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7、恋に落ちた日〈Ayu side〉
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「先輩の周りにいる人たちはきっと、少なくとも生徒会にいる人たちはみんな、先輩に頼られたらうれしい人たちばかりですよ」
私も含めて。
そう言って少し照れたように笑う彼女にどうしようもなく俺は恋に落ちてしまった。
いつも快活に笑う彼女が遠慮がちにはにかむ姿はどうしようもなく可愛かったと今でも目に焼き付いている。
今田茉衣、今年入ってきた生徒会の庶務を務める後輩だった。
普段は黒っぽいが日に当たると少し透けるような茶色っぽい髪をいつも耳うえでハーアップに結んでいる。
身長は低めで並ぶと思ったより身長差があってたまにびっくりすることがある。
真ん丸な瞳も相まって小動物っぽいかわいらしい子だ。
誰にでも向ける楽しそうな笑顔はかわいらしいが今の彼女の笑顔は包んでくれるような頼れそうな笑顔だった。
どうしようもなく弱ったときにそのかっこいい笑顔に落ちて、そんな頼れる笑顔を向けてくれる彼女が頼ってくれる人間になりたいと思った。
その日から俺は馬鹿みたいに必死になって彼女との距離を縮めていた。
彼女が気を使って一緒に残業をしてくれるようになったことをいいことにここぞとばかりにたくさん話しかけていた。
本当は遠慮して早く帰らせてあげようとも思っていたけど彼女はいつも人といて二人で離せるタイミングがないのだ。
せっかく助けている先輩がこんな下心を持ってこの場にいると知ったらこの子はもうこんな風に笑いかけてはくれなくなるのだろうと思いながら、彼女の笑顔を見つめる。
そのくらい、なんというか邪気のない笑顔に思えた。
「茉衣は好きな人とかいるの?」
「なんですか?急に。先輩こそいるんですか?」
丸い目をさらに丸くキョトンとした茉衣は俺の思っていた答えと違ってこちらに聞き返してきた。
もしかして、聞かれたら困ることなんだろうか。
「うん。いるよって大丈夫_!?_」
まさか、「君だ」だとは言えなくて、しかしうそをつくのも嫌で頷くにとどめておく。
これなら別に嘘をついていることにはならない。
だけど、彼女はなぜか動揺したように書類をばらまいていた。
彼女はよく手を滑らせているような気がするし多分たまたまだろう。
本当に少しだけ俺に好きな人がいることを気にしてくれたらいい、なんて思いながら。
きっとそんなことはないんだろうと自分の妄想を一蹴する。
「あ、はい。すみません!大丈夫です!ありがとうございます。……それで、どんな人なんですか?」
しかし、願いもむなしく茉衣は興味津々に聞いてくる。
俺が思う「気にする」とは違うみたいだ。
多分俺だったら茉衣の好きな人をこんなにここぞとばかりに聞けない。
そのあと俺は本人の前で惚気を暴露するという暴挙を見せてしまった。
彼女は一人何かを納得したような顔を見せた後で自分の好きな人のことも少しだけ教えてくれた。
「私の好きな人もすごく優しいんです。どうしようもないくらいほんとに優しすぎて、あふれそうなくらいの優しさをもらってるんです。本当はもっと返したいのに、全然うまくいかなくて。いつか役に立って、ありがとうっていっぱい言ってもらえたらうれしいなって思ったり」
幸せそうな顔で笑っている彼女を見てしまうと好きな人の好きな人の話を聞いているはずなのにかわいいと思えた。
「俺と付き合ってください」
いつも明るい彼女の顔が少し驚いた後にさっと曇ったような気がした。
あんなに幸せそうな顔をさせるくらい好きな人がいるのはわかっている。
それはわかっているけど。
何かの奇跡で世界があべこべにでもなってくれないかと思う。
ついこの前、茉衣の好きな人の話を聞いて焦った俺は困った挙句に羽美ちゃんに相談してみたところ今日の告白に至った。
羽美ちゃんに言わせれば「茉衣は先輩に気を使って告白に頷くような子じゃないから振るならちゃんと振ってくれるんじゃない?」ということだった。
その言葉はどうやら間違っていたようで彼女は好きでもない俺の告白を快諾して、しかし現在とても後悔しているようだった。
普通に考えて当たり前だ。
あんな顔をさせるほどに好きな人がいるくせに俺の告白難中に頷いたりしたら後悔するにきまってる。
初めは、それなりに楽しかったように思う。
