ライアスの翼シリーズ① ~光と影の王女~

桜野 みおり

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第1章 魔境獣と仮面剣士

(2)仮面の美剣士

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「キール、ありがとうございます。でやー!!」

ネビィスの身体が空中に舞った瞬間、上の方から声。

「目を狙え! 右目だけでいい」

それは聞いたこともない声だったが、咄嗟に右目に剣を突き立てるネビィス。
ほぼ同時に、左目にも見た事もない細長い剣が突き刺さる。

瞬間のことなので、何が起こったのかわからない。
周りにいた剣士たちも、ポカンとその様子を見つめていた。
そして次の瞬間、

「ギャ~ッ!!」

獣は激しいうなり声を上げると、暴れ始める。
激しく波打つ黒い体とうねる触手、痛みで獣が暴走を始める。

「触手をよけろ!」

いわれるままに、むちの様にうねりながら襲ってくる触手を、寸前のところで避ける。ほぼ、感覚的な反射で何とか避けているにすぎない。

声の主は、残像に近い速さで動きながら、触手を片っ端から切り落としていく。他の人間には被害が及ばないようにと考えられた上の行動だということはすぐにわかった。
一斉に切りかかって触手を切り落とす筈だった剣士たちは、その様子に動くことさえ出来ずに、ただ、立ち尽くしていた。

「ハワード、頼む!」

残像の動きが止まったかと思うと、誰かに声をかける。
次の瞬間、カミナリのような電流が、獣全体を覆い尽くす。
すると、徐々に獣の体が小さくなっていく。
最後には全て消え失せ、後には何も残らなかった。

「大丈夫か?」

声の主が振り返って、ネビィスを見つめる。
瞬間、ビックリして固まるネビィス。

声の主は漆黒の長いストレートの髪に、吸い込まれそうな美しい翡翠色の瞳、顔には仮面を付けていた。
その下に見える白い肌は、透き通るように美しい。
男なんだろうけど、女性のように華奢な体をしていて、人の心を捕らえて離さない独特な雰囲気があった。

「はい、あ、ありがとうございます」

珍しくしどろもどろになりながら言ったネビィスの手を見つめ、少しだけ険しい表情を浮かべる仮面剣士。

「触れたんだな?」

「えっ、・・・・・・あっ、のようです」

言われて初めて、剣を持つ右手がジンジンと痛んでいるのを理解する。

「ネビィス、大丈夫でしたか?」

キールが急いで駆け寄ってくる。

「キール、ええ、

右手が黒く変色をしている。

「ネビィス、手、触手に触れたんですか?」

キールの顔がサーッと青ざめる。
そこの皮膚が死んでいるのはすぐにわかったからだ。

「・・・・・・手を出してみろ」

仮面剣士はネビィスにそう言うと、半ば強引にその手を引き寄せる。

「少し、じっとしてろ!」

そのまま、傷口に手をかざす。次の瞬間、手のひらから、金色の光が溢れる。
その光は暖かく皮膚を包み込むと、死んだはずの皮膚の色を黒色から、元の肌の色へと変化させていた。

「これは、すごい!」

思わず、呟くキール。それは呪術師でも難しい、癒しの力にほかならなかった。

「すげーだろ、こいつ!」

キールのすぐ後ろで、遙か昔に聞いた懐かしい声がする。
振り返ると、思った通りの顔に出会う。

「ハワード、ハワードじゃありませんか!
どうして、こんなところに?」

ビックリした様子のキールに、ハワードと呼ばれた男はニヤリと笑みを向ける。
ハワードはキールよりもかなり年上で、ダンディなおじさんって感じだ。あごにはひげを蓄えている。
キールと同じ国の人らしく、漆黒の髪に白銀色の瞳をしていた。

