勇者の様子がおかしい

しばたろう

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03村娘の様子がおかしい

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 グレイヴリム村より、勇者パーティへ切迫した要請が届いた。

 なんでも、ドラゴンが現れ、
 「村を焼かれたくなければ、娘を差し出せ」
 そう要求しているという。

 期日は、すでに迫っていた。

 俺たちは、急ぎ足で村へ向かった。



 途中の山道で、ダイアベアに遭遇した。

 ジャイアントベアよりさらに大きく、さらに獰猛。
 知能は低いが、戦闘本能だけは異常なほど研ぎ澄まされている魔物だ。

 ダイアベアは物陰から飛び出し、
 前触れもなく襲いかかってきた。

「来るぞ!」

 俺たちは即座に陣形を組む。
 いつも通り、前衛は俺とマルク。
 後衛に、サミュエルとエリオ。

 サミュエルが攻撃呪文の詠唱に入り、
 エリオが弓に矢をつがえ、引き絞る。

 後衛の援護を受けながら、
 俺とマルクは一気に間合いを詰めた。

 ダイアベアの丸太のような腕が唸りを上げて振り下ろされる。
 俺もマルクも、すんでのところでかわし、
 反撃の剣を叩き込んだ。

 ――その瞬間、ふと、不安がよぎる。

 もしも、ダイアベアの爪が、
 マルクの顔をかすめでもしたら。

 回復魔法で傷は塞げるだろう。
 だが、跡が残る可能性は高い。

 今までなら、そんなことは気にも留めなかった。
 男にとって顔の傷など、ある意味で勲章だ。

 しかし――
 マルクが女だと気づいてから、
 俺の考えは、大きく変わってしまった。

 マルクの顔に、傷をつけさせるわけにはいかない。

 気づいたときには、
 俺はマルクとダイアベアの間に割って入っていた。

「どうした? ブラム?」

 いつもと違う動きに、マルクが困惑の声を上げる。

 とっさに、俺は叫んだ。

「俺が、盾と囮を引き受ける!
 その隙に、とどめをさせ!」

 一瞬の間。

「そうか! わかった!」

 マルクはすぐに状況を飲み込み、うなずいた。

 俺が最前衛に立ち、
 ダイアベアの猛攻を正面から受け止める。

 その隙を縫い、
 マルクが確実に、何度も剣を突き立てた。

 数度の激しい打ち合いの末、
 ダイアベアはついに、地に伏した。



 戦闘が終わり、息を整えていると、
 マルクが怪訝そうに声をかけてくる。

「急に陣形を変えるとは、どうしたことだ?」

 ――本当の理由は、言えない。

「お前の顔に、傷をつけるわけにはいかない」
 そんなこと、口に出せるはずもなかった。

 代わりに、俺はこう言った。

「これから、俺たちは、もっと強い敵と対峙することになる。
 その時のために、今のうちに、
 より慎重な陣形に慣れておく必要があると思ってな」

 とっさの言い訳にしては、
 我ながら、うまく言えたと思う。

「なるほど。そういうことか」

 マルクは納得したように、うなずいた。

「とはいえ、唐突ではあったな」

「次からは、事前に相談してくれ」

「ああ。今後は、そうしよう」

 そう答えると、
 この話題は、それ以上掘り下げられなかった。

 ――どうやら、
 なんとか、ごまかしきれたようだ。
 


 ほどなくして、俺たちはグレイヴリム村に到着した。
 いけにえの期日が、明日に迫っている。

 黒い岩山を背にした、谷あいの村だ。
 石造りと木造が混在した家々が、肩を寄せ合うように並んでいる。

 村の人々は、俺たちを温かく迎え入れてくれた。
 不安と期待が入り混じった視線が、痛いほど伝わってくる。

 俺たちは村長バルト・クレイグの家に招かれ、
 質素ながらも心のこもった夕食を振る舞われた。
 
 村長の娘、ソフィア・クレイグが、
 慣れた手つきで、いそいそと給仕をしてくれる。
 
 食事の途中、
 本来、いけにえとなる予定だった娘と、その母親がやって来た。

 二人は、何度も頭を下げ、
 声を震わせながら、感謝の言葉を口にする。

 マルクは静かに立ち上がり、娘の手を取った。

「俺たちが来たから、もう安心だ。
 なにも、心配はいらない」

 そう言って、やさしく微笑みかける。

 娘の表情が、少しだけ、ほころんだ。



 夕食後、作戦会議となった。

「村の中央の広場に、祭壇が設けてあります」
「そこに、娘を連れてきておけとのことです」

 バルト村長の言葉に、場の空気が引き締まる。

「ドラゴンは、そのまま娘をかっさらう可能性が高い」
「ならば、俺たちの誰かが娘に扮して、祭壇に立つのがいいだろう」

 俺の提案に、全員がうなずいた。

 問題は――

 誰が、娘に扮して囮になるか、だ。

「俺は、まず無理だな。どうやっても、娘には見えない」

「俺もだ」
「娘にしては、長身だ」
「エリオか、マルクが適任だろう」

 サミュエルが、あっさりと言う。

「ちょっと待って!」
「もしものとき、俺に接近戦は無理だよ!」

 エリオが、悲鳴のような声を上げた。

「マルクがいいと思う!」
「化粧すれば、絶対かわいいと思う!」
「ばれないって! たぶん!」

 必死に、マルクを売り込んでいる。

「いや、それは……ちょっと、まずい気が……」

 マルクが言いかけた、そのときだった。

 話を聞いていた村人たちが、ざわめき始める。

「たしかに、勇者様が適任かと……」
「お顔立ちも、お綺麗ですし……」

 そして、
 村長の娘ソフィアが一歩前に出た。

「私の衣装を、お貸しします」
「お化粧も、お手伝いします!」

 その一言で、流れは決まってしまった。

 マルクは、完全に引っ込みがつかなくなった様子で、
 視線をさまよわせる。

 しばしの沈黙の後。

「……わかりました」
「やります」

 半ば強制的に、
 そう言わされてしまったのだった。
 


 翌朝。
 夜が白みに変わる頃から、支度が始まった。

 マルクは生贄の娘に扮するため、
 やけに張り切ったソフィアに手を引かれ、
 村長宅の一室へと姿を消していった。

 俺たちは、外で待機だ。

「マルクが、どれだけ化けるか、見ものだな!」

「ぜったい、かわいくなるって!」
「でも、勇者が女装って、なかなか見られないよ!」

 サミュエルとエリオは、すっかりおもしろがっている。

 俺は二人を横目に見ながら、
 胸の奥に、言いようのない不安を抱いていた。

 ――男装している女が、女装する。
 それはいったい、どういう結果になるんだ?