付き合う前とは少し違う無邪気なだけじゃない照れたような笑顔も見れたし、もう少しで好きだと言ってくれるんじゃないかという幻想を描いたほどだった。
だけど、現実はそんなに甘くなくて茉衣は目が覚めたみたいに俺と後輩として以上に距離を取ろうとしてきた。
やっぱり幻想は幻想の域を出ないみたいだ。
前までは困ったことがあると一番に質問しに来てくれていたのに、気が付いたらその役目は乃蒼や羽美ちゃんに移っていて、俺が何か話しかけても委縮したような困ったような顔で「はい」としか言わなくなった。
前から仲良くしている乃蒼に嫉妬していたけど最近はそれ以上だ。
このままじゃ、乃蒼に八つ当たりをしてしまうかもしれないなと思うほどだった。
「歩悠くん、結局あの後、茉衣ちゃんとはどうなったの?」
昼休み、たまたま羽美ちゃんに会うと開口一番にそんなことを聞いてきた。
彼女は普段しっかりしているし落ち着いた性格で人のうわさ話やましてや恋愛話に首を突っ込んでくるような子ではない。
だから必要以上に驚いた顔をしてしまったようだ。
「ごめん。普段だったら気にしないんだけど、最近茉衣ちゃんすごい元気ないなって思ってて。あの後、何かあったんじゃないかと思って」
自分の助言で迷惑が掛かっているのでは気にしていたみたいだった。
俺は何と言っていいかわからなくて曖昧に返事を返してその場を去ろうとしたけど羽美ちゃんは必至に止めてきた。
「一回話してみて」
しきりに話し合わせようとする羽美ちゃんに、普段から彼女に頭が上がらない俺は頷くことにした。
本当は俺も話し合ったほうがいいことは分かっている。
「今日は送るよ」
一心不乱に仕事をしているようで帰りの時間にも気が付いていないみたいだった茉衣に話しかけると案の定驚いたような顔をした。
しかし、彼女の机の書類はほとんど手を付けたときと同じ状態のままのような気がする。
やはり心配になって、ここ数日と同じように他人行儀に拒む彼女とやや強引に帰り道を歩いた。
何を聞いてもはっきりとした答えを示さない茉衣についに核心を突いた質問をしてしまった。
初めから情けで付き合ってくれていたのにこんな今更な質問をして彼女に何を求めていたのか自分でもわからなかった。
最後に見た茉衣の泣きそうな顔を見て「もう終わりにしよう」と決めた。
彼女をこれ以上俺の我がままに巻き込んじゃダメだ。
私も含めて。
そう言って少し照れたように笑う彼女にどうしようもなく俺は恋に落ちてしまった。
いつも快活に笑う彼女が遠慮がちにはにかむ姿はどうしようもなく可愛かったと今でも目に焼き付いている。
今田茉衣、今年入ってきた生徒会の庶務を務める後輩だった。
普段は黒っぽいが日に当たると少し透けるような茶色っぽい髪をいつも耳うえでハーアップに結んでいる。
身長は低めで並ぶと思ったより身長差があってたまにびっくりすることがある。
真ん丸な瞳も相まって小動物っぽいかわいらしい子だ。
誰にでも向ける楽しそうな笑顔はかわいらしいが今の彼女の笑顔は包んでくれるような頼れそうな笑顔だった。
どうしようもなく弱ったときにそのかっこいい笑顔に落ちて、そんな頼れる笑顔を向けてくれる彼女が頼ってくれる人間になりたいと思った。
その日から俺は馬鹿みたいに必死になって彼女との距離を縮めていた。
彼女が気を使って一緒に残業をしてくれるようになったことをいいことにここぞとばかりにたくさん話しかけていた。
本当は遠慮して早く帰らせてあげようとも思っていたけど彼女はいつも人といて二人で離せるタイミングがないのだ。
せっかく助けている先輩がこんな下心を持ってこの場にいると知ったらこの子はもうこんな風に笑いかけてはくれなくなるのだろうと思いながら、彼女の笑顔を見つめる。
そのくらい、なんというか邪気のない笑顔に思えた。
「茉衣は好きな人とかいるの?」
「なんですか?急に。先輩こそいるんですか?」
丸い目をさらに丸くキョトンとした茉衣は俺の思っていた答えと違ってこちらに聞き返してきた。
もしかして、聞かれたら困ることなんだろうか。
「うん。いるよって大丈夫_!?_」
まさか、「君だ」だとは言えなくて、しかしうそをつくのも嫌で頷くにとどめておく。
これなら別に嘘をついていることにはならない。
だけど、彼女はなぜか動揺したように書類をばらまいていた。
彼女はよく手を滑らせているような気がするし多分たまたまだろう。
本当に少しだけ俺に好きな人がいることを気にしてくれたらいい、なんて思いながら。
