前で泣きわめく姿にニネット自身も大粒に涙を次々こぼしていた。
喉が痛くて声が出なかったものだからただ必死に大きく首を縦に振っていた。
「だから一度、一度だけでよかったんだ。そう言う事が起こるんだって、一度だけでもそう言う事があったなら、世の中理不尽だけじゃないんだって思えるから……」
ジャスティンは顔をぬぐった。
「でも、良い機会だ。確証もないのに信じ続けるって事は正直もうきついんだ……。だから今回の賭けで終わりにする」
「だから…… あんな無茶な賭けを受けたの……? 」
ニネットが鼻をすすりながらようやくそう絞り出した。
「そうさ、サンタが本物の奇跡なら起こって見せろ。そうじゃないんならこの世に奇跡なんてないって受け入れていくさ」
ニネットは相手の名を呟き、そして唇をかみしめた後、身を乗り出して言った。
「私は、居ると思うよ。サンタさん」
「どの道わかる」
「じゃぁクリスマスの朝まではちゃんと信じましょう。居て欲しいじゃなくて居るって事にしましょう。私もそうするから」
真剣な表情で見つめる幼馴染にジャスティンはバツが悪そうにこっくりとうなずいた。
「ごめん、ニネット」
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