 しばらくして。

 村長宅の扉が開き、
 ソフィアに伴われて、マルクが姿を現した。

 生成り色のワンピース。
 淡い色合いが、朝の光にやさしく溶け込んでいる。

「お、出てきた!」

「さて、マルクの実力を見せてもらおうか!」

 二人は、にやにやと笑いながら声を上げる。

 マルクが、そっと顔を上げた。

 整えられた髪。
 控えめな化粧。

 そこに立っていたのは――
 どう見ても、娘だった。

 ――しかも。

 美しい。

 さっきまで騒いでいたサミュエルもエリオも、
 まるで声を失ったかのように、口をぽかんと開けている。

 村人たちからも、
 感嘆のため息が、あちこちで漏れた。

 俺も、ある程度は想像していた。
 だが、それを、はるかに超えていた。

 これはもう――
 「見惚れた」と言うしかない。

 そんな視線に気づいたのだろう。
 マルクは、少し頬を赤くして言った。

「おい……あんまり、じろじろ見るな」
「はずかしいだろ」

 そう言って、ぶいっと横を向く。

「ちょっ……かわっ……え、すご……」

「いや、これは……驚いた」

 二人とも、
 あまりの衝撃に、完全に語彙力を失っていた。

 そのとき、
 ふと、隣に立つソフィアに目がいった。

 様子が、おかしい。

 先ほどまでの、あの浮かれた表情は消え、
 今は、どこか神妙な顔つきになっている。
 心なしか、顔色も青い。

 ――気づいた。

 どうやら、この娘は、
 マルクの“秘密”に気づいてしまったらしい。

 そして、
 そのことを、きつく口止めされたのだろう。

 彼女は、何も言わず、
 ただ、強く唇を引き結んでいた。
 


 太陽は高く昇り、
 約束の時刻である正午を迎えた。

 祭壇にはひとり、
 村娘の姿をしたマルクが、静かに佇んでいる。

 俺たちは、少し離れた物陰から、その様子を見守っていた。

 村人たちは全員、村の外へ避難してもらっている。
 相手はドラゴンだ。
 戦闘による被害を最小限に抑えるための措置だった。

 ――そのとき。

 ふいに、空が暗くなった。

 来た。
 ドラゴンだ。

 巨大な影が、祭壇の上空をゆっくりと旋回する。
 やがて、重々しい風を巻き起こしながら、
 ドラゴンは祭壇の前へと降り立った。

 マルクは、身じろぎ一つせず、
 真正面からドラゴンを見据えている。

 ドラゴンは、悠然とマルクのそばへ近づき、
 その顔を、まじまじと覗き込んだ。

「良い娘だ」
「いいだろう。お前を、我が贄とする」

 そう言った次の瞬間。

 ドラゴンは宙に羽ばたき、
 前脚を伸ばして、マルクを掴み去ろうとした。

 ――刹那。

 物陰から、鋭い風切り音が走る。

 放たれたのは、エリオの矢。
 迷いも、ためらいもない。
 次の瞬間、
 矢は正確無比に、ドラゴンの右目へと突き立った。

 ぐちり、と嫌な音が響く。

 ドラゴンは激しく首を振り上げ、
 天地を震わせる咆哮を放った。
 空気そのものが震え、
 広場の地面から砂利と埃が舞い上がった。
 
 掴みかけていたマルクを取り逃がし、
 ドラゴンの巨体が大きくよろめく。
 
 同時に、俺が飛び出した。
 片手には、マルクの剣。

「人間め! 謀ったな!」

 ドラゴンが咆哮を上げ、
 再び飛び立とうとする。

 その瞬間――
 サミュエルの詠唱が完成した。

《断罪の圧壊》

 魔法が発動する。

 見えない圧が、ドラゴンの全身を押し潰し、
 地面へと縫い止める。

 羽ばたこうとするが、
 その巨体は、びくともしない。

「マルク! 剣だ!」

 俺は駆け寄り、
 剣を鞘ごと、マルクへ投げ渡す。

 マルクはそれを受け取り、
 迷いなく抜刀した。

 ドラゴンの正面に俺。
 その背後にマルク。
 後衛に、サミュエルとエリオ。

 陣形が整った。

 ドラゴンが再び咆哮し、
 灼熱の炎を吐き出す。

 辺りを焼き尽くすかのような熱波。

 だが――
