R18 短編集

上島治麻

文字の大きさ
上 下
68 / 158

41ー1

しおりを挟む
芸能界は煌びやかで、華やかなイメージを持たれることが多い。実際に華やかな衣装を身にまとって鮮やかなメイクを施して大衆から注目を浴びるという点ではイメージ通りであると言っても過言ではない、と思う。個人的な意見だが。
その反面、利益になると思われれば持て囃され利益が無いと分かれば瞬時に切って捨てられる。昨日まで親身で優しい人が冷たく冷遇してくるなど、ざらだ。
そんな煌びやかだけれど、オセロのように黒から白へ白から黒とコロコロ表情を変える流動的で残酷な世界しか見てこなかった自分には彼が、とても美しく見えたのだ。でなければ、こんな、お願いというより無茶振りと言った方が近い問に対して頷いて肯定などしていない。あぁ、自分の人生史上、最も不覚な判断をしてしまった。自分の愚行に対して軽いめまいを起こしながらも自宅の掃除を黙々とこなす。貴重なオフの日を使って凪月が掃除をしている理由はただ1つ、今日から期間限定の恋人と同棲するためである。

ことは数日前に遡る。
「では、本日は顔合わせと軽く本読みを行いたいと思います。初日ですので役者の皆さんは気負わずに自分の思った通りに延び延びと演じてみて下さい。」
監督が、にこやかにそう告げると役者たちやスタッフが拍手を送る。そして、一人一人が自己紹介を始めた。今回の凪月の出演する映画は所謂、最近流行りのBLものだ。いじめっ子といじめられっ子の関係だった茜と蒼の少年2人がある事件の秘密の共有をきっかけに共依存のように互いを愛するようになる。だが10年ほど時が経った時、謎を暴こうとするジャーナリストが現れ奇妙なバランスを保っていた茜と蒼の関係性が歪み始める。秘密が全て暴かれた時、茜と蒼の結末は如何に…というようなBLにサスペンス要素を足したようなストーリになっている。凪月はいじめられっ子の蒼役、隣に座っている今人気絶頂のアイドルで演技初挑戦の陽那岐がいじめっ子の茜役である。ちなみにジャーナリスト役としてはベテランと中堅の間にちょうどいる八坂文弥という俳優が演じる。監督は幻想的な雰囲気や、艶やかで華やいだ世界観を作るのを得意とする比奈村美澄という女性監督だ。そんなことを考えているうちに自分の番がやってきた。椅子から立ち上がり自己紹介を述べる。
「エリス所属の夜見凪月です。蒼という役を誰より愛し敬い精一杯向き合って演じたいと思いますので皆様、どうか撮影期間中よろしくお願いいたします。」
深く頭を下げると拍手が起こり、とりあえず自己紹介は無事に終えられたことに安堵して着座する。横を見ると自分の次に自己紹介をする朝田が立っていた。長い睫毛がクルっと上を向き綺麗な二重ラインにアーモンド状をした大粒の目、通った鼻筋ともぎたての桃のように潤っている唇。一般人の中では一際目立つ文句なしのイケメンだが、こと芸能界だけで区切るなら『よくある普通の顔だな』というのが凪月が抱いた朝田という人物の第一印象だった。顔意外にないのかと自分でも思わなくはないが第一印象で顔以外なんてエスパーでもない限り分かりゃしないのでしょうがない。
「キサラギエンタテインメント所属の朝田陽那岐です。演技は初挑戦ですが茜という役と真摯に向き合い精一杯頑張りたいと思います。よろしくお願いします。」
彼の自己紹介が終わった後、他の出演者も時計回りに自己紹介を行っていく。
「では、自己紹介が終わったところで早速、読み合わせをしていきたいと思います。今日は、我々スタッフ勢のイメージ作りとしての読み合わせになるので、役者の皆さんには申し訳ないですが、どうぞお付き合いください。」
少し冗談交じりに監督が告げると周囲にクスクスという軽い笑いが広がった。
「じゃあ、最初からお願いしますね。岸谷くん、合図お願いしていいですか?」
「はい。じゃあ、1分後に開始したいと思います。20秒前から自分がカウントするので役者の皆さん、よろしくお願いします。」
監督の依頼に助監督である岸谷が応え自分たち役者に指示を出す。先程までの和やかな雰囲気は消え去りピリッとひりつく様な緊張感に包まれる。小さい頃から、役者としてこういう場は当たり前のように何度も経験しているものの未だ慣れない。
『怖いな…』
素直にそう思う。その瞬間の刺激がたまらなく好きという人も居るようだが自分はそんなにメンタルは強くはない。監督の合図で始まった読み合わせは特に問題なく進んでいった。ある箇所に辿り着くまでは…。
「1回止めて休憩にしましょう。15分後に読み合わせを再開します。皆さんよろしいでしょうか?」
監督は"休憩"と言ったが、それが建前であり初回の読み合わせですら看過できないほど酷い演技箇所があって止めたであろうことは察しがつく。周りも察しているのかどことなく気まずい雰囲気のまま監督の休憩という提案に頷いた。
「じゃあ、休憩にしましょう。それと、休憩中に申し訳ないんですけど夜見君と朝田君は少し来てもらってもいいですか?」
『やっぱり…』
