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第5章 ライアス王と護衛剣士
(2)プライド
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「ライアス様、お帰りなさいませ。上手くいきましたか?」
とりあえずみんなでライアスの部屋に戻ると、キールが笑顔で出迎える。部屋の中には、ネビィス、キルシュ、アーメルが勢ぞろいしていた。
「みんないたのか。丁度よかった。キルシュ、ネビィスとエリオルを連れてラバット国へと行ってくれないか?」
「ラバット国へ? 何しに?」
当然のことながら、キルシュは不思議そうに問いかける。
さっき謁見の間に偵察する者が現れた。状況から考えて、近場の国の人間の可能性が高い。という訳で、一番近い二国、ラバット国とラミンナ国に偵察隊を派遣することにした。
ラバット国はお前の元いた国だから、地理にも詳しいだろう? 三人で探りを入れてくれないか?」
「それってつまり、ラバット国の王様がタムール国を狙っているって言うのか? そんなバカな。王はそんな人じゃない!」
キルシュのあまりに激しい動揺ぶりに、周りにいたものたちの方が驚く。エリオルはそっとキルシュに近づくと言った。
「王様と知り合いなんだな。いくら王様がいい方でも、その周りの取り巻きがいいとは限らない。王様が他の誰かに丸め込まれている可能性だって十分にある。知り合いなら直のこと、行って確かめて、困っていたら助けてやる必要があるんじゃないのか?」
静かなエリオルの口調が優しくキルシュの心の中に入りこんで行く。
落ち着きを取り戻したキルシュは言った。
「分かったよ。エリオル、もしも大変なことになっていたら、助けてくれよな」
「勿論だ。できる限りのことをさせてもらう」
「ありがとう。エリオル」
嬉しそうに微笑んで、キルシュはライアスをしっかりと見つめる。
「ライアス、俺行くよ。気にかかるやつもいるし」
「そうか。頼む。それから、ハワード。アーメルとカリナを連れてラミンナ国へ行ってくれ」
どんなに双対国とは言ってみても、必ずしも友好が長続きするという保証はない。ラミンナ姫の様子から考えてまず大丈夫だとは思うが、エリオルの言う様に途中の誰かが故意に悪さをするパターンは十分に考えられることだ。
「なるほど、仕方ねえな。承知した。あっ、そうだ! ついでにガキをひとり連れて行ってもいいか?」
ハワードが思い出した様に言う。
その言葉でエリオルも思い出す。
「そうだ、ハワード。ディタに剣を教えてくれているのか?」
ディタはエリオルと別れたその足ですぐにハワードを探し、理由を話て剣の稽古をしてもらえる様になっていた。
「ああ、お前が見込んだだけあって、あのチビ、なかなかのもんだぜ。
ただ、あそこの教官に何も言ってねえからな」
最初の馴れ初めがあまりにもお互いに印象が悪かった為、少し苦手意識を持っているのか、ハワードは微妙な言い回しをした。
「そうか、ありがとう。剣を持たせただけで放っておいたから、気にはなっていたんだ。ハワードに頼んだものをディタが持って来たから、ハワードが剣を教えてくれているんだろうなとは思ったんだが、彼にはオレから話をする」
「エリオル、大丈夫か? ケンカにならないだろうな?」
ハワードは心配そうな表情を見せる。
エリオルは瞬間的に笑顔を浮かべると言った。
「それはない。なんせどんなにがんばっても、オレの速さにはついて来られないからな。なんだかんだ言っても大人なんだからケンカ腰にはならないよ。大丈夫だ。ディタにラミンナ国の剣士たちの姿を見せてやってくれ。きっと勉強になるはずだから」
全てを理解した上でのエリオルの言葉にハワードは頷きを返す。
「ああ、分かっている。だが、エリオル。くれぐれも気を付けて行けよ。お前はラミンナ国でしか生きてこなかったんだからな。
ラバット国が過ごしやすいといいんだがな」
ハワードの心配症はすぐに頭をもたげる。
分かっていることとはいえ、少し笑える。
「ハワード、何なら私がついて行きますか?
