細めの雪にはなれなくて

雨門ゆうき

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小学生時代

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 麻生かおりは、1975年にある東北地方のある県で産まれた。長女して産まれ他に先に産まれた男兄弟はいなかった。両親は地に根差した街角にある魚屋を営んでおり、父が35歳母が25歳の時に結ばれた、少し年の離れた夫婦であるが、お互いにとても仲が良くどちらかというと2人とも子煩悩だった為、かおりはとても大事に育てられた。かおりが思春期に特別グレるようなことがなかったのもこんな両親に育てられたからだろう。

 ただ両親の職業柄、子供のころから食卓に並ぶのはその日売れ行きが悪くさばききれなかった魚介類が並ぶことが多く、魚臭いのには慣れていたが、思春期などには正直女子の身としてはきついものがあった。なぜならその匂いたるや、生活臭として、体や服についてしまうのは想像に難くない。そのせいもあり、実は大人になってから食事に行っても新鮮な魚料理にとびつく他人の気持ちがわからなかった。

 どちらかというと魚には多少うんざりしており、今でもあんまり食べたいとは思わないのは、きっと一生分食べてしまって体が拒絶しているのではないかと思っている。内陸部の人からすれば本当にうらやましいほど新鮮でおいしい魚ばかりだったのであるが。きっと体が「お前これ以上魚食べると、体の中に眠ってる魚臭成分が体から漏れ出てくるぞ。」とでも言ってるんだろう。つまり、魚にあまりいい思い出がない。

 しかし、それでもかおりは自分の産まれた街自体は大好きだった。両親が魚屋を営んでいたのはそこが海のそばだったからで、その街からみえる海辺の景色は、夏の暑いなかどこまでも遠く突き抜けるような青のコントラストはすばらしく、冬の夕暮れ時の雪景色とのコントラストもとても美しかった。それだけではなく街から少し離れると両親とたまにキャンプに行く山があり、そこから流れ出る川もとても澄んだ水をしていた。
どちらかというとかおりは幼少期は小川の方が好きだった。そこは鮎の名所として有名になるほどであった。かおりはそんな水と自然に囲まれた中で育った自然児で、彼女の幼少期は近所の子と外で戦隊ごっこをするなど、常に小麦色に日焼けをしていた。

 幼稚園生の時は、遊んでいたのは近所の男の子ばかりだったが、母親の血が強いのだろうか、かおりはどこか田舎町に似合わない端正な顔立ちをしており、野性的な遊びをしていてもどこか品性を感じさせる部分があった。母親が地元屈指の良家(地主で、驚くほどの面積を管理しており、県外ではあるが別荘や山も所有している)の出でかつ、美人であったことも理由として挙げられるかもしれない。そんな良家の娘がなぜ小さな魚屋の男と一緒になったのか、実はこれについてもかなりのストーリーがあるがここでは記述はしないことにする。

 そんなかおりは、幼稚園の中ではあきらかにヒロインだった。幼稚園内の同級生の構成は、男女比5:5で完全に半々ではあったが、男子はみんなかおりが好きだったが彼女は気にも留めていなかった。となりに住んでいた佐藤孝一もひそかにそのうちの一人であった。彼とはずっと幼馴染として関係していくことになる(二人は孝ちゃん、かおりちゃんと呼び合っている)。

 そんな幼少期を過ごしたかおりも小学生へとあがった。だいたいの子供にとっては一番最初に訪れる未知との遭遇なのではないだろうか、かおりにとってもそれは同様で、そこでの変化によりかおりは小麦色から色白の美少女へと変貌を遂げていく。女子と遊ぶことのほうが多くなったからだろう、かおりは以前ほど野生児ではなくなっていく。
小学校2年生のある日、孝一はかおりを遊びに誘った。「かおりちゃん、今日学校終わったら家でファミコンやらない?新しいソフト買ってもらったんだけど、一緒にやる相手が欲しくて。」(当時1980年代はファミコンを代表とした、コンピューターゲーム全盛期であった。)かおりは幼稚園時代から孝一と遊んでいる、別になんということはない、日常の事であった。かおりは「いいよ、家に帰ってお母さんに言ってから行くね?おばさんにも行くって言っておいて。」と答えた。孝一は幼いながらも、いちいちかおりと遊べることがうれしかった、同意する男性諸君は多いだろう。「わかった!待ってるね。」そう伝えると自分の席に戻った。しかしそこでかおりと孝一は初めて、小学校という集団社会の洗礼を受けることになった。

