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正義感をもてること
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イーサンが勤務をおえ宿舎にもどるとダグラスから飲みに行こうとさそわれ酒場にきた。
周囲に話がもれない場所にすわりダグラスと乾杯したあとウイスキーをのどに流しこむ。
騎士とよびたくない同僚達と仕事をすることへのいらだちと不満がたまっていた。
「大丈夫か? というか騎士団とは思えないような職場で働いてるから大丈夫なんていえないよな」
ダグラスが大いに同情してくれる。
「駄目もとで異動を願いでたらどうだ? 短期の契約とはいえ今のままお前がくすぶるのは団にとってもよくないし」
「異動させてもらえるとは思えないし、考慮される前に任期が終わりそうだ。
それに途中で投げ出すようなことをするのは騎士として努力がたりないような気がする。十八歳で正式に騎士になってまだいろいろ経験たりないし」
「まじめすぎ」ダグラスがおかしそうに笑ったあと、そういえばと捜査部の話をはじめた。
ダグラスが所属している捜査部では、最近ひんぱんにおこっている盗難がかなり大きな組織として動いているだけでなく、地方の犯罪組織もかかわっている可能性が高いと力を入れているという。
「こんな所でしていい話じゃないから、これ以上は話さないが」といったあと捜査部での愚痴をこぼしはじめた。
この手の大がかりな捜査は思わぬところで触れてはいけない人物がからむ場合がある。そうなると中途半端な形で捜査終了となる。
世の中とは理不尽なことばかりだと諦観しきった上司が、上からのお達しだとあっさり捜査終了を宣言するのは騎士にとって不満しかたまらない。
だからといって上司が正義感に燃え突っ走るのも困りものだった。
上司が自分が責任をもつといっても団の上層部や官吏はそのように考えず、命令を無視し勝手に動いたと部署全員が何らかの責任をとらされることがある。
ダグラスの上司は正義感にあふれた熱い人らしく、下手をすると突っ走りまずい方向にいくかもしれないと警戒していた。
「親もえらべないけど、上司もえらべないんだよなあ。上司の道連れにされるのは勘弁してほしい」
ダグラスがウイスキーをあおる。
「やる気がありすぎても、やる気がなさすぎても困るってやつだよな。俺のところはやる気がまったくなくて、こんな給料泥棒やとってていいのかって感じだ」
イーサンがこぼすと、ダグラスが「そういえば相棒と少しは関係よくなったのか?」と聞いた。
イーサンは重い息をはいた。
「もうお手上げといいたくなる。根本的にちがいすぎて分かり合えない」
ダグラスがあわれむような目をイーサンにむけた。
「お前の相棒って貧困地区出身だろう? 騎士になったのは自分や家族が犯罪に巻き込まれないよう取り締まる側になったぽいよな。
うちの部にも貧困地区出身であそこの情報収集を担当してる奴がいるが、騎士団ではいたって普通だが貧困地区で仕事をする時は別人らしい。
そいつの相棒が貧困地区へいっしょにいった時に、どこのギャングだといいたくなるほど横柄な態度でなめられないように威嚇しまくってるのにおどろいたっていってた。
それとあいつを見てると自分が正義なんて綺麗事をつらぬける環境にいたことがよくわかるともいってたわ。
常識とか正義なんて守ってたら、欲望のままやりたい放題な奴らにしゃぶりつくされるだけだからな」
ダグラスの言葉にイーサンは深くうなずいた。王都で貧困地区の担当になってから、自分とはまったく違う環境で生きてきた人達と関わることになりこれまで以上に考えさせられることが多かった。
やさしさはつけこまれ利用されるだけ。正しさは笑われ踏みにじられる。食うか食われるかの世界で生きてきた相棒のラッセルと分かり合えないのは当然といえた。