「そりゃあ、こっちのセリフだよ。まさか砂漠の真ん中で、お前と出会うとはな・・・・・・世の中って、結構、狭いんだな」

ふたりが昔を懐かしんでいる間に、ネビィスの手は完全に元の手に戻っていた。

「すいません。ありがとうございました。私の名はネビィス・ビルドと申します。今はタムール国で剣士長をしております」

礼儀正しく言うネビィスに、視線を外すと、仮面剣士はボソッと言う。

「エリオル・リアスだ」

「エリオル様ですね。とにかく、なにかお礼をさせてください」

物静かな口調でネビィスは言った。

「そんなものは、いらない。それにしても大した剣士たちだな。
よりによって、ゾルクに戦いを挑むなんて、魔境国の獣だってわかっているよな?」

「ああ、あのー、魔境国の獣っていうのは、さっき分かったのですが、あの獣、ゾルクっていうんですね」

「なんだ、知らずに戦っていたのか?」

少しだけ呆れた口調のエリオルに、キールが声をかける。

「すみません。なんせ私たちはタムール国に出没し始めた、訳の分からない獣の正体を突き止めるために、編成されたチームですから。
まあ、なにはともあれ、エリオル、ハワード、ありがとうございました」

キールはふたりに向かって、深々と頭を下げた。

「よせよ、俺とお前の仲じゃないか。それにしても、タムール国にゾルクが出没しているのか?」

何か引っかかっているのか、ハワードはまるで念押しするかのように問いかける。

「ええ、どうも砂漠の中が好きみたいですね。
あるいは、タムール国を滅ぼしたいとか?」

自分の国のことを平気で他のことのように喋るキールに、ハワードがゲラゲラと笑い出す。

「キール、お前変わってないな。お前なら、本当に死ぬ瞬間ですらも、冷静でいられるだろうよ」

「ハワード、それはいくら何でも言い過ぎだと思いませんか?」

「そうか? これでも、優しく言っているつもりなんだがな。
まあ、お前の毒舌には負けるがな」

ひどく楽しそうなハワードの様子を、静かに見つめていたエリオルが口を開いた。

「ハワード、どういう知り合いか、わかるように説明してほしいんだが?」

若干、トゲを含んだエリオルの言葉に、「悪い、悪い」と苦笑するハワード。

「俺とキールはベルベット国で兄弟だったんだよ」

「兄弟?」

「兄弟といっても、血はつながっていませんけど。
私たちベルベット国の住人は、大半が術師となるために、専門の養成施設に入ります。
そこで、呪禁師じゅごんし幻術師げんじゅつし呪術師じゅじゅつし魔術師まじゅつし紋章師もんしょうしなどいろいろな呪術の分野に分かれて術の精度を高めていくのですが、しばらくすると、別の術を使うものどうしを3人~5人くらいのグループに分けて、一緒に住まわせるんです。
つまり、術師上の兄弟グループをそこで作るのですよ」

キールはめちゃくちゃ丁寧に、エリオルに説明する。
その言葉を受けて、ハワードが話しを続ける。

「はっはっは。
で、まあ、俺とキール、もうひとりレイモンド・サントスの三人で兄弟になったんだ。
最少の三人だったが、キールもレイモンドもすげー優秀だったから、お陰で俺は随分と助けてもらった」

笑いながら説明するハワードに、キールは即答する。

「うそばっかり!
私の結界はハワードに教えてもらったんですよ。ハワードは昔から完璧でした。私たちよりも能力は完全にずば抜けてすごい人だったんですよ。
で、今はどうしてるのですか?」

「見ての通り、砂漠を散歩してたんだよ」

「・・・・・・」

一瞬、どう返事したらいいか迷うキールを見て、ハワードは更に楽しそうに言う。

「あー、お前、俺のことバカにしただろ?
別に構わんけど、今はこいつが俺の主で、ふたりで旅をしているんだ。
ということで、こいつのお守り兼旅人だな」

ハワードの言葉に、速攻でいろいろと考えたキールは交渉を試みる。

「ハワード、私が貴方をバカにする訳なんてないでしょう!
相変わらず、煙に巻くのがお上手ですね。まあ、それはいいです。
貴方の性格ですから。それより、昔のよしみで助けてください!
今、私がお仕えしているのは、砂漠の国のタムール国です」