こっちの組には術者がいないので、ここのことは当面はガーリオにがんばってもらって」
キールが見かねて声をかける。
ライアスを見ると、大きく頷いた。
理解力はみんな高い。
「ハワード、オレだって子どもじゃないんだから」
「何言ってる。いつも無茶ばかりしといて、どの口がそんなこと言ってるんだ。キール、くれぐれもこいつを暴走させないでくれよ」
ハワードの言葉に、キールはニコニコ顔で答える。
「それなら、任せてください。誰かさんで慣れていますから」
ちらっとライアスを見るキールに、ライアスがあさっての方を見る。
「やぶへびだったか」
ボソッと呟くライアスにみんなして大笑いする。
そう、王とてひとりの人。
全てを完璧にできるわけじゃない。
むしろ欠けている方がいい。
仕える者はそれを補うべく、がんばることができるから。
「なんか落ち着きませんね。でもまあ、城の中でゆっくりしているよりは、こっちの方が仕事している気がしますよね」
キールの言葉にみんな思いは同じなのか、それぞれに頷く。
「じゃあすまないが、明日、一斉に二手に分かれて出発してくれないか? 状況についてはシルフェに聞きに行かせる。
もしもあまりにまずそうなら、すぐに引き上げて来てくれ。
大っぴらに戦争することは聖霊王の手前できないが、何とか相手の兵力を押さえる手段を考える。
なるべく戦いは避けたいが、降りかかる火の粉は払わないわけにはいかない」
かなり立派な正論を述べて、ライアスはみんなを見つめる。
目下のところ、ライアス自身が認め、選んだ人物は少ない。
心から信頼できる人々をもっとたくさん集め、王として揺るぎない運営をすることができるようになる必要はある。
「ライアス王、貴方の御心のままに」
エリオルは片膝をつき、頭を垂れると口上する。
「エリオル・・・・・・」
エリオルの行動に感激した様子のライアス。
「私たちは皆、ライアス王、貴方の忠実なる臣下よ」
アーメルが言って、同じ様にエリオルの隣で片膝をつき、頭を垂れる。
そうしてみんなが同じ行動をしていく。
ある意味圧巻なその光景に、ライアスは思わず微笑む。
「みんな、ありがとう。こんな無茶苦茶な王について来てくれる気になって。心より感謝する」
そう言うと逆に深々と頭を下げる。
それを見たカリナはしみじみと言う。
「ライアス王、俺は一生、貴方には勝てない。それがよく分かった。
王でありながら、臣下に頭を下げることなど俺にはできない。
王としてのプライドが許さない」
その言葉に苦笑するライアス。いいタイミングだと思ったのか、自分の考えていることを述べる。
「基本、俺にはプライドなんてもんないから。そもそも王様なんて偉くも何ともない。ほぼ飾りみたいなもんだよ。
今だって俺が動くわけじゃない。動いてくれるのはお前たちだ。
最悪、王がいなくても、臣下が統率されているなら問題はない。
どういう状況でも自分たちで考え、対応してくれるはずだ。
俺はそれを目指している。その為には優秀な人材が必要だ。
お前たちはみな、優秀な人材であることは俺が保証する。
だからこの国の為によろしく頼む。
ああ、プライドはないが、自分の中での目標はあるかもな」
「それは、何ですか?」
カリナが前のめりになって問いかける。
「大したことじゃないぞ。そんなに前のめりになって聞くことでも無いんだが・・・・・・一応『生きた王であること』かな?
人は生きているからこそ、悩み苦しむ。生きた王であると言うことは、少しでも国民の思いに近づくということ。
同じ目線で悩み苦しみ、突破口を見つけること。
まあ、あくまで理想論と言われれば、それまでなんだけどな」
ライアスの言葉はいちいち深い。
そもそも清い王など存在しないと思っていた。
ただえばりくさって、臣下をあごでコキ使って、でもそれが王様だと勘違いしていた。
今なら分かる。父がなぜ、俺を選ばなかったのかが、痛いほどよく分かる。
「一応、まともな王を目指しておいでの様で安心いたしました。
くれぐれも私がこの手を汚すことのない様にお願いしますよ」
キールは変わらず毒づく。でも、ハワードは知っている。
キールなりのこれがほめ言葉だ。そしてライアス本人もそのことは分かっているはずだ。
「よし、じゃあ今日はみんな明日に備えて、ゆっくりしてくれ。
キール、カリナとガーリオの部屋を用意してくれ」
「かしこまりました」
それぞれが自分の部屋へと散り始める。
エリオルはハワードに言う。
「ハワード、オレちょっと剣士の広場に行って来る。明日からディタを借りないといけないだろ?」
「俺も一緒に行こうか? そもそも今は俺が教えているんだからな」
「いや、いい。ハワードは明日からの為に少しでも休んでいてくれ。
オレは大丈夫だ」
「おい、俺を年寄り扱いするのか?
まあ、いい。じゃあ先に帰っているよ」
エリオルの優しさを素直に受けて、ハワードは言った。
「ああ、そうしてくれ」
そしてふたりは別れる。ハワードは部屋へ。エリオルは剣士の広場へと歩いて行く。日はまだ高い。
剣士の卵たちはまだ、練習の最中だろう。
ゆっくりとこの城の造りを見る暇もなかったので、辺りを見ながらのんびりと歩く。
しばらく歩くと元気な少年たちの声が聞こえて来る、
『剣士』と言っても、剣を振るうだけではない。
槍・弓・剣・少なくとも三つに別れている。
