昭和少年の貧乏ゆすり

末文治

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小学校入学-13

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  パーマ屋さんの隣の家の三女が嫁に行くため、タクシーが待機している。その周りに人が群れる。いよいよ玄関が開き、高島田の花嫁が姿を現す。伏し目がちに、紅色の口をすぼめて、静止しているかのように歩む。みんな食い入るように見つめ、物音一つしない。異様な静けさ。日本人形そのままに、まるで知らない人のように映り、初めて見る本物の「お嫁さん」に感激する。
 やがて「きれいなあ」「ほんまにきれいやねえ」と囁く声が立つ中、お嫁さんは、髪がぶつからないよう慎重にタクシーに乗り込む。付き添う母親が皆に会釈して車が発車するのを見届けて、肩の力が抜ける。
 あの姉ちゃんが、あんなお姫様みたいになるんやな、とあらためて感心していると「馬子にも衣装て、よう言うたもんやなあ」ざわついた見物人の中から嗄れ声がする。伝書鳩とあだ名される年配のおばさんだ。主婦達は関わりを避けて、そそくさと立ち去る。母がつかまった。
「奥さん、大きい声では言えまへんけど、あそこの家の娘(こ)、男と×××したいがために嫁に行きまんねんで。長女を見てみなはれ、二度出戻りでっせ。そんなあほな事おまっかいな。今のところ家でおとなしゅうしてるけど、どうせまた出て行きよりますわ。次女が去年二回目の結婚したばっかりやのに、ほんま恥ずかしいことないんかいな。今のもまたすぐ帰ってきますやろ。時間の問題ですわ。それより不思議なんは、あそこの家(うち)、娘らが結婚する度に何やしら家が小ぎれいになっていってますやろ。一体全体どうなってんのやろうね」
 母は両目を大きく見開いたまま、片手を懸命に口に押し当て応じている。
 近頃、この×××という三文字を、上級生や大人達の口からちょくちょく漏れ聞く。なにやら怪しそうで、立ち入ってはいけないと、まえていたが、今こうして女の人が白昼堂々と口にしているのだから、大して変な言葉でもないのだ。なにか体を交わされたようで少々がっかりする。
 托鉢僧が長屋の一軒一軒を巡って来る。「ええ案配にお坊さんが来はったわ。あそこの娘の家もちゃんと清めてもらったらええねん、なあ奥さん」と言い放つや、伝書鳩おばさんは立ち去って行く。
 昼下がりの路上で白い犬と黒の犬が尻と尻を突き合わせて、綱引きでもするような格好でいる。「また盛ってやがる。犬のくせに人前で×××なんかするな」とぶつくさ言いながら、おじいさんが家に取って返す。何故、こんなに器用に後ろ向きになってひっつくのが不思議だったが、トンボのオスとメスがつながって飛んでいるのを見て「盛ってる」と囃し立てるが、あれと同じことか。だとすれば、この犬も雄と雌なのか。黒い方が雄?
 おじいさんが忙しなくバケツを引っ提げて戻ってくると、敵のようにして水を犬にぶちまける。二匹の犬は目を剥き弾かれたように離れ、それぞれの方向に走り去る。おじいさんは誇らしげに空のバケツを振り振り家に入って行く。遠くで黒い方の犬が恨めしそうにこちらを窺っている。
  野蛮なおじいさんやなあ。こんなひどい事して、おとなしくしている犬を追っ払うなんて。しかし、おじいさんはあの×××を唱えて怒りを表し、そして、いかにも良い事をしたような表情で引き揚げて行った。そういえばあの犬、後ろ向きの間どっちも疚しそうな目付きで辺りを見ていた・・・・・・。またも×××の三文字が、不可解に漂い出す。
 通り掛かったT男ちゃんに思い切って尋ねる。
「そら、じぶん、男と女が×××するから子供が生まれるんやんか」
「・・・・・・子供は、どこから生まれるん?」
「そんなもん、お尻に決まってるわ」
 そうか、それで犬もお尻を合わせているのか。
「ちょっと来てみ」T男ちゃんが露地に誘い、ズボンを下ろして股間を曝す。「じぶんも出してみ」と促す。「なあ触ってみると、ええ感じやろ。男のチンコと女は××コや。どっちも下にコが付くやろ。それで子が生まれるねん」
 継母と住むT男ちゃんは何でもよく教えてくれるが、もう一つ意味が分からない。やっぱり×××には奥深いものがあるみたいだ。

                    ***
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