「俺たちみたいに人の裏側をみる職業やってると、自分がいかに恵まれてるかとしみじみする。
うちの実家なんて子だくさんで貧乏だったから恵まれたなんて言葉はまったく当てはまらないが、それでも子を捨てずまっとうに育ててくれた親がいる。
こうして騎士として正義がどうのといえるんだから恵まれてたとまじで思う」
ダグラスの言葉にイーサンも自分がどれほど恵まれていたかを痛感する。
両親から愛されて育ち、父が騎士だったので当たり前のように騎士になった。人にやさしくすることや人を助けることが当たり前で、努力をすればむくわれる環境にいた。それがイーサンの普通だった。
ダグラスが大きく息をはきだすと「すっかりしめっぽくなってすまん」とあやまり、重くなった空気をかえるように聞きこみをしていた時に好みの女性に会ったといい顔をゆるめた。
「あー妻に会いたい! はなれて暮らしてるのがつらい!」
イーサンが叫ぶようにいうとダグラスがイーサンの肩に手をおいた。
「お前、離婚した俺の前でそういうこというなんて、いい根性してるよな。
お前もすっぱり捨てられて俺のように王都に移籍しろ。お前とは気が合うし二人でいい女をつかまえよう」
「やめてくれ! 俺はまだ捨てられてないし、離婚するつもりなんてまったくない!!」
ダグラスが皮肉な笑みをみせた。離婚するのは時間の問題と思われているようでむかつく。
「王都のきれいなお姉ちゃんと仲良くなりたい。でも王都じゃ騎士は女の子から人気ないし地元にもどった方がいいかもなあ。
でも地元じゃすっかり妻に捨てられた可哀想な男として笑い者だし。
お前の地元もそうだろうが、うちの方も騎士は尊敬されるし憧れられる。
騎士になって金とは縁はないが、人からすごいといわれたり感謝されたりして、女の子から声かけられてで、これから良い人生がまってるなんて思ってたが甘かった……。
元妻は親が決めた相手で、騎士に憧れの目をむけてくれてた子だった。騎士の妻になれてうれしいといってたのに、『仕事と私のどっちが大切なの』って、何だよそれってこといわれるようになって。
仕事と家族、どちらも大切に決まってるだろう。どっちかひとつだけ選べる奴なんているのか?
俺が仕事せずに家にいて妻だけ大切にして、食う物も着る物もなくて大丈夫なのかよ」
ダグラスの元妻への愚痴を聞きながら、イーサンはリンダがそのようなことを一度もいったことがないのは、何もいわずに我慢してくれていたからだと胸が痛んだ。
騎士の娘として騎士の働き方に文句をいっても仕方ないと分かっているリンダは、イーサンがリンダと一緒にいられなくても、約束が守られなくても、笑顔でイーサンを仕事に送りだし、疲れて家にもどるといつもねぎらってくれた。
イーサンが騎士として働きやすいようリンダが心を尽くしてくれていたことを、リンダから離婚を切り出されるまでまったく考えることがなかった。
「捨てられて当然だったんだよなあ」
「はあ? お前、俺にけんかうってんのか」
イーサンは自分自身への言葉をつぶやき、ダグラスを誤解させてしまったことに気付いた。
ダグラスに詫びと説明をした。
「本当に失ってみて初めて分かるってやつだよな。家族ってお互い相手がやってくれていることを当たり前と思って感謝することがない。
失ってからその当たり前が相手の気持ちや努力によって当たり前になってたと気付くんだよなあ。
なんかさっきは元妻への文句をいいまくったが、家をちゃんと守って死にそうになりながら娘をうんでくれた。
ああ……もう娘にも会えない」
ダグラスが一気に落ち込んだ。ダグラスの元妻は離婚すると娘をつれ隣国にいる親戚をたより移住してしまったという。
ダグラスが飲み残しのウイスキーを流しこみ、
「俺一人で寂しいのは嫌だから、お前も妻に捨てられろ!」と大声をだした。
ダグラスに同情はするが、イーサンを離婚仲間に引き込もうとするのはいただけない。