それぞれに名手とおぼしき者がいて、教師として若い者たちに技を教えている。
エリオルは隠されてハワードのみに剣を教えられたが、実は剣だけでなく、槍も弓も一流の技を持っていた。
「この世界で生き残る為に、技術はいくつあっても邪魔にはならない。俺の全てを教えてやるから、全力でついてこい!」
毎日の様にハワードに言われていた言葉がとても懐かしい。
お陰でかなりなエキスパートにはなれたのは事実だ。
つまり逆を言えば、少し太刀筋を見ればどのくらいの人物なのかすぐに分かってしまうということである。
だんだんと青年の声が大きくなっていく。
すぐ手前が剣士の広場だった。
噂の教官は相変わらず大きな声でげきを飛ばしていた。
その元でディタは元気に剣を振るっていた。
目に見えて、上手くなっているのが分かる。
エリオルが与えた剣のお陰で着実に力を付けていた。
さすが、ハワードだな。教え方が上手い。
右側の奥が槍、左側の奥が弓の練習をしていた。
みんなそれぞれに一生懸命練習をしているので、誰もエリオルが見ていることには気が付いていなかった。
少し歩いて奥の練習も見ようと思い、動き始めた瞬間だった。
弓の練習場からビューンと一本の弓矢が飛んでくる。
とっさにエリオルはその弾道に移動すると、簡単に弓矢を回収する。
「すみません」
しばらくして、慌てた様子の青年がひとり駆け寄ってくる。
蒼白な顔で、その様子から明らかに弓矢を放った張本人だと思われる。
「いや、なかなかいい筋をしている。もう少し肩の力を抜いて、的をよく見て放ってみるといい」
そう言うとエリオルは手の中にあった弓矢を、そのまま素手で投げつける。軽い感じで投げたにも関わらず、それはそのまま剣士の広場を通過し、弓の練習場へと飛んで行く。
遠くの方で何かを射貫いた音がする。
普通ではあり得ない状況に青年はうろたえる。
「ま、まさか、嘘でしょう? ここからの距離っていくらあると思っているんですか? しかも素手でなんてあり得ない!」
びっくりする青年の声を聞きながら、エリオルは何も語らなかった。
「エリオル様、来てらしたんですか?」
さすがに目立ったらしく、ディタに気づかれた。
ディタは嬉しそうに駆け寄って来る。
「ああ、元気そうだな。その節はありがとう。眼帯は非常に役立った」
「本当ですか? ありがとうございます」
「すまないな。ハワードに任せっきりで。ただ、彼の方が教えるのは上手いからこのままで大丈夫だと思う。現にあの時よりもかなり上達したな」
「本当ですか? ありがとうございます」
素直に喜ぶ姿がかわいい。
その後ろでホーゼス教官がエリオルを見つめていた。
「その節は失礼した。この度、正式にライアス王の護衛剣士に任命された。ホーゼス教官、貴方に頼みがあって来た」
「頼み? なんだ?」
「すまないが、このディタをしばらく預からせて欲しいんだが」
その言葉に他ならぬディタ本人が一番驚いて、ビックリした顔を向ける。
「えっ、僕ですか? でも僕、まだ何の役にも立ちませんよ」
「そんなことは分かっているよ。実はハワードと一緒にラミンナ国へと行ってほしい。ただし、君の教官の許しが出ればの話だが」
そう言ってエリオルはホーゼスを真っ直ぐに見つめる。
ホーゼスは見つめられるのが苦手なのか、すぐに視線を外すとボソッと呟く。
「好きにすればいい」
「ありがとう。ホーゼス教官、感謝する」
エリオルはそう言うと頭を下げた。
その様子を見たホーゼスが、うろたえた顔になる。
「どうして、俺なんかに感謝する? 俺はあの時、教え子たちを殺してしまったんだぞ。本当は教師の資格なんてない。
なのに、誰も俺を罰しない。遙か昔にちょっと手柄を立てたくらいで俺はいい気になって、自分は偉いと、英雄だと勘違いして天狗になった」
ホーゼスの苦しみが手に取る様に分かる。
今までの自分の信じていたものが間違っていたと悟る苦しみと悲しみ。
「ホーゼス教官、誰が言わなくても、貴方は自分をよく知っている。
誰よりも貴方自身が自分に今、罰を与えているんじゃないのか?
今までのプライドが全部崩れ去って、それは何より、貴方にとって辛い罰のはずだが?」
あくまでも冷静な口調でエリオルは言う。
「エリオル殿、私は許されるのだろうか?」
苦しみや戸惑いをエリオルに話すことはきっと勇気のいることだ。
それでも今、ホーゼスはエリオルに問いかけている。
本当は純粋なのかも知れない。このホーゼスという男は。
「貴方は元々、槍の名手だったんだろう?
槍は長くて、重い。それを手と同じ様に振り回すには、相当の体力を必要とする。また戦い方としては、接近戦よりも離れて戦う方が断然やりやすい。
ただし、それは槍と弓矢に関しての話だ。剣に関しては全く勝手が違う。そもそも重いものは振り回すことが出来ず、持っていても意味をなさない」
そこで言葉を切ったエリオルはホーゼスをゆっくりと見る。
「貴方は本当に素晴らしい槍の名手だったんだろうと思う。
体つきなり、仕草なりを見ていれば分かる。
ただ、その練習をそのまま、剣に持ち込んでしまってはダメだ。
それだけのことだ。
強いて言えば、貴方を槍の教官にせず、剣の教官にした者の人選ミスだ。まあ、仕方のない状況はあったのかも知れないけど」
ビックリするほどの分析力で、エリオルは考えを述べた。
周りにいたもの全てが、その言葉に聞き入っていた。