「まあ、そうだろうな。この場所で出会うということはそういうことだよな。俺たちはすこし前までラミンナ国にいたからな。
双対国について少しは分かる」

「そうなんですか。ここしばらく、ずっとさっきの獣に悩まされているんです。うちはラミンナ国の人々のように、恵まれていないですから、もっと砂漠の奥まで、塩を採りに行き、それで生計を立てているものたちもいます。
もう、そんな人たちが何人もさっきの獣の犠牲になっているんです」

「なるほど、で、討伐隊編成ってわけだ。そりゃまあ、ご苦労さん。
あの獣は魔境国の獣でゾルク。だけど、分かったとは思うが、仕留める為には、ずば抜けて早く動くことのできる剣士がふたりはいるし、術者もいる。なかなか条件は高いと思うがな」

「そんなことは、すぐに分かります。だから、言ってるんです。
助けてくださいと。貴方と貴方の主がいて下されば、対応することができます。お願いです。人助けだと思って、なんとか一緒に我が国にお越し下さることはできないでしょうか?」

食い下がるキールに、ハワードはエリオルに視線を向けた。

「俺の主が特殊なのはわかるよな?
こいつは混血種こんけつしゅだから、どこでも否定される。
かわいそうな話だよ。それがわかるから、国には属さない。
こいつの行きたいようにさせてやるんだ」

「では、エリオル様、お願いします。我が国を助けてください。
あと、うちの主は貴方を侮辱することはけしてありません。
それだけは断言します。安心しておこし頂きたいです」

キールの力説に、ハワードが食いつく。

「なんで、そんなことが断言できるんだよ。どこの国でも認識は同じだと思うんだが」

「確かに認識はね。ただ、うちの主は実力主義者なんで、いろんな国から優秀な人材を集めては雇用しているんですよ。
このネビィスだって、ラミンナ国の人って分かりますよね?」

「なるほど、どうするエリオル?
俺はお前の意見に従うが」

ハワードの言葉にエリオルは少しだけ考える仕草をした。
その時、他の剣士がエリオルに声をかけてきた。

「エリオル様、是非、我が国へ来て下さい。お願いします。
我が国はきっと、あの獣に狙われているのです。
理由もわからないまま、タムール国民が死んでいきます。
それはとても辛いです。どうか、お願いです!
我が国にお力をお貸しください」

ひとりの剣士の言葉を皮切りに、その場にいた剣士たちはためらいもなく、次々に頭をさげていく。

その光景を見れば、どんなに状況が逼迫していて、みんなが追い詰められているのかは容易に想像できる。

「エリオル、お前は追い詰められている人間を無視して、自分の考えに突き進むことなど出来はしないことは、俺はよく知っているぞ」

ハワードは行動を指し示すかのように誘導する。

「分かったよ、タムール国に行けばいいんだな。だが、条件はあるぞ」

「なんでしょうか? 出来る限りのことはさせていただきます」

キールはすぐに、問いかける。

「ゾルク討伐を手伝いはするが、長居するつもりはない。終われば去る。あと、ラミンナ国の姫君ラミンナ姫がオレを探しに来ても、いないと言うこと。以上二点、守れるか?」

「ラミンナ様の側におられたのですか?」

キールが思わず、ビックリした声をあげる。

「こいつ、こう見えて優秀なんだぜ。護衛剣士だったからな」

いちいちそんな説明をされなくても、優秀なのは先の戦いを見れば分かる。

「分かりました。その二点、対応させていただきます。
ただし、私は!という表現にさせてはいただきます。
我が主はライアス・マーティルと言いますが、貴方のことを気にいって、自分の側に置きたいと言うであろうことが想像出来ますので、その辺は私にはどうすることもできませんので、予めご容赦ください」

「はっはっは。よっぽどそれは、変なやつだな。まあ、いいんじゃないか?
なあ?」

ハワードはエリオルに声をかけた。
半分以上、面白がっている感じはあったが、実際に被害があり、困っていることは理解出来たので、エリオルは仕方なくうなずいた。

「いいってよ。じゃあ、決まりだな。
それじゃあ、まあ、一旦、撤収するか」

のんびりとした声で方行性を提案するハワード。
エリオルは念のため、自分の中にある意識を広く飛ばしてみる。
それは、ゾルクが一体だけという方が考えにくかったからだ。
何かの目的で獣が出ているなら、何体もいるはず。
すぐに、感覚に禍々しい気を放つ、ゾルクが触れる。