ぜったいにリンダに捨てられないようにするとイーサンはあらためて決意した。
周囲に話がもれない場所にすわりダグラスと乾杯したあとウイスキーをのどに流しこむ。
騎士とよびたくない同僚達と仕事をすることへのいらだちと不満がたまっていた。
「大丈夫か? というか騎士団とは思えないような職場で働いてるから大丈夫なんていえないよな」
ダグラスが大いに同情してくれる。
「駄目もとで異動を願いでたらどうだ? 短期の契約とはいえ今のままお前がくすぶるのは団にとってもよくないし」
「異動させてもらえるとは思えないし、考慮される前に任期が終わりそうだ。
それに途中で投げ出すようなことをするのは騎士として努力がたりないような気がする。十八歳で正式に騎士になってまだいろいろ経験たりないし」
「まじめすぎ」ダグラスがおかしそうに笑ったあと、そういえばと捜査部の話をはじめた。
ダグラスが所属している捜査部では、最近ひんぱんにおこっている盗難がかなり大きな組織として動いているだけでなく、地方の犯罪組織もかかわっている可能性が高いと力を入れているという。
「こんな所でしていい話じゃないから、これ以上は話さないが」といったあと捜査部での愚痴をこぼしはじめた。
この手の大がかりな捜査は思わぬところで触れてはいけない人物がからむ場合がある。そうなると中途半端な形で捜査終了となる。
世の中とは理不尽なことばかりだと諦観しきった上司が、上からのお達しだとあっさり捜査終了を宣言するのは騎士にとって不満しかたまらない。
だからといって上司が正義感に燃え突っ走るのも困りものだった。
上司が自分が責任をもつといっても団の上層部や官吏はそのように考えず、命令を無視し勝手に動いたと部署全員が何らかの責任をとらされることがある。
ダグラスの上司は正義感にあふれた熱い人らしく、下手をすると突っ走りまずい方向にいくかもしれないと警戒していた。
「親もえらべないけど、上司もえらべないんだよなあ。上司の道連れにされるのは勘弁してほしい」
ダグラスがウイスキーをあおる。
「やる気がありすぎても、やる気がなさすぎても困るってやつだよな。俺のところはやる気がまったくなくて、こんな給料泥棒やとってていいのかって感じだ」
イーサンがこぼすと、ダグラスが「そういえば相棒と少しは関係よくなったのか?」と聞いた。
イーサンは重い息をはいた。
「もうお手上げといいたくなる。根本的にちがいすぎて分かり合えない」
ダグラスがあわれむような目をイーサンにむけた。
「お前の相棒って貧困地区出身だろう? 騎士になったのは自分や家族が犯罪に巻き込まれないよう取り締まる側になったぽいよな。
うちの部にも貧困地区出身であそこの情報収集を担当してる奴がいるが、騎士団ではいたって普通だが貧困地区で仕事をする時は別人らしい。
そいつの相棒が貧困地区へいっしょにいった時に、どこのギャングだといいたくなるほど横柄な態度でなめられないように威嚇しまくってるのにおどろいたっていってた。
それとあいつを見てると自分が正義なんて綺麗事をつらぬける環境にいたことがよくわかるともいってたわ。
常識とか正義なんて守ってたら、欲望のままやりたい放題な奴らにしゃぶりつくされるだけだからな」
ダグラスの言葉にイーサンは深くうなずいた。王都で貧困地区の担当になってから、自分とはまったく違う環境で生きてきた人達と関わることになりこれまで以上に考えさせられることが多かった。
やさしさはつけこまれ利用されるだけ。正しさは笑われ踏みにじられる。食うか食われるかの世界で生きてきた相棒のラッセルと分かり合えないのは当然といえた。
「俺たちみたいに人の裏側をみる職業やってると、自分がいかに恵まれてるかとしみじみする。
うちの実家なんて子だくさんで貧乏だったから恵まれたなんて言葉はまったく当てはまらないが、それでも子を捨てずまっとうに育ててくれた親がいる。