「ライアス王子の眼力は大したもんだな。どうやってこんなすごい人材を見つけて来るのか?」
感心して呟くホーゼスに、少しだけ考えてからエリオルは言った。
「ホーゼス教官、まず、さっきライアスは王様になったので、正確にはライアス王子ではなくライアス王です。
そして、ひとつ提案なのですが、今回のことで剣士の卵の三分の一はいなくなったはずです。
その替わりの人材を農民エリアから探してみるのはいかがでしょうか?」
エリオルの提案の意図するところが分からず、考える仕草のホーゼス。
「農民エリアから? どうして?」
「オレはラミンナ国からこの国へと来ました。
最初の門をくぐって最初に農民エリアの建物を見た。
そしてその仕事が薬草作りと石を加工して作るアクセサリー作りだと聞いた」
「確かにその通りだが」
「どんなことでもそうだが、技術なんてものは後でいくらでも教え込む事ができる。そもそもの兼ね備えている資質として、そこそこの体力と手先の器用さ、何よりもこの砂漠の地で生き抜く力強さ。
全てが剣士に向いているんじゃないかと思って。
甘やかされて育っている貴族や王族の人間には我慢できなくても、そういう者たちなら、剣士になる為の稽古もがんばってするんじゃないかと思って」
エリオルの着眼点はなかなかのものだった。
「なるほど。それは正しい判断かもしれない。早速見に行ってみよう」
「ああ、そうしてくれ。そして貴方は教官として、今まで通り、がんばればいい。ライアスが何も言わない以上、貴方に対するお咎めはないから。安心して、今まで通り仕事に励んでください。
あっ、すまない。長居をしてしまった。
じゃあ、ディタのこと、しばらく借りて行く」
ふたりが喋っている間、全てが停止していた。
周りの剣士たちが感心した様に見つめる中、数人の青年が駆け寄って来る。
「マクアス、お前まさか、ここから弓矢を投げたのか?」
「違う、投げたのは俺じゃないよ、この人」
エリオルを指さして、マクアスと呼ばれた青年は困った表情になる。
「的、見えたんですか? ここから的、見えたんですか?」
まるで呪文の様に繰り返す青年たちに苦笑するエリオル。
「そうだな。一応見えていないと、誰かに当ててしまう危険性があるからな。ちょっと余計なことをしてしまった様だ。
あまり気にしないでくれ。
ホーゼス教官、練習の邪魔をしてすまない。
続けてくれ」
エリオルはそう言うと、踵を返して城の方へと戻り始める。
「エリオル様、お気をつけて」
ディタはそのまま、ホーゼスの方に合流する。
「じゃあな、弓矢の練習、がんばれ!」
弓矢の練習場から来た青年たちにも声をかけて、エリオルはそのまま、城へ向けて歩いて行く。
背後から「すげー」と感嘆の声を聞きながらも、振り返ることは無かった。
少し早足で部屋へ戻ろうとしていると、途中でハワードが廊下のところで立っていた。
「ハワード、どうした?」
「いや、少し心配になってな。大丈夫だったか?」
相変わらずの心配症に、思わず笑ってしまいそうになる。
「大丈夫、彼は思ったよりも、純粋な人だったよ。
ディタも快く貸してくれるそうだ」
エリオルの言葉にハワードは不思議そうな顔になる。
どうも、イメージが結び付かないらしい。
とにかくそのまま部屋へと戻る。少しは身体を休めないと後で堪える。
「そうだ! ハワード、ラミンナ国に行ったら、ラミンナ姫に会うか?」
「そうだな、その方が手っ取り早いだろう?
何か企んでいる者がいれば分かるだろうからな」
当然のことの様に言うハワード。エリオルの中でもそれは想定済みなのか笑顔になる。
「じゃあ、ラミンナ姫にこれを」
「これは?」
「ペンダントだ。結婚の祝いに渡してくれ」
いつの間に用意していたのか、エリオルはラミンナ姫のために、結婚の祝いを準備していた。
そのエリオルの言葉に露骨に嫌そうな顔をするハワード。
「それはな。自分で渡すものだろう? 普通は」
「二度と会わないって決めたから。あの人の幸せを邪魔したくはない。いくら関係なくなったと言っても、オレがあの人の側に行ったら、周りの人間は関係なくなったとは思ってくれないだろう?
お願い、ハワード!」
「しょうがねえな。結局、俺はお前のお願いに弱いんだよな」
ブツブツ言いながらも、ペンダントの入った箱を受け取る。
「ありがとう、ハワード。明日からしばらく会えなくなるけど、無茶しないでくれよ」
エリオルの言葉に「お前なー」とハワード。
「その言葉は俺のセリフだ。俺の目がないのをいいことに、お前はためらいもなく無茶をしそうで怖い」
「その辺はキールがいるから大丈夫! キールはハワード並みの策士だし軍師だ。彼に任せれば、何の心配もない」
エリオルが断定的に言った時、扉が開いて、噂のキールが顔を出す。
「私が何ですって?」
ナイスなタイミングでの顔出しに、ハワードはめちゃくちゃ焦った様子を見せる。
「おい、お前、聞いていたのか?」
普通に考えてそんなことはないはずなのだが、思わずハワードが問いかける。
「何か悪口でも言ってましたか? エリオル信じないでくださいね。
あっ、そうだ。メインを忘れるところでした。
ライアス様が、今夜はみんなを夕食に招待したいそうです。
明日からしばらくみんなバラバラになってしまいますから、今日くらいみんなでゆっくりと集まって楽しんでもらおうとの配慮です。
