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あれから俺は、とてもじゃないけどクレナデンのライブを見る気にはならなくて、直ぐに楽屋に戻った。
「海斗?どうしたんだよ。クレナデンのライブは良いのか?」
心配そうに三月に聞かれる。それはそうだろう。クレナデンは人生とか言ってた人がせっかくのクレナデンのライブを見に行ってないのだから。どうかしたのかなと思うのは人間の心理だ。
「うん。まぁ、色々あって」
俺は、言葉を濁した。だって正直に話せるわけないじゃないか。そんな、推しである黒咲璃桜とセフレの時間を邪魔してこれから俺がセフレの代理をしなくてはいけないなんて。しかも、推しだから断り切れなかったなんて。軽蔑されて終わりだ。
「というか、顔色悪くないか?」
なおも三月から心配されて居心地の悪い気分になる。三月は優しい。それ故に申し訳なさとか罪悪感から座り心地の悪い気分になる。
「あ、えっと。ちょっと偏頭痛で」
「なるほど。じゃあ、早めに帰るか?」
「いや、薬飲んだから大丈夫。もうすぐ良くなると思うから」
「そっか」
なおも心配そうな三月に心の中だけで謝る。
トントンと楽屋の扉を叩かれた。はーい、と三月が返事を返す。
「みんな、お疲れ様。紹介したい人が居るんだけど良いかな?」
マネージャーの真白 ましろが人の良さそうな笑みを浮かべて楽屋に入ってきた。
「フェアリーミルクの皆。素晴らしいパフォーマンスだったわ。私もう、ファンになっちゃった」
――え、誰?
それがフェアリーミルクの総意だった。黙っていれば金糸のようにサラサラと流れるボブに近い金髪ヘアが嘘みたいに似合っている王子様のような人なのに口調と表情が二丁目のおかまのそれで、結果的にとても残念な感じになっている。
「この方は日向宗一郎さん。有名なプロデューサー兼作詞作曲家だよ。皆のライブを見てぜひ、プロデュースしたいって仰ってくれたんだ」
「そういうこと。皆のライブを見てファンになっちゃったからぜひ、プロデュースしたいなって思ったの。よろしくね」
ウインク付きで挨拶される。随分と濃いプロデューサー兼作詞作曲家だ。
「ありがとうございます。そう言ってもらって嬉しいです。ぜひよろしくお願いいたします」
三月が嬉しそうに言う。それはそうだろう。何せ、自分たちのライブを著名なプロデューサーが見初めてくれてプロデュースさせてくれと言ってくれているのだから。湊もいつものクールさを少し崩して嬉しそうに頬を紅潮させて興奮している。
「三月君ね。貴方のパフォーマンス素晴らしかったわ。何よりも、アイドルを愛しているのが伝わってくるライブだった。アイドルが好きなのね。とても素敵よ。歌に関してはまだまだ伸びしろがあるけれど、其処は私がこれから目一杯レッスンしてあげるから安心して」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
三月が嬉しそうに日向と手を握り合っている。日向は次に湊の方を向くと三月の手を緩やかに解き湊を抱きしめる。湊はびっくりして固まっていた。それはそうだろう。誰だって初対面の人からいきなり抱きしめられたらびっくりする。
「湊君。貴方は一見アイドルにしては表情が乏しくて笑顔が少ないように見えるけれど、誰よりもファンの子たちを愛しているのが伝わってきたわ。だからこそかしら。笑顔が少ないのが嫌な感じじゃなくて、むしろ良いのよね。歌声も伸びやかで素敵だったわ。ダンスはまだ少し硬さがあるけれどそこはこれからレッスンしていけば大丈夫よ。私の知り合いの一流のダンス講師を紹介してあげる」
「ありがとうございます。」