「ハワード、残念だが、のんびりとはしていられないようだぞ。ゾルクが二体、オレたちよりもタムール国よりにいる。
まだ、人とは出くわしてないようだが、やばいな」

ひどく真剣な眼差しのエリオルに、ネビィスとキールが同時に反応する。

「どうしてそんなことが」

「とにかく、その詮索は後です。急いで戻らないと」

ふたりとも表情は硬い。

「エリオル、乗りかかった船だ。助けてやろうぜ。人に出くわすと面倒なことになる。悪い、キール。俺たちは先に行く」

ハワードはそう言うとエリオルの手をとった。
そして、次の瞬間、ふたりの姿は残像になると消え失せた。
そこにいた誰もがビックリするような早業だった。

「キール、今のは?」

ネビィスは初めて見るその技に困惑して問いかける。

「ハワード、いつの間に、時渡りの力を習得したのですね。
まあ、ハワードの能力からすると、当たり前でしょうが」

「時渡り? 聞いたことないですね」

聞き慣れない言葉にネビィスは首をかしげた。

「でしょうね。呪術の中でもかなり高等で、実際、時渡りと呼ばれる人たちはいるのですが、ほんの一握りです。
内容を簡単に言えば、瞬間移動ですね。なかなか難しいのは理解できますよね?」

「はい、それは、むしろできるイメージはないですね」

ネビィスは素直に感想を述べる。

「それだけで、他の呪術は覚えなくてもいいくらいの高等さなんですよ。彼は魔術師ですから、別にあの技術は要らなかったと思いますが、それを習得したということは、彼の主はよほど特殊なのかもしれないですね」

キールの分析は合っていると、ネビィスは直感した。

「とりあえず、私たちも急ぎましょう」

キールの言葉に、うなずくネビィス。

「これより我が隊は急いでタムール国へと引き返す。
なるべく急いでくれ」

「分かりました!」

みんなの声とともに、部隊は元来た道を引き返し始めた。





~~~~~~~






その頃、ふたりはすでに、目指すゾルク二体を見つけていた。

「ハワード、体、大丈夫か?」

無理矢理に時渡りの力を使えば、普段の三倍は力を消耗してしまう。

「ああ、これくらいどうってことねえよ。これでも、お前のお守りで体は鍛えているからな。にしても、二体はきついか?」

砂漠の砂に潜っているその二つの気をめーいっぱい感じながら、ハワードは呟く。

「そうだな。オレの速さでも、一体をひとりで仕留めるのがやっとだろう」

エリオルはひどく冷静な分析をする。

「まずったな。ネビィスを連れてくるんだったな。
まあ、仕方ないか。あいつらが追いついてくるまで、とりあえずこのまま、二体の気を追いかけるか。
人に出くわさなければ大丈夫だろう?」

ハワードはなるべく安全な方を選択しようとした。

「ああ、そうだ・・・・・・」

同調しかけたエリオルの言葉が途中で止まる。

「ハワード、どうやら、安全策は取れそうもない。
誰かが来る。しかもたったひとりで」

フードを深く被っていて、顔まではよく見えないが、立派な剣を腰に差している。

「バカか?」

思わずハワードが毒づく。フードの主は、エリオルと同じように、ゾルクの位置が分かっているかのように足を進めていた。

「いったい、何者なんだ?」

ハワードの言葉にエリオルは意外にのんびりと答える。

「さあな。でも、なぜか、同じ匂いがする・・・・・・」

その瞬間、少しだけ動揺しているエリオルの表情をハワードは見逃さなかった。

「それって、まさか・・・・・・」

ハワードの声を聞きながら、それでもエリオルは冷ややかにその様子をながめていた。

風が吹く。それはさだめをエリオルの元へと運んでいく。
けれど、この時はまだ、そんなことなど知るよしもないエリオルだった。
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