なのでハワード。エリオルとふたりきりでいたいでしょうが、大人しく出席してくださいね」
「あのなーそんなこと思ってねーよ。
毎日、うまいもんを食わしてもらえるんだから、ありがたいことだよ」
ハワードの言葉にキールはそれでも疑いの眼差しを向ける。
「怪しいですね。まあ、いいでしょう。では、後ほどお迎えに上がります」
そう言うと一礼して部屋を出て行く。この辺がとても礼儀正しい。
「ああ、ビックリした」
「何も悪いことしていないのに、動揺しすぎだハワード」
エリオルの指摘に反論する。
「だってしょうがねえじゃねえか。どうもあいつは知られ過ぎていて、やりにくいんだよな。
まあ、別に知られて困ることはないがな。
大丈夫、お前のことは喋ったりしねーよ」
エリオルを安心させるかの様に言うハワード。
「ありがとう。一応護衛剣士になる条件として、詮索しないことは入れといた。王と王妃はオレの正体を知っているけど、言わないでと頼んであることも。知られたらここを出て行くことも言っといた」
「なんだ、完璧じゃんか。さすがだな。安心したぜ」
ハワードは満足そうにそう言うと、嬉しそうに笑った。
その日の夜
王と王妃、ラファートも交えて、みんなで夕食会が開かれた。
小さな国の少ない人数だからこそのアットホームさに心地良さを感じる。
辺境の地にあって、それでもここはエリオルにとって、安らげる場所に違いなかった。
ただ、これは嵐の前の静けさに過ぎなかったのだが。
そんなことはこの時点では誰も気付いていなかった。
とりあえずみんなでライアスの部屋に戻ると、キールが笑顔で出迎える。部屋の中には、ネビィス、キルシュ、アーメルが勢ぞろいしていた。
「みんないたのか。丁度よかった。キルシュ、ネビィスとエリオルを連れてラバット国へと行ってくれないか?」
「ラバット国へ? 何しに?」
当然のことながら、キルシュは不思議そうに問いかける。
さっき謁見の間に偵察する者が現れた。状況から考えて、近場の国の人間の可能性が高い。という訳で、一番近い二国、ラバット国とラミンナ国に偵察隊を派遣することにした。
ラバット国はお前の元いた国だから、地理にも詳しいだろう? 三人で探りを入れてくれないか?」
「それってつまり、ラバット国の王様がタムール国を狙っているって言うのか? そんなバカな。王はそんな人じゃない!」
キルシュのあまりに激しい動揺ぶりに、周りにいたものたちの方が驚く。エリオルはそっとキルシュに近づくと言った。
「王様と知り合いなんだな。いくら王様がいい方でも、その周りの取り巻きがいいとは限らない。王様が他の誰かに丸め込まれている可能性だって十分にある。知り合いなら直のこと、行って確かめて、困っていたら助けてやる必要があるんじゃないのか?」
静かなエリオルの口調が優しくキルシュの心の中に入りこんで行く。
落ち着きを取り戻したキルシュは言った。
「分かったよ。エリオル、もしも大変なことになっていたら、助けてくれよな」
「勿論だ。できる限りのことをさせてもらう」
「ありがとう。エリオル」
嬉しそうに微笑んで、キルシュはライアスをしっかりと見つめる。
「ライアス、俺行くよ。気にかかるやつもいるし」
「そうか。頼む。それから、ハワード。アーメルとカリナを連れてラミンナ国へ行ってくれ」
どんなに双対国とは言ってみても、必ずしも友好が長続きするという保証はない。ラミンナ姫の様子から考えてまず大丈夫だとは思うが、エリオルの言う様に途中の誰かが故意に悪さをするパターンは十分に考えられることだ。
「なるほど、仕方ねえな。承知した。あっ、そうだ! ついでにガキをひとり連れて行ってもいいか?」
ハワードが思い出した様に言う。
その言葉でエリオルも思い出す。
「そうだ、ハワード。ディタに剣を教えてくれているのか?」
ディタはエリオルと別れたその足ですぐにハワードを探し、理由を話て剣の稽古をしてもらえる様になっていた。
「ああ、お前が見込んだだけあって、あのチビ、なかなかのもんだぜ。
ただ、あそこの教官に何も言ってねえからな」
最初の馴れ初めがあまりにもお互いに印象が悪かった為、少し苦手意識を持っているのか、ハワードは微妙な言い回しをした。
「そうか、ありがとう。剣を持たせただけで放っておいたから、気にはなっていたんだ。ハワードに頼んだものをディタが持って来たから、ハワードが剣を教えてくれているんだろうなとは思ったんだが、彼にはオレから話をする」
「エリオル、大丈夫か? ケンカにならないだろうな?」
ハワードは心配そうな表情を見せる。
エリオルは瞬間的に笑顔を浮かべると言った。
「それはない。なんせどんなにがんばっても、オレの速さにはついて来られないからな。なんだかんだ言っても大人なんだからケンカ腰にはならないよ。大丈夫だ。ディタにラミンナ国の剣士たちの姿を見せてやってくれ。きっと勉強になるはずだから」
全てを理解した上でのエリオルの言葉にハワードは頷きを返す。
「ああ、分かっている。だが、エリオル。くれぐれも気を付けて行けよ。お前はラミンナ国でしか生きてこなかったんだからな。
ラバット国が過ごしやすいといいんだがな」
ハワードの心配症はすぐに頭をもたげる。
分かっていることとはいえ、少し笑える。
「ハワード、何なら私がついて行きますか?