湊が嬉しそうに微笑む。確かに湊は人一倍ファンの子たちを大切にしている。それは、ファンレターなどを丁寧に読んでファイリングして綺麗に保存しているところからも伝わって来るし、SNSでまめにファンへの感謝を言っているところからも伝わって来る。湊がファン想いなのはフェアリーミルクのファンなら誰しもが知っていることだ。けれども、たった一回のライブでそれを見抜くとは流石敏腕プロデューサー。
日向は抱きしめていた湊を離して俺を見る。今までとは違って少し不機嫌そうな目。二人と違って良いことを言われるのではないのは何となく伝わって来る。敏腕プロデューサー様のお眼鏡にどうやら俺は叶わなかったようだ。
「貴方が海斗君ね。海斗君。貴方はパフォーマンスも歌もずば抜けて上手かったわ。それにビジュアルだって素晴らしい。けれどもアイドルにとって一番大切なものが欠けていた。それが無いとアイドル失格なのよ。つまり、今の時点で海斗君はアイドル失格というわけね。もちろん、だからと言って貴方だけプロデュースしないというわけでは無いわ。三人揃ってフェアリーミルクだもの。それに三月君と湊君も完璧じゃないことがある。けれども海斗君のそれは私がレッスンして治るものでもないし、アイドルには必要不可欠なものだったというだけ」
「それは?」
「愛よ」
「愛」
何を言われたのか言葉は脳内に入って来るのに理解が出来なくてオウム返しに言葉を返す。アイ、あい、愛。
「アイドルという存在も、ファンの子たちも、自分自身も愛してない。そんなのはアイドルじゃないのよ。どれだけ素晴らしいパフォーマンスと歌とビジュアルがあったとしてもね」
全てを見透かされたような居心地の悪さを感じる。それはそうだろう。だって自分は愛されたくてアイドルを始めたのだ。愛したくて始めたわけじゃない。
「愛が無いとそんなにダメですか?」
日向に反論する。真白が冷や冷やしたようにこちらを見てくる。三月も湊もそうだ。
「もちろん。パフォーマンスが良くてビジュアルが良くて歌が良いだけならフォログラムでキャラを躍らせてコンピューターの音声で歌わせておけばいいのよ。人である必要なんて無いじゃない」
「それは…」
そうかもしれない。確かに日向の言う通りだ。けれども、愛したことなんて無いのだから、いきなり汝、人を愛せよみたいなことを言われても困る。
「海斗君は自分を愛したことが無いのね。だから、愛し方が分からない。まずは、自分を愛することから始めましょう」
そこで、ようやく日向は俺に微笑んだ。別に見放されたわけではないらしい。ただ、一番の問題児だなとは思われているだろうけれども。
「それは、どうすれば?」
「そこなのよねぇ。愛せって言われて愛せるならとっくの昔からやってるだろうし。こればかりは自分で見つけていくしかないもの。…よしっ、こうしましょう。これから一か月間三者三様でレッスンをします。三月君は歌のレッスン。これは私が担当するわ。次に湊君。貴方は私の知り合いのダンス講師からダンスのレッスンを受けてちょうだい。…それで海斗君だけど、毎日自分のためにしたことを私に伝えてちょうだい。少しずつ愛し方を学んでいきましょう」
「はい」
三月が頷く。
「分かりました」
湊もプロデューサーの指示を承諾した。
「それだけですか?」
俺だけは納得いかなくて素直にうなずけなかった。これでは、アイドルのレッスンでは無くて小学生の宿題である。下手したら幼稚園児の宿題かもしれない。
「基礎が出来てない人に応用なんて出来るわけないでしょう」
無碍なくあしらわれた。
「というわけで、明日からよろしくね」
テレビのチャンネルが切り替わるように笑みを浮かべると来た時と同じようにウインクをして日向は去っていった。
「その、日向さんが言ったレッスンはきっと海斗君のアイドル人生で糧になると思うんだ。だから、その」
気遣うように真白に言われる。それが余計にいたたまれない。
「分かってます」
硬い声で告げると真白は、ホッとしたように俺の肩を叩いて日向を追いかけて楽屋から出ていった。絶妙に気まずい空気だけが後に残された。
