R18 短編集

上島治麻

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悲鳴、嬌声、感嘆エトセトラ、エトセトラ。照明が自分に当たる。マイクを口元に持っていく。一つ呼吸をして声を会場中に響かせながら多角度に笑顔を送る。リズムに合わせてターンからのステップ。軽やかに踊る。ウインクしたタイミングでファンの子からキャーという歓声が上がった。いつも通り。でも、いつもと違って俺はファンの子達の目を見るようにした。一人一人、丁寧に。センターということもあって今までよりファンの子達の目が俺に集まる。今までだったら、その余韻に浸るだけだった。でも、日向の言葉を思い出して俺も見返す。そこには、今までと全然違う世界が広がっていた。もちろん、純粋に楽しんでいる人もいる。けど、そうじゃない人も少なくない数いた。三月に誘われてアイドルライブに通っていた時の俺のように、羨ましい、自分も愛されたい。訴えるように強い眼差し。
――ああ、あの時の俺と全く同じだ。
自分と同じ眼差しをしているファンの子達に自分を重ねて救いあげたくなる。それがエゴだと言われようとも。だって、俺はずっと救われたかったから。
――もう、悲しまなくていいよ。愛されないと感じるなら、俺がもう要らないっていうくらい愛するから。
祈りのような歌と踊りをファンの子達に送る。ライブの時間は一瞬のようにも永遠のようにも感じた。


ライブ終了後に楽屋で水を飲んでいると三月と湊が抱き着いてきた。
「え、何?」
「海斗、今日最高だったよ。いつもと全然違った」
「うん。今日の海斗は神懸ってた。比喩じゃなくて、神を降ろしてる巫女みたいな。なんていうか凄みがあった」
「なんだよ、それ」
「湊の言い方は確かに独特な表現だけどさ。俺も湊と同意見。んー、分かりやすく言うと海斗とクレナデンのライブを初めて見に行った時の璃桜さんみたいな感じ」
「そっか…」
それは、少し嬉しい。もしかしたら、璃桜さんもあの時、自分と同じ愛されたいと願っている人を救いあげたいと思って歌っていたのかな、なんて思う。
バンと、楽屋の扉が大きな音を立てて開けられる。
「ブラーボーよ。皆、最高!今日のライブは大成功ね」
「「「日向さん」」」
「三月君は前より音が安定していて綺麗な音色になっていたし、湊君もダンスに滑らかさが出てて美しかったわ。…海斗君は愛を感じるパフォーマンスだった。こないだと見違えるような素晴らしいパフォーマンスね」
「「「ありがとうございます」」」
日向は自分の髪を人撫でする。
「私、今日のライブで確信したの。フェアリーミルクの皆は地下アイドルで終わるには惜しいわ。私が地上のアイドルに押し上げて見せる。これから、もっとレッスンが厳しくなるけど皆ついてきてね。」
ウインク一つしてモデルのような歩みで楽屋を日向が去っていく。
「これから、もっと頑張らなくちゃな」
「あぁ、ここまで来たらテレビの歌番組に出まくろうな」
三月が満面の笑みで告げる。
「その前に、レッスン頑張らないとだけどね」
冷静に言う湊も言葉に反して嬉しさが身体中から滲み出ている。


あの後、喜びの余韻に浸りながら三人で呑んで解散した俺は、ふわふわした気持ちと同じで、ふわふわした足取りのまま帰路についていた。だから、目の前から来る人影に気付かなくてぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
可愛らしい声が耳に入って来る。声の方を見るとミルクティー色の髪を緩やかに巻いて可愛らしいコートを羽織った愛らしい顔立ちの女性が微笑んでいた。その隣に居た男を見て俺は硬直する。人間、衝撃映像を見ると固まるっていうけど、こういうことなんだな、なんて知りたくも無いことを今日、知った。隣に居た男は黒咲璃桜だった。胸がぎゅってなって、まるで心筋梗塞が起きたように苦しくて息が出来なくてその場から走り去る。
「あ、ちょっと」
