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第一章
第一話 私が私でいる理由 1
しおりを挟む「アンリ嬢、この書簡を確認して隣国の王太子に送っておいてくれるか」
「はい」
窓から明るい日差しが差し込む執務室で、立派な木製のデスクであからさまな嘘っぽい笑顔を向けるその人を横目に、私は無表情でそれを受け取る。
ここはサトセレンス王国の立派な王宮の一室だ。見事な調度品で揃えられ、すべてアンティークで揃えられている。
部屋の主であるこの国の第二王子カルロ・・ヴァン・アーノンクール殿下に仕えるようになり早一年。
サントレス王国は近隣国の中でも、領土も産業もずば抜けた力を持つ大国だ。そして、魔法も発展しており、王家に近い血筋つれて魔力が強くなるのが特徴だ。
北には渓谷がありその向こうには魔物が住む国があるのだが、代々王家が結界を張り均整を保っている。
そのため、王家を中心に栄えている国といってもいいだろう。
その中でも、兄である王太子殿下よりも強い魔力を持つこの人、カルロ・ヴァン・アーノンクールはすべてにおいて完璧と言っても言い過ぎではない、美しいゴールドフロンドの長髪に、深い海のようなダークブルーのぱっちりとした瞳。高い鼻筋に血色のよい唇。
誰が見ても心を奪われそうな美男子だ。それでいて、二十五歳になる今も結婚相手を決めずに、噂では商売女しか相手にしない、そんな話も聞いたことがある。
そんな軽薄で最低な人でも、多くの有力貴族は自分の娘を婚約者にしようとやきもきしている。
所詮権力がはびこるこの世界では、それが当たり前なことも知っているが、本当にどの世界も権力やお金が物を言う……。
いけない。
こんな前世の思考は隠さないといけない。そんなことを思いながら、私は殿下の書簡に目を通し始める。
「殿下、ここはもう少し我が国に有利な条件にしても大丈夫です」
今年は作物が豊作になりそうだから大丈夫。そう思いつつ笑顔ひとつ見せず淡々と言葉を発した私に、カルロ殿下はニコリと笑顔を作った。
「ありがとう。アンリ嬢」
「いえ」
小さく会釈だけして、自分の机に戻りチラリと彼をみると、視線がバチっとあった。
「先日アンリ嬢が助言してくれた、河川の修復間に合ったよ」
本当に嘘っぽい笑顔だよね……。昔いたなこういう上司。
仕事もできなくて、心の中では女をバカにしているくせに、面倒なことや残業の時だけ弱い女の子に押し付ける。
でも、顔がいいせいか、みんな何も言わずにその雑務を請け負い、彼はどんどん出世していった。本当にどうしてこんな嘘っぽい笑顔にみんな惹かれるのだろうか。
「アンリ嬢?」
視線もそらさないのに返事をしなかった私に、どうしたのかと思ったのか殿下は立ち上がり私の顔を覗き込んでにっこりと微笑んだ。
さすがの近距離に美しすぎる顔があり、私は目を見開いて椅子ごと後ろに倒れそうになる。
「大丈夫か?!」
手が引かれ私自身は後ろに倒れなかったが、ガタンと音を立てて椅子が倒れる。
「殿下がこのようなお戯れをされるからです」
「悪い、悪い」
まったく悪いと思っていないような彼に、イラっとしそうになるが、平常心を装い椅子を起こそうとすると、殿下がさっと戻してくれる。
本当にフェミニストというか、なんというか……。生まれながらの王子様だよね……。
全然ときめかないけど。
でも、そんなことよりきちんと職務をきちんとしなさいよ。第二王子な上に、せっかくもって生まれきたいいものもあるのに、どうしてこんな適当なんだろう……。
そんなことを思っていた時だった。
「殿下……。またこんな醜い娘を部屋に入れておいでですな」
その声に私は心の中で小さくため息をつく。こういう頭の固い嫌味な役員もいたっけ……。
社畜時代の記憶に落ち込みそうになるが、聞こえなかったふりをして殿下から戻ってきた書類に魔法をかけて送っていると、「女は魔法などに長けているよりも、美しく可愛げがあった方がよくないですかな?」そう聞こえた。
こうした女性軽視をする人が、王家に反乱を起こしたりするのだろう。
そんなことを思いつつ、チラリとその人に視線を向ける。
王家の次に権力を持っているヴェルナー侯爵の当主であり、年齢は国王陛下と同じぐらいでもうすぐ六十歳といったところだろうか。
一人息子はあまり優秀でなく、四人いる娘のひとりでも王家に嫁がせたいと考えているのは有名な話だ。
そして、いつかは自分が権力を持とうと考えている。カルロ殿下ならば操りやすいと思っているのかもしれない。
いつの時代も派閥や、権力争いは避けられないのだ。
しかし、私がこの一年見る限り、カルロ殿下が国王の座に自分が就くなんて気持ちはまったくあるように思えない。
あたえられた仕事はきちんとしているとは思うが、上部だけの笑顔と、どこか全ての人に感じる壁のようなものがある気がする。
「私の相談役なのだから当たり前だろう?」
嘘っぽい笑顔を向けつつ、サラリといった殿下に、ヴェルナー侯爵も上辺だけの笑みを浮かべた。
「少し知恵でもなければ生きていけないですな。何もない人間は」
殿下には聞こえないぐらいの声で私にそう言うと、侯爵はフンと鼻をならした。
本当に余計なお世話だ。だか、ヴェルナー侯爵のいうことは大半の人が思っている話であり、わざとこうしているのであって……。
今まで殿下の周りには何人もの美しい予知魔法を持った令嬢や、治癒魔法に特化した魔女などがいたと聞いたことがある。
しかし、みんな殿下に惹かれてしまい、最後は血をみるほどの揉め事を起こしたらしい。
それに頭を抱えた殿下の片腕でもある、殿下とは小さいころから一緒に育ったアンドリュー様は頭を抱えていたらしい。
そんな経緯もあり、しばらく女性を周りに置いていなかった殿下が久しぶりに、近くに置いた異性ということで、私はしばらく噂の的だったようだが、みんな私を見ると一様に安堵した表情をした。
まあ、こんな見かけをしているから、近くに置くことにアンドリュー様は許可をしたのだろうし。
私だってこんな軽薄な人はお断りだ。
そんな人にどうして私が仕えることになったかというと、それにはいろいろと訳がある。
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