こうして騎士として正義がどうのといえるんだから恵まれてたとまじで思う」
ダグラスの言葉にイーサンも自分がどれほど恵まれていたかを痛感する。
両親から愛されて育ち、父が騎士だったので当たり前のように騎士になった。人にやさしくすることや人を助けることが当たり前で、努力をすればむくわれる環境にいた。それがイーサンの普通だった。
ダグラスが大きく息をはきだすと「すっかりしめっぽくなってすまん」とあやまり、重くなった空気をかえるように聞きこみをしていた時に好みの女性に会ったといい顔をゆるめた。
「あー妻に会いたい! はなれて暮らしてるのがつらい!」
イーサンが叫ぶようにいうとダグラスがイーサンの肩に手をおいた。
「お前、離婚した俺の前でそういうこというなんて、いい根性してるよな。
お前もすっぱり捨てられて俺のように王都に移籍しろ。お前とは気が合うし二人でいい女をつかまえよう」
「やめてくれ! 俺はまだ捨てられてないし、離婚するつもりなんてまったくない!!」
ダグラスが皮肉な笑みをみせた。離婚するのは時間の問題と思われているようでむかつく。
「王都のきれいなお姉ちゃんと仲良くなりたい。でも王都じゃ騎士は女の子から人気ないし地元にもどった方がいいかもなあ。
でも地元じゃすっかり妻に捨てられた可哀想な男として笑い者だし。
お前の地元もそうだろうが、うちの方も騎士は尊敬されるし憧れられる。
騎士になって金とは縁はないが、人からすごいといわれたり感謝されたりして、女の子から声かけられてで、これから良い人生がまってるなんて思ってたが甘かった……。
元妻は親が決めた相手で、騎士に憧れの目をむけてくれてた子だった。騎士の妻になれてうれしいといってたのに、『仕事と私のどっちが大切なの』って、何だよそれってこといわれるようになって。
仕事と家族、どちらも大切に決まってるだろう。どっちかひとつだけ選べる奴なんているのか?
俺が仕事せずに家にいて妻だけ大切にして、食う物も着る物もなくて大丈夫なのかよ」
ダグラスの元妻への愚痴を聞きながら、イーサンはリンダがそのようなことを一度もいったことがないのは、何もいわずに我慢してくれていたからだと胸が痛んだ。
騎士の娘として騎士の働き方に文句をいっても仕方ないと分かっているリンダは、イーサンがリンダと一緒にいられなくても、約束が守られなくても、笑顔でイーサンを仕事に送りだし、疲れて家にもどるといつもねぎらってくれた。
イーサンが騎士として働きやすいようリンダが心を尽くしてくれていたことを、リンダから離婚を切り出されるまでまったく考えることがなかった。
「捨てられて当然だったんだよなあ」
「はあ? お前、俺にけんかうってんのか」
イーサンは自分自身への言葉をつぶやき、ダグラスを誤解させてしまったことに気付いた。
ダグラスに詫びと説明をした。
「本当に失ってみて初めて分かるってやつだよな。家族ってお互い相手がやってくれていることを当たり前と思って感謝することがない。
失ってからその当たり前が相手の気持ちや努力によって当たり前になってたと気付くんだよなあ。
なんかさっきは元妻への文句をいいまくったが、家をちゃんと守って死にそうになりながら娘をうんでくれた。
ああ……もう娘にも会えない」
ダグラスが一気に落ち込んだ。ダグラスの元妻は離婚すると娘をつれ隣国にいる親戚をたより移住してしまったという。
ダグラスが飲み残しのウイスキーを流しこみ、
「俺一人で寂しいのは嫌だから、お前も妻に捨てられろ!」と大声をだした。
ダグラスに同情はするが、イーサンを離婚仲間に引き込もうとするのはいただけない。
ぜったいにリンダに捨てられないようにするとイーサンはあらためて決意した。
応援ありがとうございます!
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