こっちの組には術者がいないので、ここのことは当面はガーリオにがんばってもらって」
キールが見かねて声をかける。
ライアスを見ると、大きく頷いた。
理解力はみんな高い。
「ハワード、オレだって子どもじゃないんだから」
「何言ってる。いつも無茶ばかりしといて、どの口がそんなこと言ってるんだ。キール、くれぐれもこいつを暴走させないでくれよ」
ハワードの言葉に、キールはニコニコ顔で答える。
「それなら、任せてください。誰かさんで慣れていますから」
ちらっとライアスを見るキールに、ライアスがあさっての方を見る。
「やぶへびだったか」
ボソッと呟くライアスにみんなして大笑いする。
そう、王とてひとりの人。
全てを完璧にできるわけじゃない。
むしろ欠けている方がいい。
仕える者はそれを補うべく、がんばることができるから。
「なんか落ち着きませんね。でもまあ、城の中でゆっくりしているよりは、こっちの方が仕事している気がしますよね」
キールの言葉にみんな思いは同じなのか、それぞれに頷く。
「じゃあすまないが、明日、一斉に二手に分かれて出発してくれないか? 状況についてはシルフェに聞きに行かせる。
もしもあまりにまずそうなら、すぐに引き上げて来てくれ。
大っぴらに戦争することは聖霊王の手前できないが、何とか相手の兵力を押さえる手段を考える。
なるべく戦いは避けたいが、降りかかる火の粉は払わないわけにはいかない」
かなり立派な正論を述べて、ライアスはみんなを見つめる。
目下のところ、ライアス自身が認め、選んだ人物は少ない。
心から信頼できる人々をもっとたくさん集め、王として揺るぎない運営をすることができるようになる必要はある。
「ライアス王、貴方の御心のままに」
エリオルは片膝をつき、頭を垂れると口上する。
「エリオル・・・・・・」
エリオルの行動に感激した様子のライアス。
「私たちは皆、ライアス王、貴方の忠実なる臣下よ」
アーメルが言って、同じ様にエリオルの隣で片膝をつき、頭を垂れる。
そうしてみんなが同じ行動をしていく。
ある意味圧巻なその光景に、ライアスは思わず微笑む。
「みんな、ありがとう。こんな無茶苦茶な王について来てくれる気になって。心より感謝する」
そう言うと逆に深々と頭を下げる。
それを見たカリナはしみじみと言う。
「ライアス王、俺は一生、貴方には勝てない。それがよく分かった。
王でありながら、臣下に頭を下げることなど俺にはできない。
王としてのプライドが許さない」
その言葉に苦笑するライアス。いいタイミングだと思ったのか、自分の考えていることを述べる。
「基本、俺にはプライドなんてもんないから。そもそも王様なんて偉くも何ともない。ほぼ飾りみたいなもんだよ。
今だって俺が動くわけじゃない。動いてくれるのはお前たちだ。
最悪、王がいなくても、臣下が統率されているなら問題はない。
どういう状況でも自分たちで考え、対応してくれるはずだ。
俺はそれを目指している。その為には優秀な人材が必要だ。
お前たちはみな、優秀な人材であることは俺が保証する。
だからこの国の為によろしく頼む。
ああ、プライドはないが、自分の中での目標はあるかもな」
「それは、何ですか?」
カリナが前のめりになって問いかける。
「大したことじゃないぞ。そんなに前のめりになって聞くことでも無いんだが・・・・・・一応『生きた王であること』かな?
人は生きているからこそ、悩み苦しむ。生きた王であると言うことは、少しでも国民の思いに近づくということ。
同じ目線で悩み苦しみ、突破口を見つけること。
まあ、あくまで理想論と言われれば、それまでなんだけどな」
ライアスの言葉はいちいち深い。
そもそも清い王など存在しないと思っていた。
ただえばりくさって、臣下をあごでコキ使って、でもそれが王様だと勘違いしていた。
今なら分かる。父がなぜ、俺を選ばなかったのかが、痛いほどよく分かる。
「一応、まともな王を目指しておいでの様で安心いたしました。
くれぐれも私がこの手を汚すことのない様にお願いしますよ」
キールは変わらず毒づく。でも、ハワードは知っている。
キールなりのこれがほめ言葉だ。そしてライアス本人もそのことは分かっているはずだ。
「よし、じゃあ今日はみんな明日に備えて、ゆっくりしてくれ。
キール、カリナとガーリオの部屋を用意してくれ」
「かしこまりました」
それぞれが自分の部屋へと散り始める。
エリオルはハワードに言う。
「ハワード、オレちょっと剣士の広場に行って来る。明日からディタを借りないといけないだろ?」
「俺も一緒に行こうか? そもそも今は俺が教えているんだからな」
「いや、いい。ハワードは明日からの為に少しでも休んでいてくれ。
オレは大丈夫だ」
「おい、俺を年寄り扱いするのか?
まあ、いい。じゃあ先に帰っているよ」
エリオルの優しさを素直に受けて、ハワードは言った。
「ああ、そうしてくれ」
そしてふたりは別れる。ハワードは部屋へ。エリオルは剣士の広場へと歩いて行く。日はまだ高い。
剣士の卵たちはまだ、練習の最中だろう。
ゆっくりとこの城の造りを見る暇もなかったので、辺りを見ながらのんびりと歩く。
しばらく歩くと元気な少年たちの声が聞こえて来る、
『剣士』と言っても、剣を振るうだけではない。
槍・弓・剣・少なくとも三つに別れている。
それぞれに名手とおぼしき者がいて、教師として若い者たちに技を教えている。
エリオルは隠されてハワードのみに剣を教えられたが、実は剣だけでなく、槍も弓も一流の技を持っていた。
「この世界で生き残る為に、技術はいくつあっても邪魔にはならない。俺の全てを教えてやるから、全力でついてこい!」
毎日の様にハワードに言われていた言葉がとても懐かしい。
お陰でかなりなエキスパートにはなれたのは事実だ。
つまり逆を言えば、少し太刀筋を見ればどのくらいの人物なのかすぐに分かってしまうということである。
