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第8章 奴隷奪還

6.奴隷奪還★

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 街道に潜んだ日の夕方、やっと敵軍の行進が確認できた。

 とはいえこちらはたった二人。
 いくら人の力を超えた魔獣と、剣の得意な不死の俺という組み合わせでも、二千人規模の奴隷を従えた長い隊列を打ち破るのは難しい。

 そこで、大勢の伏兵が居るように見せかけるため、俺たちは一つの策を用意していた。

 まず到着後、縄状に編んだ草の束を街道の両側五百メルトルに渡って目立たぬように置いた。
 その上から精油をたっぷりと注ぐ。
 植物から取り出したこの精油は、里の家々を回って集めたものだ。
 匂いが極めて少ないので、事前に敵兵にバレることはまずない。

 敵の隊列の中央部分が縄の範囲に達したとき、根を失って乾いた草の縄の真ん中に、俺とヴァティールがそれぞれ火をつける。
 そうすれば縄を伝って夏草を巻き込み、街道の両側から火の手が上がる。そういう計画だ。

 これは、古代シーサー王が取ったという古典的戦術をアレンジしたものだが、今の時代だって十分通用するはず。
 そして混乱に乗じて、奴隷となった民たちを必ず助け出す。


 軍靴や馬の蹄の音が、俺の耳にさえ聞こえるようになってきた。
 身を潜め、隊列の半分が通り過ぎるのをじっと待つ。

 奴隷たちは着替えさえままならなかったのだろう……薄汚れた服のまま、両手を縄で縛られ、兵士たちに連行されていた。
 中には女性や子供も居る。

 その中に、見知った顔を一人見つけた。
 エドガーだ。俯いた顔には悔しそうな表情が浮かび、涙をにじませている。

 彼は俺と同じぐらいの年の町の子供で、俺がリオンと城を脱出するための荷馬車を手配してくれた少年だ。
 王の息のかからない俺の裏部下だが『部下』と言うより『友人』といったほうが近いかもしれない。

 普段の彼はとても明るく有能で、腕も立つ。
 もしあのまま俺が王子であったなら、いずれ側近に取り立てた事だろう。

 しかし、今すぐ飛び出して助けに行くわけにはいかない。
 爪が食い込むほどにこぶしを握って、エドガーや我が国の民たちが通り過ぎてゆくのをじっと見守った。

 そうするうちに、奴隷となった国民たちの半分が、いよいよ俺たちの潜んでいる草むらの前に達した。

 よし、今だ!!

 俺はロープに火をつけた。
 一瞬遅れて、街道の反対側からも火の手が上がる。

 火は瞬く間に油を染み込ませたロープを伝って燃え広がり、そのまま草地に引火し、木々を巻き込んで燃え出した。

 奴隷をまとめていた敵兵の騎馬が、炎に驚いて暴れだす。
 狙い通りだ。

 その隙に奴隷たちの中から大柄な男を選び、里から持ってきた剣を渡しながら俺自身は敵兵と戦う。
 渡した剣により縄を解かれた奴隷たちが、隊列を乱して走り去って行くのが見えた。

 俺自身は、追おうとする兵士を切り捨てながらエドガーを探した。

 油の量が多すぎたのだろうか?
 思ったより火勢いが強い。
 火や煙に巻かれていなければ良いが……。

 ヴァティールは、さすが魔獣と言うしかない働きぶりだった。

 リオンも人間とは思われない戦いっぷりだったが、こちらも負けてはいない。
 一撃で止めを刺しながら、将校クラスと思しき相手すら紙を裂くかのような軽やかな動きで切り捨てていった。

 ヴァティールなら、一人で兵士二百人以上の力があるだろう。
 それは今の状況の中、とてもありがたいことだった。
 ただ、人の血を浴びて生き生きと戦う姿に心が痛んだ。

 リオンの体でこんな事をさせて……。
 俺は兄失格だ。

 全ての奴隷が逃げ去り、それを追おうとする兵士、俺に向かってくる兵士は目に付く限りほとんど殺した。
 こんな風に簡単に人を殺せてしまう自分が恐ろしかった。
 ほんの数日前は、兵士の腕を傷つけたことにさえ戸惑ったのに。

 しかし、今は戸惑っている暇など無い。
 夏の生木なら火に晒されても大火事にはなるまいと思っていたのに、想定より火勢が強い。
 このままでは、怪我人や女子供はじきに火に追いつかれてしまう。

「くそ! 何とかならないのかヴァティール!!」

「うむ。なんともならん。火の勢いが強すぎる。
 良い作戦だと思ったんだが、そうでもなかったかなァ?」

 顎に手をやり、人事のようにつぶやくこいつが憎い。

「そういえばシヴァもこういうことは苦手で、すべて悪知恵の働く糞アースラにまかせっきりだったっけ?
 顔だけでなく、こんなとこまで似てしまうなんて、気の毒だよなッ。
 ま、良い考えだと賛同したワタシもワタシなんだが。
 あっはっは!」

 ヴァティールが、さも愉快そうに笑う。

「もう火が近くまで迫っているのに、呑気に笑っている場合かッ!!」

 怒鳴りつけると、ヴァティールは怪訝な顔をした。
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