 サミュエルの防壁魔法が、それを完全に防いだ。

 その隙を突き、
 俺は一気に間合いを詰め、斬りかかる。

 ドラゴンの太い腕が振り下ろされる。
 かわすだけで、精一杯だ。

 一方マルクは、
 ドラゴンの周囲を円を描くように走りながら、
 途切れることなく詠唱を重ねていた。

 剣に、魔力が重ねられていく。
 その輝きが、見る見るうちに増していく。

 ――そして。

 ドラゴンの渾身の一撃。

 俺はなんとか剣で受け止めたが、
 衝撃に耐えきれず、剣ごと弾き飛ばされた。

 その一瞬に、生まれた隙。

 マルクは、ドラゴンの頭上へと跳躍し、
 最大まで魔力を帯びた剣を、
 その左目を狙って、突き刺した。

 ドラゴンが、断末魔の咆哮を上げる。

 剣は、奥深くまで突き立てられ、
 マルクがぐいっと捻った、その瞬間――

 ドラゴンは、
 巨体を震わせながら、地に崩れ落ちた。

 ――静寂。

 地に伏すドラゴンの亡骸。
 その上に、剣を片手に立つ、
 村娘姿のマルク。
 スカートの裾が風でパタパタとなびく。

 その横顔に、
 正午の陽光が、まっすぐに差し込んでいた。

 俺は、しばらく、
 その姿から、目を離すことができなかった。

 やがて、
 村人たちが恐る恐る戻ってくる。

 そして、
 ドラゴンの亡骸を認めた瞬間――

 歓声が上がり、
 人々は一斉に駆け寄ってきた。

 次々と、勇者を称える声。

 それに、
 マルクは、穏やかな笑顔で応えていた。
 


 それから数日間、
 俺たちは、ドラゴンの解体作業を手伝った。

 ドラゴンは厄災そのものだったが、
 その死体は、同時に宝の山でもある。

 鱗、皮、肉、骨。
 どれ一つとして、無駄になるものはない。

 村人たちは役割を分担し、
 慣れないながらも、懸命に作業に取り組んでいた。

 村は、まるで祭りの後片付けのような、
 不思議な活気に包まれていた。

 そんな中で――

 作業を手伝うマルクのもとへ、
 ソフィアは何度も姿を見せていた。

 二人は、作業をしながら談笑し、
 ときおり顔を見合わせては、笑っている。

 傍から見れば、
 とても仲睦まじい様子だった。

「……ちょっとさ」
「あの二人、いい感じなんじゃないの?」

 エリオが、どこか面白くなさそうに言う。

「まったくだ」
「勇者というのは、どうしてこうも、もてるのか」

 サミュエルも、半ば呆れたように同調した。

 いや。
 あれは、そういう類のものではない――
 と思うのだが。

 俺は、心の中でそうつぶやいた。



 一通りの作業が終わり、
 俺たちは、グレイヴリム村を後にすることになった。

 村の入り口には、
 バルト村長をはじめ、村人たちが集まっている。

 感謝と安堵の入り混じった表情で、
 俺たちを見送ってくれていた。

 そのとき――

 ソフィアが、マルクへ駆け寄り、その手を、ぎゅっと取った。

 真剣な面持ちだった。

「マルク……」
「絶対に、生きて帰ってきてね」
「もっと、あなたと……お話がしたいの」

 マルクは、一瞬だけ驚いた顔をして、
 すぐに、やさしく微笑んだ。

「ああ。約束しよう」

 そう言って、
 その手を、しっかりと握り返す。

 俺たちは、村人たちに手を振り、
 グレイヴリム村を後にした。



 道中。

「あのさ」
「ソフィアのセリフ、あれ完全に告白だよね」

 エリオが、にやにやしながら言う。

「うむ」
「マルク、あの娘の気持ち、どうするつもりだ?」

 サミュエルが、興味深そうに尋ねた。

「そういうのじゃないよ」

 マルクは即座に否定したが、
 その顔は、どこかうれしそうだった。

 俺は、ふと思った。

 ――ソフィア。

 彼女はきっと、
 マルクが正体を隠し、勇者として生きるようになってから、
 初めてできた、
 “本当の友達”なのだろう。
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