だんだんと青年の声が大きくなっていく。
すぐ手前が剣士の広場だった。
噂の教官は相変わらず大きな声でげきを飛ばしていた。
その元でディタは元気に剣を振るっていた。
目に見えて、上手くなっているのが分かる。
エリオルが与えた剣のお陰で着実に力を付けていた。
さすが、ハワードだな。教え方が上手い。
右側の奥が槍、左側の奥が弓の練習をしていた。
みんなそれぞれに一生懸命練習をしているので、誰もエリオルが見ていることには気が付いていなかった。
少し歩いて奥の練習も見ようと思い、動き始めた瞬間だった。
弓の練習場からビューンと一本の弓矢が飛んでくる。
とっさにエリオルはその弾道に移動すると、簡単に弓矢を回収する。
「すみません」
しばらくして、慌てた様子の青年がひとり駆け寄ってくる。
蒼白な顔で、その様子から明らかに弓矢を放った張本人だと思われる。
「いや、なかなかいい筋をしている。もう少し肩の力を抜いて、的をよく見て放ってみるといい」
そう言うとエリオルは手の中にあった弓矢を、そのまま素手で投げつける。軽い感じで投げたにも関わらず、それはそのまま剣士の広場を通過し、弓の練習場へと飛んで行く。
遠くの方で何かを射貫いた音がする。
普通ではあり得ない状況に青年はうろたえる。
「ま、まさか、嘘でしょう? ここからの距離っていくらあると思っているんですか? しかも素手でなんてあり得ない!」
びっくりする青年の声を聞きながら、エリオルは何も語らなかった。
「エリオル様、来てらしたんですか?」
さすがに目立ったらしく、ディタに気づかれた。
ディタは嬉しそうに駆け寄って来る。
「ああ、元気そうだな。その節はありがとう。眼帯は非常に役立った」
「本当ですか? ありがとうございます」
「すまないな。ハワードに任せっきりで。ただ、彼の方が教えるのは上手いからこのままで大丈夫だと思う。現にあの時よりもかなり上達したな」
「本当ですか? ありがとうございます」
素直に喜ぶ姿がかわいい。
その後ろでホーゼス教官がエリオルを見つめていた。
「その節は失礼した。この度、正式にライアス王の護衛剣士に任命された。ホーゼス教官、貴方に頼みがあって来た」
「頼み? なんだ?」
「すまないが、このディタをしばらく預からせて欲しいんだが」
その言葉に他ならぬディタ本人が一番驚いて、ビックリした顔を向ける。
「えっ、僕ですか? でも僕、まだ何の役にも立ちませんよ」
「そんなことは分かっているよ。実はハワードと一緒にラミンナ国へと行ってほしい。ただし、君の教官の許しが出ればの話だが」
そう言ってエリオルはホーゼスを真っ直ぐに見つめる。
ホーゼスは見つめられるのが苦手なのか、すぐに視線を外すとボソッと呟く。
「好きにすればいい」
「ありがとう。ホーゼス教官、感謝する」
エリオルはそう言うと頭を下げた。
その様子を見たホーゼスが、うろたえた顔になる。
「どうして、俺なんかに感謝する? 俺はあの時、教え子たちを殺してしまったんだぞ。本当は教師の資格なんてない。
なのに、誰も俺を罰しない。遙か昔にちょっと手柄を立てたくらいで俺はいい気になって、自分は偉いと、英雄だと勘違いして天狗になった」
ホーゼスの苦しみが手に取る様に分かる。
今までの自分の信じていたものが間違っていたと悟る苦しみと悲しみ。
「ホーゼス教官、誰が言わなくても、貴方は自分をよく知っている。
誰よりも貴方自身が自分に今、罰を与えているんじゃないのか?
今までのプライドが全部崩れ去って、それは何より、貴方にとって辛い罰のはずだが?」
あくまでも冷静な口調でエリオルは言う。
「エリオル殿、私は許されるのだろうか?」
苦しみや戸惑いをエリオルに話すことはきっと勇気のいることだ。
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「貴方は元々、槍の名手だったんだろう?
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ただし、それは槍と弓矢に関しての話だ。剣に関しては全く勝手が違う。そもそも重いものは振り回すことが出来ず、持っていても意味をなさない」
そこで言葉を切ったエリオルはホーゼスをゆっくりと見る。
「貴方は本当に素晴らしい槍の名手だったんだろうと思う。
体つきなり、仕草なりを見ていれば分かる。
ただ、その練習をそのまま、剣に持ち込んでしまってはダメだ。
それだけのことだ。
強いて言えば、貴方を槍の教官にせず、剣の教官にした者の人選ミスだ。まあ、仕方のない状況はあったのかも知れないけど」
ビックリするほどの分析力で、エリオルは考えを述べた。
周りにいたもの全てが、その言葉に聞き入っていた。
「ライアス王子の眼力は大したもんだな。どうやってこんなすごい人材を見つけて来るのか?」
感心して呟くホーゼスに、少しだけ考えてからエリオルは言った。
「ホーゼス教官、まず、さっきライアスは王様になったので、正確にはライアス王子ではなくライアス王です。
そして、ひとつ提案なのですが、今回のことで剣士の卵の三分の一はいなくなったはずです。
その替わりの人材を農民エリアから探してみるのはいかがでしょうか?」
エリオルの提案の意図するところが分からず、考える仕草のホーゼス。
「農民エリアから? どうして?」
「オレはラミンナ国からこの国へと来ました。
最初の門をくぐって最初に農民エリアの建物を見た。
そしてその仕事が薬草作りと石を加工して作るアクセサリー作りだと聞いた」
「確かにその通りだが」
「どんなことでもそうだが、技術なんてものは後でいくらでも教え込む事ができる。そもそもの兼ね備えている資質として、そこそこの体力と手先の器用さ、何よりもこの砂漠の地で生き抜く力強さ。
全てが剣士に向いているんじゃないかと思って。