「海斗?どうしたんだよ。クレナデンのライブは良いのか?」
心配そうに三月に聞かれる。それはそうだろう。クレナデンは人生とか言ってた人がせっかくのクレナデンのライブを見に行ってないのだから。どうかしたのかなと思うのは人間の心理だ。
「うん。まぁ、色々あって」
俺は、言葉を濁した。だって正直に話せるわけないじゃないか。そんな、推しである黒咲璃桜とセフレの時間を邪魔してこれから俺がセフレの代理をしなくてはいけないなんて。しかも、推しだから断り切れなかったなんて。軽蔑されて終わりだ。
「というか、顔色悪くないか?」
なおも三月から心配されて居心地の悪い気分になる。三月は優しい。それ故に申し訳なさとか罪悪感から座り心地の悪い気分になる。
「あ、えっと。ちょっと偏頭痛で」
「なるほど。じゃあ、早めに帰るか?」
「いや、薬飲んだから大丈夫。もうすぐ良くなると思うから」
「そっか」
なおも心配そうな三月に心の中だけで謝る。
トントンと楽屋の扉を叩かれた。はーい、と三月が返事を返す。
「みんな、お疲れ様。紹介したい人が居るんだけど良いかな?」
マネージャーの真白 ましろが人の良さそうな笑みを浮かべて楽屋に入ってきた。
「フェアリーミルクの皆。素晴らしいパフォーマンスだったわ。私もう、ファンになっちゃった」
――え、誰?
それがフェアリーミルクの総意だった。黙っていれば金糸のようにサラサラと流れるボブに近い金髪ヘアが嘘みたいに似合っている王子様のような人なのに口調と表情が二丁目のおかまのそれで、結果的にとても残念な感じになっている。
「この方は日向宗一郎さん。有名なプロデューサー兼作詞作曲家だよ。皆のライブを見てぜひ、プロデュースしたいって仰ってくれたんだ」
「そういうこと。皆のライブを見てファンになっちゃったからぜひ、プロデュースしたいなって思ったの。よろしくね」
ウインク付きで挨拶される。随分と濃いプロデューサー兼作詞作曲家だ。
「ありがとうございます。そう言ってもらって嬉しいです。ぜひよろしくお願いいたします」
三月が嬉しそうに言う。それはそうだろう。何せ、自分たちのライブを著名なプロデューサーが見初めてくれてプロデュースさせてくれと言ってくれているのだから。湊もいつものクールさを少し崩して嬉しそうに頬を紅潮させて興奮している。
「三月君ね。貴方のパフォーマンス素晴らしかったわ。何よりも、アイドルを愛しているのが伝わってくるライブだった。アイドルが好きなのね。とても素敵よ。歌に関してはまだまだ伸びしろがあるけれど、其処は私がこれから目一杯レッスンしてあげるから安心して」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
三月が嬉しそうに日向と手を握り合っている。日向は次に湊の方を向くと三月の手を緩やかに解き湊を抱きしめる。湊はびっくりして固まっていた。それはそうだろう。誰だって初対面の人からいきなり抱きしめられたらびっくりする。
「湊君。貴方は一見アイドルにしては表情が乏しくて笑顔が少ないように見えるけれど、誰よりもファンの子たちを愛しているのが伝わってきたわ。だからこそかしら。笑顔が少ないのが嫌な感じじゃなくて、むしろ良いのよね。歌声も伸びやかで素敵だったわ。ダンスはまだ少し硬さがあるけれどそこはこれからレッスンしていけば大丈夫よ。私の知り合いの一流のダンス講師を紹介してあげる」
「ありがとうございます。」
湊が嬉しそうに微笑む。確かに湊は人一倍ファンの子たちを大切にしている。それは、ファンレターなどを丁寧に読んでファイリングして綺麗に保存しているところからも伝わって来るし、SNSでまめにファンへの感謝を言っているところからも伝わって来る。湊がファン想いなのはフェアリーミルクのファンなら誰しもが知っていることだ。けれども、たった一回のライブでそれを見抜くとは流石敏腕プロデューサー。
