透明から、恋をする

すもも

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「あれ?昨日と同じ服じゃないですか?」

次の日、進捗を見に来た俺の服装に月子はすぐ気が付いた。

「気にしなくていい」

短く言葉を伝えれば、月子の眉が下がった。

「……、わたしの、せいですか?」
「それは違う、家庭のことだ。深月先生には関係ばい」
「………、そうですね」

傷ついた顔をする彼女に息を呑む。そんな顔をさせたいわけじゃない、俺はぐっと息を呑んで、ゆっくりと吐き出す。

「俺は大丈夫だから、作品に集中してくれれば良い」
「…、はい」

それでも月子の視線はこちらに戻らない。

「進捗はどうだ?」

仕事の話をふれば月子の視線が漸く俺に向いたが、またすぐに逸らされてしまう。

「私なりに「色」を模索して書いてはいます、」
「書いたものを見せてもらえるか」
「はい。少し待ってて下さい。プリントアウトしたものがあるので。座っていてください」

そう言って月子が立ち上がって別の部屋に向かった。この段階で印刷するとは珍しい、彼女なりに色々と模索しているのだろう。小さなテーブルの前に座って、気づいた。彼女のデスクの目立つところに、水色の便箋のファンレターが貼られている。…今までは置いてなかった。昔とは違い、月子へのファンレターはあの一通のみ。たった一通のファンレターを支えにして、今は書いているのか。心がひとつ軋んで、それをあまり考えたくなくて、少しだけ目を閉じて待つことにした。

「比嘉さん?」

俺を呼ぶ月子の声が聞こえて、はっと目を覚まして飛び起きる。

「今何時だ?」

慌てて腕時計を見るが、記憶のある時間から5分くらいしか経っていなかった。

「比嘉さん疲れてるんじゃないですか?時間大丈夫ならもう少し寝てても良いですよ、編集長には秘密にしてあげますから」

ちょっといたずらっぽく笑う月子が笑いながら、ブランケット使います?と手渡してきて、反射的に柔らかな手触りの良い布を掴んだ。

「いいや、自己管理できていないのは甘さだ。ここで寝るわけにはいかない」

そのままブランケットを広げて月子の背中にふわりとかけると、距離が近くなって月子が頬を赤く染めた。それを誤魔化すように月子はこれです。とプリントアウトした原稿を手渡してきた。

「ああ」

頷いて目を通す。今までとは少し違う、…違うが、これでもない。月子は視線を下げていて、自信がないように見えた。天才小説家と言われていた頃にはもっと自信に満ち溢れていたのに、今はとても弱々しい。不安げに顔を上げて、揺らぐ視線で此方を見つめてくる彼女を急に抱きしめてしまいたい衝動に駆られて、手に持つ原稿に力を込めた。月子の視線が下に向く。月子はひと月以上ずっとこんな感じだ、今軽く押されたら崩れてしまいそうで、俺はゆっくりと瞬きをした。

「………良いんじゃ無いか」

ぱっと上がる顔、同時に湧き上がる罪悪感と自身に対する嫌悪感。

「前より良くなっているし、感情の描写も前よりも丁寧だ」

思わず早口になる。褒めたところは確かにそう。彼女は一瞬ほっとしたような、嬉しそうな顔を見せたが、すぐにその表情が曇った。

「………比嘉さん」

名前を呼ばれて、顔を向けると月子の視線がしっかりと俺を見据えていて、思った以上の瞳の強さにたじろぐ。

「今、作品を見てくれてますか?それとも…………、私を見てますか?」

言われて動揺を悟られたく無くて、視線を逸らす。

「…問題ない、編集長には話を通すから」

手元にあった原稿を持ったまま、玄関へと向かう。

「…え?…今のって、」

彼女の声が震えて、立ち上がったが、足元にあった資料に引っ掛けて転んだ。手を差し伸べて仕舞えばさらに崩れてしまいそうでそのまま部屋を出た。閉じたドアがやけに大きな音に聞こえて、足早にエレベーターに向かう。ぽんと日常の音がして、逃げるようにエレベーターに乗り込むと壁に頭を打ち付けた。
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