甘やかされて育っている貴族や王族の人間には我慢できなくても、そういう者たちなら、剣士になる為の稽古もがんばってするんじゃないかと思って」
エリオルの着眼点はなかなかのものだった。
「なるほど。それは正しい判断かもしれない。早速見に行ってみよう」
「ああ、そうしてくれ。そして貴方は教官として、今まで通り、がんばればいい。ライアスが何も言わない以上、貴方に対するお咎めはないから。安心して、今まで通り仕事に励んでください。
あっ、すまない。長居をしてしまった。
じゃあ、ディタのこと、しばらく借りて行く」
ふたりが喋っている間、全てが停止していた。
周りの剣士たちが感心した様に見つめる中、数人の青年が駆け寄って来る。
「マクアス、お前まさか、ここから弓矢を投げたのか?」
「違う、投げたのは俺じゃないよ、この人」
エリオルを指さして、マクアスと呼ばれた青年は困った表情になる。
「的、見えたんですか? ここから的、見えたんですか?」
まるで呪文の様に繰り返す青年たちに苦笑するエリオル。
「そうだな。一応見えていないと、誰かに当ててしまう危険性があるからな。ちょっと余計なことをしてしまった様だ。
あまり気にしないでくれ。
ホーゼス教官、練習の邪魔をしてすまない。
続けてくれ」
エリオルはそう言うと、踵を返して城の方へと戻り始める。
「エリオル様、お気をつけて」
ディタはそのまま、ホーゼスの方に合流する。
「じゃあな、弓矢の練習、がんばれ!」
弓矢の練習場から来た青年たちにも声をかけて、エリオルはそのまま、城へ向けて歩いて行く。
背後から「すげー」と感嘆の声を聞きながらも、振り返ることは無かった。
少し早足で部屋へ戻ろうとしていると、途中でハワードが廊下のところで立っていた。
「ハワード、どうした?」
「いや、少し心配になってな。大丈夫だったか?」
相変わらずの心配症に、思わず笑ってしまいそうになる。
「大丈夫、彼は思ったよりも、純粋な人だったよ。
ディタも快く貸してくれるそうだ」
エリオルの言葉にハワードは不思議そうな顔になる。
どうも、イメージが結び付かないらしい。
とにかくそのまま部屋へと戻る。少しは身体を休めないと後で堪える。
「そうだ! ハワード、ラミンナ国に行ったら、ラミンナ姫に会うか?」
「そうだな、その方が手っ取り早いだろう?
何か企んでいる者がいれば分かるだろうからな」
当然のことの様に言うハワード。エリオルの中でもそれは想定済みなのか笑顔になる。
「じゃあ、ラミンナ姫にこれを」
「これは?」
「ペンダントだ。結婚の祝いに渡してくれ」
いつの間に用意していたのか、エリオルはラミンナ姫のために、結婚の祝いを準備していた。
そのエリオルの言葉に露骨に嫌そうな顔をするハワード。
「それはな。自分で渡すものだろう? 普通は」
「二度と会わないって決めたから。あの人の幸せを邪魔したくはない。いくら関係なくなったと言っても、オレがあの人の側に行ったら、周りの人間は関係なくなったとは思ってくれないだろう?
お願い、ハワード!」
「しょうがねえな。結局、俺はお前のお願いに弱いんだよな」
ブツブツ言いながらも、ペンダントの入った箱を受け取る。
「ありがとう、ハワード。明日からしばらく会えなくなるけど、無茶しないでくれよ」
エリオルの言葉に「お前なー」とハワード。
「その言葉は俺のセリフだ。俺の目がないのをいいことに、お前はためらいもなく無茶をしそうで怖い」
「その辺はキールがいるから大丈夫! キールはハワード並みの策士だし軍師だ。彼に任せれば、何の心配もない」
エリオルが断定的に言った時、扉が開いて、噂のキールが顔を出す。
「私が何ですって?」
ナイスなタイミングでの顔出しに、ハワードはめちゃくちゃ焦った様子を見せる。
「おい、お前、聞いていたのか?」
普通に考えてそんなことはないはずなのだが、思わずハワードが問いかける。
「何か悪口でも言ってましたか? エリオル信じないでくださいね。
あっ、そうだ。メインを忘れるところでした。
ライアス様が、今夜はみんなを夕食に招待したいそうです。
明日からしばらくみんなバラバラになってしまいますから、今日くらいみんなでゆっくりと集まって楽しんでもらおうとの配慮です。
なのでハワード。エリオルとふたりきりでいたいでしょうが、大人しく出席してくださいね」
「あのなーそんなこと思ってねーよ。
毎日、うまいもんを食わしてもらえるんだから、ありがたいことだよ」
ハワードの言葉にキールはそれでも疑いの眼差しを向ける。
「怪しいですね。まあ、いいでしょう。では、後ほどお迎えに上がります」
そう言うと一礼して部屋を出て行く。この辺がとても礼儀正しい。
「ああ、ビックリした」
「何も悪いことしていないのに、動揺しすぎだハワード」
エリオルの指摘に反論する。
「だってしょうがねえじゃねえか。どうもあいつは知られ過ぎていて、やりにくいんだよな。
まあ、別に知られて困ることはないがな。
大丈夫、お前のことは喋ったりしねーよ」
エリオルを安心させるかの様に言うハワード。
「ありがとう。一応護衛剣士になる条件として、詮索しないことは入れといた。王と王妃はオレの正体を知っているけど、言わないでと頼んであることも。知られたらここを出て行くことも言っといた」
「なんだ、完璧じゃんか。さすがだな。安心したぜ」
ハワードは満足そうにそう言うと、嬉しそうに笑った。
その日の夜
王と王妃、ラファートも交えて、みんなで夕食会が開かれた。
小さな国の少ない人数だからこそのアットホームさに心地良さを感じる。
辺境の地にあって、それでもここはエリオルにとって、安らげる場所に違いなかった。
ただ、これは嵐の前の静けさに過ぎなかったのだが。
そんなことはこの時点では誰も気付いていなかった。
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