日向は抱きしめていた湊を離して俺を見る。今までとは違って少し不機嫌そうな目。二人と違って良いことを言われるのではないのは何となく伝わって来る。敏腕プロデューサー様のお眼鏡にどうやら俺は叶わなかったようだ。
「貴方が海斗君ね。海斗君。貴方はパフォーマンスも歌もずば抜けて上手かったわ。それにビジュアルだって素晴らしい。けれどもアイドルにとって一番大切なものが欠けていた。それが無いとアイドル失格なのよ。つまり、今の時点で海斗君はアイドル失格というわけね。もちろん、だからと言って貴方だけプロデュースしないというわけでは無いわ。三人揃ってフェアリーミルクだもの。それに三月君と湊君も完璧じゃないことがある。けれども海斗君のそれは私がレッスンして治るものでもないし、アイドルには必要不可欠なものだったというだけ」
「それは?」
「愛よ」
「愛」
何を言われたのか言葉は脳内に入って来るのに理解が出来なくてオウム返しに言葉を返す。アイ、あい、愛。
「アイドルという存在も、ファンの子たちも、自分自身も愛してない。そんなのはアイドルじゃないのよ。どれだけ素晴らしいパフォーマンスと歌とビジュアルがあったとしてもね」
全てを見透かされたような居心地の悪さを感じる。それはそうだろう。だって自分は愛されたくてアイドルを始めたのだ。愛したくて始めたわけじゃない。
「愛が無いとそんなにダメですか?」
日向に反論する。真白が冷や冷やしたようにこちらを見てくる。三月も湊もそうだ。
「もちろん。パフォーマンスが良くてビジュアルが良くて歌が良いだけならフォログラムでキャラを躍らせてコンピューターの音声で歌わせておけばいいのよ。人である必要なんて無いじゃない」
「それは…」
そうかもしれない。確かに日向の言う通りだ。けれども、愛したことなんて無いのだから、いきなり汝、人を愛せよみたいなことを言われても困る。
「海斗君は自分を愛したことが無いのね。だから、愛し方が分からない。まずは、自分を愛することから始めましょう」
そこで、ようやく日向は俺に微笑んだ。別に見放されたわけではないらしい。ただ、一番の問題児だなとは思われているだろうけれども。
「それは、どうすれば?」
「そこなのよねぇ。愛せって言われて愛せるならとっくの昔からやってるだろうし。こればかりは自分で見つけていくしかないもの。…よしっ、こうしましょう。これから一か月間三者三様でレッスンをします。三月君は歌のレッスン。これは私が担当するわ。次に湊君。貴方は私の知り合いのダンス講師からダンスのレッスンを受けてちょうだい。…それで海斗君だけど、毎日自分のためにしたことを私に伝えてちょうだい。少しずつ愛し方を学んでいきましょう」
「はい」
三月が頷く。
「分かりました」
湊もプロデューサーの指示を承諾した。
「それだけですか?」
俺だけは納得いかなくて素直にうなずけなかった。これでは、アイドルのレッスンでは無くて小学生の宿題である。下手したら幼稚園児の宿題かもしれない。
「基礎が出来てない人に応用なんて出来るわけないでしょう」
無碍なくあしらわれた。
「というわけで、明日からよろしくね」
テレビのチャンネルが切り替わるように笑みを浮かべると来た時と同じようにウインクをして日向は去っていった。
「その、日向さんが言ったレッスンはきっと海斗君のアイドル人生で糧になると思うんだ。だから、その」
気遣うように真白に言われる。それが余計にいたたまれない。
「分かってます」
硬い声で告げると真白は、ホッとしたように俺の肩を叩いて日向を追いかけて楽屋から出ていった。絶妙に気まずい空気だけが後に残された。
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