 クラスには一人はいたであろう、クラスの男子をけん引している質の悪い奴、二人はそいつの標的にされてしまったのだ。彼の名は鈴木信。人より少し足が速く、勉強はクラスで3番目くらいにできた(顔は中の下)。その程度で天下がとれるのだ、小学校とはなんともちょろいところである。(ちなみにその時点で勉強で一番だったのはかおり、孝一はどれも軒並み普通であったが、誰よりも優しいとの評価をクラスで得ていた。)

 遊ぶ約束を取り付けたあと、信は二人を指さしからかい気味にこういった、「孝一が麻生さんに、【遊ぼう】だって誘ってるよ、好きなんじゃないの?うぇー、孝一~どう?答えればいいじゃん!」こんなあほらしいからかいも小学生らしいが、これも小学生らしさ、周りの男子も同調して口々にからかいだした。もはや逃げだしたい孝一、顔を真っ赤にするかおりのふたりはどうすることもできずにいたが、そこは男子よりも成長の早い女子諸君、泣きそうなかおりをかばって男子に口々にもう抗議、「最低!」「気持ち悪い!死ねよ」等の罵詈雑言を次々に浴びせた。
全ての女子を敵に回した信一行は少々の抵抗の後、おろおろとそれぞれの席へと帰陣した。なんとか、涙を流す直前で逃れたかおり、実はかおりよりも泣きそうだった孝一はなんとかその場を切り抜けて、約束通り学校終わりに遊ぶことになった。

 「お母さん、ごはんまでには戻るね、孝一君の家に行ってくる。」そういってかおりは家を出た。すぐとなりの孝一の家に着いたかおりは孝一の母に挨拶を告げ、2階の孝一の部屋へと向かった。「考ちゃん、入るねー。」そういって孝一の部屋に入るとそこには勉強机に顔を突っ伏してうなだれる孝一の姿が。言うまでもない、学校でのことが原因である。「考ちゃん、どうしたの!?」かおりが訪ねながら孝一に近寄ると孝一は答えた、「かおりちゃんとはもう遊べないよ。。」!?「え、なんで?」かおりが尋ねる。「だって、学校で…苦しいでしょ?僕もかおりちゃんも。信達が…」孝一が答えるとかおりはこう返した。「うーん、私もすごく嫌だったけど、家となりだし、学校じゃなくてもいつでも遊べるよ?」「あ、そうか、そうか!」孝一は即座に元気を取り戻し、テレビ台の下のゲームを引っ張り出して、最新作のゲームの準備を始めた。

 かおりは馬鹿だなあと思いながらいつも通り孝一とゲームを楽しんだ。こうして秘策を手に入れた二人はこれまで通り、良き幼馴染時代を過ごしていくのある。悩まなくてもわかりそうなことであるが、当時の小学生時代の多感な子供にはクラスでのあの類のいじりはきついものがあったのだろう。一方のかおりの方も何の傷もないわけではなかった。意味などないとはわかっていても大人数の前でからかわれるのは小学生にはとても辛かった。