心の中でそう思うと溜め息を押し殺し「はい。」と返事する。演技が上手く行っていないのは何となく自分でも分かっていた。リアリティがないのだ。茜と蒼の狂気的で純粋な恋というより共依存に近い心模様の演技に。
「夜見君と朝田君、多分自分たちでも分かってると思うけど、恋してる感が足りないんですよね…。初日の読み合わせだし、2人は初対面だし、仕方がないのは分かっているんですけどね、2人の関係性がこの映画の肝になってくるから…。」
監督はそう言いながら言葉を濁す。監督の言いたいことは分かる。役者なのだから初対面だろうがなんだろうが恋人くらい演じてみせなくてはいけない。それがプロというものだ。ただ、演技なんて自分に無いものは表現出来ないもので、それは監督も分かっていることだろう。つまり、監督がこの時点で呼び出して伝えてきた意図は撮影が実際に始まるまでの1ヶ月間で朝田陽那岐と自分の間で親交を深めて話し合いを行い撮影時の演技では、リアリティを出せるようにしてくれという事だろう。
「分かりました。すみません。撮影までには、リアリティ感を出せるように努めたいと思います。」
「分かりました。自分なりに役をもっと理解して演じれるように頑張ります。」
俺の言葉に続いて朝田も監督に今後の意気込みを告げる。チラリと盗み見た彼の表情は少しの不安と焦燥が交じっていたものの、やる気で目は爛々と輝いていた。正直に、すごいなと思ったし、尊敬する。自分には無い魅力を感じて心中のみで震えた。例えるならば研ぎ澄まされた日本刀を目にした時のどうしようもない美しさと本能的な恐れを感じた時のような。まぁ、意地とプライドで顔にだけは出さなかったが。なにせ、年こそ朝田の方が上とはいえ芸歴だけでいけば彼より自分の方が長いので。
そして、朝田のことを芸能界ではよくいる普通の顔立ちの子、もとい、しばらくすれば埋もれていくアイドルと断じた自分を恥じた。彼の美しさや人を惹きつける訴求力の源は整った容姿だけでなく、内面から溢れ出す輝きによるものなのだろう。俺の中で朝田という人間の好感度がかなり上がったのを自分でも感じる。
「うん。2人ともよろしくお願いします。
ごめんなさいね、初日から呼び出したら力入りすぎちゃいますよね。撮影までに2人で少しでも話し合ってもらえばと思って声掛けただけだからあまり気にしすぎないでくださいね。」
監督はそう締めくくると、スタッフ達に呼ばれて去っていった。2人きりにされると待てを言い渡された犬が主人から許可を得た時のような心境で朝田を見る。元々、人と関わるのが好きな方であるが先程、朝田の魅力に気づいてしまった自分には聞きたいことなど山のようにあった。好きなものとか、普段何しているのかとか、どうしてアイドルになったのかとかエトセトラ、エトセトラ…。いや、ここは冷静に挨拶から初めなくては。やはり何事も最初が肝心だと言うし、今後のことも考えるとここで一気に聞きたいことを聞いて引かれるのだけは避けたい。
「えっと、朝田さん、もし良ければ茜と蒼について色々話し合いたいので時間が空いてる日に会えませんか?…それと、朝田さんのことも、もっと知りたいですし…」
朝田は形の良いアーモンド状の目を2、3度パチパチと閉じたり開いたりするとニコリと微笑んだ。
「誘っていただき、ありがとうございます。俺も夜見さんと演技のことを色々と話したいと思ってたんです。それと、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。確かに俺の方が年上ですけど芸歴で言ったら夜見さんの方が先輩ですし。名前も気軽に呼び捨てで呼んでください。」
キラッと完璧なアイドルスマイルと共に、そんなことを言われ一瞬あるはずのない星が飛んでいるのが見えた。身体中の血が素早く巡り鼓動が何時もより早いリズムを取っているのが自分でも分かる。さっきまで、芸能界の中では普通の子とか言っていたのに好意が湧いてきた途端にこれとは現金なものだ。それにしても、笑顔ひとつでこの威力…恐るべし人気絶頂アイドル…。
「嬉しい!ありがとう。じゃあ、陽那岐って呼んでいい?俺のことも気軽に呼び捨てで呼んで!それと、俺に対して敬語じゃなくても良いから!」
「うん。こちらこそ、ありがとう。俺も嬉しい。じゃあ、俺も凪月って呼んでいい?」
「もちろん。あっ!会う日の日程ってどうする?」
「うーん、マネージャーに聞いてみないと分からないな。連絡先交換してもらっても良い?後で連絡するから。」
「了解。えっと、ちょっと待ってね。」
しまった。こんな時に限って携帯をマネージャーに預けっぱなしで持っていない(マネージャーは顔合わせが終わるくらいに迎えに来ると言って別現場に行ってしまった)。紙も台本くらいしかないし、はてさて、どこに書いたものか…。ポケットの中を漁るも都合よくメモ帳が出てくるなんてことも無く、どうしようと困っていると未開封の水が入ったペットボトルをトートバッグに入れていたのを思い出した。トートバッグからペットボトルを取り出すとそこに連絡先を書き陽那岐に渡す。
「ごめん。これしか書くものなくて…。これ、まだ未開封だからもし良かったら飲んでくれて良いので。」