きっとそんなことはないんだろうと自分の妄想を一蹴する。
「あ、はい。すみません!大丈夫です!ありがとうございます。……それで、どんな人なんですか?」
しかし、願いもむなしく茉衣は興味津々に聞いてくる。
俺が思う「気にする」とは違うみたいだ。
多分俺だったら茉衣の好きな人をこんなにここぞとばかりに聞けない。
そのあと俺は本人の前で惚気を暴露するという暴挙を見せてしまった。
彼女は一人何かを納得したような顔を見せた後で自分の好きな人のことも少しだけ教えてくれた。
「私の好きな人もすごく優しいんです。どうしようもないくらいほんとに優しすぎて、あふれそうなくらいの優しさをもらってるんです。本当はもっと返したいのに、全然うまくいかなくて。いつか役に立って、ありがとうっていっぱい言ってもらえたらうれしいなって思ったり」
幸せそうな顔で笑っている彼女を見てしまうと好きな人の好きな人の話を聞いているはずなのにかわいいと思えた。
「俺と付き合ってください」
いつも明るい彼女の顔が少し驚いた後にさっと曇ったような気がした。
あんなに幸せそうな顔をさせるくらい好きな人がいるのはわかっている。
それはわかっているけど。
何かの奇跡で世界があべこべにでもなってくれないかと思う。
ついこの前、茉衣の好きな人の話を聞いて焦った俺は困った挙句に羽美ちゃんに相談してみたところ今日の告白に至った。
羽美ちゃんに言わせれば「茉衣は先輩に気を使って告白に頷くような子じゃないから振るならちゃんと振ってくれるんじゃない?」ということだった。
その言葉はどうやら間違っていたようで彼女は好きでもない俺の告白を快諾して、しかし現在とても後悔しているようだった。
普通に考えて当たり前だ。
あんな顔をさせるほどに好きな人がいるくせに俺の告白難中に頷いたりしたら後悔するにきまってる。
初めは、それなりに楽しかったように思う。
付き合う前とは少し違う無邪気なだけじゃない照れたような笑顔も見れたし、もう少しで好きだと言ってくれるんじゃないかという幻想を描いたほどだった。
だけど、現実はそんなに甘くなくて茉衣は目が覚めたみたいに俺と後輩として以上に距離を取ろうとしてきた。
やっぱり幻想は幻想の域を出ないみたいだ。
前までは困ったことがあると一番に質問しに来てくれていたのに、気が付いたらその役目は乃蒼や羽美ちゃんに移っていて、俺が何か話しかけても委縮したような困ったような顔で「はい」としか言わなくなった。
前から仲良くしている乃蒼に嫉妬していたけど最近はそれ以上だ。
このままじゃ、乃蒼に八つ当たりをしてしまうかもしれないなと思うほどだった。
「歩悠くん、結局あの後、茉衣ちゃんとはどうなったの?」
昼休み、たまたま羽美ちゃんに会うと開口一番にそんなことを聞いてきた。
彼女は普段しっかりしているし落ち着いた性格で人のうわさ話やましてや恋愛話に首を突っ込んでくるような子ではない。
だから必要以上に驚いた顔をしてしまったようだ。
「ごめん。普段だったら気にしないんだけど、最近茉衣ちゃんすごい元気ないなって思ってて。あの後、何かあったんじゃないかと思って」
自分の助言で迷惑が掛かっているのでは気にしていたみたいだった。
俺は何と言っていいかわからなくて曖昧に返事を返してその場を去ろうとしたけど羽美ちゃんは必至に止めてきた。
「一回話してみて」
しきりに話し合わせようとする羽美ちゃんに、普段から彼女に頭が上がらない俺は頷くことにした。
本当は俺も話し合ったほうがいいことは分かっている。
「今日は送るよ」
一心不乱に仕事をしているようで帰りの時間にも気が付いていないみたいだった茉衣に話しかけると案の定驚いたような顔をした。
しかし、彼女の机の書類はほとんど手を付けたときと同じ状態のままのような気がする。
やはり心配になって、ここ数日と同じように他人行儀に拒む彼女とやや強引に帰り道を歩いた。
何を聞いてもはっきりとした答えを示さない茉衣についに核心を突いた質問をしてしまった。
初めから情けで付き合ってくれていたのにこんな今更な質問をして彼女に何を求めていたのか自分でもわからなかった。
最後に見た茉衣の泣きそうな顔を見て「もう終わりにしよう」と決めた。
彼女をこれ以上俺の我がままに巻き込んじゃダメだ。
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