引き留めるような璃桜の声を完璧に無視して走って、走って、走って、気づいたら無人の公園に辿り着いていた。公園の隅に蹲る。あの女性は璃桜の新しいセフレなのか。それとも恋人かもしれない。もともと、璃桜のセフレ――結局セフレになってないけど――は璃桜から無理やり言われてなっただけだし、新しいセフレが出来るまでという約束だった。だから、こんな風に苦しくなるのはおかしい。分かってる。けど、もう璃桜とご飯を一緒に食べれなくて、一緒に寝れなくて、朝のおはようを言った時に、ふんわりとした笑顔が見れないのも全部、全部嫌だ。もっと見たい。もっと近づきたい。離れたくなんて無い。
――あ、俺、璃桜さんに恋してたんだ。
最悪のタイミングで気づいてしまった。知りたくなんて無かった。だって、知らなければ合鍵を返せと言われても、もう来なくても良いと言われても、笑顔で、はいって言えたから。もう言えない。気づいてしまったから。
「はぁ。最悪」
「何が最悪なの」
聞きなじみのある大好きな声が上から響いて顔を上げる。
「璃桜さん…」
「どうして、逃げたの?気になって走ってきたから余計な体力使ったんだけど。取り敢えず話聞くから家に来なよ」
璃桜さんが俺の腕を掴もうとするから逃げるようにパシッと跳ね返して立ち上がる。走って逃げようとしたら今度こそ腕を掴まれて逃げれなくなる。逃すまいという思いが伝わってくる力で握られて腕と心がズキズキした。
「離してください」
「嫌だ」
「なんで」
「ここで、離したら海斗君、何か勘違いしたままいるでしょう」
「…たぶん勘違いじゃないです」
はぁっというため息が聞こえる。
「海斗君のその自信はどこから来るの。ほら、話して」
「…さっきの人、璃桜さんの新しいセフレか恋人ですよね」
驚いたように璃桜が瞠目する。
ほら、やっぱりそうなんだと落ち込んで、顔を俯かせる。
「もし、そうだとしても、なんで逃げるの?」
「璃桜さんのことが、好きだからですよ!ご飯を作るのが上手いところも、安心したように俺の前で眠るところも、朝起きた時のふんわりとした雰囲気も全部、全部、大好きなんです。…それに璃桜さんは俺を救ってくれた人だから」
ボロボロと崩れたジェンガのように感情が口から零れだす。
「救った?」
「そうです。三月に連れられて見に行ったクレナデンのライブで、孤独は寂しくて寒くて痛いと。その痛みは当たり前なんかじゃなくてちゃんと訴えなくてはいけないものなんだって璃桜さんが歌った時に救われたんです。愛されたくて傷ついていて、でもそれを痛いと言っちゃいけないと思っていた時に璃桜さんがそう言ってくれて、初めて自分の痛みを認めてもらえた気がしたんです」
言いながら涙が次から次から肌を伝って、こそばゆい。鼻も詰まって来て最悪だ。
痛みすら感じなくなるほど握られていた腕を引っ張られて抱きしめられる。
「え?」
「そっか。救ったつもりはないんだけど、それで海斗君が救われていたなら良かった」
抱きしめられたまま、横髪を耳にかけられて唇を寄せられる。
「好きだよ。俺も海斗君が」
吐息が耳に当たって身体中が、ゾクゾクする。
「なんで…ですか?」
「うーん、俺も海斗君に救われたからかな」
まるで、コンビニでおにぎりの種類を決めた時の理由を話すみたいな軽い言い方に腹が立つ。
「適当ですか」
「違うよ。本当に好き。ね、信じて」
窺うように唇にキスされて素直に信じてしまう自分はチョロい。
「…分かりました」
「ありがとう。じゃあ、帰ろうか」
「どこに?」
「もちろん俺の部屋に」


部屋の玄関に入ると璃桜が後ろ手で扉を閉める。バタンという音がいやに大きく聞こえる。璃桜の唇が俺の唇に触れる。何度か啄むようなキスをした後、璃桜は俺の唇を舐めた。
「ひゃっ」
変な声が出た。声が出たタイミングで口の中に舌が入り込む。舐めて、吸われる。段々、酸素不足でクラクラしてくる。ついに立っていることが出来なくて玄関に座り込む。体重をかけるように押し倒されて、なおも口づけは続く。もはや口づけというより口の中を食べられているという表現の方がピタリと合いそうだ。
「んぅ…あっ」
口内の上奥を舌でくすぐられて媚びるような声が出る。恥ずかしい。でも、それ以上に気持ちいい。そのまま、するすると璃桜はズボンのジッパーとボタンを外すと下着ごと引き下げた。ようやく唇を離したかと思うと、もうすでに反応を兆して緩やかに立ち上がっているペニスを、するりと綺麗な指で、ひと撫でする。
