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6、凍えそうな帰り道

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  それからというもの私は歩悠先輩のまえではとにかく先輩の求めるものや先輩の行動をよく観察するようになった。
 先輩が私に好きだと言ってくれた時だけ同じように返して、ほめてくれた時なども同じようにした。
 なるべく自分からは話しかけたりはしないようにして先輩が私と話したいと思った時だけ話せるようにもした。
 会話をした時もなるべく自分の話はせずに先輩の話を聞くように心がけた。
 相槌を打って目が合わないように少し下を見て会話をするのがデフォルトになった。

「ねえ、茉衣ちゃん」
「んー?」
「なんか最近元気なくない?この前まではすごい楽しそうだったのに」

 いつものように乃蒼くんと隣の机同士で仕事をしていたらそんなことを言われてしまった。
 どうやら、私の機嫌がよかったのはみんなの共通認識だったみたいだ。
 私、そんなにわかりやすいかな?
 つい先日七星ちゃんに機嫌がいいと言われたばかりなので乃蒼くんの言ったことは半分は納得できたが、元気がないというのには心当たりがなかった。
 歩悠先輩ち別れるのが嫌だとは思っているけど、まだ付き合っているし自分に元気がなくなる原因が思いつかなかった。

「全然そんなことないよ?」
「あっそ、……ならいいけど」

 乃蒼くんは対して気にも留めていなかったのかあっさりと引き下がった。
 乃蒼くんの気のせいかなとも思ったけれどそれからというものいろんな人に同じような言葉をかけられた。
 歩悠先輩にも何度言われたかわからない。

「茉衣、やっぱり疲れてない?今日は帰ったほうがいいよ」

 まだ、みんながいる時間だけど、歩悠先輩は困り顔でわたしの机をのぞき込んできた。
 確かに全然仕事が進んでないかもしれない。
 もちろん締め切りがあるやつなどはちゃんと計画的にやっているけど、普段よりも進みが遅いのは明らかだった。
 ああ、また先輩を困らせてしまっている。

「ごめんなさい。ちゃんとやります」

 私の返事に先輩はまた困った顔で何かを言った気がしたけどうまく入ってこなかった。
 最近何を言ってもしても先輩はこんな感じの顔で全然笑ってくれなくなってしまったのだ。
 気が付いたら先輩は自分のデスクに戻っていてそのことに無性に寂しさを覚える自分にも嫌気がさす。
 思うように進まない仕事にも涙がにじみそうだ。



「今日は送るよ」

 急に話しかけられたことにびっくりして顔を上げたら、歩悠先輩の顔が間近にあった。
 しかも、もう部屋には私たち二人しかいなくなっていてなかなか仕事が終わらない私に声をかけてくれたみたいだった。
 ボーっとしているうちにずいぶん時間がたってしまっていたみたいだ。
 また、先輩を疲れさせてしまう。
 最近はこんなことばかりだ。

「大丈夫です。お疲れさまでした。」

 慌ててバックを持って部屋を出ようとするけれど腕をつかまれて阻止されてしまった。

「待って、戸締りしてから行くから」

 先輩は私からすぐに手を放して窓に向かう。
 ここまで言われて勝手に変えるわけにもいかず、黙って戸締りを手伝うことにした。
 一緒に帰ったって気まずいだけなのに。
 そこまで思って初めて自分が先輩と入れることをうれしいと思えなくなっていることに気が付いてしまった。



「………何か悩みがあるの?」
「いえ、何も」

 初めて一緒に歩く帰り道は嬉しいはずなのになぜか全く喜べなかった。
 何度か一緒に帰ろうと言われていたけど、男子寮と女子寮は近くないし申し訳ないのでいつも友達と帰ると断っていた。
 私がぼんやりしていたせいで、帰りまで子守りのようなことをさせてしまった罪悪感ばかりが募ってなるべく速く歩くことしか考えられない。
 ゆっくり話しながら帰るなんて考えもしてなかった。

「茉衣、もう嫌になった?俺が君を縛るのが耐えられなくなった?」
「え、何ですか?」

 突然の質問に驚いてそう返したけれど、先輩の話しぶりからはずっと耐えてきたものを吐き出したみたいに聞こえた。
 嫌になるはずなんてないのに、縛られているなんて全然考えたこともなかったのに。
 だけど、なんでそんな私のことを好きみたいに言うんだろう。

「最近ずっと、元気ないって羽美ちゃんが言ってたんだ。時期的に俺と付き合ってからすぐなんじゃないかと思って」

 あー、なんだ。
 先輩が心配してくれたことに本当は少しうれしかった。
 だけど、その根底にはやっぱり羽美先輩がいて、よくわからないいろんな感情に気持ち悪くなりそうだ。
 歩悠先輩は私のことを見てくれたわけでも考えてくれたわけでもなくてただ羽美先輩の心配事を取り除きたいだけだ。
 我ながら最低である。
 でも、それしか思えなかったのだ。
 羽美先輩を好きな歩悠先輩で良かったはずなのに、二番目なんて全然気にしていなかったのに気が付いたらこんなに性格が悪くなっていた。
 私のことを考えてほしいなんて一ミリも思っていなかったはずなのに。

「別に、大丈夫です」
「いや、でも!」

 なおも食い下がる先輩にどうしようもなくイライラしている自分に驚いてしまう。
 私はもう先輩が好きではなくなかったのだろうか。
 前までの私だったら歩悠先輩の顔を見れば何か嫌なことがあっても癒されて元気をもらっててイライラなんてしたことなかったのに。

「本当に大丈夫ですから!……先輩は私よりも羽美先輩を信じてるんですね」

 私の否定の言葉を聞いてもなお、羽美先輩の言葉を信じて言い募る歩悠先輩に我慢できなかった。
 絶対に口にしてはいけなかったと理解している。
 だって、いまさら何を言っている?
 そんなの当たり前だ。
 私が羽美先輩よりもこの人に優先されたことなんて、告白ですら、なかったはずなのに。
 どうして今更自分のほうが優先されたいと思っているのか自分のことのはずなのに全く理解できなかった。
 ずっとどっちを大切にしているかなんて分かってて付き合ったのにこんなこと言うなんて最低だ。
 案の定先輩は驚いたような傷ついたような顔をしている。
 困った顔も悩む顔も疲れた顔も見ていたし、それも含めて大好きだったけど。

「すみません。お疲れ様でした」

 この人のそんな顔だけは見ていられなくて顔を見ないままに寮に入る。
 ごめんなさい、先輩。
 お願いだから、私なんかの言葉で傷つかないで。
 自分の汚い心を棚に上げてそんなことを思う。
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