永遠というもの

風音

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クロウド

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俺はサーマス伯爵家の次男・クロウド。
人付き合いのいい俺には、そこそこたくさんの友人がいる。俺自身があまり身分とやらに捕らわれないので、様々な人との付き合いがあるのが自慢でもある。人脈は大切、というし。
そんな中でも、特に付き合いの古いのがワイアット侯爵家の末っ子クリス。
別荘がほぼ隣ということもあり、気がついたらよく遊んでいた。
線が細くて、とても可愛らしい子供だったから、俺はずっと女の子だと思っていたんだ。
そしたら、男の子だって聞いて、幼心にショックだった。
だって、女の子ならお嫁さんにできるしな。
儚い恋心は無残にも散ってしまったわけだが、それでも、クリスはかわいかった。
それが原因でからかわれたりすることも多かったけど、そういう奴らを蹴散らすのは俺の役目だったんだ。
で、ある日、いきなり一人の男の子を連れてきた。
歳もあまり変わらないくらいのその子は、表情がなくて、どうしたらいいかわからないくらいだった。
でも、クリスはその子に懐いていて、その子もクリスには表情らしきものを作っていた。
でも、俺に対しては妙に冷静で、かわいくないお子様だったのがアディエイルだ。王太子と聞いた時には、驚いたけど納得もした。
で、俺たちは三人して幼少時代を過ごし、今に至るわけだ。
その間、クリスは可愛いからどんどん綺麗になっていった。
周りの注目を浴びてるのに、本人は知らん顔。俺が知ってるだけでも、クリスとお近づきになりたい人間は両手の指じゃ足りないくらい。まあ、わかる気もする。
で、俺は小さいころ、勝手にクリスに失恋したわけだが、それ以降、どんな女性とお付き合いしても長続きしない。
顔は悪い方じゃないし、そこそこ女性の対応にも慣れている。でも、なんだかどこかが醒めてるんだよな。
悩んでいたら、親友のクリスが長期休学することになった。
急なことだったらしく、執事のオランが届けを出し、クリスとは別れもないまま顔を見なくなった。
その間、今振り返っても何をしてどう過ごしていたのか、さっぱり思い出せない。
ただ、無為な毎日を送っていたようだ。
色が抜け落ちたような、無味乾燥な日々が、急に明るくなった。
廊下の向こうに、見覚えある後ろ姿!
駆けつけて抱きしめると、間違いなくクリスの身体だった。ちょっと痩せた気がするけど、首筋から香る匂いもクリスのものだった。
実感した。
俺、クリスのこと好きなのかもしれない。
隣から低い声がかかるまで、彼の存在を忘れていた。
アディエイル。
小さいころはそう体格も変わらなかったのに、今では逞しい男になった。
逞しいと言っても、筋肉粒々の大男、というわけではない。しなやかな筋肉のついた引き締まった身体つきに変わった。剣の腕はかなりいいらしい。
認めるのも悔しいが、こいつはいい男だ。
相手なぞ選り取り見取りだろうに、なぜかいつもクリスの傍にいる。
しかもだ。
今、クリスは王宮に住み込みで生活しているらしい。アディエイルの傍仕えだとか。
あいつ、職権乱用じゃないのか?と疑りたくもなる。
なにせクリスは、貴族階級の中では奇跡的なくらい素直なのだ。疑うことを知らない。
その内、悪い誰かに騙されたりするんじゃないかと、気懸りだ。
だから、そんなクリスをうまく丸め込んで思い通りにするくらい、アディエイルならやりかねない。
そんなことを考えながら、改めてクリスを見ていると、ふと違和感を感じた。
なんだろう。
ああ、なんだか艶めかしいのか。色気、のようなものを感じる。
アディエイルも同感のようだ。
髪が伸びたせい、と言っていたけど、違う気がする。
でも、クリスが色っぽくなったことはアディエイルも認めていた。
男だからありえない、と言っていたが、クリスになら十分あり得るんだよなぁ。

そして、次の日。
クリスが体調を崩して休んだ。
久々の学園生活が堪えたのかも。
見舞いがてら、クリスの生活の様子を伺いたくて、王宮に向かう。
しょっちゅうクリスと王宮に出入りしていた俺は、顔なじみの衛兵に挨拶して、中に入る。
勝手知ったる場所だ。
迷わずアディエイルの私室に入ると、居間の長椅子にクッションに埋もれてクリスが眠っていた。
その胸に、読みかけの本を抱いているのが、なんとも本好きのクリスらしい。俺は本は読まない主義だ。
本を取り上げて、クリスの寝顔を見つめる。
そういえば、こんな風に寝顔を見るのは初めてだった。
黒い瞳は閉じられ、長い睫毛が影を落とす。紅い唇は気持ちよさそうに寝息を微かに立てている。
こんなに近くで見つめられて、全く起きる気配もない。危機感薄すぎないか?
悪戯心がおきて、色白の頬をそっと突く。起きないどころか、身じろぎもしない。
掌を頬に沿えると、滑らかな肌触りに驚く。その辺の女より柔らかい。
頬を撫でるように触れていると、むずがるように首を振る。
慌てて手を離すと、おとなしくなった。
紅い唇が少し開いて、真っ赤な舌が見えている。
自分の喉がごくりと鳴るのが聞こえた。
唇を指で触ると、これも驚くほど柔らかく弾力のある唇だった。
我慢ができなくなって、自分の唇をそっと重ねる。下唇をそっと噛んで、弾力を味わう。
男に口付けしている、なんてことは全く考えなかった。
これ以上触っていたら、絶対止まれなくなる。
理性を総動員させて、クリスから離れた。

寝起きのクリスは、小動物みたいでかわいかった。
ぼんやりしていて、呂律が回っていないのか、舌足らずな言葉で名前を呼ばれて、何か変な汗が出た。
そして、疑問をぶつける。
成り行きで王宮生活、ってどういう成り行きだ?
なんか、色々事情がありそうだから、今は深く追求しないでおこう。その内聞き出すけど。
お茶のお代わりを注いでくれようとしたクリスが、足をもつれさせて前のめりに倒れそうになった。
咄嗟に両手を伸ばして、その腰を掴まえる。
びっくりするくらい、細い腰だった。女より細くないか?
勢いで、クリスを膝の間に抱きしめて座り込む形になった。
華奢なクリスは、腕の中にすっぽりおさまって、抱き心地がとてもよかった。ずっとこうしていたい。
ふと。
抱きしめたクリスの項に、紅い跡があるのが見えた。虫刺され?え、なに?
認めたくない答えがあるけど、それは無視したい。
しばらく、それから目が離せなかった。
クリスが頭をぽんぽんと叩いたのに我に返る。
この態度でわかった。この跡は、クリスが知らない間に付いたものだ。
でも、これ以上同じ空間にいたら、色々詰め寄りそうになったので、再び理性を動員させて部屋を出た。
途中でアディエイルとすれ違う。
素知らぬふりして挨拶しようとしたら、
「変なことしてないだろうな」
ときた。
一瞬、先ほどの些細な悪戯を思い出したが、変なことではない、と思う。
「ーーお前じゃあるまいし」
鎌をかけると、ぴくりと片方の眉を上げてニヤリと笑う。
「なんのことだか」
こいつの腹の中は真っ黒に違いない。クリス、本当に大丈夫か?
こいつにも、色々詰め寄りたいことはあったが・・・
「クリスが見てるーーじゃあな」
片手を挙げて、その場を去る。
やっぱりあいつの仕業だった。
その日から、悶々とした日々を過ごすことになった。
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