 孝一とゲームをしたその日、かおりは孝一の家を出た後、自転車で小川へと向かった。あの家族でキャンプにでかける山の尾根に沿って流れる川の支流が、家から自転車で3~4分の距離にあった。特にあてがあるわけではなかった。なんとなく静かにせせらぎに身を置きたい気持ちになったのだ。大きな海ではなく、今は小川がよかった。暮時の夕焼けを映し出す水面は、さらさらと静かに音を立て、虫のリンリンと鳴く声と秋の少し肌寒くなってくる時間帯の寂しさと合わせて、幼い女の子のどこかやりようのない思いに染み入った。

 その日少しごはん時に遅れて帰ったかおりはその夜、父と母の少しの叱責を受け、ほんの少しだけ大人になったような気持ちになり、床に就いた。その日以降、冬を過ぎ、学年をまたいでもしばらくはあのようなからかいが起こることはなかった。それにはかおりと孝一は以前通りの関係性ではあったが、学校では見せなったせいもある。だがそれ以上に結束した女子軍団の圧力は、あほガキの男子集団をしばらくの間黙らせるには充分の効果があったのだ。

 そうして小学校中学年を過ごしたかおりは、5年生になっていた。この頃になると、女子は男子よりも早く、少しずつ女性へと変わり始める。かおりも同様で、孝一とは遊んではいたものの、以前のように頻繁に家を行き来するほどではなくなり、ましてや外で野山を駆け回ったりするようなことはなくなっていた。肌も本来地にあった白い肌へと完全に変わり、もともと美人の母親の血が強かった為からか、完全な美少女へと変貌を遂げており、周りの女子からも一目置かれ憧れに近いような感情も抱かれていた。低学年の頃からかっていた信や周りの男子も、もうからかえるような相手ではなく、どちらかというと恥ずかしくて声もかけられなくなっていた。

 孝一はというとどうだろう。元々仲が良く、正直幼い頃から好意を抱いていたが、どんどんきれいになっていくかおりへの好意は当然強くなっていたが、決して表にだすようなことはしなかった。彼からすれば、幼馴染として時々遊んだりの関係を失うことが怖く、またそこまで異性に強い想いを抱くほど成熟してはなかったせいもあるだろう。その為孝一は、どちらかというと信やその周りの男子と遊ぶことが多かった。信とは今や親友で、山に入り一緒に秘密基地を作ったり、エアガンを用いてサバイバルゲームをするなど、実に子供らしい遊びをしていた。

 小学校5年ともなると、低学年の時のようなからかいではなく、本当にお付き合いを始めてしまう男女も出てくる。かおりの周りでもそんな話題が持ち上げるようになっていた。かおりとは低学年からずっと同じクラスで、当然信達に罵詈雑言を浴びせた内の一人に加藤葉子がいた。かおりとは親友とまではいかなくとも、たまに週末家で女子トークを繰り広げるメンバーの一人で、その中でも特にませた女子であった。

 5年のある日葉子に彼氏ができた。かおり達とは別のクラスで、サッカークラブに属しているいかにもモテそうなさわやか男子である。女子トークの中では常にその話題でいっぱいで、どっちから告白したのか、どこまで進んだだのそんな話でもちきりだった。そんな中である日葉子が「かおりちゃんは、孝一君でしょ?付き合わないの?」とかおりに問いかけた。「いや、考ちゃんは幼馴染だし男って感じじゃないよ。というより私は彼氏欲しくないもん。」かおりがこう返しても葉子を含めた女子達は納得していないようだった。

 かおり自身、そんなことを初めて考えた。孝一と付き合う?そもそも男というジャンルでとらえたことすらなかったのだ。孝一はとても優しい。言い換えると少し気弱で、男らしくないところがある。最近はどちらかというとやんちゃな信達と遊んでいるようだが、孝一自身はなにも変わっていないように思えた。

 自分は一体男に何を期待するのだろう、この先本当に好きな人なんかできるのだろうか、それすら疑問だった。信は本当はかおりのことが好きなこと、かおりは意識してみても特になにも思わなかったこと、それぞれの想いの中、かおりや信は特に何も進展のないまま、小学校を卒業し、中学校へと進学した。
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