「あっ…。えっ、す…するんですか?」
「するよ」
「でも、初体験は奪わない主義って、言って…」
「恋人は別」
「こいびと…」
チョコレートのように甘く蕩ける言葉が耳朶を震わす。心まで溶けてすべてを許してしまう。
「ねぇ、ダメ?」
「い、良いですよ」
璃桜が欲しいものが手に入った幼子のように純粋に笑う。
細くて長い指が俺の腕を這って、そのまま指を落ちたらすぐに壊れてしまうガラス細工に触るように、ゆるゆるとなぞる。反対側の手はペニスを指をなぞる動きと同じように擦る。
「はぁ、あ…。んっ」
「いっても良いよ」
耳を食べるように璃桜が囁く。
「あぁっ」
白濁が噴水のように溢れ出して己の体と璃桜の服を汚す。
「はぁ、はぁ」
いった余韻で肩で息をする。シャトルランで全力疾走した後のような苦しさなのに、爽やかさは無くて、代わりにあるのは快楽のみだ。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけ…無いですよ」
「そっか。でも残念。これで終わりじゃないから」
俺の出した白い液体を俺の身体を指でなぞって拭き取ると自分の唇に口紅を塗るみたいに璃桜は塗り込んだ。
「え?」
疑問を聞き返す間もなく靴を脱がされて膝に腕を入れられて抱えられる。
所謂、お姫様抱っこというやつだ。
「そういうことをしたことがない海斗君は知らないだろうけど、セックスには準備が必要なんだよ。だから、これから、その準備をしに行こうね」
幼子に言い聞かせるみたいな口調で璃桜が言う。馬鹿にされているみたいで少しむかつく。
けれども、次にどうするかなんて分からないので何も言い返せない。
連れてかれたのは脱衣所だった。そういえば、最初にセフレを誘われた時もお風呂に入るか聞かれた気がする。お風呂に入るのはセックスをすることの通過儀礼なのかもしれない。
「お風呂に入るんですか?」
「うーん、入っても良いけど、取り敢えずはシャワーだけかな。俺もそんなに待てないし」
「待つ?」
「早く、海斗君の中に入りたいってこと」
璃桜が微笑みながら言う。何が起こるのか全く分からない。けど、璃桜がそう笑うなら、もう何でもいいか、なんて思う。
ゆっくり、降ろされて中途半端に脱げていた服を完全に脱がされる。俺を脱がした後に、璃桜自身も服を脱ぎ始めた。どことなく、焦っている姿に、求められている感じがして嬉しい。二人とも裸になって風呂場に入る。璃桜が蛇口を捻って程よく温められた温度の雨が二人の上に降る。雨は唐突に止んだ。璃桜がシャワーヘッドを引っ掛けていたところから外したのだ。
「…なっ?」
突然、暖かいお湯をお尻に当てられ驚く。
「ちょっとだけ、我慢してね」
片手でお尻を割られて自分でも見ないような場所をガン見されながらシャワーのお湯を注がれる。
「んぅ…くっ」
排出する場所であって何かを入れる場所でないところに水が入って来て気持ち悪さと痛みが襲ってくる。
「初めてだから痛いよね。ごめんね」
謝られても、苦しいものは苦しい。半泣きになりながら少しでも痛みを逃がすためにタイルを指で引っ掻く。宥めるように璃桜が唇にキスする。シャワーヘッドを持つ手の反対側では、すっかり萎えてしまったものを、ゆるゆると撫でるように擦られた。気持ち良さと気持ち悪さがミキサーで搔き混ぜられたみたいに混在して気が狂いそうだ。
「も、もぉ、無理」
「大丈夫。終わったよ」
「お、終わった?」
安堵でその場でへたり込みそうになる。へたり込む寸前でまた璃桜に抱えられたから未遂で終わったけれども。璃桜はひ弱に見えて意外と力持ちらしい。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないです。でも、良いです。璃桜さんが良いなら」
泣きはらした顔で笑う。璃桜が嬉しそうに笑ってベッドルームまで連れていく。これで終わりだというし、疲れたし、もうこのまま寝たい。うつらうつらとしているとベッドにそっと降ろされた。柔らかなマットレスが疲れた体を包む。