陽那岐は、首をこくりと傾げたあと、まじまじとペットボトルと俺を見る。一瞬、まるでお酒に酔ったかのように恍惚な表情をしたかと思うと直ぐに完璧なアイドルスマイル戻りペットボトルを大切に受け取るとお礼を言われた。
「お、おう。凪月、ありがとう。今日中にここに連絡するな。」
「あ、うん。よろしく。」
爽やかなアイドルスマイルすぎて日差しに当たった吸血鬼のように砂になるかと思った。たぶん恍惚な表情をしたように見えたのは俺の気のせいだろう。
「おーい、お二人さん。恋の青春真っ盛りのところ大変恐縮ではございますが、そろそろ読み合わせを再開してもよろしいでしょうか~?」
ニヤニヤ笑いながら八坂がからかうように言う。八坂の目と脳内は男性2人が連絡先を交換するという恋も青春もへったくれもないシーンをどう捉えたのか全くもって理解不能だが、そんなことを聞いてくる。正直、大丈夫かこの人?である。とは言え再開時間になってたのに集まらなかった自分たちに非があることは確かなため素直に謝る。
「再開時間に遅れたのはすみません。でも、恋も青春も真っ盛りでは無いですよ?」
チラッと陽那岐を見ると頬を薄桃色に染めて地面に向いて俯いていた。目眩がして俺は天を仰いだ。なるほど、役者業界ではこういう、からかいは日常茶飯事で自分は慣れてしまったが初参加の陽那岐は真に受けて恥ずかしくなってしまったらしい。それは申し訳ないことをした。今、自分に出来ることは八坂の言に反論して訂正してもらうことくらいだけれど。
「またまた~。どこの清涼飲料水のCMかと思うほどの初々しい感じだったよ~」
「八坂さんは今すぐ眼科に行った方がいいと思います。」
「いや、俺の目が悪いわけじゃないから!ね!監督!俺のが合ってますよね?」
「まぁ、まぁ。夜見君、朝田君さっきも伝えたけど、2人が仲良ければ良いほどこの撮影は上手くいくように私は感じています。私がそれを伝えてから少しの休憩時間でそれだけ仲良くなってもらえるのは監督として嬉しい誤算でした。役者として素晴らしいと思います。八坂君はからかいながらも、それを褒めたかったんだと思いますよ。ね、八坂君?」
詰め寄る八坂に対して、ニッコリ微笑むとそうまとめた。八坂は照れたように頬を指で軽くかきながら「別に褒めたわけじゃ…でも、さっきの初対面からそこまで仲良くなれるのは演技的にいい影響があるから良いと思うけど…」と呟いている。監督は強し。
「さぁ、良い流れも来ていることですし、このまま読み合わせの再開を始めましょうか。では、先程中断したシーンから行きます。岸谷くん、カウントお願いします。」
「はい。では、皆さん3秒前からカウントします。3、2、1…」
そこからの読み合わせは初日ならこんなものかというくらいのレベルにまで引き上げることが出来た。とは言え、まだ役をつかみ切っておらず監督の目もキラキラと輝いている(こけそうな映画を撮影する時ほど玩具をもらった子供のように目を輝かせる)ので、油断などする隙もないが…。そんなことを考えながらカバンに荷物を詰めているとマネージャーが迎えに来た。「凪月君。車を駐車場に止めてあるから先に向かってて。これから他事務所のマネージャーとかに挨拶回りしなきゃだからさ。ごめんね。」と鍵を渡される。
「え、あっはい。」
「じゃ、よろしくね」
そう告げると早速別事務所のマネージャーと挨拶しに行ってしまった。
「凪月。今って良い?」
「え?う…うん、良いけど。どうしたの?」
「明日からクランクアップまでの間、俺の恋人になってください!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

踏み出した一歩の行方

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:65

言ってはいけない言葉だったと理解するには遅すぎた。

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:460

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85,265pt お気に入り:3,345

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:36,515pt お気に入り:396

あみだくじで決める運命【オメガバース】

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:163

【R18】幼馴染が変態だったのでセフレになってもらいました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:39

『白薔薇』のマリオネット

BL / 連載中 24h.ポイント:640pt お気に入り:67

番いのαから逃げたいΩくんの話

BL / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:1,022

処理中です...