――気持ちいい。寝よ。
「…うっ?な、なに?」
うつらうつらと現実と夢の世界を彷徨っていたら急激な異物感に襲われた。急速に現実に戻される。異物感のある下腹部を見るとぬるついたものを纏った璃桜の指が俺の後ろの窄まりの中に少しだけ入り込んでいる。細かく言うと第一関節くらい。よくぞ入ったものだと思う。自分の体なのに不思議だ。
「痛い?」
「くぅっ…痛いっていうより異物感の方が…はぁ…あるかも、です」
「ちょっとだけ我慢してね」
璃桜は言うと水流を入れてきた時と同じように宥めるように口づけてきた。あの時と違うのは唇だけじゃなくて、覆い被さって身体中にキスをしてきたこと。どんどん、どんどん璃桜の指が後ろの窄まりの中を暴くように蠢く。気持ちいい、気持ち悪い、気持ちいい…。段々、意識が朦朧としてきて気持ちいいのか気持ち悪いのか分からなくなってきた。
「あぁっ」
自分が出した一際、高い声に驚いて両手で口を塞ぐ。璃桜がどこかを触った瞬間、よく分からない強すぎる快楽が走った。
「海斗君の気持ちいいところ見つけた」
璃桜は、何故か達成感に満ち溢れた顔をして、其処を執拗に撫でる。
「あっ、んぅ、はぁ、あ、そ、そこダメ、あっ、ですって」
「なんで?気持ちいいでしょ?」
「んぅっ、気持ち、いい?」
「そう、これは、気持ちいいことだよ」
「あぁ、んっ」
激しい快楽をもたらす其処を指で撫でながら反対の手で先走りを溢している俺のものを、撫でる。
「あぁぁっ」
己のペニスから盛大に白い白濁が飛び散って身体を汚した。
刷り込みのように気持ちいいと覚えさせられる。身体が璃桜によって作り変えられる。身だけじゃなくて脳髄も。
「もう、良いかな。ねぇ、海斗君の中に入れさせて」
返事する余裕なんて無くて、こくこくと、ただ頷く。幸せに笑う璃桜を見て、嬉しくなって笑う。
双果の蕾から璃桜の指が抜けていく。
「んぅっ」
璃桜が先走りで先端が濡れている己のものにローションを雑に塗りかる。先ほどまで璃桜の指が入っていた蕾に璃桜のペニスが入り込んでくる。指とは比べ物にならない圧迫感。けれども、丹念にほぐされた身体は従順に璃桜を受け入れる。
「動くね」
緩く、早く、巧妙に動く璃桜に翻弄される。
「あぁ、んっ。…ね、気持ちいいですか?」
「気持ちいいよ」
「良かった…っ」
「くっ…もう出そう」
「出していいですよ」
「良いの?」
「ぎゅってしてくれるなら」
「もちろん」
首筋に手を回されて、ぎゅうっと抱きしめられる。俺も璃桜さんの首筋に手を回してぎゅっと抱きしめる。
「好きです」
「俺も。好きだよ」
中を搔き混ぜる動きが早くなる。
「くっ、はぁはぁ」
「んんんっ」
チョコレートから蕩けだしたキャラメルのように璃桜の精液が体内に広がる。生暖かくて愛おしい。
「海斗君、愛してる。だから、海斗君も俺を愛して。好きなんかじゃ足りない」
朦朧とする意識の中で璃桜に囁かれる。
「愛して?」
「そう」
「こういうこと、するくらいには愛してます」
「信用無い愛だね。海斗君は簡単にセフレを立候補するくらいだから」
そう言われると返答に困る。確かに、何も知らないのに推しと繋がりたいからという理由と、やけっぱちだったという理由でセフレとして、のこのこついてきたので何も言えない。
「そうですね。…あ、例えばですけど今ここで璃桜さんに殺されても恨みません」
「どういうこと?」
「殺されても良いくらいには愛してるってことです」
自分のことすら愛せなかったのに、他人に対してそこまで愛せるなんて。自分で自分のことが信じられない。けど、嘘じゃない。
璃桜が、俺の肩に顔を埋める。
「もう、本当に…」
「え?どうしました?」
「最高の殺し文句だよ。ありがとう」
「どういたしまして?」
暗闇を照らす柔らかな月の光が、花嫁のヴェールのように包む。きっとこれからは、誰かから愛されたいじゃなくて、璃桜から愛されたいと願うのだろう。愛されたい俺が愛した彼に。
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